第14話「俺、再びワイバーンの襲撃を受ける」
狩を終えた後、仮住まいができたのを確認してから食事の前にエルフの村の犠牲者に祈りを捧げた。それから次の日には村の建設ばかりをする日が続いた。
そんなあくる日の朝、空は前日と違いひどく湿った雨雲に包まれていた。
曇天の空は光が差さず、暗い。雨粒の一つ一つは大粒で、できたばかりの屋根を親の仇のように一生懸命叩いている。
今はエルフの村の建物はほとんど復興しており、ついでに村を守る木の壁を建て、櫓も建っている。戻ったらヒチの村もこのくらい立派に建て直してやりたいものだ。
俺は屋内にいながら、外で働くゾンビ達に指示を飛ばす。ゾンビ達はそんな不公平に文句も言わず、疲れもなく、せっせと村の建築に貢献していた。
俺は今、部屋の一室の木を合わせただけの平らな床に寝転がり。武器と防具の手入れをするメリア、ニィモ、ジル、ついでにリズと共に一緒にいた。
「ケント、流石に雨の日はゾンビ達も休ませたらどうだ?」
「心配ないって。どちらにしろゾンビ達は屋内に入れないんだ。それならいっそ働かせた方がマシだろ。勤労は尊いものだしな」
「それはそうかもしれないが……」
死んでも重労働に課せられるとは安らかな眠りとはほど遠い。異世界の来る前のニホンではゾンビになっても働け、と冗談めかしに言われていたことを考えると、ここでもやることやらされることは変わらないらしい。
働く側にとってはたまらないだろうが、指示する俺にとってはどこ吹く風だ。
「働く上に雨の日の偵察にもなる。まさに一石二鳥だな。……うん?」
俺がゾンビを操っていると、その内の一体が突如消えたのを感じた。まさかあまりの労働環境に嫌気がさして逃げ出したのだろうか。
いや、彼らに自由意志などないはずだ。
「これは――」
他のゾンビに消えたゾンビを捜索させると、事態が把握できた。
厚い雲と雨のレースで姿が掻き消えて見えにくくなっており、敵の接近に気付けなかったのだ。
その敵は、ワイバーンだった。
「ワイバーン! まさかヒチの村から追いかけてきたのか?」
「どうした? ケント。何かあったのか?」
「ワイバーンの襲撃だ。メリアは皆に知らせてくれ。ニィモ、ジル、リズ。迎撃に出るぞ」
俺はメリアに纏わりつこうとしているリズに喝を入れて外に向かった。
屋外は身体に雨がぶつけられ、ひどく寒かった。ゾンビが寒いというのはおかしな話だが、俺にはまだ味覚以外にも感覚は残っている。鈍っていることを除けば、生前とそれはあまり変わりない。
「村の南西だ! 急げ」
俺は後ろの三人に声を掛けつつ、ゾンビ達に作業を取りやめさせて現場に向かわせる。
今度はエルフの助けもあるうえ、天気は雨だ。ワイバーンの炎の脅威も、これなら抑えられるはずだ。
案の定、視界に入ったワイバーンは初めて会った時よりも低く飛び、炎の勢いも弱い。これなら、ゾンビ達でも攻撃を仕掛けられる。
「投石と投槍開始! 今度は当たるぞ」
ゾンビは手ごろな石や余っていた槍を持ち、ワイバーン目掛けて思い思いに投げる。そして命中した。
しかし、効果のほどは薄い。どうやらワイバーンの藍色の装甲はプレートアーマー並みに硬いようだ。有効射程いっぱいの距離ではその厚い鱗にかすり傷を付けることもできない。
ワイバーンは危機を察知したらしく、上空へ逃げる。
「逃がさない!」
リズは腕を突っ張り、胸を張り、力強く引いた弦を弾く。放たれた矢は藍色の装甲、ではなくワイバーンの左目を捉えた。
「ギャワアアア」
ワイバーンは尻尾を踏まれた犬のように喚く。リズはそんなことお構いなしに、次の矢をつがえていた。
「弓隊、到着した」
メリアがエルフの男達を引き連れて戻ってきた。各人皆、弓と矢を携えている。
「男共! 敵の鱗の外皮は硬い。翼を狙うわよ!」
エルフの男達はリズの命令を訊き、その通り翼に射かける。狙いは全て正確で、ついにワイバーンの翼膜に穴をあけることができた。
ワイバーンが姿勢を制御できずに、落ちてきた。
「よしっ、ゾンビ共。囲め囲め!」
落下したワイバーンをゾンビ達は逃がさぬように周りを固める。ワイバーンが起き上がる頃には、そこには脱出不可能な陣が気付かれていた。
「――ここまでか」
すると、ワイバーンが喋りだしたのである。
「ワイバーンも上級アンデッドみたいに話せるのか?」
「いいえ、ワイバーンには人を襲う知性があっても話せるはずない。これは」
メリアが答えを言う前に、ワイバーンは解答を言う。
「私はワイバーンではない。ワイバーンを通して話しているものだ。名前はメリッサ。邪なる魔法の使い手だ。そこの男にはザイゲルの件で世話になったな」
「ん? ザイゲルって誰だ?」
「……まあ、良い。ところでお主、邪な勢力に来るつもりはないというのは本当か?」
「そのつもりだが」
「こちらに来れば地位も名誉も保証するぞ。毎回、アンデッドと間違えられて襲われるのは生きにくいであろう。何なら金と女も用意しよう」
「そこまで誘われると、悪い気はしないな」
俺が冗談めかしに言うと、隣にいたメリアが眼を剥いた。まるで鬼が宿敵を見つけたかのような怒りようだ。
「ケント!」
「いや、嘘だよ。嘘」
俺はワイバーンに向かって言葉を返した。
「残念ながら、今の待遇に満足していてな。案外、楽しいもんだぞ。異端というのも」
「……そうか。後悔せぬといいな」
ワイバーンはそう言い終えると、口をあんぐりと大きく開けた。
「炎が来る。ケント、避けろ!」
「いいや、これはチャンスだ」
俺は洞窟の入り口のように開いたワイバーンの口に突貫する。
ワイバーンはそのまま、俺に炎の吐息を吐きかけてきた。
「ケント!」
俺は丸焼きになるが雨のおかげで大したことはない。また呼吸をすることもないので、肺が焼けただれる心配もない。
炎の中を突き進み、俺はワイバーンに十分近づく。そして、お目当てのものが手を伸ばしてすぐの場所に来ていた。
外は鱗で硬いが、体内のものなら、おそらく歯がたつ。
俺はワイバーンの鞭のようにしなる舌を掴むと、それを引き寄せて噛みついた。
やはり柔らかい。ついでにワイバーンの舌を食いちぎり、口に含む。
「ワイバーンの肉も、悪くないな」
ワイバーンは舌を噛みちぎられたことに驚き、身体をくねらせる。しばらくして、ワイバーンはうずくまり動かなくなってしまった。
「身体の腐敗が始まった。いいぞ、これで――」
ワイバーンが再び動き出した時、その目は白内障のように濁り、鱗の一部は剥がれて腐臭のする肉を露出し、息は内臓の発酵した臭いがする。
俺は念願の戦力、ワイバーンゾンビを手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます