第73話 ノインとツェーン <ノイン視点>



「やっぱりこいつらに毒は全く効かないみたいですねぇ。」


「生き物じゃないんだから当たり前なんじゃないの?」


 ツェーンとノインは王都へ戻ってきていた。ツェーンはビースティンガーで、ノインは鞭で悪鬼を薙ぎ倒す。


「どうやら皆城のほうへ誘導されているようだけどあたしたちが一緒に行くってのも変な話よねぇ。」


「それでノインはあの子のことはもういいんですか? いつになく執着してたみたいですけど。」


 ツェーンはセシルのことを言っているのだ。彼女と戦ったあと体を縛っていた岩を解かれて、無様にヌルに引き取られて帰ったのは記憶に新しい。あれは醜態だった。


「もういいわ。ヌルを怒らせるのは嫌だしセシルが彼と同類なのも分かったしね。」


「同類?」


「ええ。でももうこの話は終わりにするわ。彼女のことに関しては口外禁止ってヌルに釘を刺されちゃったからね。」


「へえ、ヌルも随分と変わったものですね。」


「愛じゃない?」


「愛ですか。」


 ノインの話を興味深く聞くツェーン。2人は話しながらも作業的に相当数の悪鬼が倒されていく。

 その時だった。


「ヒッヒッヒ。こいつはラッキーだぜ。」


「やめてぇっ! 痛い、放してぇっ!」


 2人の前方で、冒険者のような格好をしたいかにもゲスな男が、女性の髪を引っ張って無理矢理建物の中へ引きずり込もうとしているのが見えた。


「あれ夫婦喧嘩かしらぁ?」


「夫婦には見えませんけどねぇ。」


 ノインは何となく男女が気になってしまうがツェーンはさして興味もないようだ。


「あたし、一度気になっちゃうと究明しないと気が済まない性質なのよねぇ。」


「……物好き。」


 肩を竦めるツェーンを尻目にノインは男女に近づいていく。


「何してんのぉ? この男はあんたの旦那か何か?」


「いえ、知らない人ですっ! 城へ逃げようとしているところで捕まってしまったんですっ!」


「なんだぁ? ……お前もなかなかいい女だな。2人纏めて相手してやるよ。」


 男はこちらへ振り返ったあと下卑た笑いを浮かべてノインにも手を伸ばそうとしてくる。

 この男は自力で悪鬼を斬り払うくらいの力はあるのだろう。こんな事態だというのに婦女暴行とは。


「嫌よ、あんたみたいなゲス、タイプじゃないもの。」


 そう言ってノインは男の手を払う。すると男が目を吊り上げて憤る。


「生意気だなぁ? 女なんて男の言うことを大人しく聞いてりゃいいんだよっ!」


 激昂した男がこっちへ向かって拳を振り上げる。ノインはその拳を掌で受けそのまま握りこみぎりぎりと力を込める。このまま握りつぶしてやろうかしら。


「いぅ、いてぇ……やめろ、やめてくれっ!」


「よくこんな化け物だらけのところで性欲なんか湧くものねぇ。ある意味感心しちゃうわぁ。貴女、この男にやられたくなければあたしたちと一緒にいらっしゃい。」


「は、はい、ありがとうございます!」


 流石に助けてそのまま悪鬼の中に放っておく気にもなれず女に声をかける。女は嬉しそうに頷いた。


「ツェーン、彼に痛いお注射してあげて。」


「物好きですねぇ、ノインは。」


 ツェーンはビースティンガーの刃を舐めたあと男の首に少しだけ突き刺す。


「なっ、なにをっ……!?」


 男は急に力が抜けたようにへなへなと座り込む。


「かっ、体が動かない……。」


 男が驚いたように呟く。それを見たツェーンがまるで実験動物でも見るような目で眺める。


「ふむ、このくらいの量なら少しの麻痺で済むようですねぇ。心配しないでください。殺しはしませんよ。ただ動けなくなるだけですから。」


 男がツェーンの言葉を聞いて驚愕の表情を浮かべる。

 それはそうだろう。今この状況で動けなくなるのは死を意味する。無抵抗に悪鬼どもに嬲り殺されることを予感してか、男の表情が驚愕から絶望へと変化していく。


「頼む、一思いに殺してくれ……。」


「ええ? 嫌ですよ。金にならない殺しはしない主義なんです。ノイン、行きますよ。」


「無抵抗に嬲られる気持でも味わってみれば?」


 男にそう言い放ち、襲われていた女を連れてツェーンとともにその場を去る。動けなくなった男を残して。

 自害もできないなんて可哀想。まあ自業自得ね。


 城へ行く途中にも、街のあちこちで悪鬼どもを倒しつつ火事場泥棒を働いている者をときどき見かける。


「ほんとに馬鹿ねぇ。あの上空の悪魔が降りて来ればすぐに殺されるっていうのに。」


「まああいつが降りてくる前に僕はこの町を去るとしますか。それじゃノイン、生きていたらまた会いましょう。」


「ええ、またね。」


 ツェーンはその場を立ち去った。まあそれが賢明だろう。だがこの悪魔を放置すればそのうち王都だけでは済まなくなる気がする。

 そういえばなぜ自分は逃げないのだろう? ノインは不思議に思いながら城を目指すのだった。




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