第6話 お嬢様、猫語でございます。

「にゃあ」

 タニアお嬢様と目が合うたびに、そう話しかけられます。

「なーご」

 この世界の言葉は、なぜかわたくしにもわかります。死んだらバイリンガルになりました。

 しかし、残念ながら猫語はわかりません。


 この世界でお嬢様の背後霊となって、もう一年経ったようです。なにしろ、肉体が無いので暑さ寒さも関係なく、目にするのは赤子のお嬢様の周囲三メートルなので、季節感と言えばお嬢様や奥様のお召し物の変化しかありません。

 お嬢様の金髪も伸びてきました。いわゆる御令嬢と言えば縦ロールと相場は決まっておりますが、お嬢様の愛くるしさならキツイ印象にはならないでしょう。髪をセットする女中は大変でしょうけど。


 お嬢様もよちよち歩きを始められ、奥様も女中たちも目が離せなくなりました。ドアの取っ手に届くようになったので、放っておくとどこへ行くかわかりません。なので、常に誰か一人があとをついて行きます。

 わたくしも、お嬢様に引きずられる形で、今日もお屋敷巡りです。

 日本人の感覚では、かなり広いと感じます。生前お仕えしていたお屋敷は、地方の旧家でしたが、それよりも広く部屋数もあります。


 かちゃり。

 その一つの部屋のドアを開けて、お嬢様が入ります。わたくしも一緒に。

 しかし、女中が入ろうとする目の前で、ニコニコ笑うお嬢様がドアを閉めてしまいました。そして、わたくしの方を向いて、話しかけてくださるのですが。

「みゃあ、みゃあ」

 相変わらず猫語です。

 奥様や他の者たちには、普通に「あーあー」とか赤子らしい喃語なんごなのに、なぜか私にだけは猫語です。

 こんなことなら、生前に猫の一匹でも飼ってみるべきでした。



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