第25話 89

八城が教会の扉を開けるといつもと変わらない笑顔のマリアが出迎えてくれたねたが、その違和感にすぐさま気付いた。

いつもなら騒がしく出迎える筈の3人が誰一人で迎えに現れないからだ。

不審に思った八城は部屋を探し、直ぐにその答えに行き着いた。

「で?なんでうちの部隊が全滅してるの?」

八城が所用から帰ってくると、三人が三人仲良く川の字になって同じ布団に寝かされていた。

「八城くん。此の子たち、また勝手に台所で、食材を使ったのよ!もう!八城くんからもちゃんと言っておいてね!」

プンスカと怒るマリアが何をしたのかは、言うまでもないだろう。

「……なるほどな、キッチンの食材を使うとうちの隊は全滅するのか……いや!おかしいだろ!」

三人に近づくと「助けて」とか、「死にたくない」とか、「化け物」と、よく分からないうわごとを呻いている。

どんな恐怖を刻み付けられれば、こんな風になるのだろうか。

皆目見当もつかない。

「で?なにがあった?」

「?だから勝手に使ったのよ。お砂糖を。」

「いやいや……え?」

何て?さとう?

「だって貴重品なのよ、お砂糖は。それを一気に半分。これは制裁が必要な事案だと、私は思うのだけれど。八城くんは、どうかしら?」

「どうかしらも何も……」

こいつら三人一体何をしたかったのか。

かれこれここに来てこの光景を見るのは三度目になる。

いつもは時雨と紬だけなのだが、今日は桜も一緒に横になっている。

何が起こったのかは、三人の様子から大方予想はつく。

「お前……本当に仲間にも容赦ないな」

「これが、ここ流?じゃないかしら?」

本当に楽しそうに笑うマリア。

奇跡的に部隊内で犠牲者を出す事なく、一ヶ月程掛かった遠征から帰ってきてみれば、ここで部隊が全滅すると言うのも、おかしな話だ。

だがそれも無理からぬことだろうと八城は思う。

元最強の一番隊に所属していた。

最強の中の最強の女の右腕として活躍していたこの女性。

それが目の前で優しく微笑んでいるマリアの正体だった。

「今日はたっぷりお砂糖を使ったお汁粉がメインよ」

「へ〜珍しいな。甘いものなんて中々食べられないのに」

八城は一般的に見れば甘いものが好きな人間だ。

だが大災害後、甘いものが手に入る機会は非常に稀になった。

乾パンに入っている氷砂糖で賭けが成立するぐらいには貴重だったりする。

だから、マリアは貴重な砂糖を勝手に使った三人をこんなにしたのだろう。

「さ!ご飯にしましょうか?ほらそこで狸寝入りを決めている三人も、起きなさいな」

アリアが声を掛けると三人はばつが悪そうに、のそりと起き上がってくる。

「ッ……バレてんのかよ。」

「早く食べたい。お腹空いた」

「すっすみませんでした……」

その三人の情けない姿を見て八城は頭を抱える。

「お前らな……」

「八城君、今重要なのは甘いものが食べられるか否か。それ以外は全部どうでもいい」

「ああ、そうだぜ、こんなに砂糖を使った料理も他に無いからな!」

「あぁ!早く食べたいです!甘いものなんて、あの飴玉以降口にしていませんから楽しみです!」

紬、時雨、桜と言いたい放題だ。

まあ確かに、嗜好品の様な甘いものは、ここ数年で食べた記憶が殆どない。

今回は掟破りな、時雨の行動力によってお汁粉なる物を作ってしまったが、これを逃せば次はいつ甘い物を食べる事が出来るか分からないだろう。

アリアを見れば少し満更でもなさそうな笑顔で「あらら、どうしましょう。」とか言っている。

「じゃあみんなで、少し早いけどご飯にしちゃいましょう」

アリアがそう高らかに宣言する。

来た。これはもう八城の口にお汁粉が運び込まれるまで秒読みと言っても過言ではない。

八城は小さくガッツポーズをしながら、自身の定位置である座席に座り、小躍りする気持ちを抑えつつ配膳を待つ。

子供たち。

時雨、紬、桜。

次はいよいよ八城の番。

茶碗に餅が入り。

そして

教会の入り口が勢い良く開かれた。

「八番隊隊長!緊急召集です!」

「……え?」

「八城君ここは任せて先に!絶対に食べたら追いつくから」

早くも自分の分を半分食べ終わった紬が八城の茶碗を持って行く。

「あ!ずるいです!隊長の分はジャンケンで決めましょうよ!」

と桜が。

「勝った奴が総取りでいいな?」

と時雨が、紬と子供たちに混じって、ジャンケン大会に参加する。

「あらら〜負けませんよ〜」

と、さりげなくジャンケンに混ざるアリア。

「おい、てめえ!」

八城は通達を伝えにきた男に掴み掛かる。

「大した用事じゃなかったらぶっ殺すからな」

伝令役の男はこちらへと、落ち着いた様子で教会から出る道を開ける。

八城は分かっていた。

緊急召集。

これが掛かった時は碌な事が無い。

いやこの世界で起こる事件は総じて碌な事が無いが一押しに碌な事がないのが緊急招集だ。

八城は外したばかりの豪奢な設えの刀を持って、呼び出しに決められた場所に向かう。

教会から数百メートル。

指定された大講堂がある場所。

扉を開けて中に入ると八城以外の隊長が揃っていた。

十七番、初芽が挨拶代わりに手を振ってくるので八城も小さく会釈で返し、その隣にすわる。

「遅かったじゃないか?」

一番

「うちの部隊は、外れの教会に集まってるからな、仕方ないだろ」

「三人は元気かい?」

「元気過ぎて困ってるよ、一人ぐらい貰ってくれ」

「大歓迎さ!桜も紬も良いが、時雨だ!あの子は潜在的なカリスマ性がある!」

講堂中央にいる柏木が、俺と初芽の会話に苦い顔をする。

「全員集まったね、では今回の緊急召集の内容を確認しようか」

全員がその言葉を耳にして場が静まり返る。

緊急召集という言葉にはそれだけの緊張感を持たせる意味が込められていたからだ。

「単刀直入に言おう。先の89作戦時において、撃退したクイーン。個体名ツインズが、22番街にて確認された」

八城はその単語を聞いただけで、感情の蓋が弾け飛びそうになった。

89作戦。

八城が英雄と呼ばれるまでになった。この作戦。

九番街がこのツインズ襲われ、全ての住人を八番街に移動させるという大掛かりな作戦内容だった。

隊員数15名を誇った八番隊はこの作戦終了時には3人しか残らなかった。

12人の何がいけなかったか?

強さか?

いや彼らは強かった。

作戦か?

いやしっかりと作戦は機能していた。

何が悪かった訳ではない。

唯一悪かったとすれば、それは彼らの運が悪かった。

八番街区から一キロ地点。撤退をする上で最も重要となる拠点防衛を任された八番隊はその孤児院で孤軍奮闘と言って差し支えない働きをした。

だが隊長である八城は、指揮官からの命令で単身、九番街区の支援に向かった。

そして八番隊の面々と再び再開する事は無かった。

ツインズあの孤児院での全て災厄を作り出した個体。クイーンにして、二個体のみで行動する、特異中の特異。

八城もあの個体と刀を交わらせ痛感した。

勝てない。

雪光ですら、奴の腕に生やした刃のような物を切る事は出来ないだろう。

そして何よりその強さが別格なのだ。隊員は一撃で殺されていた。

銃で撃つなど、奴の気を引くだけで、何の特にもならない。

「議長、あれは人間の勝てる範疇を超えてます」

八城が呟いたのはそんな一言だった。

「おいおい!随分英雄様は臆病みたいじゃない?」

口を開いたのは角席に座る、五十番。その隊長の男が言葉を挟む。

「じゃあ君が戦うかい?そのツインズと」

初芽が50番にすかさず切り返す。

「八番が戦えないって言うならな〜」

あからさまな挑発。

だが八城はそんな言葉は意にも返さない。

この結論は本当に生者と死者を分つ判断になる。必要な情報以外は全てが瑣末だ。

そう分かっている。

「何度でも言う。ツインズは他の個体とはわけが違う。俺の部隊もこいつらに全滅させられたんだぞ!」

どうしても昔の仲間たちの事が頭を掠める。

「そりゃあ八番。お前が、仲間を見捨てて逃げたのが原因だろ?」

初芽は立ち上がり、椅子を蹴り飛ばした。

「お前は!どうやら本当に死にたいらしいな!」

「お〜こわ。何だ?二人はできてんのか?このクソ忙しい時に、寿退社なんて辞めてくれよ〜」

「お前は!」

五十番のその声に周りがつられて笑い出す。

「黙れ」

八城の手はもう雪光に伸びていた。

喉先三寸。

それは八城の抜刀が、五十番の命をギリギリ奪わないでいられた距離。

雪光の刃は、五十番の喉元でぴたりと止められた刃。

周りの銃口はこちらに向いている。

切れば撃つ。

周囲の視線は八城にそう言っている。

心地のいい静寂が戻ったのを確認すると、八城は雪光を鞘に戻し自分の席に何食わぬ顔で着席した。

だが、多くの隊員からはそう言われても仕方が無い。

仲間を最終防衛ラインである孤児院に置いて八城は一人、9番街に向かったのだ。

俺が渦中の九番街単身向かったのには、司令部から機密命令が下る程の、訳があった。

十七番も八城の行動にあっけにとられながらも自分の席に着席する。

「レクリエーショも終わったな。では本題に入ろう。」

「ぎっ!議長!こんなの一華と同じじゃないですか!」

五十番が叫ぶ。

「私には君が八番と十七番を挑発した様に見えたのだけれど、気のせいだったかな?」

これ以上無駄な時間を取らせるなと、柏木は暗に五十番にそう言っている。

その言葉を受けて五十番も渋々ながら自分の席に座り直した。

「では早々に結論を出そか。必要な部隊数は六だ。この中のどの部隊が行くかを決めようじゃないか」

そして会議は最悪の方向に進んでいく。


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