◇ 07

 しばらくペルルの服の出来を観察していると、アティが戻ってきた。対面の椅子に座りながら「さっきの学生はもう帰ったのか?」と尋ねられたので、一部始終を伝えると、感心した様子でペルルのポンチョに視線をやった。


「へえ。裁縫術師科の学生だと分かってはいたが、素晴らしい出来だな」

「裁縫術師……って、いうのは」


 聞き慣れない単語に──いや、シャルフがある人物の話題を出した時に聞いてはいたが──思わず聞き返すと、アティは特に表情も変えずに教えてくれた。


「衣服を作る際、精霊の加護を付与することができる針子の事だ。あの制服は、王都にある寄宿学校の裁縫術師科のものでね。すぐわかったよ」

「そうなんだ……その精霊の加護っていうのは、どういうものがあるの?」

「汚れを防いだり、寒さや暑さを感じにくくしたり、まあ色々だよ。近衛騎士に人気なのは、鎧を軽く感じさせる効果だったな。後、物理的な攻撃の緩和」

「へぇ」


 軽量の防弾チョッキみたいな感じだろうか。そういった効果を付与する力を養う学科があるのは、精霊の加護が当たり前の世界ならではだ。自分で作れたら楽しそうだが……。


(精霊に怖がられてる僕じゃ、手伝ってくれる精霊はいなさそうだなぁ……)


 いつか、精霊と仲良くなれるといいな。そんな風に期待していると、不意にアティが「それで」と話題を変えた。


「シャニアに出発するまでの間は、俺と同じ部屋でも構わないだろうか。さっきの騒動の通り、今、この辺りの宿はいっぱいなんだ」

「それは勿論構わないけど……この辺りで、何かあるの?」


 人が集まるような行事でもあるのかと思い、質問を投げると、アティは首を振った。


「一か月前ぐらいから、世界全体で精霊が荒れててね……一部地域で、森に入ると出られなくなったり、川にかかっていた橋が流されたりして、通行止めが発生しているんだ。ゲーシ・ビルは流通が盛んだから、その関係者らが帰れなくなって一時滞在を余技なくされている状況なんだ」

「そうなんだ……」


 ひと月前からか。一つの話として流そうとして、引っ掛かる記憶がそれを止めた。


「あの。もしかして、シャニア王国の……ええと、リドゥ山脈? の近くにある、ケリキリって町も、通行止めになってたりする?」


 確か、カインの両親が出稼ぎから帰って来なかったのもひと月前の話だったはずだ。聞かれたアティは、腕を組んで首を傾げた。


「ケリキリ? いや、あの近辺の精霊は安定しているはずだ」

「ええと、じゃあ。そこから、ラリャンザって町に向かう道はある?」

「ラリャンザに向かうならいくつか……」


 しばらく宙をさまよっていた朱色の視線が、「あ」という声と共にアオバに戻された。


「どこも通行止めになっているな。知り合いでもいたか?」

「……うん、まあ。お世話になった人のご両親が、ケリキリに出稼ぎに行っているんだけど、先月は帰って来なかったみたいで」

「そうか……」


 言いながら、アティは背もたれに寄りかかった。一瞬だけ視線がアオバの首元に向けられたような気がしたが、すぐに彼がため息交じりに閉眼したので、追及はしなかった。


(この事、カインに伝えてあげたいなぁ……両親が帰って来なかったのは、二人を見捨てたからじゃなくて、通行止めに巻き込まれたからだ。手紙……ああしまった、今お金無いんだった)


 便箋を買える金額ぐらいは、どこかに忍ばせておくべきだった。ため息をついて髪をかく。その間もアティは黙ったままで、それが妙に気まずくて、新たな話題を振る。


「アティは、どうしてこの町に?」


 自身の事を旅人だと言っていた。いくら戦えるとはいえ、子供が一人旅をしている事に違和感を持ったのだ。家出、とかじゃないだろうな、というほんの少しの疑いの視線を、アティは避けるように視線を逸らした。


「……人を探している」

「どんな人?」


 手伝えるかな。と期待を込めて聞き返せば、敵意の無さが伝わったのか、アティはほっとしたように息を吐いた。


「それが、分からないんだ」

「知らない人ってこと?」

「……まあ、そうなるな。名前だけは分かるが……とはいえ、候補が多すぎてどれだか……。以前、俺を助けてくれた人なんだが……いや、ただ祈ってただけなのかな、あれは」


 最後の方は、独り言のように彼は呟いた。偶然にも、その人物の行いがアティを助けることにつながった、ということだろうか。アティが一方的に恩義を感じているようだった。


「その人を探しているんだ?」

「いいや。その人物は既に死亡している」

「へ?」

「俺が探しているのは、その人物の家族だ。そっちは多分、生きている可能性が高い。直接の血縁者がいなくとも、子孫は残っているかもしれない」


 子孫? 相当前の話なのだろうか。


「その人の家族を探して、どうするの?」

「……ただ、助けになりたい。死者の事を伝えても、誰も幸せにはならないだろう。だから、何も知らせず、手助けがしたい。……ただの、自己満足の旅だ」


 視線をちっともこちらにやらず、アティは自嘲的に言った。


「この町に滞在しているのは、その自己満足の延長みたいなものだ」

「で……でも、アティがこの町に来てくれたおかげで、助かった人たちもいるよ。だから……ええと、そんなに自分を責めないでほしいな」


 なんの慰めにもならない台詞を吐くと、きょとんとしたアティが顔を上げた。


「俺は自分を責めていたか?」

「え? う、うん。そんな風に見えた」

「そうか……いや、ありがとう。もう少し態度に気を付けよう」


 改めて反省したのか、アティは腕を組んで頷いた。それから、周囲に呼ばれて席を立ち、思い出したように振り返った。


「町を出るまで、好きに行動してくれて構わないよ」

「あ、うん」

「じゃあね」


 軽く手を振って、アティは自身を呼んだ人物の下へと去って行った。残されたアオバはペルルとユラに視線をやる。


「好きにしろと言われても……どうしましょうか」

「ふむ……前回のように情報収集といきたいが、金銭を持ち合わせていないからな。フラン・シュラを消すのも、人前でおいそれとしないほうが賢明だ」

「また囲まれたくないですしね……」


 御使いだと騒がれるのも、困る。前回は町を出るまでの辛抱だと思えたが、今回は同行者にアティが加わっているのだ。彼に迷惑をかけたくないし、未だに人食いの怪物を神様だと考えているアティが、熱心な宗教家の可能性も否定できない。なるべく目立たず、じっとしている方がいいだろう。とはいえ、何もしないのも、もったいない気がするのだ。宿代はアティの用心棒代で賄っているようだが、それにアオバが乗りかかるのは果たして良いことだろうか?


 周囲を見渡してみると、慌ただしく動き回る宿屋の従業員が目に入る。


「……手伝うのか?」


 横から、ユラが言う。その声は呆れを含んではいるものの、根っから否定をする気は無さそうだ。


「ちょっとだけ……だめですか?」

「いや。好きになさい」


 了承を得て、やった、と小さく呟くと、横で足をぷらぷらさせていたペルルが顔を上げた。


「ぺるるも」

「一緒に出来そうだったら、やろうね」


 軽くペルルの頭を撫でて、アオバは立ち上がった。

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