割愛面接

米占ゆう

割愛面接

 とにかく大企業の採用過程というものは、たいへん面倒くさいものであって、一生モノの仕事としては到底おすすめできるものではない。

 特に面接官は言うまでもなくきつい仕事である。

 採用に来る新卒はだいたい似たようなことばっかり話すし(ちなみにこの間は三連続でカンボジアで学校を作ったやつがやってきた)、やばい人間にもきちんと対応しなくちゃいけないし、イキのいいヤツははじめっからなめてかかってくるし、この子こそ! と思って推薦した子が不良社員になるし、人間不信にはなるし、そうかと思えば人間について全部わかってるとでも言いたげな先輩上司からは飲むたび飲むたびお説教を食らうし、まったくもって割に合わない。

 だいたい人間が人間を図ろうとすることが無理難題なのであって、こういうことは、ほら、なんだ、落合陽一とかがテレビで言ってる、最近流行りのAI……とか? そういう奴らに任せておけばいいのだ。


 と、履歴書のドキュメントファイルを眺めつつ、そんなよしなきことをずーっと考えていると、隣の上司が目の前の就活生三人に声をかけた。

「それでは最後に、只今から皆さんに五分間、自己PRをしていただきます。時間の延長は一切認められませんので、気をつけてください」

 就活生三人は、皆それぞれの面持ちでうんと頷く。

 ちなみに、この上司、ルールの運用がまるでロボットみたいに四角四面で、どうも私は苦手だ。名前こそ「大愛さん」なんて、愛情に溢れた名前をしているのだが、どこでその愛を取りこぼしてしまったのか。あるいはその厳しさこそが大愛さんの愛の形なのかもしれないが――。

「それでは、まず右澤さん、はじめていただけますか」

「はい」

 それはさておき、大愛さんの問いかけに対し、就活生がハキハキとそう応答することによって、その日の午前最後の質問ははじまったのである。


「私が学生時代に頑張っていたことは、アルバイトです。私は長い間スーパーでレジ打ちのバイトをしておりました。その中で特に私は笑顔が鍛えられまして、一度お客様からも笑顔が素敵だね、と声をかけていただいたこともありまして――」

 一番目に話し始めた彼女――右澤さんはそんなふうに自分の経験を語ると、ニコリと微笑んだ。なるほど、もともと顔の整っている彼女が微笑むと、女の私であっても正直ドキッとしてしまいそうになる。――ま、隣の大愛さんはまったく動じてないようだけど。

「――また、その中で私はアルバイト全体のサブリーダーも努めておりました。サブリーダーとは、バイトリーダーの補佐をするような仕事でありまして、新しく入ってきた子にレジのうち方や棚の整理を教えたり、シフトの整理を行っていました。また私自身、サブリーダーであるということもあり、より責任感のある仕事を行えるように心がけまして、周りからも『右澤さんは頼りになるね』とよく褒められておりました。私はこのバイトで培った人を補佐する力、それからリーダーシップ、そして何よりも笑顔の力で御社を明るくしたいと考えておりまして――」

 ……やれやれ、またバイトリーダーか。

 私はそう思った。

 しかもサブ。

 『サブ』なんて冠詞がつくということは、だいたいがなんの役職にもついていなかったということだ。

 まあ、これはだいぶうがった見方だし、確かめようもない話ではあるが、それでも私の経験上、サブリーダーをやっていた子は、まず大抵の場合リーダーをやっていましたと、嘘をついてくる。リーダーもサブリーダーも仕事としては対して変わらないし、ならリーダーの方が印象もよりプラスであるからだ。にも関わらず、「私はサブリーダーです」なんて言ってくるということは、この子がよっぽどの正直者であるか、あるいは箸にも棒にもかからない単なる平バイトだったかのどちらかだということとなる。

 ……だいたいそもそも、サブリーダーなんてものが実際にバイトにあるものなのかね? 私がバイトをやっていたコンビニじゃリーダーこそいたものの、サブリーダーなんて聞いたこともなかった。ま、店舗によってそこは違うのかもしれないけど。

 ――なーんて思っていると、もうすぐ五分が経ちそうなので、私は再び評価シートに目を移す。しっかし、彼女の話。面接官をやっていると何百回と繰り返し聞かされることになるような、つまらん話である。思わずあくびをしそうになり、誰にもばれないように奥歯でキシと噛み殺す。

 と。そんな中。彼女、右澤さんは自己PRの終わりがけにこう言った。


「それから――こちらはそこまで私が努力をしたという話ではないのですが、私は昨年、ミス・ユニバースの代表に選ばれまして……でももうお時間ですよね?」

「そうですね」

「では、割愛させていただきます」


 ……へ?

 いま、なんつった?

 ミス・ユニバースの代表……?


「えー。では右澤さん、ありがとうございました。続いて中原さん、お願いします」

「ハイ!」


 いやいやいや、ちょっと待ってちょっと待って、大愛さん!

 私はあまりの怒涛の展開にあっけにとられてしまったのだが。

 しかし大愛さんは平静を保ったまま淡々と次の人の自己PRを聴く準備に入る。そのあまりの淡々さに私は頭の中の疑問符を完全に払い切る前に次の人の自己PRを聞くは目になってしまったというわけなのだけれども。

 というか、は? マジでどゆこと? いや、まあ大愛さんがそれでいいと判断するのなら、別にそれでいいんだけどさ。いや、よくないけど。人事としては絶対に掘り下げていくべき場面だと私は思うんだけれど。


 しかし私が釈然としない思いを胸に抱いたまま前に向き直ると、次の子――中原くんはハキハキと自己PRをはじめた。(こいつも大概メンタルおばけだと思う)


「――私が学生時代に最も頑張っていたことは、サークル活動です。特に私はサークルの副会長として、持ち前のリーダーシップを発揮し、全体を指揮する立場に立っておりました――」

 次に話し始めた子、中原くんは髪の毛をワックスでバッチリと決めた、男の子である。見るにネクタイもスーツも革靴も、私より良さそうなものを使っていてちょっと鼻につく。いや、まあ、別に今は上下関係とか、そういう時代ではないから、あまりそういうことを気にしていてもしょうがないのだが……。

 でも、やっぱり高級なスーツってちょっと見た目が違うじゃない? まだ仕事も始まってない一就活生が親の金でそういう服を買っているのを見ると、胸がざわつくというか、なんというか。ま、いいんだけど。

「――ちなみに私が所属していたサークルはオーランサークルと言いまして。オーランサークルというのはオールラウンドサークルの略なんですけれども、要するに、いろんなことをやるサークルって感じっすね。スポーツもやるし、旅行とかも言ったり、あとはダーツとかボードゲームみたいな遊びをやることもあって。なので毎回なにをするか決めるのが大変なんですよ。そこでですね、私は副部長として持ち前の積極性とアイディア力を駆使しまして、みんなを楽しませるような企画を次々発案しまして――」

 オーランサークル!

 私はココロの中でペシッと額を打ってしまった。

 アイタタタタタ。

 オーランサークルって。遊び呆ける学生が溜まる典型例じゃないか。

 しかもその副部長だなんて。どうせなんにもやってなかったに決まっている。うむ。現に私が学生時代に所属していたサークルがまさにそんな感じだったのだから。

 部長がいろいろと働きまわり、一方副部長はなんとなーく参謀的なポジションに付いていて、ときどき飲み会のセッティングをしたりすると、あたかも自分が普段からバリバリ副部長の仕事をしてますよーみたいな顔をして、妙に快活になる。反面、周りから一目置かれてないことがわかると急に不機嫌になる。そんな人間だった。うちのところの副部長さんは。

 ま。こればっかりは全部が全部そんなこともないだろうが、いずれにせよオーランサークルの副部長という立場にそこまでの信頼を持てるかと言うと、残念ながら私は持てない。話し方もなんか軽いし、軽薄さがにじみ出ている。もちろん軽薄さにも良し悪しがあることを私は重々承知しているつもりではあるが、まあ、しかし今回はお祈りさせてもらうことと――。

「――それから私、実は趣味でプログラミングをしておりまして。大学プログラミングオリンピックで優勝をしたこともあるんですが。まー、こっちは言っても単なる趣味ですし……もうお時間ですよね?」

「そうですね」

「なら、割愛させていただきます」


 ……うぇ?


 私は大愛さんを二度見した。


 え? またこのパターン?

 ありえなくない? だって……だってオリンピックですよ? それも、プログラミングの!

 もっと深掘りしないとダメでしょ! だってアタリじゃん! どう考えても!

 しかし大愛さんはなにを考えているのか、あるいはなにも考えていないのか、ただサラサラっと評価シートに書き込んだだけで、あとは就活生に向けてニコニコと柔和そうな笑顔を向けているだけだ。

 いやいやいや。この人、もしかして手段と目的を履き違えているのでは?

 人材が先、形式はあと。

 「型通りの人間よりも型破りな人間を」って、会社もよく言ってるじゃないか。ロボットみたいな人だとは思っていたが、ここまで頭が固いとは思ってもいなかった。それともうちの人事全体がこういう体質を持っているということなんだろうか。だとすれば早くやめたほうがいい。


 そんな憤懣やるかたない思いで私は最後の就活生を見たのだが、すると、そのときである。

 私は私の脳内に、一閃の電流が走るのを感じた。要するに、ビビッときたのである。

 彼の瞳は煌煌と、あるいは炯々と輝いており、見た目では三人の中で一番鋭く、一番力を蓄えており、かつ一番やる気がありそうに思えた。ま、見た目だけだけれど。


「それでは鷺沢さん。自己PRをお願いします」

 大愛さんが変わらずそう淡々と言う。

 すると、彼――鷺沢くんはその目をキラリと輝かせ、ついで「ハイ!」と歯切れよく声を上げるなり、こう言ったのだった。

「俺は学生生活の間に、一億円稼いだ男です!」


 ――正直これには私も度肝を抜かれてしまった。

 一億円って……。

 私だって、貯金がやっとこさ百万行くか行かないくらいだと言うのに。……まあ、これは私が結構使っちゃうほうだっていうこともあるんだけれども。でもこのままじゃなんかあったとき、不安だよなあ。ちゃんと貯金したほうがいいのかなあ。って、いやいや、そうではなく。眼の前に集中しろ、私。パシン(心の中で頬を打つ)。

「やっていたのは教育系のビジネスです。毎週何十人かくらいを相手に回しておりまして。えー。とはいえ、一億を稼ぐことはそんなに難しいことではないと俺は考えているんですよ。要は、大切なのはビジネスモデルと、それからあとは人をうまく動かすことでして。だから学生時代はずっとどう人を動かすかを考えていましたね」

 すると彼は独自のビジネス理論をつらつらと語り始めたのだが――。

 正直、私は開いた口が塞がらなかった。

 こんなタイプの人間が世の中に存在していること。それ自体は私だって知っているつもりだったのだが、なんというのだろうか。それをどこか、絵空事のように感じていたのである。

 大企業であるから、周りもみんな、言っても同じような人間であるし、同じように歳をとって、まあまあ中の上くらいの生活を送って、同じように死んでいくんだろう。そんなふうに考えていたのであるが、しかし。そんな私よりも何歳も若いにも関わらず、ここまで考えている人間がいるのである。

 これからは年功序列がどんどん崩れていくと誰かが言っていた。「終身雇用を守っていけない」という経団連のおじいさんの発言はニュースとして日本全土を飛び回った。

 そう。よく考えれば、ここにいる三人はいずれも私よりもすごい経歴を手に入れていると言ってもいいかもしれない。

 そんな中で、今はいいが、これから先。仕事を失う可能性があるのは、果たしてどちらだろうか。何年か後で、もしまた私達が面接の場で出会ったとしたら、私の立場は今日と同じく面接官であれるのだろうか。今のままでは、もしかすると逆転しているかもしれない。

 彼のその自信満々な自己PRは、私にとって、様々なことを考えさせられるきっかけとなった。

 ――ともかく、がんばろう。明日よりも先の、自分のために。

 そう思ったとき、彼の話は終盤に差し掛かってきていた。

 彼は軽い調子で、こう言った。


「でもまあ、一度面倒な客が弁護士立てて粘ったせいで、塀の中で三年過ごすハメになりかけたときはマジ死のうかと思いましたけどね!」


 ――は?

 へ、なに?

 塀の中? 三年間?


「すみません、それはその……」

「あいや! この話はいいんですよ! 面白い話でもないんで! それに、もうお時間ですよね?」

「そうですね」

 大愛さんは腕時計をチラと見てそうつぶやく。

「ですよねぇ~。じゃ、これ以上は割愛させていただきます」

「はい、ありがとうございました」

 大愛さんは淡々とことを進めていきました。

 私が口をパクパクさせている隣でね!

 え? なに? このまま締めるの?

 いま、絶対なんかまずいこと言おうとしてたよね?


 しかし、そんな私にはお構いなしに、大愛さんは三人を見回してこう言った。

「それではこれで、私どもからの質問を終了させていただきます。それでは今度は逆にみなさんの方からの質問を受け付けたいと思うのですが、なにかございますでしょうか。……それでは、まずは右澤さんから順番にお聞きしていきましょうか。ではまず、右澤さんからお願いします――」



※※※



「なあ」

 その面接が終わってからの昼休み。大愛さんが私にふと声をかけてきた。

「さっきの子たち、惜しかったな。しゃべりさえ良ければ、検討の価値ありという感じだったのに。時間の使い方が、まだなってないという感じだ」

「まあ、そうでしたね……」

 私もそんな大愛さんの言葉に、苦笑しながら頷く。確かに彼らの自己PRは稚拙だったと言わざるを得ない。大体ミス・ユニバースやプログラミングオリンピックみたいなスタミナたっぷりガッツリメニューを、バイトのサブリーダーやらサークルの副部長のお話のお漬物みたいな感じで出してくるだなんて、ちょっとセンスがない。これがもし逆だったとすれば、私としてもストレスなく無条件通過させていたと思うのだが。


「でも、三人目は良かったよな?」

「え?」

 私はちょっとびっくりして大愛さんを二度見してしまった。

「お前はどう思う?」

「え、えぇ、そうっすねぇ~!」

 私は若干引きつった笑顔を浮かべて、ともかくその場をやり過ごすべくこう言った。

「ま、まあ、しっかりした子だと思いますよ! 私も」


 ――その後、かくかくしかじか、うまうままるまるあり、私はその職場から転職することを決意したのである。

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