第40話



「ふあ~あ……眠い……」


 大石は休日だと言うのに早くに目を覚ましていた。

 暖かい布団から起き上がり、大石は洗面所で顔を洗い、ひげを剃って身支度を始めた。

 休日はいつも起床時間の遅い大石だが、今日に限って何故こんなにも早く起きているのか、それは今日がクリスマスだからだった。


「はぁ……俺はなんであんな約束を……」


 保険医である保永愛奈とクリスマスに食事に行こうと約束した大石。

 しかし、あまり気は乗らない。

 上手くエスコート出来るだろうか?

 そもそもデートなんて久しぶりだが大丈夫なのだろうか?

 そんな不安な事ばかりを考えてしまい、デートとは言ってもあまり嬉しくは無い。


「はぁ……夜はあいつらに付き合わなきゃならんし……なんか仕事してるのと変わらないな……」


 大石はそんな事を一人で呟きながら、顔を洗って着替えを済ませた。

 愛奈と約束した時間は午後11時に駅前の噴水の前で待ち合わせだった。

 まだ時間に余裕があると思った大石は持ち物の確認をしていた。


「……これは……渡すべきだよな?」


 大石は今日がクリスマスと言うこともあり、一応愛奈にクリスマスプレゼントを用意していた。

 とは言ってもあまり高価な物ではない。

 しかし、クリスマスと言うイベントが今日なのに違いはないと思い、大石は先日急いで準備をしたのだった。


「折角買ったしな……さて、行くか」


 戸締まりを済ませ大石は愛奈と約束した駅前に向かって歩き始めた。

 外はいつも以上に冷え込んでいた。

 夜には雪が降るなんて予報も出ており、クリスマスである今日にはぴったりだが、大石はあまり嬉しく無かった。


「うー寒いなぁ……」


 コートのポケットに手を入れ、大石は駅前に急ぐ。

 駅前には結構人が居た。

 その中でも目立つのはカップルだ。

 

「待った?」


「いや、全然。行こっか」


「うん!」


 そんな会話が大石の耳にも入ってきた。

 自分にもそんな時期があったな……なんて事を考えながら大石は愛奈が来るのを待った。 

『……そろそろハッキリしてあげないと可愛そうですよ?』


「……そんな事を言われてもなぁ……」


 大石は松島先生から言われた言葉を思い出した。

 そんな事を言われても大石にはわからなかった。

 自分のどこがそんなに良くて、愛奈が自分に好意を抱いてくれているのかが……。


「はぁ……確かに美人だが……」


 年下で美人、しかも生徒からは人気で、学校では男子生徒の憧れの的だ。

 そんな人と自分が釣り合うなんて大石は思った事が無かった。

 

「えい!」


「ん?」


 考え事をしていた大石の視界が急にくらくなった。

 一体何事かと思ったが、次の瞬間大石は何が起きたのかを理解した。


「だ~れだ!」


「………何をしてるんですか、保永先生」


「正解でーす!」


 そう言って大石の背後にいた愛奈は石崎の目の前に現れた。

 白のコートに黒の手袋、髪をサイドで括り、香水の良い香りが大石の鼻に香ってきた。 

 

「どうも、今日も元気そうですね」


「そうですか? そう言う先生は死んだ魚みたいな目をしてますよ?」


「それは私のいつも通りの表情です、じゃあ行きましょうか」


 大石は平静を装ってはいたが、学校で見る愛奈とは違い、私服姿の愛奈にドキッとしていた。

 確実に美容室に行き、化粧もバッチリで、大石の目にはいつも以上に綺麗な愛奈が写っていた。

 こんな綺麗な女性と自分が今からデートをすると思うと、人生は何が起こるか分からないと実感する。


「あ、大石先生」


「どうしたんですか?」


「あの……手とか繋ぎません?」


「え……まぁ良いですけど」


「じゃあ、早速……」


 愛奈はそう言うと、恐る恐る大石の手を握った。

 愛奈の手は柔らかく、大石は随分久しぶりに握った女性の手の感触に少し驚いていた。

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