第13話 レーフェンへの護衛 後編


「ケント……。人を、人間を……。殺してしまった……」


 ケントの方を向いて血溜りの中でガタガタ震えてしまう。気がつくと視界が歪んでいた。頬を雫が伝う。雫は頬についた血と混ざり地面へ落ちていく。そんな自分を案じてなのか彼が話しかけてくれる。


「セシル、動けるか? 治癒魔法は使えるか? もし使えるならマルコさんを診てやってくれ」

「……うん」


 ケントの言葉を受け立ち上がってのろのろとマルコに近づきその傍に跪く。

 マルコの肩の矢を抜き右手を患部に当てる。暖かな緑色の光がその傷を覆う。傷口が徐々に塞がり彼の険しかった表情がだんだん和らいでくる。

 それを傍で見ていたアルマもようやく安堵したようだ。


「マルコさんっ、ごめんなさい、ごめんなさいっ……! 僕がちゃんと見てなかったから!」


 治療が終わったあと肩を震わせながら俯いてしまった。

 涙が止まらず自分の膝にいくつもぽたぽたと雫が落ち、膝に置いた拳を白くなるほど堅く握りしめる。

 そんなセシルを見てマルコが優しく声をかけてくれる。


「……セシルさん、ありがとうございます。貴方のお陰で無事で済んだのです」


「セシル、謝らないで。お父さんを助けてくれてありがとう」


 アルマはそう言ってセシルの背中に優しく腕を回して包み込む。触れるか触れないかの温かいそれに少し肩の力が抜けた。

 その様子を見てケントが言う。


「セシル、後で話がある」


 彼の言葉にゆっくり頷くと立ち上がって一瞬殺してしまった男の方を見る。だけど直視できずすぐに目を逸らしてしまった。死んだ男の目が怖い。

 そんなセシルを見ながらケントは何やら考え込んでいた。

 彼はマルコをゆっくりと起こして抱え荷台に腰かけさせて淡々と話す。


「捕縛した盗賊たちはとりあえず動けないようにしてこの場に放置します。そしてレーフェンに到着したら町の兵士にこいつらを連行するよう依頼します。セシルは遺体の処理はできるか?」

「うん……」


 なるべく見ないように遺体の前へ行き、遺体に結界をかけ火魔法で焼却しようと右手をかざす。


「あれ……?」

「どうした?」

「……魔法が……魔法が使えない……」

「なんだって?」


 ケントにそう言ったあと別の方向を向いて風刃ウィンドエッジを放とうと試みる。やはり発動しないようだ。

 さっき治癒魔法は使えた。だけど攻撃魔法は使えなくなった……?


「結界は張れるんだけど、攻撃魔法が使えない……」

「……そうか。まあ気にするな。魔物や獣が来るといけないからな。俺が埋めておくよ」


 ケントはそういってセシルの肩をぽんっと軽く叩き遺体にのほうへ歩いていく。

 地面に向かって少し土魔法を試してみる。どうやら土は掘れるようだ。そのことをケントに告げる。


「土は掘れるみたいだから、穴は僕が掘るよ」

「ああ、助かる」


 魔法で道脇に穴を掘ったあとケントが遺体を埋葬する。ケントに何もかも任せてしまって申し訳ないと思う。だけど今の自分にはできることが少ない。

 彼が埋葬している間に精霊に話しかける。


「シフ、聞こえる……?」


 しばらく待つが返事がない。他の精霊たちにも話しかけるが同様に何の反応もない。そしてその姿も見えない。

 なぜだろうと混乱したがすぐに自分が不甲斐ないからだと結論づける。こんなふうに迷い恐れ魔法すら使えなくなった自分を精霊たちは見限ったんだ。自分はもう精霊と話す資格まで失ってしまった。

 しばらく考え込んでいると埋葬を終えたケントが話しかけてきた。


「マルコさん、アルマちゃん、馬車に乗ってちょっと待っててください。セシル、今いいか?」


 ケントがそう言ってセシルを少しだけ馬車から離れた所に連れていく。


「セシル、どうした?」

「ごめん、分からないんだ……。僕、人を殺したことがない。殴ったりしたことはあるけど血を流させたことはなかったんだ。それなのに僕……」

「セシル……」

「あんな、あんな……! あの人じっと僕を見てた。僕の目を見てたあの目から命の光が消えていくんだ。僕があの人の命を絶ち切ったんだ」


 今でも殺してしまった盗賊の男の顔が目に焼きついている。


「……ああ、そうだ! お前がやった! だが、あの時ああしなければアルマちゃんが殺されて、マルコさんだって死んでいたかもしれない。お前が助けたんだ!」

「分かってる、分かってる……。だけどあそこまでする必要はなかったんじゃないかって。でもあの時はアルマさんが殺されるかもと思ったら頭に血がのぼって気がついたら動いてたんだ……。僕、自分が怖いよ。無意識にあんな恐ろしいことをやるなんて。怖いよ、ケント。怖いっ……!」


 命を奪う感触と死の光景を思い出し、セシルの目に再び涙が浮かんでくる。それを見たケントはセシルの両肩を掴んで、正面から向き合って言葉を紡ぐ。


「セシル、落ち着け。今は何も考えるな。まだレーフェンに着いたわけじゃない。マルコさん達の護衛は終わってないんだ。気を抜かずに町に到着するまで後方の見張りを続けろ。そして異常があったら俺に報せろ。何かあってもお前は動かなくていい。守りに徹しろ」

「……ケント、ごめん、本当にごめんなさい」

「気にすんな。そしてあんまり考えるな。そのときやれることをやればいいんだ」


 ケントは笑ってそう言った。そう言われて少し肩の力が抜ける。


「……ありがとう、ケント」


 縛りあげられた盗賊たちの周りに土魔法で簡易牢を作ったあと肩を落として馬車へ戻っていく。彼はそんなセシルを見送ってから御者台に乗り込み、マルコに向かって言った。


「お待たせしました。それじゃ、出発しましょうか」


 荷台の後ろで後方を見張る。アルマはそんなセシルを痛ましげな目で静かに見つめる。気を遣わせてるのが分かって申し訳なかった。

 しばらく走って日が傾き始めた頃に馬車を止め、野営の準備を始めた。ケントが火の準備をしている間に馬車と火の回りに直径15メートルほどの結界を張る。


 ケントたちは食事を始めたけど食欲がなかったので馬車の荷台へ戻った。

 翌日野営を片付け再びレーフェンへ向けて出発した。




 移動中も話しかけられた時以外何も話すことができなかった。そしてずっと荷台の後ろで片膝を立てて座り馬車の後方を見張っていた。

 それから何事もなくときどき休憩を挟みながら馬車は走り続た。そして夜にはレーフェンの町の明かりが見えてきた。


「ようやく見えてきましたね」

「ええ、お陰様で。あんなに大勢の盗賊に襲われたのに無事に済んだのは貴方達のお陰です。傷まで治していただいて」

「いや、そもそも傷を負わせるようなことになって申し訳ないです」


 ケントとマルコがそんなことを話しているうちに馬車はレーフェンの町に到着した。

 セシルは馬車を降りて少しだけ肩の荷が下りた。




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