第73話 罪注4
翌朝、
八城は目を覚まし開口一番に暑さの中呻いた。
「部屋……変えてもらいたい」
比較的西側にあるこの部屋。朝日とは無縁であるものの、如何せん風が通らない。
日が落ちてからは涼しいのだが、日が昇れば一時間と経たず蒸し風呂状態になる。
「クッソたれ……こんなの暑くて、寝ていられねぇじゃねえか」
時雨も堪らず張り付いた服を脱ぎ二段ベッドの下に落とす。
時雨の汗がたっぷりと染み込んだ服が八城の顔面にペタリと張り付き、一層不快感が増す。
「ほれ。アイドルの生汁がたっぷり染み込んだマニア垂涎の品だ。大将も好きだろ?使ったら洗って返せよ?」
八城は瞳から溢れそうになる塩味の雫を何とか押しとどめ、ポツリと呟いた。
「部屋変えてもらいたい……本当に!」
八城達謹慎組の新居での朝はこうして始まった。
二人はその後お互いの服を投げ合った後、部屋に入ってきた善に止められ、促されるままに食堂で朝食を済ませ一室に通された。
「おい!こりゃあどういうこった?」
その部屋に入った瞬間、時雨が不機嫌も露わに善の胸ぐらを掴む。
「どうって、何の事だい?」
善も自分が何故掴まれているのか分からないと、出来るだけ時雨を刺激しないように接する。
八城は何事かと思い部屋に入りその違和感に気が付いた。
「おい善!これは説明無しには終われないぞ」
八城も善に食って掛かったのだ。
二人から詰め寄られた善は本当に何の事だが分からないと混乱も露わに二人を宥める。
「どうしてそんなに二人は怒っているだい?どうしたって言うんだ」
「どうしたもこうしたもあるかよ!なあ大将!」
「善お前は常駐隊に入って随分常識が無くなったんだな。」
「八城まで何を言い出すんだい!僕は二人が何を怒っているのか分からないんだよ!」
「おい大将!こいつまだとぼけるみてえだけどよ、どうする?やるか?」
「弁明位はさせてやる。それが元隊員への最後の手向けだ」
「ちょっと待って!本当に分からないよ!何で僕殺されそうになっているの?」
「おいおい大将こいつ本当に分からないみてえだ!笑っちまうな!」
全く笑っていない時雨の言葉に善は全力で頷いて見せた。
「善!俺達がチームを組んでた時はお互いがお互いに言葉にしなくても通じ合ってたのになぁ……もう昔のお前は居ないんだな」
懐かしむ八城の表情は最後を迎えた隊員に送る視線に相違ない。
「居るよ!僕は僕のままだよ!こんな所で死にたくないよ!」
時雨と八城は、表情は笑っているものの目は笑っていない。
「どうしてこの部屋はこんなに涼しいんだろうな?時雨?」
「ああ大将、そりゃクーラが付いてるからだろうなぁ」
二人のやり取りでようやく善は二人が何に怒っているのかを悟った。
「クーラー?ああ!冷房だね!」
「軽々しくその名前を口にするとはなぁ…よっぽど自分の命を掛けたいらしいぜ大将」
「外の気温と部屋の気温差の回数、お前を後ろから刺す」
二人は回廊から出たばかり。
当然中央には電気が通っているものの、限られた家電しか動かす事が出来ない。
にも拘らずこの部屋にはクーラーが稼働していた。
「言ったじゃないか!もう少ししたら他の部屋が用意出来るからって!」
「他の部屋?」
八城は昨日の会話を思いだし確かに言っていた事を確認する。
「騙されんな大将!どうせ有っても扇風機しかねえ部屋だ!期待すんな!」
ここまで必死な時雨は、取り残されていた77番街区以来かもしれない。
だが次の言葉で二人の表情は一変する。
「そんな事無いよ!君達にはクーラー完備の部屋を用意するつもりだ!今その手配で準備を進めてる!信じて欲しい!」
時雨が思わず手を離し、信じられないと一歩後ずさる。
「そっそんな上手い話がある訳……」
「ここは研究区画も担ってる。電気供給は絶対だ」
今までの暮らから、八城はそんな事では信じられない。
「そう言って夜は節電するつもりなんだろ!」
「好きに付けて貰って構わないよ」
「中央は俺達を謹慎のためにここに連れて来たんだ!」
「八番隊は僕の故郷だ。その君達に酷い真似が出る筈が無いじゃないか!」
八城と時雨は如何に自分たちが失礼な事をしていたかを実感する。
「大丈夫さ、ここには君達の味方しかいない。君達の活躍で僕たちの暮らしが保たれているんだよ?その君達が胸を張れない方が間違っているだろ?」
善はニッコリと笑い二人に手を差し出した。
「僕は君達を歓迎するよ」
八城、時雨は急に自らのちっぽけさを再確認し、消えてしまいたい衝動に駆られていた。
「さて、時間も押しているからね、そっちから来てくれたから行く手間が省けたよ」
善はそう言って、机に用意してあった封筒を八城と時雨にそれぞれ渡して行く。
「それが今日から二人に担当してもらう事になる訓練生名簿だ……と言っても時雨さんに四人、八城に三人の小規模なものなんだけどね」
八城と時雨が封を開けると顔写真と年齢そして名前が書かれている。
「君達二人は一応立場上謹慎という名目を取っているから、形式上では常駐隊隊長である僕が君達に謹慎をさせなければいけないんだ。出来る事ならそういうことはやりたくないんだけど……一応君達には手の掛からない子を人選したつもりだ。まぁつまりは適当でいいよってことなんだけれど、こう上手い具合にやってくれるかい?」
実体のない説明に終始してしまったが、つまり善の権力でその殆ど全てを取りはからってくれたということだろう。
「一応その四人と三人はチームで動いてるから君達は指導員として見てくれると助かるのだけれど、大丈夫かい?」
「指導は面倒だが、冷房の効いた部屋は悪くないな時雨」
「そりゃそうだろさ!事ここに来て迷う必要もねえってもんだろ」
二人の望む物は一つ。
全ては冷房の効いた部屋でぐっすりと眠る為。
多少の面倒には目を瞑る。
「八城は三階の突き当たり、時雨さんは一階の階段すぐの部屋に行ってくれ…多分今の時間なら全員集まっているだろうから。」
「了解したぜ」
「了解だ」
二人は廊下に出て八城は突き当たりへ、時雨は階段を下りる手前に言葉を交わす。
「時雨、分かってるな?」
「ああ!大将分かってるぜ」
時雨は持っている封筒を高らかに掲げ八城の言葉に打って返す。
「次ぎ会う時は…」
「次ぎ会う時は…」
そうして二人は背を向ける。
「「冷房の効いた部屋で!」」
その威勢のいい声が廊下中に響き渡った。
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