◇ 07

「他にも、フラン・シュラが人間に見える人がいるの?」

「ってことは、聖騎士が言ってる事って正しかったんすね」


 頷きながら、カインは言う。


「聖騎士がよく言うんだ。“フラン・シュラは人間だ”って」


 「ほう」と、ユラが相槌を打つ。周囲の警戒はもういいのか体をこちらに向け、会話に参加している。関心があるというよりは、記録として聞いているだけのようで、時折何か確認するように視線が宙を漂う。


「最初の頃はさ、聖騎士もフラン・シュラに怯えて戦えないって事がよくあって。だから、その言い訳だろって思われてたんだけど……御使い様もそう言うなら、間違ってなかったってことなのかなぁ」


 そう言って、カインはしみじみといった様子で頷いた。


 まさかこの世界の聖職者が、フラン・シュラの正体に気づいていたなんて。そうだと知っていたら、宿屋で出会った女性聖騎士にいくつか質問したのにと少し残念にも思ったが、過ぎてしまった事は仕方がない。聖騎士たちがフラン・シュラが人間だと分かっているのなら、事情を上手く伝えて、ラピエルの行いを止める協力してくれるかもしれない。平和的に解決できるなら、それに越したことはないのだ。


 ユラに目配せをすると、彼女も「もう少し情報が欲しい」とばかりに頷いた。


「その聖騎士たちが集まるような場所ってどこ?」

「王都だな。この国の聖騎士は、ほとんど王家に仕えて……」


 尚更都合がいい。当面の目的通り、協力拠点に向かう途中、王都に寄らせてもらおう。カインの言葉を聞きながらそう算段していると、不意に彼の言葉が途切れた。ほとんど同時に、「やば……」というカインの声が漏れ、開けっ放しの入り口に、数人の人影が入り込む。


 なんだろう? と顔をそちらに向けると、見知らぬ人々が嬉々とした表情で覗き込んでいた。多分、町の人だ。ユラも声には出さずとも「げ」という表情をし、ペルルだけが不思議そうに目を瞬かせている。


「御使い様、ですか?」

「へ?」

「その首飾り! 御使い様ですね!」


 半歩後退する青葉に、数人がのめり込んでくる。教会の入り口の向こうに、“御使い”という言葉に反応した数人がチラチラとこちらの様子を窺っているのが見えた。


「本物?」

「本物だって!」


 じわじわと町の人が集まって来る。視線をカインにやると、「ごめん」と小声が返ってきた。


***


 だから言っただろ。と、ユラがぼやくように言った。


 結局、町の人々に揉みくちゃにされた青葉は、騒ぎを聞いてやって来た役人たちに連れ出してもらい、役場のロビーでぐったりとしていた。


「有名芸能人とか、こんな気分なんですかね……」

「どうした、まんざらでもないか」

「いえ、全然」


 正直言って、注目されるのに慣れていないので、対応に困る。そもそも青葉自身、目立つ要素が無い上に、青葉の友人たちは面倒見が良くリーダーシップのある面々が多く、注目されるのは彼らであり、青葉はその端で「凄いなぁ」と平凡な感想を言っているのが常だった。それがこうも変わってしまっては、慣れないし落ち着かない。


「王都の方面に向かうのも、少し慎重に行った方がいいな。御使いの噂が回っている可能性もあるし、貴方がその御使いであると知られれば、シャルフの言っていた通り王族に厄介ごとを頼まれるおそれがある」

「困っているなら手伝ってあげた方がいいのでは」

「そう言うと思ったから警告しているのだけど」


 ユラの冷めた視線に身を縮こませると、彼女は呆れたように首を振った。初めて出会った時の気配すらない静かさは減り、面倒見の良い厳格な姉のような印象だ。これが素なのか、話しやすくてついつい会話が続いてしまう。


 洞窟に向かった今朝に感じた緊張感も薄れてきたユラと軽口を叩いていると、青葉と同じく役人に連れ出されていたカインが奥から戻ってきた。


「ちょっと裏からロレイヤさんの家行ってきたよ。アオバ、黙って出て来ただろ?」

「ごめん……」

「いやいや、責めてるんじゃないから。朝ご飯食べてもらってないって、落ち込んでたから貰って来たんだ。ほら」


 お礼を言ってバスケットを受け取り、横で背伸びをして覗き込むペルルに見えるように傾けて一緒に中を見る。パンに味の濃そうな色の具材が挟まった、サンドウィッチのようなものが三つ入っていた。その内一つは小さめで、こちらの具は茹でただけの野菜などで、かなり簡素だ。おそらくペルルの分だろう。


