第1話

帰りのホームルームが終わり、掃除の時間がやって来た。

当番たちの指示に従い、机を後ろに運ぶといつもより三倍は速い速度で、教科書やノートをカバンに詰めていく。


「今日はいつにも増して速いな」


「帰宅部のエースを舐めるな、蓮。ちなみにもっと速くなるぞ」


「ついでに楽しそうだな」


僕の前の席のこいつは日々郷ひびさとれん

サッカー部のエースであり、小学校からの腐れ縁だ。

温厚で優しい性格に加え、整った容姿はこの学校のほとんどの女子のハートを掴んでいるらしく、連日学年を問わず告白をされている。


「さっき心美さんからラインが来た。『校門で待ってる』って」


「リア充はくたばれ」


「それ、ブーメランだからな」


「俺は部活で精一杯だ。せめて言うなら活充だろ」


「油で揚げるぞ。ていうか机前にしろ」


時計は掃除の始まった時間からそれほど変化がない。

今週の掃除当番は出来るな。


「そういえば香織には伝えたのか?」


「ラインはした。既読がつかないけどな」


佐島さじま香織かおり。クラス、そして家が隣同士のいわゆる幼馴染だ。

昔からある、家族ぐるみの付き合いが原因なのか、高校に入ってから香織のお母さんに下校を一緒にしてくれと頼まれている。


「それはそれは。もしかしたら未読スルーかもな」


「僕が迎えに行くたび機嫌が悪いんだぞ? それがなくなる報せには秒で反応するだろ。はあ……余計な手間だけど、直接行くか」


気を悪くするぐらいなら、断ってくれてもいいのにな。

物騒な世の中だからってことは理解出来るけど、扱いが難しい時期の幼馴染と一緒に帰るのは精神的にきつい。

……昔は結構可愛げがあったのに。


「……わかってないな、康太は」


「何をだよ。ていうかその仕草が様になるのほんとムカつく」


キザったらしく首を横に振る蓮をジト目で睨む。


「康太も似合うんじゃないか? ほらやってみろよ」


「残念、時間切れだ」


掃除が終わったのを確認した僕は、机を通常の場所に戻し、カバンを片手に隣の教室へと急いだ。



「あ、香織ー。お迎えだよー」


僕と目が合った香織のクラスメイトは、教室の後方を振り返り香織を呼んだ。

下校時になるといつもこうして教室を訪れるため、すっかり迎えのイメージが定着してしまった。

なんなら従者って思われている説もある。

冗談じゃない。僕は幼馴染であって、従者じゃないんだ。


「はい、これ」


「ああ……ってだから僕は従者じゃない!」


二つのカバンを両手に提げつつ、大声で訴える。

香織は呆れたようにため息をつくと、肩まで伸びた亜麻色の髪を揺らしながら横を通り過ぎた。


「いきなり何よ。いいから早く行くわよ」


「ちょっと待て! 僕は今日、心美さんと帰るんだ。だから悪いけど、一人で帰ってくれ」


ピタリと、香織の階段へ向かう足が止まり、こちらに振り返る。

整った大きな目はしっかりと僕を捉えていて、僕から逸らすことは出来なかった。


「知ってる。だから、行くわよ」


「ああ、そう。知ってるならそれで……ん、だから?」


「……私も行くって言ってるの」


「いやいや、お前何言ってんの!? 正気か? その頭は飾りなのか?」


「うるさい。テストとか、あんたのよりは役目を果たしてる」


「今現在果たしてないから言ってんだよ! ……っておい!」


言いたいことは全て言ったとばかりに、髪を翻しすたすたと再び階段に向かい始める。

ああ見えて香織は信念が強い。小さい頃から一度決めたことは、必ず貫き通して来た。

まあ、悪く言えば頑固なのだが。


「二人で過ごしたかったけど、仕方ない。とりあえず心美さんに連絡を……」


一番上にあったからだろう。

トーク画面に移行すると、香織のアイコンが無意識に目に入った。

少し胸に引っかかったものを解消すべく、それをタップする。

僕の送ったメッセージには、未だ既読がつけられていなかった。




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心が読める彼女は主導権を与えてくれない 七星蛍 @hotaru3132

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