第6話 ジークハルトとの朝食


◆◆◆ <フローラ視点>


 劇団に入団した翌朝、フローラは朝食をとるためにダイニングへ向かった。

 部屋に入ると既にジークハルトが席についていた。相変わらずの眩い美しさである。


「おはようございます、ジークハルト様。」


「ああ、おはよう、フローラ。よく眠れたかい?」


「ええ、お陰様でとても気持ちよく休ませていただきました。」


 にっこり笑ってジークハルトに答える。


「それはよかった。ところでフローラ……。」


 ジークハルトが目を細め、フローラの目をじっと見たまま言葉を続けた。


「昨日、町にいたみたいだが何をしていたんだ?」


 彼の言葉を聞いて内心どきっとした。そして昨日の行動を思い出しあらゆる可能性を推測する。

 一体どの時点でどこにいるところを見られたんだろう。変装した後はばれないはずだからルーカスのアパートに行く前かしら。

 彼の射貫くような眼差しに少々動揺してしまったが、そんな感情を表に出さないように平然と微笑みながら答えた。


「昨日は王都の町を見て回っていたのです。子供の頃以来ずっと見ていなかったのであまりの人の多さにびっくりしました。」


「……ほお、それでどこを見て回ったんだ?」


 ジークハルトがにっこりと笑いながらさらに追及してくる。

 なんだかすごく突っ込んでくるわね。何か不審な点でもあったのかしら。


「王都で一番大きな劇場を見にいって、その後は街並みを楽しむために散策をしました。ポプラの並木がとても雰囲気があって素敵でしたわ。」


 フローラはうっとりしながらジークハルトに答えた。これ以上はもう突っ込まないでくれと心の中で願いながら……。




◆◆◆ <ジークハルト視点>


 ジークハルトはフローラの答えを聞きながら彼女の瞳をずっと観察していた。

 彼女は笑ってはいるがあの時見た表情とは全く違う。でもやはりあの時に見かけたのは彼女で間違いなかったようだ。


 しかし散策という割には劇場からどこかへ真っ直ぐ向かっていたようだが……まあいいだろう。

 お互いのプライベートに口を出さないという契約がある以上、フローラがどこで何をしようが干渉すべきではない。そう考えてジークハルトはそれ以上の追及をやめた。

 だがジークハルトの頭の奥には、あのフローラの少女らしいきらきらとした輝かしい表情がずっと焼きついていた。


「君が楽しめたようでよかった。ところで君は家族と離れて寂しくはないか?」


 そう尋ねると、フローラは一瞬目を瞠ってすぐに柔らかい笑みを浮かべて答えた。


「ええ、寂しくはありません。このお屋敷に来て皆さんとてもよくしてくださいますし、ジークハルト様もお優しいですから。」


「そうか、それならいいのだが。」


「あの、ジークハルト様。実はしばらくの間王都の街を見て回りたいのです。昨日行けなかった所や美味しいレストランも行ってみたいので、今日は夕食は外で食べてまいります。」


「ああ、自由にするといい。ただ、王都は決して治安のいい場所だけではない。あまり路地裏や暗い所には行かないようにしなさい。」


「分かりました。気をつけます。」


 フローラは安心させるようににっこり笑ってジークハルトに答えた。




◆◆◆ <フローラ視点>


 フローラはジークハルトに優しい言葉をかけられたことに若干驚いていた。

 今までの彼の言動から、全く自分に関心がないものと思っていたからだ。だから彼の言葉を聞いて少し驚いてしまった。


 彼は朝食を終えるとフローラに優しい微笑みを浮かべて話しかけた。


「フローラ、もし私がいないときに何か困ったことがあったら、オスカーにでも伝えておいてくれ。それじゃ仕事にいってくる。」


「いってらっしゃいませ、ジークハルト様。」


 席を立ってダイニングを出ていくジークハルトを見送り、フローラも急いで朝食を済ませて部屋に戻った。


(ジークハルト様はたびたび街へ来られるのかしら。もっと慎重に行動しないといけないわね……。)


 そう考えながらフローラは部屋に戻ると街へ出かける準備を始めた。


(ルーカスのところにもあと何着か変装用の服を用意しなくっちゃ。それとお世話になるのだから何かお土産でも買っていこうかしらね。)


 こっそりと劇団活動をするのはやむを得ずのことではあるのだが、フローラは秘密に活動するのが後ろめたくも段々楽しくなってきていた。なんだかスパイみたいでわくわくする。そうだ。変装用にウィッグを購入してみよう。眼鏡もいいわね。


 外出の準備を終えると、フローラは夕食がいらないことをオスカーに伝え、今日も馬車で街へ向かった。

 これからのことに胸を膨らませ、フローラの心には、まるでこの初夏の青空の下に流れるような爽やかな風が吹き抜けていた。




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