第3話 再会とお出かけ


◆◆◆ <フローラ視点>


 翌朝、朝日が昇る少し前にフローラは起床し、エマに声をかけた。


「おはよう、エマ。侯爵様はお帰りになってらっしゃるかしら。」


「おはようございます、フローラ様。旦那様は昨夜遅くにお帰りになられました。朝食の前にお話をなさいますか?」


「そうね、侯爵様の準備が整ったらお話させていただきます。」


 その日はシンプルなドレスを身に着け、薄く化粧を施し、髪を三つ編みに結わえて横に流した。


(うん、いい感じに仕上がったわ。いくら地味といっても目障りにならない程度には綺麗にしておかなくちゃ。)


 少し経ってからようやくジークハルトに面会することができた。


「侯爵様、おはようございます。昨日はこちらのお屋敷でゆっくり過ごさせていただきました。侯爵様には素敵なお部屋とドレスをご用意していただき、ありがとう存じます。」


「おはよう、フローラ。ジークハルトと呼んでくれ。君が気に入ったなら何よりだ。昨日は帰りが遅くなって顔を合わせられなかったが、これからも夜は私を待たずに先に休みなさい。」


「お心遣いありがとうございます。あの……わたくし、今日は外出させていただいてもよろしいでしょうか。」


「ああ、契約の通り、昼も夜もお互いに時間を縛ることはしない。君が好きなように過ごすといい。」


「承知いたしました。ジークハルト様、これから末永くよろしくお願いいたします。」


 そう言って深くお辞儀をしてゆっくり顔を上げた。大丈夫、決してにやけ顔にはなっていないだろう。好きなようにとはいっても、さすがに貴族社会の外聞もあるので女優活動のことは言えない。慎重に行動しないと。

 いよいよ今日劇団に入団できるかもしれないと思って高鳴る気持ちを抑えつつ、彼とともに朝食に向かった。




◆◆◆ <ジークハルト視点>


(なんだろう、この違和感は……。)


 ジークハルトはフローラと向かい合わせて食べる初めての朝食の席で、先程の挨拶のときに彼女に感じた違和感について考えていた。

 彼は騎士団副団長である。が、実は王国の暗部の統括でもあった。だから人の表情から嘘や本心かどうかなどを読み取るのは専門分野であった。


(フローラが先程の挨拶で顔を上げたとき、ほんの一瞬目がきらきらしていたような気がするんだが、今見ても今まで通り地味……いや、先日よりは少し華やかになってはいるようだが。)


 そう考えながらフローラと目を合わせると、彼女はそれに気づいてにっこりと微笑んだ。

 気のせいかと結論づけて、朝食を先に終えたジークハルトは「それでは仕事に行ってくる。」と言って先に席を立ちダイニングを出ていった。




◆◆◆ <フローラ視点>


「いってらっしゃいませ。」


 ジークハルトを見送ったあと、ほんの少しだけ急いで朝食を終えたフローラは、部屋へ戻ると早速街へ出かける準備を始めた。

 朝食中、ジークハルトに胡乱げな目で見られていたのには気がついていた。多分劇団に入団できるかもしれない喜びが、フローラの表情に一瞬出ていたのだろう。


(気を抜かないようにしなくっちゃ。ジークハルト様は表情を察知するのがお得意なのかもしれない。……それにしてもいよいよだわ!)


 劇団員募集のページに折り目をつけた雑誌『演劇春秋』と、家から持ってきたショールをバッグに入れ、シンプルなドレスに着替えた。それから用意してもらった馬車に乗り込んで街の中心部へ向かう。

 馬車を降りて「迎えはいいわ。」と御者に告げ、侯爵邸に戻るように指示し、街の地図を見ながら劇場へ向かった。


(ここが劇場ね。とするとこの方向に……あった! 茶壁の赤い屋根の3階建てのアパート。)


 劇場の前に到着したあと周辺を見回し、ようやく目的のアパートを見つけるとそこへ向かって一直線に歩き出した。


(留守じゃないといいけど……。)


 そう思いながらアパートの中に入って2階の部屋へ向かった。


――コンコン


 ノックしてしばらくすると扉が開き、中から栗色の髪と瞳の20才くらいの若い男性が出てきた。彼が嬉しそうに口を開く。


「フローラ! 久しぶりだね!」


「ルーカス、会いたかったわ!」


 ルーカスと堅く抱擁を交わしたあと満面の笑顔で話し始める。


「やっと王都に来れたのよ! わたしの手紙読んでくれた?」


「ああ、読んだよ。婚約おめでとう! でも侯爵家は大丈夫なのか? 君がこれからやることについては……。」


「ええ、少し迷ったのだけれど嫁が女優なんて貴族社会では外聞もよくないと思うし、ジークハルト様にも侯爵家の使用人の方たちにも言わないことにしたの。それでルーカスに協力してほしいんだけど……。」


 もじもじしながらチラチラとルーカスの顔色を窺いつつお願いしてみる。


「ああ、それは構わないよ。おてんば姫。」


 ふざけたような笑みを浮かべてルーカスは答えた。


「ありがとう、ルーカス!」


 彼の言葉が嬉しくて再び抱きついてしまう。

 ルーカスはフローラの4つ上の従兄で、文官の仕事に就いて王都で暮らしている。

 以前からあらかじめルーカスに手紙で連絡し、ここを活動の拠点にさせてもらえないかとお願いしていたのだ。


「じゃあ、早速だけど着替えさせて。」


「ああ、じゃあ僕は隣の部屋で仕事をさせてもらうよ。」


 ルーカスが部屋から出ていったあと、バッグにあらかじめ入れておいた町娘風のワンピースを取り出し、それを身に着けた後、ショールを頭から肩にかけてくるっと巻いた。これで変装は完璧なはず。

 フローラは準備が済むとルーカスに声をかけ、逸る気持ちを抑えつつ月刊『演劇春秋』を持って彼のアパートを後にした。




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