第85話 エメリヒとの面会
セシルはエリーゼと別れ救護室を出てから、ケントと自分が泊まっていた宿屋へ向かう。ハヤテ号とマリーの様子を見るためだ。宿屋の主人も無事だといいけど。
今回のことで被害に遭った人はたくさんいる。街のあちこちに悪鬼が湧いていたので彼らの安否が気になった。
宿屋へ向かう途中で街の様子を見渡す。悪鬼の爪痕は凄まじく、建物の倒壊こそ無いものの、扉が外れていたり壁や窓ガラスが破られていたりしている。建物の外に設置された花壇の花は悪鬼に踏み荒らされたのか、ボロボロで見るも無残な姿だ。
壊された家の前で呆然と立ち尽くす人々もいる。亡くなった人の遺体は神殿に安置されているらしいが、そのうち墓に埋められるだろう。
家の前で座り込んでさめざめと涙を流す人、蹲って号泣する人、親の姿を求めて泣き喚く子供など街中に悲しみの涙が溢れていた。これからも多くの涙が流されるのだろう。
そんな人々の姿を見て胸が痛くなる。でももう悪魔は居ない。どうか立ち直ってほしいとセシルは心から願った。
町の宿屋に到着すると、あちこち壊された建物の奥のカウンターで宿屋の主人が忙しそうに動き回っていた。宿泊客の対応に追われ建物の修理どころではないらしい。
宿屋の主人に馬のことを尋ねると、なぜか悪鬼は馬には手を出さなかったという。ディアボロスは人間に特化して魂を狩っていたらしい。主人に断って馬房へ向かうと、ハヤテ号もマリーも無事だった。餌も水もちゃんと与えられているようだ。
「もう少し待っててね。あとで迎えに来るからね」
「ブルルル」
ハヤテ号もマリーもセシルに甘えるように鼻を摺り寄せる。そんな2匹の首を撫でると気持ちよさそうに鼻を鳴らした。さぞかし寂しかっただろう。取りあえず元気なようでよかった。
セシルはクロードに相談したいことがあったため、そのまま馬のことを宿屋の主人に頼んだあと神殿へと戻った。
神殿へ到着しクロードの部屋へ向かう。到着するとクロードが机の前に座り、何かの書類を手にしていた。そして彼の容姿はハイノのときの金髪碧眼に戻っていた。
「おじいちゃん、今いい?」
セシルが恐る恐る尋ねるとクロードはにこりと笑って頷いた。
「ああ、いいぞ。どうした?」
「ハイノさんがおじいちゃん……クロードだっていうことは国の人は知らないの? 王様とか」
他の人と話す時にセシルはクロードのことをどの程度まで話していいものか悩んでしまう。
セシルの質問に彼は微笑みながら答える。
「ああ、エメリヒを収監したあと城と神殿の関係者には全て話したよ。王、バルト、ワタル、エリーゼはもう知っている。だが私は元勇者なのもあって恥ずかしながら有名人でな。騒ぎを起こさないように王都の一般人に伏せたいから変装は続けるつもりだよ。お前も王都ではハイノと呼んでほしい」
「分かった」
関係者相手だったら隠す必要はなさそうだ。少し肩の荷が下りた。
恐る恐るクロードに相談したかったことを話し始める。
「それと相談があるんだけど……」
「なんだ?」
「うん……」
クロードがセシルの言葉を待ってくれている。
セシルが相談したいことは2つあった。1つはケントのこと。そしてもう1つはエメリヒのことだ。どうしてもあの男のことが気になった。なぜ彼がこの国を支配したかったのか、そしてなぜ邪悪を召喚するという凶行に及んだのか。
「おじいちゃん、エメリヒさんは今どうしてるの?」
エメリヒの名前を聞いてクロードの表情が一瞬険しくなる。そしてセシルの問いに答えた。
「今はようやく意識が回復したようだ。魔封じをしてあるから魔法も呪術も封じてある。なぜそんなことを聞く?」
「わたしエメリヒさんと一度ちゃんと話したい。なぜあんなことをしたのか聞きたいの」
セシルの答えにクロードが大きな溜息を吐いて答える。
「エリーゼに聞けばお前は最初エメリヒに拘束されたという。あの男が怖くないのか?」
「怖くないと言えば嘘になるけどどうしても知りたい。その理由を知っておく必要があるんじゃないかと思うの」
クロードは再び溜息を吐いて観念したように答える。
「分かった。面会しよう。ただし私と一緒だ。お前は知らないかもしれないが奴は……。いや、止めておこう。会いたいなら今のうちがいい。これから奴は裁判に向けて尋問の予定だからな」
「じゃあ、今から行く」
あまり気の進まない様子のクロードとともにセシルはエメリヒが収監されている城の地下牢へと向かった。
城の地下へ降りるとそこの空気は湿り気を帯びひんやりとしていた。地下牢の通路を一番奥へと進み、施錠してある鉄格子の扉を門番に開いてもらう。
エメリヒの地下牢のある場所へと入ると、そこにも門番が居た。2重の鉄格子で厳重に警備されている。
入口の門番に面会の許可を貰い、サインをしてから奥へ向かう。するとそこには地下牢へ入れられてもなお手枷を嵌められて手足を拘束されたエメリヒが居た。
セシルは深呼吸をしたあと、意を決して鉄格子を挟んだ状態で目の前のエメリヒに話しかける。
「エメリヒさん……わたしはセシルといいます。先々代の聖女ミーナの孫です」
「……」
エメリヒは力のない目をゆっくりとこちらへ向けた。その姿は初めて会ったときよりも痩せているように見えた。焦げ茶色の短髪はぼさぼさで無精髭が生えている。目は落ち窪み光が失われている。そして体のあちこちが傷だらけだ。戦闘のときにできたものだろうか。
「貴方はなぜわたしを捕らえて邪悪なものを召喚しようとしたのですか?」
セシルが問いかけるとエメリヒはゆっくりと口を開いた。そして小さな声で話し始めた。
「私が初めてミーナと会ったのは、彼女が神殿へ連れてこられたときだ。そのとき彼女は8才だった」
「8才……」
そんなに幼い頃から聖女として連れてこられていたのか。なんて酷い。
エメリヒは力なく話を続ける。
「当時私は20才になったばかりで大した力も無かったが、ミーナの成長を楽しみにしていた。その成長を見守るうち次第に私は彼女に惹かれていった。彼女は美しく賢く優しかった。そして彼女が14才のとき勇者クロードを召喚することになった。やがて彼女は彼に興味を示すようになっていった。私はそれを傍でただ眺めているしかなかった」
ちらりとクロードを見ると眉根を寄せてエメリヒの話に耳を傾けている。特に名乗るつもりはないようだ。正体を明かせばエメリヒが冷静に話せなくなると思っているのかもしれない。
「クロードと結ばれればミーナはこの神殿から去ってしまうだろう。それならばいっそとミーナを先代の王へ嫁がせることにしたのだ。彼女は最初のうちは抵抗したがそのうちに諦めた。だがそう見えただけだったと分かったのは彼女が17才のときだ。彼女は結婚を拒絶してクロードと駆け落ちしてしまったのだ」
当時のことを思い出したのかエメリヒの表情が憎悪に歪む。彼がおばあちゃんに対して特別な感情を持っていたのが伝わってきた。
「私は自分を取り巻く世界の全てが失われた気がした。私から全てを奪ったクロードを憎み、ミーナをも許せなかった。そして何もかも信じられなくなった。私は彼女を連れ戻そうと何度も追っ手を彼らに差し向けた。だが彼女が私の元へ戻ってくることはなかった。それからは次の勇者も聖女も私から逃げられないようその命を呪術で縛った。そして逃がさないように王国そのものを私の鳥籠にしようと思ったのだ」
それが王国を支配したかった理由……。勇者と聖女は籠の鳥だったんだね。
「そしてセシル、お前が来た。幼い頃のミーナとそっくりな顔で私の目の前に現れたのだ。もう絶対に逃がしてはいけないと思った。お前の意志を奪ってしまえばずっと手元に置いておけると考え、死せる信者の魂をその身に宿そうとした。失敗してしまったがな……」
エメリヒは力なく自嘲するような笑みを浮かべた。やはりセシルはミーナの身代わりだったらしい。
そこまでの話を聞いてどうしても彼に尋ねたいことがあった。
「貴方はおばあちゃん……ミーナを愛していたの?」
その問いを聞いた途端、エメリヒは項垂れていた顔を上げてセシルを見て目を瞠った。
「愛していただと……? 私がミーナを? 馬鹿な……! 私は彼女を王族と結婚させようとしたんだぞ」
エメリヒの瞳にほんの少し光が戻るがそれは驚愕と困惑に揺れていた。
彼がおばあちゃんに執着していたのは確かだ。それが愛じゃなくて何だと言うのだろう? 惹かれていたっていうのはそういうことじゃないの?
そんな彼に再び尋ねる。
「それは傍に置いておきたかったからなんでしょう?」
「惹かれていたのは事実だ。だがそれは恋愛などではないし今ではむしろ憎んでいる。だからお前を人形にして復讐しようとしたのだ」
「そう……」
エメリヒが迷いなくそう言い放つ。彼の気持ちは分からないが、おばあちゃんに執着していたためにあんなことをしたのは分かった。過去はどうあれ今おばあちゃんを愛している訳ではなかったのか。
だけど彼のことは克明におばあちゃんに伝えなければいけない。おばあちゃんが彼を苦しめたのは確かだ。
そこでクロードがゆっくり口を開いた。
「王都の民が大勢ディアボロスによって殺された。お前はディアボロスに憑依されている間その行動を認識できたのか?」
クロードが問いかけるとエメリヒはゆっくりとその目線をセシルの後ろに立つクロードへ向けた。
「お前は、ハイノか……。ディアボロスが何をしたかについては全て記憶がある。私の意識は奴の中に完全に押し込められどうすることもできなかった。王都の民に対しては申し訳ないことをしたと思っている。私の意図するところではなかったとしか言えない」
「そうか……」
エメリヒに王都の民に対する謝罪の気持ちがあるだけでも分かってよかった。でもいくら悔いても取り返しはつかない。ディアボロスの姦計に嵌っただけとはいえ大勢の命が失われたのだ。
エメリヒの告白を聞いてクロードの表情が少し緩む。そして彼は突然その変装を解いた。それを見てセシルは驚く。
そして目の前のエメリヒはクロードの姿を見て目を瞠る。口は驚きのあまり開かれたままだ。クロードの姿を凝視して唖然としているようだ。そして震える唇を開いて問いかけた。
「お、お前はクロードか……?」
エメリヒの問いに対しクロードは複雑な表情を浮かべたまま頷き、ゆっくりと口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます