第19話 モテモテ?

 青蘭から語られた衝撃の新情報の朝から、早くも昼休みが訪れた。

 昨夜のひりつく様な経験から一気に日常に戻る。

 いつもなら、集中出来ていた退屈な授業も全く身が入らなかった。

 それは単に昨日の疲労と経験からくるものであり、そして朝の新たなる敵について考えていた。

 まぁ、もちろん一般人である俺に、すぐに対抗策が浮かぶはずもなく、先生に注意されて終わった。

 ちなみに、青蘭は俺と別れた後、昼休みが始まる10分前に教室に来た。それまで、ずっと屋上にいたらしい。

 先生は、青蘭に関して何かを言うことを諦めたらしく、教室に来ても何も言われていなかった。

 その自由奔放な様に、思わず「昨日殺し合ったよな?俺の夢じゃないよな」と自問自答したくらいだ。


「………………………」


 音楽を聴きながら、中庭を通る。

 食堂下のちょっとした広場に着く。

 そこには、ずらりと自販機が置いてある。

 俺は小銭をチャリチャリ鳴らして、手元で弄びながら、自販機の前をウロチョロいているとーー


「うおっ」


 急に視界が塞がれた。


「おい、やめろや。男同士で気持ち悪い、だ、ろ」


 最初、翔の仕業かと思ったが、言ってておかしいなと思う。

 男にしては、やけの指が細く、手のひらが薄い気がした。


「………誰?」

「わたし」


 どこかで聞き覚えのある女性の声だった。


「いや、ほんと誰?」


 突然、知らない人に目隠しをされて、めちゃくちゃ怖いんだが。

 手を振り払い、後ろを振り向く。

 すると、そこには、静海月子がいた。

 静海月子。

 腰まで届きそうなサラサラな漆黒の髪。

 前髪は眉毛ほどの位置で切り揃えられている。

 いわゆる姫カットというやつであり、古き良き日本人的な顔立ち、あまり肉のついていない華奢な肢体、それらと相まって、どこか上品な日本人形のような雰囲気があった。


「静海さん」

「こんにちは、菊間くん」


 静海さん、俺の名前知ってるんだ。


「ってか、静海さん、こんな事するタイプなんだね」

「いつもならば、しないのだけれど、今日は別よ。とても良いことがあったのよ」

「へ〜〜、何があったの?」

「教えないわ、私だけの秘密」


 そう言って、唇に指を当てながら、クスクスと笑う。

 その様は、全ての男を魅了するのではないかと思えるほど、妖艶であった。

 てか、ほんとに機嫌が良さそう。よほど良いことがあったんだな。

 特別クールな静海さんじゃなくても、こんなことはしないだろう。


「気になるけど、今はいいや。それで、どうしたの?」


 静海さんの奇行で気を取られてしまったが、俺にちょっかいをかけて来たのには、何か要件があるからだ。


「いや、もう、終わったわ」

「へっ?」


 そんなことある?

 学校1の美少女が何の用もなく、冴えない学生である俺にちょっかいをかけてくるなんて………漫画かよ。


「………」


 まぁ、いいや。

 静海さんを無視して、自販機に150円入れてお茶を買おうとした時に、横から手が伸びる。そして、ガタンという音と共に、ミルクティーが落とされた。


「おいっ、何してくれてんの。

 こんな甘ったるいのバカしか飲まねぇよ」


 勝手なことをしてくれた静海さんに文句をつける。


「菊間くん、いま世の女子高生を敵に回してるの分かってるのかしら」


 なんか知らないけど、悪いことをしてるのに、静海さんは上からだ。


「あら?というか、photograph聴いてるの?」

「おい、俺の話まだ終わってないぞ」

「はいはい」


 むっちゃ軽く、あしらわれる。


「………なかなか良い趣味してるわね」

「サンキュー、俺この歌手が結構好きなんだよな」

「確かに良いわよね。ちょっとホームシックな曲が多い気がするけど」

「ははは、確かに」


 言って、やはり違和感を感じた。

 高嶺の花と会話しているということに違和感を感じた。

 はぁ、なんか疲れるな。

 内心でため息をついた。

 喉を癒そうと、買ったミルクティーを流し込む。

 その際、やけに静海さんから視線を感じたが、気のせいかもしれない。


「あっま」


 うへぇ、と舌を出す。

 久しぶりにミルクティーなんてものを飲んだ気がする。


「ちょうだい」


 静海さんは一言口にして、手に持つミルクティーをひったくる。

 俺の了承を得ていないのに。


「ちょうど、私も喉が渇いたから、私はこれを飲むことにするわ」


 そう言って、俺の口がついたミルクティーを静海さんは掲げる。

 これは自分のものだと言わんばかりに誇示する。


「変わりに、私が何か奢ってあげる。感謝しなさい」

「はぁ〜〜、いや、それ、元々俺の金やからな」


 まさか、お淑やかで有名な学校一の美少女静海月子。

 しかし、実際は全然、違う。どちらかといえば、女王様ではないか。

 噂とはこんなにも、しょうもないものか。


「まぁ、じゃあ、お茶で」

「ふん、面白くない男ね」

「うるせぇ」


 悪態をつく間に静海さんはお茶を買う。

 手渡す。

 俺は開栓して、お茶を流し込む。


「美味しい」


 冷えたお茶が喉を潤し、その後に僅かな渋味が訪れる。


「そういえば、この前駅の近くのホテルで、屈強な外国人5人組を見かけたのよ。

 こんな田舎の街で見かけるなんて、珍しいわよね。何かボディビルの大会でもあるのかしら?」

「ふ〜ん」


 全く興味のない話に、受け流そうとして、はたと動きを止める。

 外国人5人組。引っかかる。

 奇しくも、今朝、青蘭から聞かされた内容と一致する。

 その5人組が本当に魔術師かは、分からない。もしかしたら、ただの観光客という可能性もある。

 だが、少なくとも、調べる必要はあるだろう。

 家に帰ったら、セラフにこの事を話そう。 

 俺はそう決めた。


「それじゃあ、私は行くわ」


 そう言うと、静海さんは艶やかな長い黒髪をたなびかせ、優雅に立ち去る。


「うん、あっああ、ありがとう」


 遠くの静海さんは腕を上げて、それに応えた。

 あれ?何で俺、感謝したんだろ?

 そう疑問に思った。


 ##########################


 ミルクティーのペットボトルを握り締める静海は、星斗が見えなくなった所まで来ると、人の目に入らない、建物と建物の間の陰に身体を滑りこませる。

 静海はぺたんと地面に座り込むと、ペットボトルを開栓し、星斗が口をつけた部分をーー


「………………はぁあ」


 恍惚とした表情で見つめ、陶酔したした声をあげる。

 静海月子には、夢があった。

 否、静海月子の胸のうちにある思いは、夢なんてキラキラと美しく澄んだものではない。

 静海家始祖から連綿と受け継がれた悲願であった。

 それは、人の身で銀河を版図するような途方も無い、無限回廊を彷徨うほどの道のりと言えた。

 人の身に余る願望を抱き求めるならば、精神も異常だ。通常でいられるはずがない。


「ふふふ、愛してるわ」


 静海は、ペットボトルをまるで星斗のように見立てて、熱い抱擁をする。

 静海は湿気って濡れた地面から立ち上がった。

 ペットボトルを赤子のように大切に抱えて、歩き出した。


「帰ろう。夜の準備をしなくてはならないわね」


 ###########################


 6限のチャイムが鳴ったと同時に学校を出て、バスに乗りこみ、急いで家に帰った。

 秋は終わり、12月上旬。

 家に着く頃には当たりは、夜闇に覆われていた。

 背後から刺されるんじゃないかと警戒しながら住宅街を歩いていると、自宅に到着した。


「はぁ、あいつは大人しく留守番してくれてるかなぁ」


 なんて言ったが、そこまで心配はしていなかった。

 暇すぎて一度は、学校に乗り込んできたセラフも、昨夜の件から大人しく俺のいうことを守って、家でゆっくりしてくれているだろう。


「ただいまー」


 家の扉を開く。返事がない。

 いつもなら、俺が帰って来たと同時に、セラフは玄関まで来てくれるのに、今日は来てくれなかった。

 少し寂しい思いを抱きながら、玄関で靴を脱いでリビングまで行く。


「いたいた」


 セラフはリビングにいた。

 リビングでは、セラフは号泣していた。


「何してんの?」


 俺は呆れながら尋ねる。


「おがえり〜〜」


 鼻が詰まってガラガラな声で答える。


「アニメを見ていたの」


 テレビに視線を向けると、何年か前の感動系のアニメが流されていた。

 いつしか、天使がサブスクでアニメを観る時代になったらしい。知らなかった。

 そんなしょうもない事を考えている間にも、セラフは語り出す。


「人間って凄いなぁ」

「何だよ急に?」

「だってそうでしょ?

 人間なんて、ほとんどが魔術も使えなければ、単独で空も飛べないような非力でひ弱な、群れなきゃ何にも出来ない動物。

 自然界じゃ、そこまで上位の動物じゃなかった筈。それでも、虚構っていう人間が唯一持つ武器を使って、自然界から勝ち残って地球の頂点に立っている」

「虚構?知性とか科学じゃなくて虚構?」


「ええ。

 虚構•フィクションは、人間だけが持つ大きな特性だと私は思うわ。

 権威や信仰、恐怖や欲望などなど。およそ人間を惑わす、全てには虚構が介在し、付き纏う。

 ならばその、虚構とは、どこから発生するのか。

 それは未知。

 人間は未知に対して恐怖し、思いを馳せる。

 それが、恐怖に転じるか愉楽に変わるか、はたまた悲哀か憤怒か。それは、分からないけど。虚構によって生まれた感情こそが、人間という種を進化させ繁栄させてきたのよ」


 長々と語るセラフの人間への考え方に聞き入る。

 話が壮大すぎて、しっかりとした感想は出てこないのだが。

 何というか、天真爛漫なコイツも結構考えてるんだな、なんて事を思った。


「なんか、哲学みたいだ」

「フフフ、どうかしら?私、もしかしたら学者になれるかしら?」


 かけてもないのに、眼鏡をスチャッと上げる動作をする。


「バーカ、調子乗んな」


 やっぱり、こいつは何も考えてないのかもしれない。

 もしかしたら、何かの本をそのまま引用しているんじゃなかろうか。

 そんな疑いの眼差しを向けながら小突く。




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救星姫 依澄 伊織 @koujianchang

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