第8話 ゴブリン討伐
翌朝ソフィーの家の寝床で目が覚めた。今日も天気がいいようだ。
セシルは朝食を取ったあと彼らに向かって頭を下げる。
「泊めていただいてありがとうございました」
「いや、気にしないでくれ。この町にいる間はずっといてもいいんだからな」
「今日は依頼でカカシ村に行くんだよね? 私が案内するよ」
ベンノさんとソフィーが優しくて嬉しい……。できることならセシルもずっといたい。
でも彼女の申し出については折角だけど危ないから連れていけない。彼女と一緒に旅したら楽しそうだけどね。
「いや、危ないから一人で行くよ。終わったらここへ帰ってくるから。……それと実はわたしは女なんだ。すぐに言わなくてごめん。ギルドでは男と勘違いされたけどそのままにしてたんだ」
男よりも女の子を泊めるほうが彼も安心するだろうと考えて打ち明けることにしたのだ。するとベンノさんが驚いたような表情を浮かべたあとに答えた。
「ああ、そうだったのか。どうりで男の子にしては綺麗な子だと思ったよ。いやあ、誤解してすまない」
えーっ、綺麗だって。嬉しいな。男の子と勘違いしていたのは間違いないけど。もう慣れちゃったや。
「いえいえ、全然気にしてません。でもギルドではこれまで通り男で通そうと思ってます」
「ふふ。私は最初から女の子だって分かってたよ」
ええっ、そうなの!? 流石ソフィー!
ベンノも少しびっくりしていたがソフィーは特に驚いた様子もなく笑っている。 それにしてもまたここに帰ってきてもいいと言われて嬉しかった。贅沢を言えばちゃんとしたお風呂がほしいところだ。
しばらく2人と話したあと見送られてソフィーの家を後にした。
地図を開いてカカシ村の位置を確認する。この町から南西に2キロくらい、道沿いに歩いていけばいいようだ。地図の確認を終わらせザイルの町を出発する。
初めての依頼だ。絶対に失敗はしない。決意を新たに歩き続ける。
20分ほど歩いたところで前方に村が見えてきた。たぶんあれがカカシ村だろう。
カカシ村に到着して村を見渡すと高い建物が全くない小さな村だった。人もそんなにいない。ザイルから見ればそう見えるのかもしれないけど。
気になったのは雰囲気だ。随分と村人たちの表情が暗い。やっぱりゴブリンのことがあるからかな?
村に到着してから広場にいた子供に村長の家を尋ねる。そして教えられたとおり村の奥にある村長の家を訪れた。
「こんにちは。ザイルの町で依頼を受けてゴブリンの討伐に来ました。僕は冒険者のセシルといいます。依頼について詳しいお話を聞かせてもらえますか?」
セシルの姿を見て村長らしき男が訝しげな視線を向ける。子供がこんなことを言ったら不自然だよね、やっぱり……。ギルドでも子供の冒険者は見かけなかったもん。
「ようこそいらっしゃいました。私は村長のギュンターです。……貴方お一人ですか? 他の方は後から来られるんですか? 随分と幼い…いや、お若いようですが」
「いえ、依頼を受けたのは僕一人です。ゴブリン討伐は慣れているので大丈夫です」
ゴブリンを討伐した経験などなかったがギュンターを不安にさせないようにそう説明する。嘘も方便である。
彼はセシルの言葉を聞いて不安そうに説明を始めた。
「そうですか……。どうか無理はしないでくださいね」
「はい、任せてください!」
ぽんと胸を叩いて自信があるという気持ちを伝えようとする。だけどやはりギュンターの不安そうな表情は消えない。しょぼん。
「……実は2週間ほど前から、村人や家畜がゴブリンに襲われるようになって被害はかなり大きくなっています。そして依頼を出させていただいたのですがなかなか引き受けてくださる方が居なくて。そうこうしているうちに私の息子が畑仕事から戻る途中で奴らに遭い殴り殺されました。やっと成人して結婚も決まり来月には式を挙げる予定だったんです……」
「村長さん……」
ギュンターは怒りと悔しさのあまり目に涙を溜め、握りしめた拳を震わせ己の唇を噛みしめている。
なんて残酷な……。息子さんまで殺されたのだ。それはさぞかし悔しくて憎くて堪らないだろう。そんな彼を見ていて胸が苦しくなってくる。
そして彼はさらに話を続ける。
「襲われて怪我をした者もまだ床に臥せっている状態です。そして家畜は奴らに殺され奪われました。このままだと再び村人に死者が出ることになるでしょう。どうか私たちを……この村を救ってもらえないでしょうか!」
村長は顔を上げ涙を浮かべて懇願する。それを聞いて、絶対にこの村を救い村長の息子さんの仇を取ると心に決める。
「分かりました、任せてください。必ずゴブリンを駆逐します。奴ら東の遺跡から来るということですがここからどのくらいの距離があるんですか?」
「歩いて30分ほどのところです。遺跡といっても古い石窟があるだけで周りは荒れ地になっています。どうやら奴らは石窟の中から出てくるようです」
村からかなり近いな。そんな近くにゴブリンの拠点があるからこの村は襲われてしまったのだろうか。
中からゴブリンが出てくるならそのアジトの石窟はダンジョンではない。ダンジョンから魔物が出てくることはないからだ。
数は予想がつかないがゴブリンは大体群れで行動する。石窟には10体以上はいると思ったほうがいいだろう。
様々な予測を立てたあと、ギュンターに討伐に向かうことを告げた。そして早速東の遺跡へ出発した。
石窟へ向かう途中、村を出てしばらくは畑が広がっていた。だが石窟が近づいてくると草原の風景になった。そして更に近づくと古い遺跡の残骸が周囲に増えてきた。大分近くまで歩いてふと呟く。
「今は石窟の周りには何もいないみたいだ。でも気配は感じる。嫌な匂いがする」
魔物独特の気配と血に濡れた匂い。きっとこの近くで血を流したのだろう。
魔法で
『……血と魔物の匂いがするわね』
「うん」
シフに頷きそのまま遺跡へ歩みを進める。ゴブリンはきっと近くにいる。
ようやく石窟に到着した。丘の麓にぽかりと口を開けたようにその入口はあった。入口脇に身を
中の様子を偵察にいってくれるように頼むとシフは即座に姿を消して入っていった。
待っている間辺りを見回すが遺跡の周りの草地に集落が造られている様子はない。ゴブリンは石窟の中で生活をしているのだろう。
ゴブリンという魔物は森にはあまり生息していない。概ね町や村の近くに集落を作り人を襲うといった傾向がある。だから森にいたセシルは知識としては知っているがゴブリンを見たことがある訳ではなかった。
石窟の中の気配を探った限りではどうやら強い魔物はいなさそうだ。
しばらく待っているとシフが偵察から戻ってきて姿を現した。
『数は12体。そのうちゴブリンロードが1体で、これがボスね。あとは全部雑魚よ』
「ありがとう、シフ」
やはり群れのようだ。首領がゴブリンロードとはね。でも脅威など全くない。
シフの報告を聞いたあと自身に
そして石窟の中に足を踏み入れた。入口からしばらく進むと少し開けたところでゴブリンが5体ほどギャーギャー騒いでいる。
このまま突っ込んで斬りかかると残りのゴブリンが出てきてしまう。そう考えて姿を消したまま前方に左手をかざす。
「『
『グゥ……』
白い靄がゴブリンたちを包む。睡眠の効果でその場にいた5匹を全て眠らせた。隠蔽を解き静かに剣を抜いて1匹ずつ悲鳴をあげさせないように、確実に急所を狙って息の根を止めていく。そして倒したゴブリンをどんどんバッグにしまう。
さらに奥へ進もうとするが中から異常を察知したゴブリンが様子を見に出てきてしまった。どうやら血の匂いを察知されてしまったようだ。最初に出会った2体を左手で
『ナニモノダ?』
こいつがゴブリンロードだろう。人間の言葉を喋るということは少しは知能があるらしい。多少面倒臭そうなこいつは最初ににやったほうがいい。
そう判断してすぐさま雑魚の間を走り抜けゴブリンロードに接近する。奴はセシルを視認するやいなや何やら詠唱を始めた。魔法を使えるゴブリンロードの詠唱を中断させるべくすぐにシフを呼び出し精霊術を行使する。
「シフ! 『
『はいな』
シフは目に見えない風の帯に姿を変えゴブリンロードの首から上に巻きついていく。
『ウッ、ググッ……!!』
風の帯に塞がれて口を噤み詠唱を中断せざるを得なくなった。その隙に背後に回りこみ剣でゴブリンロードの首を刈る。
首領が倒されるとすぐさま残りのゴブリンがセシルへ向かってきた。水の精霊ディーを呼び出し精霊術を行使する。
「ディー! 『
『任せえな』
ディーが姿を現しゴブリン達にふぅーっと息を吹きかける。するとゴブリンの足元から少しずつ凍結してその腕を縛り、とうとう首の傍まで凍りつく。
『ギャアッ、ギャアッ!』
ゴブリン達は慌てて騒ぐがもう体は動かせない。
凍った奴らに接近して次々と急所へ攻撃を加えその息の根を止めていく。
(これで仇は取ったよ、ギュンターさん……)
全て倒したあと、セシルはそれぞれの体内にある魔石を取り出しゴブリンロードのみ魔石と首をバッグに入れる。魔物の死体を放置すると他の魔物がやってくる可能性があるからだ。
ゴブリンの死体を全てバッグに入れて石窟の外へ運び出した。
そして結界を張ったあと火魔法でそれらを高温焼却する。結界の中で黄色い炎が燃え上がり短時間で全てを焼き尽くす。
これですべて片付いたかな……。
「ゴブリンって初めてやったけど思ったよりも強くなかった。パーティを組まないと厳しいってレーナさんが言ってたけど特に何の問題もなかったね。ゴブリンロードもそんなに強くなかったし」
『うーん、それは人間たちの中でセシルが飛びぬけて強いからじゃないの?』
『おい、また俺の出番がなかったじゃねーか!』
『うちの氷のほうが使えんねん♪』
『クスクス』
シフ、サラ、ディー、ノームが次々に現れて周りをふわふわ回る。またサラから苦情が出た。
「あんな狭いところで火魔法使ったら息ができなくなるんだもん。サラは使いどころが難しいよね。火事になっちゃうし。でも強敵相手の時はサラとノームが最強だよ」
拗ねるサラの機嫌を取りつつ石窟を後にした。さあ、ギュンターさんに報告しよう。もう心配する必要はありませんって。
カカシ村に到着したときには既に日が傾いていた。討伐完了の報告をするためにギュンターの家へ向かう。
村長宅で彼に向かって告げる。彼は真剣な表情でセシルの言葉を待っている。
「ゴブリン討伐は完了しました。ゴブリンロードが奴らの首領だったみたいです。討伐したあと遺跡の周辺を
セシルの言葉を聞いてギュンターは涙を浮かべて喜んだ。
「セシルさん、ありがとうございます……! これで皆安心して暮らせます。息子もきっと天国で喜んでくれることでしょう……。あの、少ないのですがこちらをお納めください」
ギュンターは感無量といった感じで礼を言って布袋を差し出す。セシルはそれを丁重に断る。被害のあった村からお金を貰うなんてできないよ。
「そんな、駄目です! ギルドで報酬をもらうのでいいです!」
「いえ、これは私たちの気持ちです。ゴブリンロードまでいたことを考えると、これから起こったであろう被害を思えばこれでも足らないくらいです。それほど多くはありませんがどうか受け取ってください」
そう言って村長は強引に布袋を握らせた。
なんだか申し訳なかったので、バッグに入ってた肉を村長に全部渡した。家畜にも被害があったと言っていたから喜んでもらえるといいんだけど。
「ありがとうございます!」
「いいえ。よかったら皆で食べてください。」
お礼を言われたのでにっこり笑って答えた。
ギュンターは大量のお肉を受け取って嬉しそうに笑顔を浮かべた。喜んでくれてよかった。少しは足しになるといいな。
報告も終わったしあとはザイルのギルドへ戻って報告しよう。
彼の家を後にして村を出ようと広場を通りかかったとき、一人の若い女性が近づいて話しかけてきた。
「……あの、ゴブリンを討伐してくださった冒険者さんですか?」
「そうですけど……」
そう答えると女性は涙を流しながら話し始める。
「カールの……私の婚約者の仇を討ってくださってありがとうございます……!」
「では貴女が村長の息子さんの……。もうここの村人が遺跡のゴブリンに襲われることはありませんから」
安心してください、と最後までは言えなかった。死んだ人はもう帰ってこないのだ。涙を流し続けるその女性にかける言葉が見つからなかった。討伐は完了したけどとてもすっきりとした気持ちにはなれなかった。
それから村を出るまでに村人から口々にお礼を言われた。この依頼を受けて本当によかった。
村人の笑顔を見て胸があたたかくなったセシルは、人々に挨拶をしたあとにカカシ村を後にした。
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