神喰らう者の化身
wani
プロローグ
凶気は眠る
はたから見れば、彼は明白に死体だ。
まばたきもせず、瞳孔は開いたまま、眼球はただ目の前の景色を流し込んでいる。呼吸はなく、身体は冷たく凍りついて、もし胸に耳を当てたなら心臓が止まっていることも確認できるだろう。
しかし、意識だけはしっかりとあった。
正確に表現するなら、意識だけしかなかった。
狼が遠く吠える声を聞いた。頬に止まった虫と、それをついばむ小鳥の嘴を感じ取っていた。ぬるい風が全身を撫で回し、雨粒が肌を流れ落ちるのが分かった。一つの太陽と二つの月が順繰りに空を渡って、時に重なり、追い抜いていくのを見た。
それでも幾つもの昼と夜が過ぎる間、彼は微動だにしなかった。
ただおもむろに立ち上がろうにも、まず足を持ち上げる術が思い出せない。纏わり付く虫を振り払おうにも、腕がどこにどう生えているのか。尻尾はどうだろうか。さっぱり分からない。
壊れた記憶の破片を辿るうち、青い月に遅れて少し小さな赤い月が地平線を昇る姿が眼球に映り込んできた。幾夜も目にした光景だ。
だが、今夜はそれで終わらなかった。
地面から身体全体へと騒がしい振動が雪崩れ込んでくる。それが人の足音だと気付いた時には、彼の開いたままの瞳が音の主たちの姿を捉えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます