死にたくなんかなかった
影宮
時間=命
青い空を見上げると太陽がその方角になくても眩しかった。
目を細くしてそれでも見ようとする。
「自殺か?」
後ろで小説を読む生徒会長。
「死にたくなんかなかったよ。」
「それは、死んでから言う言葉だろ。」
「死人に口なし。口がある内に言うんだよ。」
声を出して笑う。
屁理屈だ。
呆れた溜め息は、自分から話しかけたくせに面倒そうだ。
「で、飛び降りる気か?学校の評判が落ちるから、止めてくれないか?」
別に死ぬ気はなかった。
評判………ね。
一人がなにか問題を起こせば全体に影響を及ぼす面倒さは、わかる。
たった一人がここで自殺すれば、全てが問われる。
たった一人が何処かで悪さをすれば、全てが悪く見られる。
何かの集団に属してしまった時点で、その全ての責任を抱えている。
そんなこともわからない馬鹿は、迷惑を全体にかけていく。
同じ種類の人間だと思われる不愉快さから、私はその害虫を取り除きたいとさえ思った。
「屋上は立ち入り禁止って学校が多いよね。」
「君みたいな飛び降り自殺願望者がいたら大変だからな。」
決めつけてくれるね。
けど、こういう風に他者に影響を与えない密かな抵抗が望ましい。
これに彼が気にする学校の評判はまったく関係がない。
少なくとも、このことを外に明かして大きな行動に移さなかったら。
「死にたくはなかったんだよ。」
「なら、今すぐこっち側に戻れ。柵を越えるな。」
命令する言葉に素直に従うなら、楽なんだろうな。
簡単なルールさえ守れない馬鹿の溜まり場と化した学校は、救いようもないほど害虫ばっかりで。
授業中にお喋りして立ち歩いて、ゲームして。
うるさいったらありゃしない。
ここで私が怒鳴りでもして、黙らせた時悪いのは私の方みたいな。
邪魔しないなら好きなことしてくれたって私は構わない。
けど、邪魔で迷惑だ。
掃除もしないし、偉そうに文句言って。
どの口が言うんだって何度も呟いた。
常に喋ってなきゃいけないんだろうか、黙ることが出来ないんだろうか。
正しきが悪なり、とでも思ってるんだろうか。
うるさい割には面白いこと言わないから、笑えもしないネタを披露されてうんざり。
本当に、いっそ、死んでやろうかしら。
「来る学校間違えた。」
「そう思うなら何故ここを選んだ?」
「貴方も馬鹿だったんだね。」
そんなの、入ってからじゃないとわからない話。
入学説明会にそんな話は無かった。
当然だ。
同じタイミングで入った害虫なんて事前に教えるなんて無理だし。
「ゴミみたい。学校ってゴミ箱だったのかな。」
「そのゴミ箱にいる君もゴミだな。」
「貴方も立派な粗大ゴミ。」
燃えないゴミか、燃えるゴミかなんてどうでもいいけど。
幼稚園児じゃあるまいし、或いは小学低学年じゃあるまいし、いい加減にしてくれればいいのに。
「どれだけ時間を無駄にされたと思う?大事な時間が、貴重な時間があいつらのせいで台無し。」
「そんなに授業が好きなのか。」
「好きか嫌いかの話じゃない。貴方はわかってないね。」
「じゃあ、何。」
「あいつらは人殺しだよ。」
振り向くと、何を言っているのかりかいできていなさそうな顔がある。
私は叫びたかった。
私の時間を返せと。
たとえ返せたとしても、あの時とまったく同じ時間、風景なんて用意できっこない。
命を時間と例える人がいた。
だったら、あいつらは人殺しだ。
人の時間をあいつらのおふざけで無駄にされた。
不真面目で授業を妨害した。
だから、許さない。
何度でも返せと叫びたい。
そして、同じくらい失った時間の分だけあいつらから大事な時間を奪いたい。
「人殺し。自分の言動がわかってないよ。」
「殺してない。人殺しとは言わない。」
「わかってないね。」
不登校のきっかけを作った言動に自覚がないんだ。
それが自殺に繋がったとしても、あいつらは知らない顔。
いいや、気付いてないんだから知らないんだ。
茶化したり馬鹿にして貶す。
それがどれだけ苦痛か。
授業の度にそれに怯えるのは私もだ。
馬鹿にされたくない。
言われると、苦しくなる。
あいつらは楽しいのかもしれない。
それで、いったいどれだけの人が不快に思っているかわからない。
頭可笑しいんじゃないのって何度も思った
「死ねばいいのに。」
「そういうことを冗談でも言わない。」
「本気だよ。目の前で死なれても笑えるくらいに。」
「本気でも言わない。」
「命ってのはどうせ軽いんでしょ。」
人の生死を評判の為に決定するくらいに。
死に償うのに金で十分なように。
簡単に死ねと言えるくらいに。
馬鹿みたいだ。
「死にたくなんかなかった。死にたくなんかない。死にたくない。」
「だったら、」
「だからこそ、死んでやる。」
「は?」
バサッと本が落ちて、立ち上がった生徒会長の顔が不愉快を訴えている。
評判を落としにかかろうとする言動に怒りが見える。
高校生の救いようのない馬鹿さ加減に、呆れた。
失望するほどの期待はしてなかっただけマシだ。
あんまりだ。
だったら、こんなとこで生きるより死んだ方がマシ。
このままストレスに押し潰されるよりかは、このままあいつらと同じ空間にいるよりかは。
それくらい人間が嫌いになった。
頭可笑しいんだよ。
ルールも守れない、まともでもない。
これだけ時間を無駄にされて、正しいことをすれば私に銃口が向く。
正義感か不快感か。
「少し考えればわかるようなこと、考えなくてもわかるはずのこと、どうしてやらかすかね。」
「わかってないからだろ。」
「子は親に似るっていうし、ホント親の顔を見てみたいわ。」
吐き捨てた言葉に怒りを入れ込んだ。
何故わからない。
未来はない。
未来に期待なぞできない。
ここまで頭の可笑しいクソガキが大人になって未来またクソガキを産んで、そのままこの国は終わっていくような気がして仕方がない。
それどころか、大人になれるかもわからない。
今だって核兵器に怯えている。
平和は当たり前じゃない。
常に、私はそれが頭の隅の方で蠢いている。
全てが怖い。
だから、その恐怖に殺される前に死んでやろうか。
「死にたくないのに、未来で殺されそう。」
そうとしか思えない。
人間のそういうとこが大っ嫌い。
今核兵器で戦争すれば地球はいとも容易く終わるだろう、と予想するくらい終わってる。
人の努力を笑い、貶す。
そうして蹴り落とされた宝石が砕け散るのを、蹴り落とした目は見ようともしない。
自分が矢を放たれれば、逆ギレ。
希望はない。
全てにおいて、希望なぞない。
期待することはできない。
消えてしまえ。
そう念じたところで、特殊能力設定があるわけでもない凡人の私は、削除を自らの手でしか行えない。
殺して、処刑されるほうがマシ。
憎いあいつらを殺して、動機をなんて答えたら違和感がないんだろうか。
「しにたくなんかなかった。」
私はとことん人間が嫌いだった。
そんなこともできないのか、その程度か、と生徒のみならず教師にすら思った。
皆で何かをすることも嫌いだ。
その皆がクソみたいだからだ。
皆でやろうというのに、不真面目が邪魔をする。
ふざけて時間を無駄にされる。
そして、まともなことができない。
だから嫌いなんだ。
何百何千歩譲っても、どうにもならない。
あんなんと一緒にやっていけるわけがない。
損しかしない。
馬の耳に念仏。
私は諦める事を強制されるだけ。
「腹が立つ。どいつもこいつも、うざったい。」
「君が真面目なのはわかった。」
「真面目じゃない。やりたいから、その害を嫌ってるだけ。」
やりたくないことにここまで怒らない。
ただ、私の未来にさえ影響してくることなのに、どうしてくれるんだ。
この人殺しめ。
無自覚で頭の可笑しい、クソ害虫め。
いつまで幼稚園児気分でいるつもりなのか。
本当に救いようがない。
「死にたくなんかなかった!」
屋上を蹴って地面に飛び込む。
もう、嫌だ。
死んで生まれ変わった頃には、マシな世の中に、マシな人間がいればいいな。
次の私に幸あれ。
人間なんか大っ嫌いだ。
私の時間を返せ。
自分の言動を振り返れ。
お前らのせいで死ぬんだ。
ふざけて楽しんで、陰となったところでその苦痛に殺意を持ちながら
自分を殺してやるんだ。
死にたくなんかなかった。
何も見えてない。
何も考えてない。
お前がどうなろうと知ったこっちゃないけど、お前のせいでお前以外がどうなるのか、考えてみろ。
楽しいか、面白いか。
危機感も何もかも持たないその脳みそでやらかした問題。
そのせいで同類視される不愉快。
お前と同じ空間にいることさえ、お前の存在さえ嫌になる。
全否定したくなる。
迷惑になっていても気にしないなら、此方も気にせずお前に害を投げつけてやろうか。
たとえそれでお前が苦しんでも、自業自得。
お前への文句も何もが尽きない。
時間を返せ。
お前は此処を何だと思って来ているんだ。
死にたくなんかなかった。
けど、生きてる方が辛い。
それくらい酷い。
お前の言動が無ければ良かったのに。
いっそ、お前がいなければ良かったのに。
お前が他人の人生を壊す。
死にたくなんかなかった。
害を与えられてあれだけ時間を奪われた。
短い人生を横から刺されて、時間を殺され。
時間は命。
命は時間。
そういうのであれば。
未遂、ではない。
死にたくなんかなかった。
時間を奪われたくなかった。
お前がただ憎い。
来世は、来世こそは。
地面にぶつかる前に意識は飛んだ。
暗闇、痛みも無く。
女子高校生、屋上から飛び降りて死亡。
自殺とみられる。
即死。
教師、生徒へ問いかけるも動機は不明。
死にたくなんかなかった 影宮 @yagami_kagemiya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます