第38話 酒と泪と美少年
セシルが酒場『
トーマスはリタさんの姿を見るや否や、満面の笑みで彼女を抱きしめる。
「ただいま、トーマス!」
「おかえり、リタ!」
セシルはそんな二人を見ていると、なんだか幸せな気持ちになる。死んじゃったお父さんとお母さんもあんな感じだったのかな。
ケントはというと、海辺でアンナさんに振ら……口づけをされてからずっと肩を落として溜息を吐いている。きっとすごくつらいのだろう。しばらくそっとしておいてあげよう。
「ケント、ここでお昼ご飯食べようよ。お酒、飲んでいく?」
「お前、昼間っから酒なんて…………飲む……。」
やはりダメージは大きいようだ。
セシル達はテーブルにつくと、お腹いっぱいのご飯と、ケントは浴びるほどのお酒をトーマスに奢ってもらった。
「うぅ~~……俺は、本気だったんだあ……。だけど、捨てることは、できなかったんだぁ……セシルとの、旅をぉ……。ぐぅ~~…………。」
宿の部屋に戻ると、ケントは正体なくぐでんぐでんでベッドに横になり、何やら呟きながら眠ってしまった。セシルはお湯を絞ったタオルで、ケントの顔を拭いてやる。
「こうしてると、なんだか弟みたいだな。」
セシルは何となく嬉しかった。ケントの恋が成就しなかったのは可哀想だと思ったけど、これからも一緒に旅を続けられる。
セシルは地図を取り出し、次に向かう街を確認する。
「次に向かう町は……ジーゲン。ここから北西にある町か……。どんなところだろう、楽しみだな。……ミアさん、待っててね。」
今はお昼の3時。きっとケントはしばらくは起きないだろうから今日出発することはないだろう。
暗殺者のことを考えると、暇だけどあんまり一人で外をうろうろするのはまずいな。だけどケントへの手紙がここに届いてたところを見ると、ここに泊まっていることは彼らにはばれているのだろう。
お腹はいっぱいだったが、暇を持て余していたので、オレンジジュースでも飲もうと思い、セシルは宿の食堂へ向かう。
セシルがテーブルで大人しくオレンジジュースを飲んでいると、食堂にトーマスが入ってきた。あれ? なんだろう。さっき会ったばかりなのに。
トーマスはテーブルのセシルに気づき、手を振りながら近づいてくる。よく見ると体格の良いトーマスの影に、彼の服を掴みながらちょこんと隠れる子供の姿が見える。
「よお、セシル。昼はリタを送り届けてくれてありがとうな。あんたたちに用があってここに来たんだが、あんたが食堂にいるって聞いたもんでこっちに来たよ。ケントは?」
「トーマスさん、お昼はご馳走様でした。ケントは部屋で寝てます。お店はいいんですか?」
「ああ、ちょっとこっちの用事が急ぎだったんでな、今は手伝いの奴に任せてる。リタもいるし心配ないだろう。ケントは浴びるほど飲んでたからなあ。まあ、なんかあったんだろう。」
ああ、トーマスさん、リタさんから聞いたんだな。
トーマスの影から男の子だろうか、ちらちらとこちらを覗いている。可愛い。
「用事ってなんですか?」
「ああ、実はこの子なんだが。うちの店はギルドじゃないってのに、ジーゲンの町まで送ってくれる冒険者を誰か知らないかって訪ねてきたんだよ。送り届けたら報酬を払ってくれるそうだ。あんたら、ヘルスフェルトの町に行くって言ってたから次はジーゲンに行くんじゃないかと思ってさ。ほら、挨拶しな。」
トーマスが背中に隠れている子供を小突く。その子は恐る恐るトーマスの影から出てくると恥ずかしそうに小さく礼をする。
年齢はセシルより少し下くらいだろうか。銀髪に緋色の瞳が印象的な、驚くほどの美少年だ。何をそんなに怯えているのか少年の瞳が潤んでいる。
「は、初めまして。僕の名前はルーンといいます。あの、僕をジーゲルまで送ってくれないでしょうか? 僕はジーゲルの商人の息子で、ジーゲルの町で攫われて途中で逃げ出してきたんです。この町で隠れてたんですけど、両親が心配してると思うので、早くジーゲルの町へ帰りたい……。報酬は到着したら必ずお支払いしますから。」
「初めまして。僕はセシル。攫われたって、誰に? そいつらはこの町にはいないの?」
「誰かは分かりません。でも高く売れるとかなんとか言ってたので人身売買で売られるところだったのかも。奴らは北に走って行ったのでこの町にはいないと思います。」
「そうだったんだ、大変だったね……。トーマスさん、ケントには僕から話しておきます。今日の出発は無理だけど、明日でよければルーンくんを送ってもいいですよ。ルーンくん、出発は明日でもいいかな?」
「僕は構いません。別の宿に部屋を取ってますから。明日、僕だけでもう一度この宿に来ます。」
少し緊張がほぐれたのだろう。セシルが頼みを引き受けると、ルーンは安心したように笑う。
トーマスが笑ってセシルに礼を言う。
「いやー、助かったよ。うちの酒場で泣きそうにしてたもんで、俺もリタもついつい放っとけなくてな。ありがとう、セシル。」
「いいですよ、トーマスさん。ルーンくん、また明日ね。」
「はい、無理なお願いを引き受けてくださってありがとうございます。」
セシルが笑って小さく手を振ると、ルーンは深々と頭を下げる。なんて礼儀正しい子だろう。ケントもきっと駄目とは言わないはずだ。
「うーん……。」
夜になって目を覚ましたケントにルーンのことを話すと、予想外にその返事は芳しくない。
「ついでだからいいと思ったんだけど……。」
セシルが考え込むケントの様子を不思議に思い尋ねる。
「セシル、今の俺たちの状況はかなり危険なんだ。現にリタさんが巻き込まれたばっかりだろ。送ること自体は構わないさ。だが、もし万が一、途中で暗殺者に襲われたらどうする?」
「あ……。」
そうだ……。下手すると一人旅よりもルーンを危険な目にあわせてしまうかもしれない。
「どうしよう、もう引き受けるって言っちゃった……。」
「うーん、次の町までなんだろう? 断れないなら、もし奴らが襲ってきても何とか死ぬ気で守り抜くしかないな。危険かもしれないってのはひとこと言っといたほうがいいぞ。」
「……そうだね、ごめん。僕が浅慮だった……。」
「まあいいさ。俺だってそんなふうに頼まれたら断れなかったかもしれないしな。それに正体なくすほど酔って昼間っから寝てた俺が悪いんだし。」
ケントが笑って許してくれた。迂闊だったなー。何事もなければいいけど……。
「それじゃ、ちょっと遅くなったが、晩飯でも行くか。」
「うん!」
それからセシル達は食堂で食事を済ませ、明日に備えて早めにベッドに入った。
翌朝セシル達は朝食を取ったあと宿屋で精算を済ませ、ロビーでルーンを待つ。しばらく待つと入口にルーンが現れた。
「はあ、はあ、お待たせしてすみませんでした。僕の名前はルーンです。この度は無理を言ってお願いを聞いていただいてありがとうございます。よろしくお願いします。」
今日のルーンは昨日と違い、堂々としている。ケントは幼いのに礼儀正しいルーンに少し驚いた様子で答える。
「あ、ああ、俺はケントだ。よろしくな、ルーン。それで、なんだが、もしかしたら俺達といると危険な目に合うかもしれない。それでもいいか?」
「はい、大丈夫です。」
ルーンはにっこり笑って答える。本当に男の子?ってくらい可愛い笑顔だ。怯えている様子は全くない。
「ふむ、分かった。君を送ろう。それじゃ、出発するか。ルーンは俺と一緒に馬に乗ろう。」
「え、僕、セシルお兄ちゃんと乗りたいです。」
「「え?」」
「だめですか……?」
ルーンが瞳を潤ませて上目遣いでセシル達を見上げる。まるで子犬のようだ。
「セシルが大丈夫なら俺はいいが……。」
ケントがちらりとセシルを見て答える。
「ぼ、僕は別にいいけど。」
セシルの言葉を聞いてルーンはぱあっと嬉しそうに笑みを浮かべる。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
ルーンはセシルにぎゅーっと抱きつく。可愛いんだけど、なんか恥ずかしいな。なんだろう、仲のいい兄弟でもいるのかな。ケントが訝しげにじっとこちらを見ている。
いよいよ出発となり、セシルがマリーに跨ると、ケントがセシルの後ろの鞍にルーンを抱き上げて乗せる。ルーンはセシルの後ろに跨ると、セシルのお腹に手を回してぎゅっとしがみつく。その後ハヤテ号に跨ったケントがセシルに声をかける。
「……まあ、それじゃ行くか。」
「うん。」
ルーンはセシルにひっついてとても嬉しそうである。そんなルーンをちらちら見ながら、セシル達は港町ロシュトックを後にした。
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