第11話 相互扶助 後編


翌日

早朝八時、食堂には完全武装に身を包んだ八番隊全員の姿があった。

出立は今日、その時刻は迫りつつある。

「量産刃を最大収容で九本、小太刀?の量産刃が四本?食料も大丈夫です」

「よし、紬それで弾は集まったのか?」

紬はその質問に対してむくれ顔を返す。

「見て分からない?」

紬の格好は様変わりした出で立ちだった。

いつも肩に掛けていたライフルは持っておらず、小太刀を腰に一文字に、脇腹に二本。

足に二本計五本の小太刀をこれでもかと携えている。

そして、申し訳ない程度に両足のホルスターに拳銃が一丁ずつ、計二丁が装備されていた。

何より弾が入っていたジャケットを着ていないせいで、紬の身体が一回り小さく見える。

「お前、また小さくなった?」

「女性に身体の事を言うなんて、八城君はセクハラで訴えられても文句は言えない」

裁判所がまだ機能しているならこちらから出向いて裁判を受けたいところだが、多分無駄足になるだろう。

「で?肝心の弾はどうだったんだ?」

八城は一応確認のために尋ねると、紬は苛立たしげに食堂の長机の上へ手持ちの弾を放り投げた。

「全部で九十と特殊弾が5発。だから誠に遺憾ではあるが、小太刀を持って来た」

紬は後ろを向き、小太刀をこちらに見せてくる。

「え!紬さん刀使えたんですか!」

「……その質問は不本意、桜よりは私の方が使える」

「ふ〜ん!へ〜!ほ〜う!私より強いっていいましたか?じゃあ今すぐにでも勝負しますか?」

「望む所」

また桜と紬はバチバチと火花を散らし始める。

「すげえなあの二人、向き合う度に喧嘩すんだな」

時雨はボサボサの長い髪を纏めながら、二人を止める事なく面白おかしく眺めていると、美月が二人を止めに入った。

「お二人とも!何で喧嘩してるんですか!」見送りに来てくれた美月が二人を止めに入る。

年下に言われようやく落ち着き八城は次の目的地であり、最終目的地である7777番街区へのルートを全員に指し示す。

「地図上じゃ、なんの問題もねぇが結局は出たとこ勝負つうところなんだろ、大将?」

「よく分かっててくれて安心だ、聞くまでもないが全員準備は出来てるな?」

八城の確認に紬、桜、時雨の三人は座っていた食堂の椅子から立ち上がる。

そして、ここが美月との別れの場所でもある。

「美月、またな」

八城は777番街区に残る美月へ、手を差し出し、美月はその手を震えながらも握りしめた。

「……アナタに助けられました……」

「それが仕事だからな」

「何も、私は……なにも、返せていません」

震える声で美月はゆっくりと顔を上げ、八城はその頭を乱暴に撫で回した。

「俺たちにはなにも返さなくてい。だが、これから色んな奴に俺たちがした事と同じ事をしてやれ」

「……はい」

知らぬ土地、知らぬ人々。

美月たちは生活をまた一から始めなければならない。

更には、頼りにしていた八番隊までもがこの777番街区から居なくなる。

不安にならない訳がない。

だから、きっと彼女には今目標が必要だ。

不安を踏み越えてでも、進むべき彼女だけの約束が。

「俺たちは、お前がいつか俺たちの横に立つその日を待ってる。だからまずは今日を精一杯生き抜いてみろ、美月!」

珍しく紬までもが笑顔を浮かべ、桜が『待ってますから!』と肩を叩く。

「……はい!必ずそっちに行きます!」

手を振る美月に押されて、八番隊は食堂を出てバリケードへと向かっていくおぼつかない足取りが一人、バリケードから声を張り上げた。

「八城!」

そして、見送りに来たもう一人の言葉に八城が振り返る。

そこには松葉杖をつきながら、立っている十七番……いや、斑初芽が居た。

顔色は悪く、息が上がっているところを見ればかなり無理をして、ここまで来たのだろう。

「もう起き上がって大丈夫なのか?」

「後で医者に怒られれば平気さ」

「そういうのを世間一般では絶対安静って言うんだぞ」

「絶対安静でも動かなければ後悔するなら、私は動く。そういう女なんだ、私は」

意志が強く、弱っていたとしても他人へは弱味を見せない彼女らしいと言えば彼女らしい見送りだろう。

「後悔か……お前が珍しいな。何か後悔することでもあったのか?」

「ああ、自分自身死にかけて実感したよ。やはり生きているうちに、八城きみに伝えなければいけないとね」

紬と桜も、誰も言葉を発しようとはしない。八番隊全員の視線は先に立つ初芽に注がれていた。

「実はね、私がきみに助けられるのはこれで二回目なんだ」

八城の記憶で初芽を助けた記憶など無い。

そして今回もちゃんと助ける事など八城には出来なかった。

「二回?俺がお前を助けた事なんて一回もないぞ?」

「いいや、二回だよ」

初芽はクスリと笑いながらも、きっぱりと言い張った。

そしてゆっくりと初芽は思い出を語り始める。

「今から三年前、私が避難所でまだ怯えていた頃。鬼のように強い女性と学生服を着た男の子が避難所に押し寄せた奴らを一掃していった。私は当時心底怖かったよ。奴らよりもその二人の方がね。まさか、同じ人間が起こしたとは思えない。それぐらい君達は強かった。だから私は聞こうと思った。なぜそんなことができるのか?どうすればそんなに強く在れるのか?だが、君達は私が問いを投げかける前に守った避難所から最低限の食料だけを受け取って、いつの間にか居なくなっていた。私は心底悔しかったさ。どうして?なぜ?そんな疑問ばかりが残った。今にして思えば無意味な疑問だったけどね。だが私にはそれが分からなかった。だから考えた。君達の強さの理由を……」

「それで?答えは出たのか?」

初芽は力なく首を横に振った。

「これがね、全く出なかった。だから私は戦う事を選んだのさ。2年前、東京中央街区が完成して、遠征隊という者が居る事を知った。そして私はもう一つ知ったよ……当時の二人が今もまだ戦い続けている事をね、だからあの二人が戦っているのなら私も戦えるそう思ったのさ。まぁ、手前勝手な仲間意識だが……おっと、長くなってしまった。最後に八城、今から言う事だけは覚えておいて欲しい……」


初芽はもう大丈夫だと、一人で立つ事が出来るのだと、松葉杖を外す。

「私は自分の意志でここに立った!この傷も!支払った代償も!これは全て私の物だ!」

初芽は高らかに宣言する。

「だからお前は責任を果たせ!私を助けた責任を!」

「俺はお前を助けた憶えは……」

「いや、私はお前に助けられた。救われてしまった。なら私もお前を助けなければフェアじゃないだろ?」

「お前、言ってる事がめちゃくちゃだな」

「ああ!滅茶苦茶さ!だが私はこういう女だ!お前は私が助けるまでは絶対に死ぬ事は許さない!いいな!」

啖呵と共に初芽の足を巻く包帯に赤みが差している。

足も震え、悪かった顔色も更に悪化しているように見える。

かなり無理をしているのは誰もが分かっていた。

だが、その無理を押しても斑初芽は意地を突き通す。

「紬!八城の奴が、私の事が気になって戦闘に支障をきたすようなら!後ろから撃ってやれ!」

「おい!それ俺が死ぬだろ!」

そんな八城の突っ込みなどない物の様に扱い二人はやり取りを続ける。

「弾が、そんなに無い」

「構わん!隊長命令だ!」

「……了解した」

初芽は、多分腑抜けた八城に喝を入れにきたのだ。

満身創痍の身体で無理を押してなお、遠征隊の仲間を思いやって、八城の迷いを吹き飛ばしに来てくれた。

ならそれに答える義務が八城にはある。

「おいおい人の前で物騒なこと言うもんじゃないよ。そもそも俺はお前の事なんか少しも気にしてない。自惚れんな!それにな、そんな助けられた云々言うなら、俺はお前にはいつも助けられてるんだよ!」

初芽は何を言っているのか分からないといった様子だが、いつも一緒に居る紬は気付いたようだ。

「……考えてみれば、確かにいつも初目に助けてもらってる。八城君はちゃんと初芽に日頃の感謝をすべき」

「そうだな、初芽の言う通り、生きてる内に言っといた方が良いな」

八城と紬はお互いの顔を見て笑う。

桜と時雨はなんの事だから分からないだろうが、八城と紬はよく知っていた。

斑初目にある恩と義理を

「いつも遅刻して、庇ってもらってすいませんでした」

「でした」

八城が綺麗なお辞儀を披露し、紬が続けてお辞儀をする。

桜はあきれ顔で、時雨は爆笑している。

そして等の初芽はと言うと、面食らいそして朗らかに笑ってみせた。

「な?お互い様だ、俺もお前に助けられてる」

「ああ、そうだな。八城は私に返す分が少し足りないぐらいだ」

それ以外の言葉は要らない。

また東京中央で会えば、いくらでも話す事ができる。

二人が交わした約束はそういうものだ。

それ以上の言葉は要らない。

八番隊は、初芽から背を向けバリケードを抜けて、最終目的地である7777番街に向かって行く。

777番街区を出立してすぐ、桜は八城の顔を覗き込んだ。

「そういえばさっき初芽さんが言ってましたけど、昔の隊長は学生服を着て戦っていたんですか?」

「ん?ああ、随分昔だけどな、一華と一緒に戦ってた頃は、色んな避難所を点々として食料を分けて貰ってた事があるんだよ」

「それって……」

桜は何かを考え込んだように俯き、ちらりと八城の顔を見る。

「隊長は、何処で戦っていたんですか?」

「色々だが……って本当だぞ?場所なんて覚えていられる程乗せまい範囲じゃないんだよ。一華が何処でも連れ回すし、それこそ東京、千葉、神奈川、埼玉……東京に近接する県には大体全部行ったよ」

「学生服と女性ですよね?」

「だから、学生服を着てたのは武器も間々ならない様な時期だ、まぁ一華は最初から、何処から持って来たのか日本刀を二本も持ってたけどな」

「そうですか……」

何処かスッキリしない桜の言葉に八城は怪訝をな目を向けるが、桜はそれきり黙り込み、たまに八城の顔を見る。

「お前なんなんだよ!気持ち悪いわ!チラチラ見て来て!そんなに俺の顔が楽しいか!」

「すっすみません!いや、ただ昔会った人が……いえ、多分人違いです。隊長なわけありませんし」

「だから!それ若干失礼だから!」

「本当にすみません!忘れてください!」

そんなこんながありつつも、7777番街区への最後の遠征が始まった。

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