第18話「俺、地下室に入る」

 領主の城を落として祝宴を上げる暇もなく、新たな問題ができた。



 それはメリッサという魔法使いのこと。どうやら彼女は軍勢を引き連れてここに攻めてくるようなのだ。



「そもそも、敵はどこから来るんだ?」



「……どこなのでしょう。邪なる勢力は山はウェズ山脈、海はダイト半島の海軍によって封鎖されていて、こちらには来れないはずだ。私の追跡魔法もメリッサは山の向こうにいると示していたのに」



 五人で知恵を絞っていると、ジルが思いついたように言葉を口にした。



「山の廃坑」



「――ああ、そういうことか」



 俺は合点がいった。初めて上級アンデッドを発見したのもその廃坑だったのだ。それは偶然ではない。そこに山の向こう側まで続く道があるのだ。おそらく、向こうから穴を掘って偶然つながったのだろう。



「――! どうしてそんな大事なことを隠していたんだ、ケント」



「隠したつもりはないさ。ただ言う機会を失っていただけだよ」



「洞窟の道となると、三十キロならば三日か二日程度で踏破できる。以外に近い」



「その間に戦力を集めるとして、どうするんだ? 領主のように農兵や傭兵を集めるか?」



「それは無理でしょう。領主が集めた時点でもうゾンビに変わっているでしょうから」



「……逃げるってのは無しだよな」



「無しだ」



 疑問は疑問を、問題は新たな問題を生む。こんな時に頼れるのは知恵者のジルであった。



「戦力ならある」



「――! どこに」



 ジルは人差し指を、地面に突き立てた。



「地下」





 ジルの話だと、こうである。



 領主の城の地下には聖なるモンスターがおり、狩りつくせないために入り口を封鎖しているというのだ。



 そもそも、こんな辺境に立派な城があるのも。このモンスター達を封じるためである。つまりここは城であり、檻でもあるのだ。



「ケントならこのモンスターをゾンビ化できる?」



「相手が石ころの類なら、難しいかもな。そこのところ、どうなんだよ」



「なら、大丈夫。そいつに肉はある。ゾンビになると思う」



 地下のモンスターの姿も知っているとは、ますますジルの過去が不思議に思えてきた。



「そういえば昔から修道院にいるにゃあ。先代の修道院長も私より先にいたと言ってたにゃあ。ジルは何歳なんだにゃあ」



「……言えない」



 もしかしたら、この世界のドワーフは俺が考えるよりずっと長寿なのかもしれない。



 俺達は城の中にある、部屋に隠されるようにひっそりとあった狭い階段を降りて、地下へとやってきた。



 そこは暗くじめじめとしており、埃も積もって最近誰かが出入りした気配はなかった。



「これは、実験室か何かか?」



  部屋にはいくつか机があり、その上にはビーカーやフラスコ、シャーレや試験管と言ったものから、金属器具からホースを伸ばしている使用用途不明なものもあった。



 また薬品棚もあり、開けてみると中には種類の分からない薬品ビンが数多くあった。



「おい、危ないぞ」



 危うくジルが飛び込みそうになった穴があった。それは何と井戸であった。覗き込むと松明の火を反射する水面が見える。近くには綱付きの木のバケツもあり、昔使われていたようだ。



「外の井戸と共用かな。ともかく落ちないようにしないとな」



 先を急ぐと、今度は閂が四つもかけられた古い扉があった。扉は錆びているが、触った感じの重さから全て金属でできている。よほど通したくないものが向こう側にあるのだろう。



「この先か。皆気を付けろよ」



 俺は四つの閂を取り外し、恐る恐る中の様子を見た。



 果たして、その向こう側には、何もいなかった。



 ただ、これまでの地下室よりもじっとりとした湿ったような空気が流れてくるのを感じた。



「行くぞ」



 俺達は、俺を先頭にメリア、ニィモ、ジル、リズの順に禁断の地下室へと侵入した。



 音は全くない。正確には俺達が地面を靴で叩く音以外、静寂であった。



「今更聞くが、地下のモンスターってどんなのだ?」



「テンシという生き物。見た目は見ればわかる」



 その言葉に一番驚いたのは、メリアだった。



「っ! まさかあの生物がここにいるのか?」



「そんなに強いモンスターなのか?」



「強いも何も、あの生物は魔法の失敗でできる魔法生物だ。テンシというのは完全に皮肉で、外見は似ても似つかない。注意しろ、複数いるとこちらが全滅しかねない」



「……そうか。十分気を付けないとな」



 手ごわければ新しい戦力として申し分ない。ただし倒せないほどとなれば、話は違ってくる。いざとなれば、逃げるしかない。



 それでも、確かめには行かなければならない。



「……! 何かいるぞ」



 俺が掲げた松明は、前方から白い塊が忍び寄ってくるのを照らし出した。

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