転生パターン06 藤原冷夏の場合。

それは悪役令嬢のためのアヴァンタイトル


 人生ガチャの星2キャラ。

 それが私、藤原冷夏だった。


 罵声と貧乏に育てられ、物心ついたときには両親はいなかった。

 今にも倒れそうな祖父母に育てられたから、文句なんて一つも言わない。

 家計が苦しければ何も望まず、高校生になってからはバイトを始めた。


 勉強はそのせいで、中の下。

 大学進学なんて望めるはずもない。


 唯一の取り柄は、取り立てて特徴のない容姿に生まれたこと。愛想もなければ、コミュニケーションも下手くそな私が、なんとか生きてこられたのはそのお陰だ。それでも学校では当然のようにぼっち。プライドのせいで、根暗なグループにも入れず、女王様みたいなグループに目をつけられないようにだけして、


 あとは死ぬまでたぶん、こんな調子。


 それの何が問題?

 いいえ何も悪くない。


 ただ、くだらないだけ。

 何の魅力もない、くだらない人間だというだけ。


 でもそんな私にも好きな人はいた。

 中学生からハマっている同人小説『ロマンスは淑女の嗜み』のカーレイだ。

 その、カーレイのFAに、少しだけ似ている同級生の男の子だ。


 私は三学期の終わりに、彼にはじめて話しかけて、

 そして、そして、すべてが終わった。

 

 彼が見せてくれたスマートフォンの画面には、可愛い女の子が映っていて、私はそれが女子テニス部のエースだと知っていて、そのふたりがお揃いのキャップを被りながらテーマパークでピースしている地獄みたいな写真を見て、

  

 私は、淑女の嗜みを消去した。

 

 物語のなかの彼は、最期にヒロインを選ばない。

 なぜか悪役令嬢を選んで、そして姿を消してしまう。


 だからだろうか。

 だから、夢を見てしまったのだろうか。

 

 その夜には泣いても泣いても涙が止まらなくて、おばあちゃんが心配して見に来てくれたのに、私は、テーマパークにも行ったことのない、可愛い洋服も持っていない、習い事もしたことのない、私が、くだらない私が、どうして小さな夢を見てしまったのかと喚いた。ごめんねごめんねと頭を撫でられて、それでも私は、


 その慰めに、どうして私はこんなにくだらないんだろう、どうして当たり前のことを願うだけで家族を悲しませてしまうんだろう、とそう思った。


 その内に、おばあちゃんが倒れて、みんながイライラしがちになった。

 私は、二人のことを大事に思っていたけれど、気付けば家を飛び出していた。

 

 家出?

 いや、お金も行く当てもない。

 わけのわからない男に拾われるつもりもない。


 私は、夜道を何時間も歩き続けて、

 そして、私を照らす強烈なヘッドライトのなかに飛び込んだ。

 衝撃と全身の痺れのあとで、身体が軽くなっていった。

 

 これで、くだらないお話はおしまい。

 そう思うと、私はとても幸せな気持ちになった。


 だから、それがまだ続くと知ったとき、

 そしてよく見知った世界で続くと知ったとき、

 私の心は、折れるよりも先に燃え上がった。


「異世界転生……それも、ロマンスは嗜みの世界が舞台だっていうの」

「イエス。あなたがそう望んでいたので」


 女神は美しい声で絵空事を語った。

 いわく、わたしはすごいお金持ちに入りこめること。

 いわく、わたしはすごい美人に入りこめること。

 いわく、わたしはすごく才能豊かな人物に入りこめること。

 いわく、


「ただ一つの条件は、あなたが世界を救うこと」

「救う? あの原作には世界の危機なんてないはず」

「ノー。それでもあなたは世界を救わなければならないのです」


 その言葉は理解するのが難しかった。『ロマンスは嗜み』の原作は、もう一年以上も更新されていないし、そもそも、作者様の造った世界に危機もなにもない。極めて類似した世界がある……とかならまだしも、そういう話でもなかった。


 正直、信じるには怪しすぎる話だった。

 だがそれでも私は、もう一度与えられた命を、精一杯生きたいと思った。

 現世では得られなかった幸せを、この手に掴むまで。


「承諾いただけて幸いです。最近はスムーズに行くことが少ないもので」

「そう。それで、私はどんなキャラになるの?」


 女神は、左指を構えながら微笑んだ。


「エリアレン家の令嬢に入りこむことになります」


 エ……リアレン。

 エリアレン!?


「待って!それはダメ!あの子は主人公の敵役で、最後は暗殺されるのよ!?」

「イエス。運命です。しかし、あなたならそれを変えられるでしょう」


 そんな。

 まさか負けが決定しているキャラに転生するなんて。

 おかしい。こんなの絶対におかしい。


「勇者だけが運命を変えられる。あなただけがあの世界の、アグラを救いえる存在なのですよ。生まれがどんなに絶望的でも、人間は、それぞれに輝けるものです」

「ふざけないで!! 最初の話と全然違うでしょう!!」

「悪役令嬢に生まれることですべてがお仕舞いになるわけでは、ありません」


 違う。女神は分かっていない。


 悪役令嬢に生まれた私は、侍女である主人公レイチェルを虐めぬいて、そしてそれが侍従カーレイにバレる。本当は王族の血を引いているカーレイが、主人公の助力で本当の地位を取り戻したとき、私は、邪悪な行いのツケを払うことになる。


 そんなのはごめんだ。

 私は、次の世界でも惨めになるつもりはない。


「こんなの絶対に、許さないから……!!」

「イエス。それでもあなたの愛した世界を、信じてください」


 彼女の口の端が耳まで吊り上がる。

 それは、女神というよりも悪魔じみていて、

 私は、また不幸にさせられるのだ、と思った。


 怒りのあまり、私は女神に掴みかかった。だが、その手はあえなく空を切り、身体は地面にあいた虚穴へと吸い込まれていっていた。抵抗することなんて到底できない。私は、最後の最後に、恨みのすべてを込めて女神を睨みつけた。


「くたばれ」


 最後に聞こえたのは、乾いた舌打ちの音だった。



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