第39話 鉱山の町ジーゲル


「ねえ、ルーン。」


「なあに、セシルお兄ちゃん?」


「そんなにがっちりしがみつかなくても落ちないと思うよ。」


「だって、怖いんだもん……。」


 マリーの上に跨って、ルーンはセシルの後からがっちりとセシルにしがみついている。

 セシルは少年だと思われているが実際のところは少女なわけで、例え年下の小さな男の子でもあまりしがみつかれるのは恥ずかしいのである。

 ルーンは見た感じ10才くらいだろうか。そんなに甘えるような年でもないのに、とセシルは考える。


「ルーンは兄弟がいたりするの?」


「うん、僕にはすごく仲のいいお兄ちゃんがいるんだ。お兄ちゃんもきっと心配してる……。」


「そっか……。早く帰らないとね。」


「うん!」


 きっとルーンは兄弟と離れて寂しいんだとセシルは思う。




 日が沈むところまで走り続けた所で、ケントが声をかける。


「そろそろこの辺で野営にしようか。」


 セシル達は馬を止めて道端の木に繋ぎ、比較的開けた草地に野営の準備を始める。いつものように周囲に結界を張って、ケントはテントの設営と薪集め、セシルは料理の準備をする。セシルはロシュトックの市場であらかじめ美味しそうな魚を見繕って買っておいた。今日は焼き魚と魚のアラのスープである。


「ルーンは魚は嫌いじゃない?」


「うん、僕は魚、好きだよ。」


 相変わらずルーンはセシルにくっついている。ケントはそんな二人を見て苦笑して言う。


「セシルはルーンに随分好かれたみたいだなー。」


「ルーンは仲のいいお兄ちゃんがいるんだって。会えなくて寂しいんだよね?」


「うん、でもセシルお兄ちゃんがいるから大丈夫!」


 そう言ってルーンはまたセシルに抱きつく。うーん、料理がしにくい。何か手伝ってもらうか。


「ルーン、火の様子を見ててくれる? 弱くなったらケントが集めてくれた薪を少しくべて。」


「うん、分かった!」


 ルーンは明るく返事をすると、火の側に座って火加減の見張りを始めてくれた。セシルは魚を短剣で捌いて腸を取り出していく。そして塩をまぶし、少し臭みが強いものにはハーブを刻んだのも一緒にまぶす。


 スープの準備もでき、魚も焼けてきたようだ。ケントが魚の焼ける匂いにつられて火の側へやってくる。ルーンはちゃっかりセシルのすぐ隣に座る。


「おお、旨そうだなー。食事の準備ありがとうな、セシル、ルーン。」


「「うん!」」


 ケントは魚を食べながらルーンに尋ねる。


「ルーンの両親って何の商売してるんだ?」


 ルーンは美味しそうに魚を頬張りながら笑顔で答える。


「ジーゲルはミスリル鉱山で有名な町なんだけど、僕の両親は鉱石の売買の仕事をしてるんだよ。」


「ほおー、そうなのか。じゃあ、ジーゲルの町には武器屋が多かったりするのか?」


「うん、多いよ。」


 ケントが期待に満ちた笑顔でルーンに尋ねる。また武器が欲しいのかな?


「ケント、また武器でも買いたいの?」


「俺もセシルの持ってるようなミスリル製のショートソードがいいなと思ってさ。町に着いたらちょっと見てみるか。」


「うん、いいね!」


 セシルがケントと楽しそうに話していると、ルーンが目を擦っている。ん、眠いのかな?


「ルーン、眠いの?」


「うん……。」


「じゃあ、もうテントで休んでていいよ。」


「セシルお兄ちゃん、一緒に寝よう……。」


 ルーンが目を擦りながら、セシルの服の袖を引っ張る。まだ寝る時間には早いけど、まあいいか。

 ケントが慌てたようにルーンに話しかける。


「お、おい、ちょっと待て。ルーン、俺が一緒に寝てやるよ。」


「やだ、僕セシルお兄ちゃんがいい……。」


 ケントがそんなルーンに「うーん……。」と唸りながら渋い顔をする。セシルは仕方ないなあと思い、ルーンに答える。


「じゃあ、一緒に寝ようか。」


「うん!」


 まあ添い寝くらい別にいいか。

 セシルはルーンと一緒にテントに入る。ルーンを先に寝かせ、セシルが隣に横になると、突然ルーンがセシルに手を伸ばし抱きついてくる。


(ちょ、ちょっと……!)


「うーん……。」


 ルーンは寝ぼけているのか、抱きついたままセシルの淋しい胸にすりすりと顔を摺り寄せてくる。

 うわわ、ないからばれないと思うけど、さすがにこれは……。お兄ちゃんといつもこんなふうに寝てるっていうの!?

 その時様子を見に来たケントが、驚いて「おま、それは……。」と小さな声で呟く。セシルはそんなケントに、自分の唇に人差し指を当てて「しーっ」とジェスチャーする。


 寝かしつけたらセシルだけ起きてケントと話そうと思っていたのだけど、これでは動くことができない。これからの計画のこととかいろいろ話したいことがあったのだが。

 だけどどっち道第三者がいるところであまり核心に触れる話もできないし、ジーゲルの町に到着してからでいいか、と諦める。




 翌朝セシルが目を覚ますと、自分の胸元にルーンの顔があって一瞬びっくりする。ああ、そうだった、一緒に寝たんだった。寝る前よりもさらにくっついているようだ。まるで赤ちゃんみたいだ。セシルはなんだかほわっとして眠るルーンを笑みを浮かべながらぼんやり見てしまう。


 それにしても綺麗な子だなあ。森を出てから見た人間の中ではアンナさんたちと匹敵するほどの美人かもしれない。ちょっとセシルにくっつき過ぎではあるが、嫌われるよりはよっぽどいい。


 もう起こしてもいい時間だ。セシルは己の体からルーンの腕を解くと、テントから出て自分に魔洗浄クリーンをかけ、朝食の支度をする。するともそもそとテントからルーンが出てくる。


「お兄ちゃん、おはよう……。」


「おはよう、ルーン。」


 そのうちケントも起きてきた。昨夜の光景が頭にあるのか、若干不機嫌そうだ。


「おはよ、ケント。」


「……んぁ、おはよう。」


 ケントはセシルを少し離れた所に連れていき、小さな声で囁きかける。


「お前、昨夜のあれはちょっとおかしいぞ。兄貴に対する甘え方じゃないと思うんだが。」


「そうなの? 僕兄弟いないからよく分からないけど。寂しいんじゃないの?」


「まあ、そうなのかもしれないが、一応あれでも男なんだから気をつけろよ。」


 何をどう気をつけるのかわからないがセシルは頷く。ケントは心配し過ぎだと思う。

 ルーンの方を振り返ると、こちらを見てにこにこしている。どう見ても無邪気なだけだ。


 セシル達は朝食を終えたあと野営を片付け、昨日と同じように馬に跨り、鉱山の町ジーゲルに向かう。

 ルーンはというとやはりセシルに後ろからがっちりとしがみついている。セシルが振り返ればにこりと微笑む。うん、可愛い。




 昼過ぎくらいまで走ったところでジーゲルに到着した。町の向こう側には大きな山の頂が見える。木はところどころ生えているが、その山はどちらかというと岩肌が剥き出しになっている部分が多いようだ。あれがミスリル鉱山かな?


 町はというと、あちらこちらの建物の煙突から煙が上がり、いかにも工業都市といった感じである。街の中には鉄の匂いが漂っており、人々が多く活気に溢れている。想像していたよりも人口が多いようだ。


「それじゃ、家まで送り届けるよ。」


 セシルがそう言うと、ルーンは首を左右に振って口を開く。


「ううん、僕ちょっと用事があるから、ここで報酬を払うよ。連れてきてくれてどうもありがとう。」


 ルーンはそう言ってケントに大銀貨20枚を渡す。ケントが少し驚いてルーンに話しかける。


「おい、多すぎるぞ。距離的にもこの半分でいいよ。」


「ううん、いいの。お兄ちゃん達には無理言ってしまったし、僕も助かったから。その代わりと言っちゃなんだけど、僕セシルお兄ちゃんにお願いがあるんだあ。」


「うん、何?」


「僕のお兄ちゃんにお土産買ってあげたいんだけど、ロシュトックで買うことができなかったから、セシルお兄ちゃんに買い物につきあってほしいんだ。」


「なんだよ、俺は?」


 ケントが不服そうにルーンに尋ねる。


「ケントお兄ちゃんにはこれ。」


 ルーンはケントに紙きれを渡す。


「この住所の場所に行って僕の両親に無事に帰ってきたって伝えてくれる?」


「それなら両親に会ってから買い物に行ったほうがいいんじゃないか?」


「だって手ぶらで会っちゃったら格好悪いでしょ。必ず後で行くから。」


「……分かった。すぐに終わらせろよ。この住所で待ってるから。」


「うん、分かった! セシルお兄ちゃん、行こう。」


「う、うん……。」


 セシルはルーンに強引に手を引かれお店が立ち並ぶほうへ連れていかれる。これまで暗殺者を警戒して、ほとんどケントと離れることがなかったからとても不安だ。

 セシルはルーンに手を引かれながらも何度も後ろを振り返る。するとずっとセシルが見えなくなるまで、ケントが心配そうに見送っていた。




「ねえ、ルーン。」


「うん、何? お兄ちゃん。」


「いや、なんでもない……。」


 土産屋についてもルーンはずっとセシルの手を握ったままで離さない。

 ルーンは一通り品揃えを見たところで、セシルに話しかける。


「うーん、いいのがないなー。ねえ、セシルお兄ちゃん。ミスリル鉱山ってすぐこの近くにあるんだけど、そこにしかない紫水晶があってね。それを僕のお兄ちゃんに送りたいなって思うんだけど、採りにいっちゃ駄目かな?」


「えっ! そんな、紫水晶なんてすぐ採れる物なの?」


「うん、結構落ちてるよ。ここで待っててくれればすぐ戻ってくるからさ。魔物とかもいないし。」


 うーん、ケントの所に戻るのがどんどん遅くなってしまう。だけどルーンみたいな小さな子を一人で行かせて、また攫われたりしたら大変だし、すぐ見つかるならちょっとくらいいいか……。


「一人で行かせるわけにはいかないよ。僕が一緒に行くから。すぐ見つかるんだよね?」


「うん、すぐ見つかるよ! わあ、お兄ちゃんが来てくれたら心強いや!」


 ルーンは破壊力抜群の可愛らしい笑顔でにぱぁっと笑うと、「じゃあ、行こう!」と言ってセシルの手を引っ張る。

 セシルは街のどこからでも見えるその鉱山を見上げる。あれ、近くに見えるけど結構遠いんじゃないかな……。


 ルーンと一緒に20分程歩いたところで町はずれの鉱山の入口に到着する。やっぱり結構遠かった……。ケント心配してるだろうなあ。


「セシルお兄ちゃん、こっち。」


 ルーンが手招きをする。鉱山の入口の周囲はトロッコや荷台でごちゃごちゃしており、なぜか入口に誰もいない。ミスリルなんて結構貴重品だから見張りがいそうなのに不自然だなと思いながら、セシルはルーンに導かれるまま鉱山の中に足を踏み入れる。中は暗かったが、常時ついている坑道の灯りのお陰で足元が見えないというほどではなかった。


 ルーンは足が速い。足元が暗いのに段々と置いていかれる。


「ルーン。危ないからあんまり早く歩かないで。」


 ルーンからの返事はない。前を歩いていたルーンの姿はもう見えない。


「ルーン? ルーン!?」


 返事がないなんておかしい、そんなに距離は離れてないはずだ。ほんの少しの灯りでは視認性が悪い。そう思いセシルが魔照明ライトの魔法を使おうとしたその時。


 ガッッ!!


「う……。」


 セシルの視界は首の後ろに感じた激しい衝撃とともに完全に暗転した。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る