こたつの中の国

トマト

第1話

 にゃー太がいなくなった。  


 部屋飼いなのに。  

 そんなバカな。  

 どこにもいない。

 僕は必死で探した。


 にゃー太は僕が拾ってきた。

 学校の帰り、河辺に置いてあったダンボールの中で猫がにゃーにゃー鳴いていた。  

 大人の猫で、脚に怪我していた。  

 お母さんは「怪我して飼えなくなった猫を捨てたんだ」と怒っていた。  


 お母さんに土下座して泣いて頼んで、うちの猫になった。    

 お母さんはあんなに嫌がっていたくせに、今ではにゃー太をめちゃくちゃ可愛がっている。

 にゃー太は脚があんまり良くないので、外には出さない。  

 出たがるけど、危ないからだめだとお母さんが。  だから、勝手に出ないように見張らないとダメなんたけど、いつも窓やドアが開いてないか気をつけているのに、にゃー太がいない。  


 僕は心配で真っ青になった。



 どこを探してもいない。  

 で、思いついたのが、こたつだ。  

 にゃー太はこたつが好きだ。

 今年も、こたつをお母さんが出した時にはものすごく喜んでた。  

 中に入っているのかもしれない。

 

 僕はリビングのこたつの布団を持ち上げた。    



 波の音がした。

 白い砂浜が見えた。

 浜辺の風の匂いかした。    


 僕は布団を下ろした。  


 「え」  

 僕はつぶやくしかなかった。  

 

 こたつにおそろおそる足だけいれてみた。  

 普通のこたつだ。  

 電源の入っていないこたつ。  


 僕はもう一度、こたつの布団を持ち上げた。  

 

 白い砂が手を伸ばしたらさわれそうに近く見えた。  波が見えた。  

 砂がさらわれ、また戻ってくる。

 穏やかな砂辺。

 波の音がした。    


 僕はもう一度布団を下ろした。  


 「ええ?」

 

 でも、布団を下ろして足を入れれば、やはりただのこたつで。


 僕は悩んだ。


 でも、にゃー太がここに行ったことは間違いない。


 にゃー太は僕の猫だ。  

 にゃー太が来てから、帰りの遅いお母さんを待つのももう、寂しくはなかった。  

 にゃー太を探さなければ。  

 僕はこたつの布団を上げて、その砂辺へおりた。


 うわあ。

 僕は驚いた。  


 どこまでも続くような砂浜。

 緑色、藍、青、水色、  

 青いだけじゃない 、

 場所によって色を変える海。


  暑い。  

 

 テレビでみた南の島のようだった。  

 僕はセーターを脱いだ。

 シャツ一枚になる。    

 

 こたつはどこにあるんだろ、僕は自分が下りてきたところを振り返った。  

 空間にこたつ位のおおきさの切り込みがあり、こたつの内側が見えていた。  


 手を伸ばせばこたつ布団に触れることができた。


 ここを登れば戻れる。

 僕は安心してにゃー太をさがしはじめた。



 「にゃー太、にゃー太」  

 僕はにゃー太をさがす。


 にゃー太が大好きだった。

 にゃー太は人の言葉が分かる。  


 初めて会った時からそうだった。


 「僕の家に来る?」  

 そう聞いたら首を傾げた。  

 「お母さんがなんとおっしゃいますかね」  

 そんな感じの傾げ方。  

 「大丈夫、僕が説得するから」  

 そう言ったらにゃー太は鳴いた。  

 「まあ、ムリならムリでいいですから」  

 みたいな鳴き方だった。    


 「お母さん 、お願い」

  僕が土下座する横で、並んで座ってにゃー太も鳴いた。  

 「どうかお願いします」  

 そう言っているように。    


 「あんたのにゃー太が並んでお願いするから負けたのよ」とお母さんも後で言っていた。


 にゃー太は人の言葉がわかる猫なのだ。  

 大事な大事な僕の猫。



 そして僕はにゃー太を見つけた。


 にゃー太は女の子と一緒にいた。

 砂浜の岩に腰掛けて、女の子はにゃー太を抱いていた。  


 女の子は、僕が今まで見たことのないような女の子だった。    

 髪の毛が真っ白だった。

 そして、瞳の色は銀色だった。

 そして、青い皮膚をしていた。    

 淡い、青い肌。

 

 でも、女の子はとても綺麗だった。

 妖精ってこんな感じなのだろうか。


 女の子はにゃー太を抱いていた。    


 「にゃー太! 」  

 僕はにゃー太に向かって駆け寄りながら、女の子に戸惑っていた。  


 女の子も僕に戸惑っていた。


 女の子は変わった服を来ていた。  

 四角の袋を切りぬいたみたいな。

 貫頭衣。  

 お母さんが買ってくれた歴史の漫画本でこんなのあった 。  


 女の子は僕を見て驚いたように目を見開いた。

  妖精?  

 この子が人間ではないことはわかった。  

 人間よりもはるかに目が大きくて、指が6本あったから。  


 にゃー太が僕に向かって、女の子の腕の中から鳴いた。


 「探しにきてくれたんですか」  

 そう言ってるみたいだった。    


 「僕の猫なんだ」

  僕は女の子にいった。

 

  言葉が通じるかな。  


 「あなたのお友達なのね」  

 女の子はにゃー太を僕に渡してくれた。  

 違う言葉を話していたけれど、何故か意味はわかった。  

 女の子は僕より少し背が高かった。



「もう少しだけ、いてくれない?」

 にゃー太を連れて帰ろうとする僕に女の子は言った。


  寂しそうだった。  


 「わたし、一人ぼっちなの、もう少しいて欲しいの」

 僕は驚いた。  

 「君はここに一人なの?」  

 女の子は手をゆらゆら動かした。


 とうやら、これが頷くのと同じ意味みたいだ。  


 「セリナカが海の向こうへ行ってしまうまでは二人だったのだけど」


  意味がわからず、説明してもらったら、セリナカと言うのは母親のおじさんと言う意味らしい。  

 海の向こうへ行くっていうのは僕達の「お星様になる」意味と同じようだ。  


 ここはどこなのだろう。

 少なくとも僕の知っている地球ではない。

 地球の海は真水じゃないからだ。


 ここは小さな島で、女の子はセリナカと二人でずっと生きてきたのだと言った。  

 セリナカが、亡くなってからはずっと、一人だと。


 「一人なの?」

 僕は信じられなかった。

 僕とそんなに変わらないのに、たった一人で生きているなんて。  


 「他の人は?」

  僕が尋ねたら、女の子は首を振った。

 「ここが最後だと、セリナカは言っていたわ。わたたちは間違えたのだと」

 何を間違えたのかは女の子にもわからなかった。  「わたしの罪ではないことを知らなくてもいい、とセリナカは言ったわ」

  女の子は静かに言った


 僕はそれから女の子の手伝いをして魚を採ったりした。   

 楽しかった。  


 女の子はなんでもできた。

 釣りも、魚も捌くのも。  


 不思議な形の魚、ドーナツみたいに真ん中に穴があったりする、を捕まえて、浜に並べて干したりするのも手伝った。

 保存食になるのだとか。

 夕食をすすめられたけど、僕は断った。

 お母さんのご飯を、残すことは許されないからだ。  にゃー太だけは魚を食べていた。


 そして、さすがにお母さんがかえってくる時間になったので、空間の切れ目から家に戻った。


 女の子に言う。   

 「また来るよ」  女の子は手を振った。

 肌が青くても髪が白くても、指が6本あっても、瞳が銀色でも、 こんなに綺麗な女の子を見たことがなかった。


  僕はこたつの中にもどった。



 それから毎日が楽しくなった。

 お母さんが帰るまでの時間は、楽しい時間に変わった。  

 にゃー太が来てからは寂しい時間ではなくなってはいたのだけど。  

 僕にはにゃー太以外友達なんていなかったから。 

 新しい友達が嬉しかった。

 

  僕はそれから毎日、こたつの中を通って女の子と会う。

 女の子は色んなことを教えてくれた。  

 釣り、狩り、植物の捕り方。  

 料理の仕方も 動物の皮を剥ぐところからだったので面白かった。


 女の子は良く笑った。 

 にゃー太にも良く話しかけて、にゃー太はニャアニャア返事をしてた。  

 楽しかった。  

 でも、女の子の名前は難しすぎて発音出来なかった。

 