「カインの分も入ってるよ。ペルルのもね」

「やった」

「たー」

「御使い様。よければこちらでどうぞ」


 少し距離を取って、役人の男性が端にある机と椅子を手で指して言う。お言葉に甘えてそちらに移動し、手を合わせて食事を始めると、受付カウンター内で数人が小声で話し合う声が聞こえてくる。


「御使い様って言ったって、普通の子供じゃないか」

「でも、フラン・シュラを消していくところを見ただろ? あれは本物だ」

「本当に? 詐欺師じゃないのか?」


 ひそひそとした会話の話題の中心が自分であることに居心地が悪くなって、これ以上聞かないように対面に座るカインに声をかける。


「ね、カイン」

「うん?」

「カインの家って……どうするの?」


 確か倒壊していたよな、と考えていると、カインはパンを咀嚼しながら返す。


「しばらくは、ロレイヤさんが家にいていいよって、言ってくれたから、そうするよ。んで、家はー……昨日あちこちで相談したんだけど、とりあえず資材はどうにかなりそう」

「何か手伝える事はある?」

「えぇっ! 御使い様にそんな……」

「いいんだ。フラン・シュラ以外には、普通の人間なんだから。町の人に声かけようか。手伝ってくれる人、何人かはいるかもしれないし……」


 青葉が御使いである事の否定が出来ない現状、青葉の声かけに賛同する人はいるはずだ。強制さえしなければ、それは彼らの意思だ。結果的に騙しているので、罪悪感はあるけれど……。


「……御使い様?」

「え。あ、うん。何?」

「ええと……折角だけど、やっぱり御使い様に手伝わせるなんてできねぇよ。なんか……無理させてるみたいだし」

「そんなこと……」

「だってほら、“悪いことしてる”って顔してる」

「……」


 分かりやすいな、と、父がいたら笑うだろうか。


 年下のカインにまでバレる程かと、空いた手で頬を押してみると、無意味に口角が吊り上がるのを感じた。


 気まずさから視線を逸らせば、隣で頬いっぱいにパンを詰めているペルルの、白い頬が揺れているのが視界に入る。


 ほんのわずかな沈黙に、戸惑いがちに、カインは付け足した。


「それにほら、アオバが来ると人が来すぎちまう」

「まあ、それは……あるね」


 先ほどの人だかりを思い出し、眉間に皺が寄る。これだと、町から出るどころか、この役場から出るのも大変かもしれない。


「逆に、俺に出来ることない?」


 食べ終わり、水を一気に煽ると、カインは少し身を乗り出した。


「御使い様には、フロワの命を救ってもらったし、教会のフラン・シュラも倒してもらったし、町も救ってもらったんだから、恩を返させてくれよ」

「ええと……」


 そう言われても、何も思いつかない。視線だけでユラに助けを求めると、顎に指を当てて、彼女は一瞬だけ考えた。


「少しの間、付き添ってもらったらどうだ? 宿泊代金を払いに行くのも、買い物をするのも、アオバ一人だとまた取り囲まれそうだしな」


 まさか町民を斬るわけにもいかないし。などと物騒な事を呟くユラから視線を逸らし、カインに向き直る。


「じゃあ、ちょっとだけついて来てもらってもいい? 宿の代金の支払いと、少し買い物にも行きたくて」

「そんなのでいいの? もっとこう、力仕事とかいらない?」

「それは、家を直すのに取っといたほうがいいんじゃないかな」

「そっか」


 最後の一口を口に放り込んで、ポケットに入っているであろうはずのものを探す。一昨日までズボンの後ろポケットに入れていたそれは、眠っている間に誰かが入れてくれたのか、パーカーの方に移っていた。目当てのものを取り出し、カインの前に置いた。以前彼から貰った、聖書だ。


「一部先払いってことで……」

「い、いやいや、恩返しなんだから……」

「いやいや、無償というわけにもいかないから……」


 古い聖書を押し付け合う光景に、ユラが呆れたように笑った。「いいから、いいから」「そういうわけには……」というやり取りは、ペルルの食事が終わってもしばらく続いた。

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