第92話 見守る <ワタル視点>
ここはいつも通っていた馴染みのある通学路だ。ヴァルブルク王国に召喚されたときはここで光に包まれた。
近くにコンビニと公園が見える。遠くから踏切の音が聞こえる。幸いにも周囲に人はいない。
ヴァルブルク王国から戻っていきなり視界に広がるこの風景に、しばらく脳がついてこない。
そしてワタルは両手にケントを抱えている。
「ええっと……」
ワタルはふと自分たちの格好を見る。そしてはっと我に帰る。この格好はやばい。取りあえず肌を見せてる訳じゃないので職質は受けないだろう。
だがこの国においては、あまりにも違和感ありまくりの異世界ファンタジー風戦士といった格好だ。目立ちすぎる。絶対コスプレと思われる。
ここからだと自宅が近い。ケントを病院へ連れていくにも彼は重症だ。近所の内科とかでなく大きな総合病院のような所じゃないと駄目だろう。一度家へ寄って家族に金を借りてタクシーで連れていこう。
そう考えてひたすら自宅への道を走った。そして異常に気付く。体格のいい大人の男を抱えて軽々と走れる自分は普通じゃないと……。
「どう考えてもおかしいだろ、これ……」
日本へ帰って来ても加護はしっかりついているらしい。有り難いが力をちゃんと加減しないと他人に不審がられてしまう。気を付けよう。
自宅へと到着した。家は築20年と若干古くはあるがそこそこの大きさだ。狭いが庭もある。祖父の植えた盆栽がただでさえ狭い庭に所狭しと並べられている。家庭菜園が趣味の母親と祖父が庭の領地争いをしていた記憶がある。
ワタルの家はごくごく普通の家だ。特に金持ちという訳でもないが、たまに家族で海外旅行へ行けるくらいの経済的な余裕はある。
父は割と大きな会社の部長をしていて、母は専業主婦だ。
妹は今中学3年生で、来年から高校生だ。ワタルと一緒の高校に行きたいと張り切って受験勉強をしていた。
盆栽が趣味の祖父はよく近所の爺さんと将棋を打っていた。皆元気だろうか。
ワタルが居なくなって一体どれくらい経つのか。捜索願が出されていたりするんじゃないのか。
突然ワタルが帰ってきたら家族が腰を抜かすんじゃないか。
そんなことを取り留めもなく次々に考えてしまう。
恐る恐る玄関の扉を開ける。鍵が開いているところをみるとどうやら誰か居るようだ。金が必要だったから留守じゃなかったことが有り難い。
「居たとしても鍵ぐらいかけておけよ。不用心だな。……ただいま?」
玄関を開けてワタルを包んだのは懐かしい我が家の匂いだった。あんなに嫌だったのに久しぶりに帰ってこれたことを嬉しく思っている自分に気が付く。
王国で抱えていた様々な問題を考えると、自分がこの世界で抗っていたことなど大したことがないように思える。
「どなた?」
誰かが来たことを察知してか、母親が奥から玄関へ出てきた。
ワタルを見た瞬間、目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いていたことは言うまでもない。
「
「ああ、うん。ただいま、母さん。で、俺どのくらい居なくなってた?」
母親がかなりパニックを起こしている。落ち着かせないとだな。
とりあえず今がいつかを確認したあと金を借りる。そして一刻も早くケントを病院へ連れていかなくてはいけない。
「どのくらいって……どのくらい居なくなってたか自分で分からないの? そうね……16日ね。半月くらいよ。3日後には捜索願を出したわ。ああ、見つかったって警察に連絡しなきゃ!」
ワタルはかなり驚いた。向こうに半年も居たのにこっちでは半月しか経っていなかった。ということはこっちのひと月が向こうの1年ってことなのか。多少は違うかもと思っていたけど……。だがそれよりも……
「母さん、連絡は後でいいからお金貸して。彼を病院へ連れていかないといけない。それと、事情は帰ってから説明するから」
「あらあら、まあ大変! タクシーを呼ぶわね!」
母親がタクシーを呼んでいる間にケントを連れて2階の自分の部屋へ行く。
彼のほうが少し体格が大きいが、スウェットなら問題ないだろう。彼にワタルのスウェットの上下を着せる。ワタルも普段着に着替えた。
「取りあえずこの防具類はここへ置いておくか……」
ワタルとケントの脱いだ防具を部屋へ置いておく。
ケントは恐らく入院になるだろう。着替えなどを一緒に持っていかないといけない。
ケントの着替えと日常品一式をボストンバッグに急いで詰める。
彼のことはワタルが預かると皆に約束した。彼が目覚め生活できるようになるまでずっと見守るつもりだ。
だが不思議なものだ。日本ではどこの誰とも分からないケントの入院準備を赤の他人の自分がしているのだから。
「確か
準備を終えてすぐに階下へ降りる。するとちょうどタクシーが来たと母親が教えてくれた。
ワタルは母親にお金を借りて、ケントを抱えたままタクシーに乗り込んだ。
ようやく市の総合病院へ到着した。乗車賃を精算したあとケントを抱えてタクシーから降りる。そのまま病院へ入り救急搬送してもらった。その間に入院の手続きを取る。保険証がないからいろいろ大変そうだが、まずは彼の症状を診てもらわないといけない。
胸を刺し貫かれた訳だが外傷自体は
名前だけは分かったのでケントの名前も伝える。これで病院なり警察なりで彼の身元を調べてもらえるだろう。
どちらにしてもすぐに動かせる状態ではない。今すぐ彼をどうこうしようという動きはないだろう。
ケントの入院手続きを終え、病室で彼の様子をしばらく見守る。
彼の様子はというと相変わらず生気がない。顔色が白く呼吸が弱い。かろうじて命があると言った感じだ。頼むから頑張ってほしい。
ケントに何かあったらセシルに合わせる顔がない。……二度と会わないと思うが。
そしてワタルは夕方まで彼に付き添い電車で帰宅した。
家に到着してからは大変だった。居なかった間のことを根掘り葉掘り聞かれる。
言い訳を考えるのも面倒臭かったので正直に言うことにした。ただ加護のことは話さなくても問題ないと思い特に触れずに置いておく
「異世界に勇者として召喚された」
「「「「はあぁーーー!?」」」」
家族全員がびっくり仰天だった。そりゃそうだろう。逆の立場ならワタルも信じない。
いくら説明しても信じてもらえないので、ワタルとケントが来ていた装備一式を家族に見せる。
「マジ……? 信じられない……」
妹がスマホでパシャパシャ写真を撮っている。さすが子供だけあって真っ先に信じた。異世界への憧れもあるらしい。
子供と言ってもセシルより3つも年上だ。今思えばセシルはあり得ないくらい大人びた子だったと思う。
祖父は魂が抜けかけている。これで死ぬとかは勘弁してほしい。
両親は信じられなさそうだったが最終的には信じてくれた。
ケントのことも話した。異世界で知り合って、今病院で日本での身元を調べてもらっていると。そして毎日彼の様子を見に行きたいと。彼のことは異世界の仲間に託されたんだと。
話は概ね信じてくれた。そして毎日病院へ行く代わりに、以前のように毎日ちゃんと高校へ通うことを約束させられた。まあそうだろう。
家族には、特に妹には、異世界のことを他人に言わないよう釘を刺した。特に理由はない。あれこれ質問されると面倒臭いからだ。
そうしてワタルは高校から自宅へ帰る前に、制服のまま病院へ必ず顔を出す。毎日その日課を繰り返してそろそろ3か月近く経つ。
ここへ入院したばかりのときに、ケントを精密検査してもらったが原因はよく分からなかった。
ディアボロスの攻撃は体力や魔力を奪うものだ。科学で解明できない何かがあるのかもしれない。
だがいくら死に掛けていても、こうして生きている。それはケント自身が必死に命を繋ごうと抗っているのではないかと思う。
「僕だったら死んでたかもしれないなぁ。本当しぶといですね、貴方は。だからもう少しだけ頑張ってください」
いつしかワタルは何の反応も示さないケントに話しかけるようになっていた。そしてそれがもはや癖のようになっている。
「ケントさん、聞こえますか? もうすぐ日本は冬になりますよ」
病室の窓の外を見ながらケントに話しかける。勿論返事など期待していない。彼は相変わらず静かに眠っている。
「エリーゼ元気かな……。師匠とセシルさんは無事ミーナさんに会えたんでしょうかね?」
――ッ
……? いまひゅって音しなかったか?――そう感じて咄嗟にケントを見る。だが特に変化らしい変化はない。だが確かに聞こえた気がする。
「ケントさん? もしかして聞こえてる? 返事してくださいよ! ねえ、頼むからっ……!」
頼むから目を覚ましてくれ――ワタルは縋るような気持ちで懇願する。
不覚にも目が潤んでくる。そして祈るようにケントの手を両手で握る。ぎゅうっと力を込めて。
「……ぇ」
今唇が動いたように見えた。それに声も聞こえたような……。
「……え?」
動かないケントに聞き返し、その反応を待つ。今度こそ見逃さないようケントの唇をじっと観察する。
「……いてぇ」
意識が戻った……!! なんてことだ!! ああっ、神様!!!
「っ……! ケントさんっ!」
ワタルは再びケントの手を固く握りしめた。シーツに大きな雫がぽたりと落ちた。
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