その日暮らしの冒険者

みずさわ ゆうき

第1話その冒険者たち

世界の中心はオレである。


金の髪と青の瞳、美しい容姿に程よい筋肉。ほぼ全ての女性を愛し、何より妹を心から愛することができる。

我ながら、オレもなかなかの物件だと思う。

「お兄ちゃん」

妹が呼ぶ。

「大事にしてくれるのは嬉しいけど、わたしに声かけただけで、男の人に難癖をつけるのはやめてほしいの」

穏やかに、でもはっきりと妹は言った。足元には、妹に声をかけた顔も知らぬ阿呆が転がる。

「難癖じゃない。アイツははっきりお前に言いよってた」

「うーん、多分、本気じゃないと思うけど……」

長い金の髪とエメラルドの瞳。世界の中心である俺の、さらにど真ん中の妹が言う。

「むしろ本気じゃないと言うなら、叩っ斬るが」

ちゃき。

「流血沙汰はやめて」



さて。

前述の通り、世界の中心はオレである。

他人の世界については考えたこともなく、中心はオレしかないであろう。

オレの名前はレイン。

多くの人には、すでに馴染み深い「ファンタジー」と言う世界にいる。美しき世界は力に溢れ、妖精や幻獣、きらめく太古の宝や物語によって彩られる。

生存する中で、自分の生活に普段関係しているのは、人間とエルフ、ドワーフというところ。

麗しい世界は、悪の魔王に支配され、みな明日を恐怖する……


ということもなく。



我々は気楽に生活を謳歌してる。


オレの最大の関心といえば、愛しい愛しい妹が、世の中の阿呆に汚されないで美しくあることのみである。

ちなみにオレたち兄妹は、種族でいうとハーフエルフに分類される。

見よ、我が妹。白い肌に金の髪。整った細いプロポーションに優しい性格。

金の長い睫毛、色白の小さな顔にほんのり紅色の頬。大きな瞳は憂いをたたえていて……

「かわいい!!!」

叫んでしまう。

「恐ろしいわー、可愛すぎてびびるわー」

「ほぼナルシストだよな」

横槍を挟むメガネに、鉄槌をひとつ。

「うっぐ……!」

「お兄ちゃん!エルヴァーズは!人間の中でも細いから!」

腹を抱えてうずくまるメガネを、妹は優しく助け起す。

「お前はこんな奴にも、ほんとうに優しいな……」

ほんと、妹かわいい。

「なにこれ、コント?」

子供の容姿の仲間が言う。

基本、ファンタジーに出てくる、小柄な容姿で気楽な種族。アレ。

アレっぽいのがこの世界にも存在する。

《小さい人》。うちの仲間の名前はユーリ。

ぽわぽわの前髪が顔立ちを隠し、ミステリアスな様子を出している(ような気がする)。人間でいうと7〜8歳というところか。

見た目は少年だが年齢は比例せず、見かけは子供、頭脳も子供。

そう。見た目と中身は変わらない。はっきり違うのは年齢だけだ!

時に年齢を感じさせる知識は披露するが、思考は子供のそれと同じ。

コイツも男だが、愛しの妹に色恋沙汰は持ち込まないので、オレにとってはやや特別な存在と言えよう。

「俺は!別にエリになんもしてないだろ!?」

ひょろりとしたメガネの人間がいう。

「当たり前だ、エリに手を出してたらパーティなど組まん」

この人間の男……エルヴーズは、オレが肘鉄が入った脇腹を抱え、不満そうに言った。

エルヴーズ・ターナー。

コイツは路上で、ボロゾーキンのように転がってたのをエリが拾ってきた男だ。生存能力は極めて低いが、珍しい技術を所有してたのがわかり、冒険者としてパーティを組んでいる。



え?


ファンタジーといえば

異世界転生?


