第74話 訓練1
八城は何の気無しに、その扉を開いた。
感慨も無く、ともすれば適当に、室内では、女子三人組が窓を開き外を眺めながら談笑しているのが分かっていたからだ。
八城が部屋に入った事に気付くと、一人の訓練生がこちらに駆け寄って来た。
「お久しぶりです隊長」
聞き覚えのある声は、肩口まで伸びた髪を揺らしながら八城元まで弾む足取りで近づいて来る。
八城に女の知り合いなど、遠征隊を除いてしまうと殆ど居ない。
八城は微かな記憶を辿り心当たりに一人目を付けるが、その人物と目の前の人物では大きく異なる点が一つ。
「へへっ……髪切っちゃったから気付かないかもしれないですけど、美月です、神原三月です777番街区以来ですね」
神原美月。
遠征隊に入りたいと涙ながらに呟いていた少女だ。
「随分大人っぽくなったな、最初誰か分からなかった」
八城は自分の胸位にある頭の上に手をポンと乗せ美月が生きている実感をより肌で感じた。
「良かった……生き残ってたんだな」
「当たり前ですよ!八番隊に入れてくれるって約束ですから!」
美月との再会も一区切り、八城は残り二人の顔を見る。
活発そうなのと、そうじゃないのが奥に二人。
活発そうな方と目が合うと、ツカツカとこちらに歩み寄って来た。
「こんにちは、私貴方が気に食わないわ!」
「桃ちゃん、やめようよ……八城さんは悪くないよ」
「雛は黙っててよ!こいつが隊長で今こんな状況なんじゃない!!」
開幕で良い関係は築けそうにないと判断したいところだが、今の八城には諦める訳にいかない理由があった。
八城はとりあえず手元にある資料で二人の名前に目を通した。
雛と呼ばれた方は篝火雛。
そして快活そうな方。
桃と呼ばれた人間が問題だった。
真壁桃、何処かで聞いた事がある名前。
そして目の前の少女は特に目元など今現在、仮設十番隊に居る泣き虫に似ている。
「お前もしかして桜の妹か?」
「お姉ちゃんを呼び捨てにしないで!」
「ちょっとこれでも一応八城さんは遠征隊のシングルNo.なんだよ!そんな言い方は良くないよ」
分けも分からず責め立てられる八城を庇う美月。
「これでも」と「一応」は要らないけれど、概ねありがたい。
「でも、も何もないわ!隊長は隊員を守る義務があるの!お姉ちゃんは何も悪くないのに回廊に入れられていたのよ!この不甲斐ない隊長のせいで!」
善もさっきはこんな気持ちだったに違いない。
八城は善に謝りたい気持ちに駆られていた。
「私達は事情を知らないし……八城さんが悪いって分からないよ桃ちゃん……」
「それでもよ!それでも隊長なら隊員を守るのが仕事なんじゃないの!」
一足より遠い距離が、そのまま八城への拒絶を表している。
「何を怒ってるのかよく分からないけど、落ち着け桜妹」
「言い訳なんて聞きたくないわ!」
「とりあえず聞け、確かに俺が不甲斐ない隊長ではあるのは事実だ」
「ようやく認めたわね」
桃の冷たい視線が八城に突き刺さる。
「だけどな!俺の隊員もポンコツぞろいだ!」
八城は自分の事もそして相対的に隊員の事も棚に上げ自分だけの問題でない事をアピールする予定だった。
「はぁ!お姉ちゃんが悪いわけないじゃない!何を言ってるのよ!」
ちょっとばっかり上手くいかなかったらしい。
桃は八城に掴み掛かろうとして美月と雛に二人掛かりで押さえつけられてしまった。
「ちょっと!二人とも離してよ!こいつを!殴れないじゃない!」
「殴っちゃ駄目だよ、桃ちゃん……問題にあるよ」
「そうだよ!八城さんにだってきっと訳があるんだよ!」
「じゃあ何で!お姉ちゃんが回廊送りにされたのよ!意味が分からないじゃない!それに私聞いたわよ!!貴方が謹慎の為にここに来たって事!お姉ちゃんが他の隊に移動になった!つまりあんたが根本的な問題を起こさなければこんな事にならなかったのよ!」
言い得て妙とはこの事だ。
八城が謹慎及び八番隊凍結になった理由は大きくわけて二つ
一つ目は八番隊徽章を使った住人の脅し
二つ目は緊急召集の際桜と時雨を別行動にさせた事だ。
あの時は良とテルが二人で紬を連れ他の番街区を点々としていた為にやむなく二人を別行動にさせた。
そして二人の行動が無ければ、そもそも今回の事が取り沙汰される事も無かった。
元凶だけで言うのなら住人に徽章を使い脅した時雨。
そしてそれを止める事が出来なかった桜のせいだと言えなくもない。
しかしながらこの少女に八城の過失でないと言ったところで聞く耳は持たないだろうし、今更そんな説明をした所で現状が変わる訳でもない。
「面倒くさいわ!俺から説明する事はない。詳しい事はこの番街区に一緒に来てるお前の姉に聞け!」
八城は又候言い合いになるかとも思ったが、姉の名前を聞くや否や桃の顔色が華やいだ。
「ここにお姉ちゃんが来てるの!」
どうも桃は重度のシスコンらしい。
「来てる、来てる、後で連れて来るから今は俺を責めるより今日の訓練行くぞ。」
「分かりました、あんたの事は嫌いだけどお姉ちゃんを連れて来るなら話は別だわ」
桃は満足そうに帯刀用のベルトを腰に巻き、量産型の刀を付ける。
美月と雛もそれに習い次々に準備を進めて行く。
八城はそれを横目で見ながら渡された紙を読み進める。
奴らへの編成には大きくわけて三つの役割がある
前衛。奴らが現れた際戦いを担う役割
中衛。奴らの動きを見定め撤退の道を模索する役割
後衛。役割柄手薄になる中衛を守りながら前衛を援護する役割
それぞれがそれぞれの役割を持ち、奴らとの戦いに挑むのである
八城は紙を捲りその先を読み進める。
桃はやはり前衛を担う…というか、この紙に書かれた事が本当ならそれしかやった経験が無い。
美月は一番経験が浅いながらも、機転を利かせた戦い方をして前中後その全てで良い評価を得ている。
そしてこの紙だけを頼りに結論を出すのであれば、以外にもこの三人の中で一番の問題児は篝火雛だということになる。
協調性が無い独断専行、中衛からの命令無視を何度もして先月だけで二回の隊移動。
今月の末にこの三人での隊を組んでいるらしい。
だが今八城の目の前に居る篝火雛という少女は気が弱そうに見える。
とても人に意見するのが得意そうには見えない。
それなら桃の方が余程その毛が強そうに見える。
なら疑うべきは一つだ
「なぁこれさ、内容が入れ替わってたりすんの?」
そうであるなら今目の前で繰り広げられてらいる酷い訓練内容にも納得がいく。
多分間違っているのはこの記載内容の氏名が何かの拍子に入れ替わっているのだろう。
だが問いかけられた美月は気まずそうに目を逸らす。
「あ〜……多分それで合ってます。というか多分と言うかそれで合ってますね」
八城の予想は外れたらしい。
「ちょっと!私は雛みたいに暴れん坊じゃないわ!」
「私も……桃ちゃんみたいに失礼じゃない……」
「失礼ってね!この男の事言ってるなら別よ!善さんみたいに実力があるならまだしも!只の古株だから隊長やってるような人に敬いの気持ちなんて湧いて来ないわよ!」
それは言わずもがな八城の事だろう。
うん、大分失礼だ。
「八城さんの腕は本物だよ……桃ちゃんは知らないだけだよ……」
「どうなのかしらね!あのツインズだって私のお姉ちゃんが腕を切り飛ばしたのよ!この人だってどうせお姉ちゃんより弱いのよ?だから隊長から降格されたんだろうし」
「そんなの分からないよ……桃ちゃんは、八城さんが戦ってる所見た事ないでしょ……」
「見なくても分かるわ。お姉ちゃんは強いの。その強いお姉ちゃんが幾ら活躍してもその活躍は結局隊の活躍。隊の活躍は隊長の活躍。そうやって隊員に恵まれたからこの人もここまで上り詰めたんだろうし。まぁそうなら今回の処分も納得よね」
八城自身昔も今も隊員に恵まれたのは事実だろう。
それに隊の活躍が隊長の活躍になる事も少なくない。
つまるところ八城はこの発言に対して何も反論出来る余地がない。
だが先頭を歩く桃外の二人は違うらしい。
二人の鋭い視線が桃に突き刺さる。
「八城さんは私の恩人です。私も八城さんが今までして来た全てを知っている訳では無いですけど、八城さんがお荷物でしかない私達を、命を掛けて助けてくれた事は事実です」
「そりゃそうでしょ?困ってる住人を助けないなら何の為の遠征隊なのって話じゃない」
「それは!……そうだけど、でも7777番街区では八城さんは一人で!」
「あ〜はいはい。あれね、助けに行って挙げ句の果てに取り残されて華麗にお姉ちゃんが助けた多山大39でしょ?」
八城自身こう考えてみるとあながち活躍している訳でもない気がしてくるから不思議だ。
構図は雛&美月VS桃。
終始劣勢は雛、美月ペアだ。
美月が押されたのを見て雛は一歩前に出る。
「でも89作戦は、八城さんが前線で戦っていた筈だよ……」
「一人で何処かに行ったんでしょ?それで追いついた時には隊が全滅した。腑に落ちない点があるけど、隊長としてはどうなのかしらね?」
全くその通りの意見に八城は言葉も出ない。
否定して欲しそうに見つめる二つの視線から八城は逃げたい衝動に駆られている。
「あ〜なんだ、概ねその通りだけども大人には大人の事情があってな。そういうのを加味すると俺はよくやっている方だと思ったり思わなかったりする訳だ」
八城の言葉を聞いた桃は嘲笑にも似た笑みを作り
八城は二人からの落胆の視線を受け、逃げ出したいのをぐっと堪えながらも、目的の場所に到着した。
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