第14話 召喚の儀 <ケント 過去編>
話はレーフェン護衛の2か月ほど前に遡る。
俺は
日本では平凡なサラリーマンをやっていた。ある日会社からの帰宅途中に急に謎の光に包まれた。そして……。
「勇者様、ようこそ我がヴァルブルク王国へ」
激しく混乱する俺の目の前で神官服を着た壮年の男が話しかけてくる。
そこは今までいた場所とは違う、まるで外国の美術館のような所だった。高い天井に太い柱……神殿か? よく見れば祭壇のような物まである。
なぜこんなところに居る? ここはどこだ? あの光は何だったんだ? そして勇者ってなんだ?
周囲を見ると神官服の外国人風の男が3人。それと俺の右側に馴染みのある日本人風の若い……多分高校生くらいの少年がいた。
少年が周囲を見渡して口を開く。
「勇者って何ですか? 僕はなんでここに?」
「私は神官のエメリヒと申します。王国の戦力となっていただくため、貴方がたは勇者召喚の儀によって異世界より召されました。本来はお一人のみを召喚したはずなのですが。先にお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
エメリヒはちらっと俺を見て言う。その様子と態度を見て腹に据えかねて口を開いた。
「
「
俺の言葉を受けて渉が言う。それを聞いて気を良くしたエメリヒが答えた。
「申しわけありませんが元の世界にお帰りいただく
俺の言葉はさらっと流された。
まず渉が別の神官から水晶玉のようなものを渡される。すると水晶玉は七色に輝き始めた。
なんだ、これは! ファンタジーな世界か? 勇者とか言ってるしここはゲームなんかでよくある異世界か!? ○○ステ4の中にでも入ってしまったのか、俺は……。
「おお、なんと素晴らしい! すべての属性の素養があり魔力も申し分ないですな!」
「えっ、そうなんですか! なんか嬉しいな」
エメリヒが感嘆してそう言うと渉がはにかんだように答える。
そして今度は俺の手に水晶玉を渡そうとする。若干の不安を感じながらもそれを受け取る。だが何の反応もない。
一瞬玉が黒く染まったように見えた。だが奴らはそれには気づいてないようだ。
「ふむ、貴方には魔力がないようですね。なるほど……」
顎に指を添えながらエメリヒが言葉を続ける。
「それでは次に、お渡しする道具でご自分のステータスを確認していただき、表示されているスキルを申告してください」
そう言って神官達に30センチ四方くらいの鏡を渡される。渉はそれを見てエメリヒに答える。
「僕は『聖神の加護』と『虹の祝福』というのがついています」
持っている鏡を見てみる。鏡には日本語で俺のステータスと思しき数値と、その下にスキルらしいものが書いてあった。スキルには『闘神の加護』と書いてある。
渉の鏡を覗き込んでも何も見えなかったところを見ると、どうやら書いてあることは本人にしか見えないらしい。
勝手に呼び出しておきながら、俺たちの意志を聞かずに当然のように事を進めるここの連中が気に入らない。
絶対にここを出る。そう決めて、スキルのことは言わないことにする。
「俺はスキルはないようだ」
「そうですか。……それでは今からお二人をそれぞれお部屋へご案内しますので、今日はごゆっくりお
エメリヒは部屋の外の騎士に声をかけた。そして騎士に連れられて召喚された部屋を後にした。
渉とともにエメリヒが声をかけた騎士達に客室まで案内される。
途中渉と別れたあと地下へ続くであろう階段をを歩かされた。
どうも嫌な予感がする。さっきの検査結果で恐らく渉が勇者だと判断されただろう。となると、おまけで召喚された俺は『余計な物』だろうな。
歩き続けているうちに石造りのひんやりとした通路へ入る。遠くで金属音が聞こえる。……間違いない、この先は地下牢だ。
これから自分の身に起こることを悟り咄嗟に傍にいた騎士の剣を奪おうと手を伸ばす。
「こいつっ!」
騎士は奪われまいと必死で抵抗するが俺にとっては子供のような力だ。もしかして『闘神の加護』って奴の効果なのか?
剣を簡単に奪い取りその切っ先を騎士に突きつけて低い声でゆっくりと尋ねる。
「俺はどこへ連れていかれるところだったんだ?」
「ち、地下牢だ」
「で、俺は処分される予定だったわけか?」
「……ああ、そうだ」
「チッ」
騎士の首に腕を回し力を入れると彼は白目をむいて動かなくなった。
殺してしまったかと思って慌てて確認したが、息はしているので気絶しているだけのようだ。ちょっとびびった。力の加減は気をつけるようにしよう。
殺されてたまるかっ! 俺はまだ25だぞ。彼女だっていないんだ。この世の幸せを味わい尽くすまでは死ねないぞ。
意識を失った騎士から騎士服を奪い取り身に着けた。その騎士を動けないように縛って目につかないところに引きずって隠す。
この髪と目は目立つかと一瞬思ったが、黒髪のやつはさっきもいたから多分大丈夫だろう。
そのまま足早に廊下を歩き出口を探す。
途中何人かの騎士だか官僚だかとすれ違った。その度になるべく顔を見せないように背けながらやり過ごす。どうやらここは城のようだ。
さっき居たところは神殿っぽかったが、連れていかれるうちに渡り廊下でも歩いて城に来たのかもしれない。
しばらく歩いたところで馬房を見つける。これは馬をいただくしかないな。
元の世界で馬なんてもんに乗ったことはないが、これも『闘神の加護』のせいなのかなぜか乗れない気がしない。
直感で選んだ馬にその辺の馬具をつけて乗り恐らく裏門と思わしき場所から外へ出ようとする。すると門兵がそれに気づいた。
「おいお前、どこへ行く! ……おいっ、それはバルト将軍の馬っ!」
「あ、ばれちゃった?」
門兵が慌てて警笛を鳴らす。まあここまで来れば後は走るだけだ。兵士を尻目に馬を走らせ城を出る。よし、城脱出成功!
城を出たらそこは大きな町だった。人を撥ねないように気をつけながら大通りを走り抜ける。とりあえずは連絡が行く前に国境を越えないとまずいな。
町の門が見えてきた。後ろに追っ手はまだ見えない。町の門の詰め所でいったん馬を止め馬上から門番に話しかける。
「……あー、君。この国の地図はあるか? 後で返すからあるだけ欲しいんだが。事は急を要するんだ」
「は、はあ……」
なんせ相手は見た目だけは王城の騎士だ。兵士は訝しみつつも詰所から地図を持ってきてこちらへ渡す。
「君の協力に感謝する。それじゃまた後日!」
そう言って騎士のなんちゃって敬礼をしたあと馬を町の外に走らせる。そのまま道なりに走らせながら地図を確認する。
(ふむ、ここが王都で、この遥か東に国境があるな。その先は……モントール共和国か。できれば一気に走り切りたいが恐らく今日中の脱出は無理だろう。途中の町で着替えの服を調達したいな。馬も休ませないとな。ここからだと国境までの途中にグーベンって町があるみたいだ。一度そこへ行こう)
それから日が傾き始めるまで馬を走らせグーベンの町に立ち寄った。割とでかい町のようだ。人も多いからかえって隠れやすいかもしれない。
馬房つきの宿屋を見つけそこに馬を預けチェックインした。
すぐに宿屋を出て町の服屋を探す。
奪った騎士服のポケットにこの国の金がいくらか入った財布があった。俺を殺そうとした奴らの仲間なんだ。ありがたく使わせてもらうことにしよう。
服屋を見つけたのでフード付きのマント、チュニックやトラウザ、ベルト、ブーツなどを購入する。こうして鏡で見るとまじでファンタジーの旅人みたいだな。
この世界の金の価値は分からないがあの騎士はどうやら結構金持ちだったようである。
次に武器と装備品を売る店へ行き鎖を編んだ鎧を購入して身に着ける。
武器は一応あの騎士から奪った剣があるが華美な装飾のもので、俺が持ってるといかにも盗品といった感じがする。
店先においてある武器をぐるっと見渡すと、壁に飾ってある一つの武器が目についた。あんなの持てないだろってくらいの大きな剣だ。
「おやじ、あれ振ってみてもいいか?」
「ああ、振れるもんならどうぞ」
親父はちらりと武器と俺を見るが、すぐに興味をなくしてそれまで読んでた新聞に視線を戻す。
その大剣を片手で壁から外し軽く振る。
うん、やっぱりそうだ。たぶん加護とやらのお陰で全く重くない。むしろ手に馴染む。
武器屋のおやじは俺が軽々と大剣を振っているのを二度見し大きく目を瞠る。
「おいおい、まじかよ! そいつは巨人の剣だぜ!?」
「巨人の剣?」
「ああ、巨人族の打った剣『ツヴァイハンダー』だ。まさか人間が持てるとはね」
ほお、巨人の打った剣ね。レアな武器っぽくて気に入った。
「おやじ、これいくらだ?」
「ああ、それは名工の剣なんだがなぁ。売れねえでずっと埃かぶってたんだ。大負けに負けて大銀貨1枚で売ってやるよ」
「よし、買った」
親父に礼を言って金を払ったあと武器屋を後にした。
武器屋を出たあとツヴァイハンダーを背負ったまま宿へ戻った。王城からの追手が来る可能性があるので装備はちゃんと揃えておきたい。
馬房に行き将軍の馬を見る。つぶらな瞳が可愛い。馬具を全部外してやりブラッシングをする。
「すまなかったな、主人の所から連れ出して。いっぱい走らせちゃったもんな~」
馬は俺にすり寄り気持ちよさそうにブルルルと鼻を鳴らす。可愛いなぁ、こいつ。俺に懐いてるし。名前つけようかな。
馬との逢瀬を楽しんだあと宿の部屋に入った。そしてそのままベッドに仰向けになり天井を見ながら考える。
(おそらく奴らは俺がこの町に来ることを予想しているだろう。だがしつこく追ってくるだろうか? 俺は勇者に巻き込まれて召喚されてしまっただけの異世界人だ。『余計な物』なら城を出たんだから用はないはずだ。勇者以外の異世界人に危機感でも持っているのか? できることならこのまま放っておいてほしいんだが。)
起き上がって風呂に入ったあと再び全ての装備を身に着ける。いつ襲われても動けるようにだ。ゴテゴテするが仕方ない。
そして、まあなるようになるかぁと考え、大剣をベッドの右側に立てかけて俺は目を瞑った。
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