 

 その日、僕が入る穴が狭くなっているのに気付いた。

 次の日、もっとちいさくなってた。

 その次の日はもっとちいさくやっと通れる位だった。  

 

 明日は通れない。  

 僕は思った。  

 

 「君もこちらへ来るんだ、こんなところで一人ぼっちだなんて」

 お母さんはすぐ怒るところがあるけれど 誰よりも優しい人だ。

 女の子がこんなところに一人でいる位なら、連れて帰っても許してくれる。  


 「わたしはあなた達とは違う、だから、ダメ」

 女の子は手を波打つように動かした。


 これが「いいえ」の意味なのを僕はわかっている。


 「でも、一人になる」

 僕は女の子と離れたくなかった。  

 僕の大事な友達だった。

 にゃー太と同じくらい大切な。  


 でも、女の子は絶対に僕達のところへ来てくれなかった。  

 その夜僕は泣きながら寝た。

 明日はもう、あそこへいけないことはわかっていたから。


 次の日、穴は僕が絶対に通れない位になっていた。

 女の子は穴の向こうから僕とにゃー太を見ていた。  

 「明日はきっとここも閉じるわ。ありがとう。一緒にいてくれて」

 女の子は僕を見て言った。

 僕は手を伸ばす。

 女の子も手を伸ばす。 

 彼女の青い指に触れる。  

 銀色の瞳が揺れてる。


 一人で生きていくの。 

 たった一人で。

 そんな、そんな。


 「わたし達は滅びることをしたから滅びるしかないって、それはわたしの罪ではないけれどって、セリカナは言ってた」  

 女の子は言った。  

 

 君はどこかわからない世界でたった一人で生きて行くというの?  

 僕は泣いた。  


 その時にゃー太が鳴いた。



 にゃー太は僕の顔を見て鳴いた。

 そして、穴の方へ向かって行く。  

 そう、この穴はにゃー太ならまだ通れる。  

 そして、もう一度僕を見て鳴いた。  


 「お世話になりました 。俺はあの子のところへ行きます」  

 そう言っているみたいだった。  


 一人ぼっちでお母さんを待つ僕のところへにゃー太は来てくれた。  

 そして、今、女の子のところへ行こうとしている。   

 僕は苦しんだ。  

 僕は友達を二人、初めて出来た友達を二人失うことになる。  


 でも、僕は。    


 「行って、にゃー太。あの子を助けてあげて」

 僕は泣いた。  


  胸が千切れそうだった。  

 「大切にして、僕と君の大事な友達だから」 

 女の子に僕は叫んだ。



 僕は女の子の手を離した。

 にゃー太は女の子の腕の中に、穴から飛び込んで行く。


  穴が閉じていく。  

 女の子がにゃー太を泣き笑いしながら抱きしめるのが見えた。  

 もう、あの子は一人じゃない。  

 あの世界に一人ぼっちじゃない。

 なら、僕は耐えられる気がした。  



 僕はにゃー太を失った。

 僕の猫。

 僕の友達。    


 にゃー太がいなくなって泣いている僕にお母さんは何も言わなかった。  

 僕が泣きながら話す話は信じては貰えなかったけれど。


 留守番ばかりする子供の、空想。

 僕の話はそれで終わった。  

 お母さんは猫を拾って帰ってきた。    


 ミイとお母さんをが名付けた。  

 ミイとはにゃー太みたいに友達では、ない。  

 楽しい仲間だ。  


 ミイはにゃー太みたいに人の言葉を理解したりもしないけど、それなりに仲良くやっている。  

 いてくれたなら、寂しくはない。  


 ミイは僕の話を聞いてくれたりしないけど、それでも、ミイに話したりはする。  


 こたつの中にあった国。   

 そこにいる一人と一匹の友達の話。  

 その話をしている時、思い出している時、僕は一人じゃない。    


 あの島であの子とにゃー太は、話をしながら、魚を採ったり、食べたりしているのだ。  

 そして、僕もそこにいる。  


 これは、僕の大切な物語。  


 こたつの中にある国のお話だ。



 おわり


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

こたつの中の国 トマト @kaaruseigan1973

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