第3話 満足サイクリングプレイス
魔法使いは、世界一幸せになった人を探し続けていた。
当然そのランキングは、変動していた。
すると、日本の、しかもその魔法使いがよく通う喫茶店にいることが分かった。
魔法使いは、時間帯のため、がら空きになっている喫茶店に入り、カウンター席に座った。
出てきたマスターに、コーヒーを注文し、喋り出す。
「マスター、いつも美味しいコーヒーをありがとう。そのお礼、と言ってはなんだけど、これを」
「これは?」
「幸せです」
するとマスターは、当然、驚いた顔をして、
「なるほど」
と、呟いた。
「それならば、お気持ちだけ、受け取っておきます。はい、コーヒー」
「なぜです?」
魔法使いが調べた結果、マスターは幸せを感じていたが、欲が無いわけではなかった。断る理由が想像出来なかったのだ。
「私はね、この状況に満足しているんですよ」
「満足?」
「ええ」
魔法使いの問いに頷くと、マスターは語り始めた。
「私の楽しみは、ここに来る人達の会話を聞くことです。だから少し変わったルールを作っているし、お客さんが多く来るよう、メニューにはこだわりました」
「それで?」
「つまり、私の願いはこの状況が続くこと。これ以上、何かはいらないのです」
「なるほど、やはり、幸せには満足することが必要、と。そして満足するには、余計なものは求めないことが大切……」
「ああ、別にあの少年が間違っていた訳ではありませんよ」
魔法使いは目を丸くし、手に持っていたコーヒーを置いた。するとマスターは、「何分、ここでお客様たちの会話を聞くことが楽しみですから」と言った。
「というのも、無欲であり満足するには、欲が必要なのです」
「無欲であるのに、欲が必要なのですか?」
「ええ。無欲とは、満足に付随して現れます。そして、人間が最も満足する瞬間とは、欲を達成した瞬間なのです。何か物事を達成した自分や状況に満足する。満足するから無欲になる。それ以上求めるものがなく、今に満足しているから幸せを感じる……」
「なるほど……」
「満足が無欲を呼び、無欲が幸せを呼び、幸せが欲を呼ぶなら、欲が呼ぶものは満足なのです。人は、このサイクルを繰り返そうとする。私は、このお店を経営し続けることで、このサイクルが安定します。だから世界一幸せと言えますし、これ以上の幸せはいらないのです」
「実に、逆説的ですね。ありがとうございました」
「いえ、こちらも楽しめましたよ」
魔法使いがコーヒーを半分ほど飲みきると、目の前にイチジクのタルトが置かれた。魔法使いが好んで頼むケーキだった。
「これは?」
「サービスです」
「そんな、いいんですか?」
「ええ、だって私は——あなたに幸せとは何か、を教えてしまったわけですから」
そういったマスターは、楽しそうに、笑っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます