「個人情報です」

赤キトーカ

第1話の内容は個人情報です。

 2019年。新しい令和の時代を迎えていた。

 平成が始まって30年。この短くもあり、長くもあった歳月で、日本において、誕生した奇妙な概念があった。それは正しくも、歪にも発達し続けていた。


「はぁ、暇ですね、先輩」

 特殊な制服を着た若い女性が、隣に座っている「先輩」と呼ばれるやや年上の女性に退屈そうに話しかける。


「仕事中にそういうことは言っちゃだめ。ここは警察署よ?いつどんな大きな事件が飛び込んでくるのかもしれないんだから。気を引き締めないと」


「……そうですね」


 そこはある警察署の1階、受付。ここでその警察署の名前を記すことは、できない。


 すると、入り口から一人の若い男性が入ってきて、受付のほうへ歩み寄ってきた。

「すみません」

「はい。どうなさいましたか?」

「実は、道に迷ってしまった、といいますか……。友達と待ち合わせをしている中華料理屋を探しているんですけど。教えてもらえませんか」


「お店……ですか」

 受付の若い女性の警官は、ちらりと隣の先輩警官の目を、見やる。先輩はいかにもベテランという雰囲気を漂わせ、全く微動だにしていない。

「先……輩」

 先輩婦警は若手女性婦警の対応をテストしてやるといわんばかりに、返事をしてもくれない。

「あのう、昇龍軒っていう店なんですけどね」

「ええと、ですね、そのお店の場所をお知りになりたいということですよね」

「はあ、ちょっと急ぎなんですけど」

 若手女性警官は、恐る恐る答えた。


「お教えできません、個人情報ですので……」

「はあ?」


「ですから、個人情報ですのでお答えできません……」

「個人情報って、あの、店ですよ」

「ええと……」

 先輩婦警をちらと見る。全く表情を変えていない。

「ですから、お店だとしても、運営しているのは、人ですよね」

「そりゃあ、まあ」

「だとしたらその人の情報にもつながるわけじゃないですか」

「……」

「警察からその人の情報につながる情報を、出すわけにはいかないんです」

「な、なんでですか?」

「失礼ですが、あなたがそのお店の方とどういう関係かも、わかりませんよね」

「関係って、客ですけど」

「その証拠も、ないじゃないですか」

「いや、しかし」

「そのお店や関係者の方の情報を知って、悪用されることもあるわけですから」

「……はあ。教えられないんですか?」

「は、はい、お答えできません」


 若い男性は、不思議そうな表情で帰っていった。


「先輩……、どうでした?」

「全っ然、駄目ね」

「え……」

「聞いていて呆れるわ。何をびくびくしているの。ここは、警察署よ?警察署の受付よ?……まだまだ、新米ね。次は私が応対するから、ちゃんと見て、学んで、自分の役割をくみ取りなさい」


つづく

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