第15話「俺、問答をする」
俺は新しく戦力になったワイバーンゾンビに喜び、その強さを測ることにした。
まず翼だが、これはエルフの矢で穴だらけになってしまい、また腐敗によってちぎれかけているため、補修しても飛べそうになかった。
地上では翼付きの両腕と脚で移動することができ、こちらは他のゾンビ達と比べて体格も良いせいか速い。城攻めの際には、その身体に見合った荷車を曳かせるのも良いかもしれない。
炎の吐息については、これはゾンビ化する以前と同じように放出することができた。ただし、身体が乾燥しているせいか、あまり長時間炎を吐き続けると引火するというデメリットも加わってしまった。
腐敗によって鱗が剥げてしまった箇所については、わざわざ束ねた丸太をあてがい、臨時の装甲として補修した。
これなら、領主の城を攻める際も活躍してくれるだろう。
「領主の軍勢を追い返してからだいぶ経つが、向こうに変化はあるだろうか?」
俺はゾンビ達に再び城攻めの準備をさせている間に、メリアに疑問を訊いた。
「農兵や傭兵が増えているかもしれないが、大した数ではないでしょう。ただ守りのための時間を稼がれすぎました。おそらく、援軍も呼んでいるでしょう」
「援軍?」
「おそらく南のダイト半島から、十五日間で来るでしょう。つまり、今日からなら十一日後よ」
「ずいぶん時間がかかるな。ここは想像以上に田舎なんだな」
「距離に加えて悪路だから、そこは幸運だ。城攻めが終われば、こちらから出向てい理由を話せば無駄な戦にはならないでしょう。城攻めは、早さが大事よ」
「安心しろ。こちらは死を恐れぬゾンビの大軍だ。一日で落としてやる」
俺は城攻めの準備を急がせた。
ゾンビにはヒチの村と同じように木の伐採と簡単な加工を行わせる。そしてヒチの村人とエルフの村人には梯子の他に、投石器も作ってもらった。つまりカタパルトだ。
カタパルトは小ぶりなものの、手先の器用なエルフによって一基を一日で完成させた。
次の日の朝、俺達は城攻めのための最低限の装備を準備することができた。
「荷物はゾンビとワイバーンゾンビに曳かせるか。食料は必要な者が各自持て、ゾンビに持たせると腐臭がつくぞ」
ゾンビの数は総勢四百体、加えてワイバーンゾンビがいる。何とか城攻めには成功したいところだ。
そのゾンビの隊列は前列に装備を整えたゾンビ達、次にほとんど素肌をさらした普通のゾンビを並べる。中ほどにはワイバーンゾンビに荷物を曳かせ、後方は俺とメリア、ニィモやジルやリズを固めておく。
行進すると臭いが前から後ろに流れてくるので、生者達には大変不評な隊列だった。しかし、最前列に彼女らを配置するわけにはいかないので、これが最適解だ。
ゾンビの軍団がヒチの村に戻る。そこはほとんど黒い炭と灰になってしまっており、食料も道具も残っていない。エルフの村にヒチの村人を置いてきたが、これを見たら落胆するだろう。
俺達はヒチの村を後にして、森の中を南下する。奇襲も警戒したが、偵察らしき騎士を見ただけで特に攻撃といったものはなかった。
森を抜けると、なだらかな丘陵が続く高原だった。地面には短い草しか生えておらず、牧歌的とはこのことを言うのだろう。
天気は快晴、もしこんな高原の上を寝転がれば時間を経つのも忘れて眠りこけてしまうだろう。
「ケント、ここで休んでいかないか。今日中に領主の城に着いたとしても夕方だ。少しぐらいいいでしょう?」
「荷馬車に乗ってもらえば休憩要らずに進めるが――、まあいいだろう」
俺はゾンビの軍団の行進を止めさせ、その場で休憩をとることにした。
「そういえば、ゾンビとは一体何なのでしょうか」
メリアがケントと共に荷馬車の脇に腰かけていると、地面が地面である理由を問うように訊いてきた。
ニィモとジルは、リズのハーレムに入らないかという問いを、我慢して聞いている。それはリズの渡す、クルミを混ぜたクッキーのお菓子にありつくためであった。
「アンデッドとは違うし、邪なる魔法でもない。かと言って、聖なるものでもない。ケントの世界ではゾンビとは何と呼ばれていたのだ?」
俺はそんな当たり前な質問に回答が詰まった。正直、ゾンビである俺にもゾンビという現象の理由が把握できていないからだ。
「俺は最初、ゾンビになることを病気と言った。けれど、このゾンビは死者にも罹る。死人は病気になんかならないから、現象と言った方が適切かもしれない。ともかく、科学的ではないんだ」
「科学的とは?」
「ああ、そこからか。つまり、つじつまが合わないんだ。ある学者は死の世界から死者が溢れだした現象だとか、生殖を捨てた新しい生命の形だとか、宇宙人が地球上の生命を枯渇させるためのテラフォーミングだとか、色々言っていたけれど正体は分からないんだよ」
メリアは宇宙人とか、テラフォーミングという言葉に困惑しつつも、ケントもゾンビのことを把握していないことは理解できたようだった。
「難しい話だ。でも、ケントはゾンビの支配者のように振舞っているワケでしょう。ケント自身はどう思っているの?」
「それは――」
確かに不思議な話だ。俺はこのゾンビを操る能力を限られた人間が獲得した能力のように思っていた。しかし、それではまるでゾンビ達は能力のために感染を蔓延しているようだ。例えるならヒヨコが鶏の卵を産むような、原因と結果が逆立ちしているようなものだ。
「俺は、この感染という現象は自分の意思で利用しているつもりだ。でも、ひょっとしたら逆に利用されているのかもしれない。感染という行為に俺の意思はなく、別の存在が介在するための手段なのかもしれない。
ただ、言えることは自分の意思を保とうとしなければ、自分を含めたゾンビ達は制御が利かない、ただの暴力になる。俺は、俺達のゾンビは制御された暴力機関だと思っている」
俺の言葉はメリアの疑問に正しく応えられていないのかもしれない。けれども俺は信じている。ゾンビという感染の主体性は俺達にあると。
「何だか難しい話ね。ただものを噛むというだけなのに」
俺とメリア、ニィモとジルとリズはその後、たっぷり休んでから再出発した。
ゾンビの軍団は丘を幾度か上り下りし、その先に灰色の巨大な人工物が見えてきた。
目的としていた領主の城に、やっとたどり着いたのである。
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