「ウチのメンツで、異世界から転生したやついる?」

しーーーーん……

「わたしたちの世界でも、魂にいろんな解釈はあるけれど……魂は流転するものではなく、生きてる人そのものだから……」

一同、頷く。

「だよなー」

これが、オレたちなのである。



まぁ、ほのぼのしていってね。


[newpage]





言わずもがな。

生きていくには金がいる。

蝶よ花よと霞を食べて行きて行ける時代ではない。というよりオレは霞よりうまいものが食いたい。

「依頼受けないとね」

妹、ラエリアが言う。

「懐が寂しくなってきました」

「寂しいならおいで」

「はい」

可愛い妹が懐に入ってくるので、抱きしめる。おお、可愛いのう。

「お金がないよ」

「ぜんぜん?」

「いざって時もあるし、多少の貯蓄をしていますが、微々たるものでして。生活費がつきそうです」

うちの大蔵省は真面目に言った。

冒険者のパーティといえど、在り方は様々だ。その場限りの野良パもあれば、仕事以外はバラバラ、かとおもえば寝食を共にする家族のような、オレたちのようなのもいる。

目的は様々だ。

「ギルド行ってきましょう」

「エリは残ってな。オレが行く」

なぜなら妹は可愛いので、出歩くと変な虫がついてしまう。

「わたしも行くよ、お兄ちゃんじゃ話まとまらない時あるから」

ふふふ、オレと何時も居たいってことなんだよなぁ。

「否定はしないけど、お兄ちゃんだけだと話進まないことあるから」

ん? 思考も読まれて、しかも二回言われた?

「話潰さないように、気をつけるから、オマエは待ってな」

「ボク遊んでくるからー」

ユーリはすたこらと遊びに出る。

誰も咎めず、オレは一人でギルドに向かう。

エルヴーズは交渉ごとに向かない。というか、あいつは基本浮世離れしたところのあるアホなので、冒険者の依頼云々で前に出てくることはない。



本来、ここで異世界転生してくるやつがいれば、そいつに教える流れで説明することもできるが、居ない。

なのでメタ的ではあるが、我々の事を簡単に説明しようと思う。



オレたちは《冒険者》という職業についている。冒険者とは読んで字のごとく冒険する。

剣を振り回しお姫様を助けたり、伝説のお宝を探したりする。が、倫理から逸脱してしまうと山賊や海賊と、そう変わりない。

ただ、どの世にも厄介ごとというのはあるもので、そういった一般人の手に余るヤツを片付けるのが、オレたちの世界の『冒険者』だ。

そして「冒険者ギルド」とはそういった「依頼」を統括し、ギルドに身を置く者の力にみあったクエストを振ってくれるというシステム。ちなみにギルドでの信用度は身分証明にもなる。


幸いオレたちには冒険者として活動できるスキルがあり、流れ的に冒険者の道を歩んで今に至る。


当然ながら危険度と成功報酬は比例しており、稼ぎたきゃ命の危険も出てくるわけだ。


しかし妹を危険に晒すわけにはいかない。それがうちのパーティのスタンスだ。




一人、大通りの冒険者ギルドを訪れたオレは、いつもの言葉を放つ。

「安易に金になるクエストくれ」

するとギルドのカウンターに立つ、糸目の男がため息をついた。

「そんなのあったらオレがやってるっつの」

馴染みの糸目の男、シュラウドが言い放つ。ギルドでも幅を利かせてるやり手の男だ。

「楽して金儲けはない。儲けたけりゃ命はれ」

「無理。妹連れてけない」

これもいつもの流れ。

「でも、今ならアンタらに向いてる話があるぜ。買うか?」

「ほう? アンタが言うなら買おうか」

オレはちょっと尖った耳を寄せる。

ここでいう『買う』は情報のこと。

「討伐クエストじゃなくてさ、行商人から話聞いたんだけどな。ウエスト・フォレスト開拓の話があんじゃん?」

他のやつに聞こえないよう、耳打ちする。

「あー? 汚染地域の話?」

オレもやんわりと声を落とした。




オレたちがいるのはレシュムという島。



島の西部には遠い昔、魔獣が戦い、その血が流れ、汚染されたと忌み嫌われる大地があった。

が、500年の清めで、西部地方の立ち入りが許可され、ここ数年そちらへの入植者が増加してるって話だった。




「基本的に開拓はうまくいってんだけどね、なんせ、聖王サマ指揮下だし」

「で? どんな問題があんの?」

「今年西部では作物が不良でね。開拓地で人も多いから外から食料買い付けたんだけど。どーも異物が、混じってたらしくてさ」

つーことは。更に声のトーンを下げて尋ねる。

「病気でも出てんの」

「ビンゴ。中毒かね。まだうちわの話だけどな」

「マジかい」

「そそ、ほんで今、西部でのポーションの買い付け額が上がってんの。そこ任されてる奴が、聖王が介入する前に、事態を落ち着けたいらしくて」

「なるほど」

病に苦しむ人たちの助けになり、かつ金が回るならいうことはない。

「レインのとこならポーション用立てられるじゃん? ハイポーションならモアベター」

ギルドのシュラウドとはこの国に来てからの仲で、コイツはオレたちのパーティ構成をよく知ってる。危ない橋を渡りたがらないことも。

「期限は?」

「商人が発つのがあと二日」

「短いな」

「商人は基本速さが全てさね」

情報も物流も。

「これ、基本クエストじゃなくて橋渡しなるけど?」

細い目がチラと開いてこちらを見た。

「マージン二割でどうよ」

ひとまずシュラウドの出方を見る。

「ほぉぉ? この話他のとこに振ってかまわないか?」

「エリ、この仕事やりたがると思うなぁ……」

オレはここで妹の名前を出す。

別に妹を売ろうってんじゃない。儲け話は逃さず立ち回る。

うちの可愛い妹に惚れ込んでるシュラウドは、むぐっと押し黙る。

エリを利用するのではない。シュラウドを利用するのだ。

「これ、マジ五割は欲しいんだけどォ…… オレもこの情報幾らで買ったと思ってんの?」

「よし、四だな。その内容ならオレらで損はないぞ」

「たく!しゃあねぇな…」

軍配はオレに上がった。

情報料の銀貨をちゃりんと渡す。

「そんかわり品質頼むぞ。ギルドからの卸値も高くなるようにな」

「オレらで品質の心配はないだろ?」

「わぁった!信用するぞ!じゃ、そういうことで!」

と、話はまとまった。

降って湧いたような話だった。苦しんでるやつには申し訳ないけども、助けるために頑張ります。


[newpage]



「西部で中毒?」

話を持ち帰った夜、食事をしつつラエリアは眉をひそめた。

言った後で口元を覆う。

縁起でもないし、表向きにはまだ未公開の情報なので、人前での話題は控える。

輸入品が悪質と言うのはたまに聞く話だが、インフラの整ってない開拓地では痛手だろう。

「西の人たちお気の毒に……」

食事の手を止めて、ラエリアが息をついた。心の優しい妹は、いつも、人の心配してしまう。憂いをたたえた翠の瞳……

「はぁ、かわいい」

「お兄ちゃん怒るよ」

黙るオレ。

隣でスープをすすっていたメガネは、うーんとうなる。

「丁度、備蓄ポーションあるけどね」

「内職ナイスだな。やるじゃん」

いいタイミングすぎて、珍しくエルヴァーズを褒めてしまう。

「でもさぁ、ハイポーションのがいいんでしょ」

自分の食事を平らげたユーリが、テーブル中央に残るパンの端っこをちゃっかり取ってしまう。

「ハイポーションに引き上げるなら月光華が必要になるけど、次の満月いつだっけ」

「あれ? 今夜満月?」

ハッとするラエリアに

「明日だよ〜〜」

と、ユーリ。

「よし!!」

いつになくラエリアが拳を振り上げた。

「たくさん作って、早く助けよう!」

「あー妹マジ天使」

立ち上がって決意表明する妹。なんでエリはこんなに可愛いの?

「オタクのお兄さん、なんとかならないの」

うるせぇメガネ!

「わたしは可愛がられてるので、なんともし難いんだよねぇ」

えへへという妹は相変わらず可愛かった。

という流れで、我々は明日の朝『月光華』を採取するために近くの洞窟に繰り出すことにしたのだった。


月光華。月の光を浴び、満月の夜に一斉に花を咲かせる稀少な植物。

とはいえ、ごくたまに子供が持って帰ってきたら「えっ、アンタどこいってきたの!?」くらいのものでもある。まぁ特殊な例だけど。

加えて冒険者には珍しいものじゃない。持って帰ればギルドで買い取ってもらえるし、道具屋に下ろすことだってある。技術があれば自分で回復薬を用立てることもある。

月光華は人だけのものではなく、森の妖精たちの大事な恵みの一つ。それゆえ群生地は妖精の幻で秘されており、普通の人間がたどり着くことはない。

迷いの森、その奥の洞窟にたどり着けるものだけが得られる恵なのだ。

採取は冒険者にとっては小遣い稼ぎみたいなもん。




シュラウドから話を受けた次の日、オレたちは街から少し離れたところの森の入り口に居た。

ここは「一度足を踏み入れたらなどと戻ることはない……」


みたいな。


おどろおどろしい場所ではなく。


鬱蒼としたごく普通の森だ。

道も簡単だが整備されていて、抜けたところには隣町がある。しかし昼でも暗く人通りが少ないので、急ぎでもない限り、森を迂回して街道を抜けるヤツが多い。

森に入ったとしても、普通の人間には月光華の洞窟にたどり着けないだけ。


「ボク月光華の蜜漬け大好き〜」

「おやつ取りに行くんじゃないんですけどね」

テンションの上がるユーリに、エルヴァーズが水を差す。時間はちょうど日が落ちた火灯し頃。

「持ち帰ってからの工程もあるし、行こうか」

と、エリが言う。

「好き」

妹かわいい。

目大きくてほんと可愛くない?

可愛いエリは、細い手をすうっと、空に伸ばして空を撫でる。

ほんのり桃色の小さな口が動く。

「森の精霊たち、どうか願いを聞いて」

精霊たちに向けた特別な言葉。抱くように広げた腕の中に、小さな煌めきが集まる。

「エリ、かっわいい……」

「悪いけどお兄ちゃん黙ってて」

機嫌を損ねそうなので黙る。

手の中にキラキラと輝きが溢れ、瞬くごとに粉が溢れていく。

「……来てくれてありがとう」

エリは嬉しそうに微笑んだ。

彼女の腕の中に蝶に似た羽が現れる。シルフ。風の精霊がエリの召喚に応じたのだ。

「少しだけ、森の恵みを頂きたいの」

エリが言うと、蝶の羽はオレたちを森の中へと誘う。

召喚者。

精霊を特別な言葉で呼び出す者。エリのもつ能力の一つだ。




世界に満ち溢れる力の一つ。精霊の息吹。彼らの存在が世界を安定させているとされる。いくつかに分類されるが、世界を形どる元になっている。

精霊は理の元であり司る。精霊と言葉をかわすのが召喚者。使役するのではなく、精霊とのコミュニケーションによって力を借りる。

ラエリアは特にコミュニケート能力が高く、精霊の召喚に失敗することはまずない。彼らの世界と意思を何よりも尊重し、比類ない敬意を持っているからだ。

「可愛くて凄腕とか」

おっと、可愛すぎてヨダレが。

世界のあり方についてはともかく、エリはそのようにしてシルフを召喚した。洞窟への道を隠している魔法障壁を抜けるためだ。

「ありがとう」

精霊との交流内容は大雑把だ。元素たる精霊、特に下位のに至るほど深い思考はない。最高位と格付けされるものであれば疎通も容易いけれど。

「迷いの結界、一緒に抜けてくれるって」

まばゆい光を背に、妹は嬉しそうに言った。

(かわ…かわい……!)

先ほど怒られたので声は自粛する。でも光を背に嬉しそうに笑ってる美少女、可愛くないわけなくない?

「うーん、なぜだろう。心の声が聞こえる」

「殴られたいか? メガネ」

シルフの背を追い、オレたちは見えないループの壁を通り抜ける。ぽよん、と、見えない障壁を潜り抜ける。一瞬だけ水面をくぐったような感覚。

でた先に大きな岩肌が目の前に現れ、入り口は見えにくい茂みに大きく口を開いていた。

「ありがとう」

目的の洞窟まで来ると、ラエリアがシルフを解き放つ。精霊は再び世界に溶け込んだ。

「いきましょ」

道案内をしてくれたエリが先立って洞窟へと足を踏み入れる。

オレたちハーフエルフ二人を含む四人の冒険者は、洞窟の中をゆく。



この洞窟にはすでにギルドの手が入り、人の手で簡単な階段が形成されている。奥に行くにつれ、天からの入り口の光は途絶え、真の暗闇が足元から染み込んでくる。

暗闇は人の心を縮こませる。闇は元来人共にありつつ人の恐怖の対象であった。

「ちょっとまってね」

再びエリが光の精霊に呼びかける。シルフの煌めきとは違う、真の光が現れる。

いくつもの玉が光源となって浮遊し、暗闇にオレたちの姿を浮かび上がらせた。ウィル・オ・ウィスプ。それが光の正体。

わずかな光で見えていただけの階段が、ずっと先まで明るく照らされる。

光はなぜこんなに心の警戒をほどいてくれるのだろう。誰もが口にせずともホッとした風に、光を見つめた。

「降りるぞ」

来慣れた場所とはいえ、洞窟だ。用心に越したことはないので、仲間に声をかけた。

コツン…コツン…

自分たちの足音が洞窟に反響する。

洞窟内の空気はただ冷たく、えもいわれぬ圧力が人の存在を拒むようにだまってそこにある。

下まで降りると、息が少し白くなった。

「さむ」

両手で口元を覆い、メガネが震えた。

「エルヴァーズさぁ、ここ来るといつも言ってるよね〜。装備薄いんじゃない? ダイジョブ?」

冷気に不満を漏らす男に、ユーリはケタケタと笑う。

「どうせオレは戦闘になったら戦力外だ。必要なのは動きやすいかどうかくらいだろ」

エルヴァーズの身につけているコートは防御力はあるものの、冒険者としては「ないよりマシ」程度。

それ以外はコイツの専門職に必要な道具の入ったカバンのみだ。ちなみにコートには内ポケットもたくさんあるらしい。

「月光華って、素敵な名前よね」

「実際、神秘的だよな」

エリの言葉にオレも返す。

今歩いている洞窟の奥に、まるで中庭のように天井が落ちた広場がある。

そこが、月夜に花を咲かせる月光華の群生地。満月の夜にのみ、ほの白いの光を放つ五枚の花びらの小さな花。

月の光を浴び、精霊の加護を受けて育成された月光華は溜めた力を振り絞って咲き誇る。

朝にはしぼんでしまう月夜の花。しかし満月の夜に摘み取ると、時が止まったようにその効能を保ったまま一週間その姿を保つ。

蜜の部分は、生命力を高める万病の元として、貴族に珍重されているらしい。

洞窟の奥深くにあるのでなかなかお目にかかれないが、この洞窟は人と精霊とが冒険者を通じて共存する珍しい群生地だ。

まれにその辺に生えることもあるけど、精霊の加護がなければ群生することはない。

月光華の大量採取は、簡単ではないってこと。

ま。

とりま長々と説明したところで、オレたちは安定した光源とともに、洞窟の奥へ進んで行く。分かれ道を目的どおりに進んでいく。

洞窟に誘われているのか、オレたちが進んでいるのか。

不思議なもんで毎度そんなことが頭をよぎる。

冷たい岩肌が続く先、土肌を見せる穴があった。そこの先に月光華がある。

はずだった。

「なに…これ…??」

ユーリが珍しくその光景に動揺した声を漏らした。


[newpage]




何ヶ月か前の満月に訪れた時。五枚の花をもたげた花が輝くように咲き誇っていた。しかし今はどうだ。

手荒に採取され、残された月光華も踏み潰され無残な有様だ。

まばゆい満月の光が、くっきりとその後を照らし出していた。

「明らかに人為的かつ違法な採取だな」

エルヴァーズが断言する。

希少な植物ゆえ、月光華は再び増え広がるよう配慮して採取せねばならない。

だが、この目の前の有様。これはのちのことなど考えもせず、無作為に採取され、手折られた根が悲鳴をあげるかのごとく、靴跡にしなびている。

「ユーリ」

「ん、ちょいまち」

小さな種族が耳をすます。人と獣があいまったような耳がピクリと立つ。

「まだ、第三区域にいる、まだ採取してるよ」

「そりゃ性根も悪けりゃ運の悪い連中だ。お灸を添えてやろうか」

植物に並々ならぬ熱意を持つエルヴァーズが言い、オレはエリの肩に手を置く。妹の細い震えていた。

「見てろ、お兄様がやってやる。だから、落ち着けよ?」

「わ、か…ってる」

震えるエリの。

怒りにわなないた声。

このかわい子ちゃん。


怒り、心頭だ。


「ひどいわ…」なんて泣くタマじゃあない。なんせオレ様の妹だからな。心のままに怒ってしまうと厄介なので釘をさしておいた。

洞窟内の分かれ道に戻り、区画分けされ、第三区域と称される場所へと足を向ける。

先頭でユーリ、オレがで殿で進んでいる。が、前を行くエリの怒りの圧がすごい。

「キレんなよ? マジでキレんなよ」

確認すると

「前振り? フラグ回収すればいいかな?」

いつもと変わらぬ声だけが返る。こーいうときが一番怖い… こらマズイ。

「ストップ」

凜とした声でユーリが後列を止める。ケモミミがぴんと動く。

ぺろりと低い鼻を舌で濡らしてから、人間と変わらぬ鼻がひくひくと匂いを嗅ぎとる。見た目は人と変わらない鼻なのだが、どうやら機能は違うようだ。

動きを止め黙っていると、奥の広場から数名の声が小さく響いてきた。

「…四、五…、五人。巨体が一人、多分全員人間で、デミヒューマンは居ないかな。動きは…もたついてる。冒険者見習い卒業ってとこ。戦士と魔導師系一人、あとは腕の立つ一般人の数合わせって感じ」

響く音とひとよりすぐれた嗅覚で人数とおおよその体躯、職業まで予測。ユーリの能力と洞察の半端なさがお分かりだろうか。今回はおそらく洞窟で音が反響して聞き取りやすいってのもあるが。

《小さい人》、子供みたいな種族は、変わった見た目のほか長い寿命と鋭い聴覚嗅覚、軽いフットワークが特徴的だ。ゆえに生れながらのシーフなのだと断言できるほど。

なくてはならないうちの戦術の要である。

「第三区画は袋小路だったな」

「だね」

「眠り粉で意識奪おう」

エルヴァーズが提案する。

「眠って花の上に倒れられると、足元の月光華が痛んじゃう」

エリが悔しそうに口を噛む。

「とはいえ一網打尽にしないと、そもそも土地が荒れるから」

「そっか」

という話の流れにより、弓で眠り粉を散布、倒れた相手を捕獲、逃れた奴はそのまま逃す算段で行くことにした。まぁ、ユーリのいう通りなら一戦交えて負ける気もしないが、物理的な戦闘力はこちらもそう高くはないので、戦闘はなるべく避けるのがオレら流。

眠り粉は、袋小路の洞窟内なのでほぼ決まるだろう。万一決まらない場合は速やかに退去してギルドに報告。逃げの一手だ。

警戒態勢を崩さぬまま、相手に気づかれぬよう広場入り口まで行き、鏃に軽い爆薬と眠り粉を仕掛けた矢をつがえる。

様子を伺うと、五人の男を目視。なるほど、ほぼユーリの予測どおり。見習い冒険者が二人、三人は労働力ってところか。体格のいい男が残ると面倒だな〜。

オレ以外は脇の岩の窪みにひそみ、ウィル・オ・ウィスプをも消して気配を消す。

相手は敵襲があるのも知らず、もくもくと作業してやがる。ま、誰かとピンポイントで遭遇するとは思わないよな。

さて、行きますか。

弓兵であるオレは、手に馴染んだ弓を持ち、呼吸を整えて弦を引き、焦点を定め…… 矢を放つ!

ピン!と、短く高い弦の音。それとほぼ同時に、洞窟奥の空間、天井で跳ねる爆発音。念のため、三本の矢を瞬時につがえた。

「なんだ!?」

煙幕のように紫の粉が飛散、あたり一面に降り注ぐ。

「毒か!?吸うな!」

眠り粉を視覚で捉えただれがが叫ぶ。しかし即効性の強い眠り粉は、気づいた時には吸い込まれ、バタバタと男達が倒れていく。

「……!!」

オレ達は常備している防塵加工の布を縛ってマスク。二回目の矢は必要なかったようだ。

十分も経ったろうか。奥から音は聞こえない。

「行ってみる」

警戒しつつ、奥に進む。再度召喚してもらったウィル・オ・ウィスプが付いてきてくれる。

明かりがあるってのは、ほんとありがたいねぇ。

あたりを伺いながら、状況を確認していく。

荒らされた群生地の中で、男たちが突っ伏したり倒れたりと様々な形で眠り込んでいる。

意識があるかどうか警戒しつつ、まずは手近な男を拘束。月光華が傷つかぬよう配慮しつつ、そのへんに転がす。

うん、眠り粉が強力に効いてるらしい。後からついてきたユーリと手分けして全員を拘束。苗床から離れたところに集める。

「クッソ重……」

うちのメンツは、多少筋力あるのがオレくらい。後はみんな人並みかそれ以下なので、運ぶのがしんどすぎる……

「この人が魔術師だね。ワンド携帯してる」

「没収しとこう」

「どれ」

エルヴァーズが没収したスタッフを眺める。

「オークにルーンが刻まれてる程度か、石もない。ほぼ初心者で間違いなさそうだな」

「顔も見たことない……よそ者だな」

などと話していると、削り取られた苗床に手をついている、ラエリアの姿を見つけた。

「…ごめんね、ごめん…」

誰ともなしに謝る。

あたりはもう、ぐちゃぐちゃだ。手当たり次第採取された後で、大きさの判別もあったもんじゃない。ここに同じだけの月光華が自然に増えるのは十数年先だろう。

「……お兄ちゃん」

泣いた顔を見せずに、ラエリアがオレを呼ぶ。言いたいことはわかっている。

「ダメ。エルヴァーズに任せな」

「でも、こんなの見過ごせない。わたしたちを信頼して、精霊たちは森を抜けさせてくれたのに」

「これはオレたちの仕業じゃない」

「精霊が判別するのは種族だってわかってるでしょ。個人を判別しない。人が有益か有害か!なら、わたしたちは信頼回復のためにできるだけのことをするべきでしょう」

「まてまて、熱くなるな」

エルヴァーズが割って入る。

「この洞窟はギルドの管轄だ。ひとまずできることはする。そのあとはギルドに始末を任せたほうがいい」

オレとメガネに言われて、エリは悔しそうに顔を背けた。

こりゃ相当おかんむりだなー…

「この、大きい人の下にも月光華がある。」

拘束して集められた中で、動かせなかった巨体の男。その下をエリが指差した。

「コラ、近づくな!」

注意を促した瞬間。

エリの足元にうつ伏せで転がっていたはずの男が、ぐるんと体制を変えてたちあがった。

「エリ!!!」

自分でもうるさいほど、妹を呼ぶ声が反響する。

大きな体の男が、飛び退るラエリアよりも早く、その細い体を抑え込む。

「………!!」

巨体がエリを地面に押さえ込み、首筋にナイフを突きつけた。




[newpage]





「ぷはっ……!!」

男の方が大きく息を吐き、整える。拘束が甘かったか、しばりあげたはずの両手が自由になっていた。寝てると思って気が緩んでたか。

男は大粒の汗をかいて、肩を上下させている。

「あぶねぇな…… 急ぎすぎて警戒が甘くなったな……」

自戒するようにつぶやく。

押さえる力が強いのか、押しつぶされたエリが鳴くように息を吐く。

「ぐっ……」

ぞく、と、怒りで鳥肌が立つ。エリを押しつぶす、この男。

憎しみで意識が飛ぶ瞬間、エルヴァーズがオレを腕をのばして押さえる。怒りと憎悪でオレは骨からわなないて震え上がる。

ユーリがちょいと前に出る。

「アンタ冒険者じゃないねぇ。野良で来たの? ここ、ギルドの管轄だよ」

男はさも可笑しそうに笑みをこぼす。

「あるものを搾取して何が悪い。冒険者ギルドなんて知るかよ」

ユーリがただの子供に見えるのか。いや、異種族とわかっていても子供の姿では警戒を緩めてしまうもんだ。

こちらを小馬鹿にした様子が手にとるようにわかる。ユーリはそれを逆手に取るため、調子を崩さず続けた。

「アンタがどう思おうと、然るべき裁きを受けることになるよぉ〜。アンタギルドのつながりを甘く見すぎじゃない?? それと、迷いの森の結界を解いたってことは、アンタらに手を貸す腕利きの第三者がいるってことかなぁ?」

迷いの森を突破するだけの実力がなければ洞窟にはたどり着けない。コイツらにそれがあると思えない。おそらくなんらかのマジックアイテムを使って突破したのだろう。

「情報聞き出そうとしてるんだろうが、ここはお互い取引が妥当だろう? この女の安全と引き換えだ。俺たちに手を出すな」

ちらと拘束された仲間と、月光華の山を見る。

前髪で視線は見えないが、ユーリも男の視線を辿ったようだった。

「ギルドの管轄を荒らして、月光華程度の納品なんてさ〜、いくらなんでもリスクと報酬が釣り合わないでしょ」

「どうだろうな? で? 取引に応じるのか」

ぎりりと、うつぶせになったエリの首を上から締め上げる。

「女の首を落とすなんて容易いぜ」

妹の顔は見えない。だが、抵抗しようと首をつかむ男の手をふるえながら、避けようとしている。

冷静を保つよう心がけつつ、二人の会話に言葉を挟む。

「西、だろう?」

オレは、原因そのものをつぶやいた。

「いまなら早けりゃ早いほど、回復役には良い値がつくよな。材料になる、月光華も」

「……結局目的は一緒かよ。お仲間か」

西部の開拓地。

毒物混入か何かで中毒者を抱えてるって話。どこからきいたもんだか、情報の制御ってのは難しいもので。

「なら……そうだな。収穫物を頭数で割ってもいいぜ。奥にもまだ月光華はある」

そんな男の言い様に、突っ伏してるエリがなにかをつぶやく。

「………」

「なんだ? 交渉成立までは人質はだまってろ」

「……だから」

ズズン… と、地鳴り。

「!?」

やべぇ、キレたか……

「大地を荒らすような奴らと……」

ブルブルと大地が震え、地面から岩が吹き出すように突起した。

肌に、地面とは違う空気の振動。

「アタシを一緒にしないでって、言ってるのよ!!!!」

叫びとともに。

めこぉ、と。

地面から人型ほどの岩が生える。岩はそのまま、蛇のようにうねり、エリを押さえつけている男の顔面を容赦なく殴りつけた。更に男の足元から岩がせり上がり、その動きを封じるために体を覆っていく。

響き渡る女の声は、エリのものではなかった。

岩の出現とともに大地が揺れ、天井から、パラパラと石が落ちてくる。

「エリ!!!!!!」

岩が男を首までコーティングし、ぐうの音も出ないほどに押さえつけた。顔面を殴られた衝撃で意識を失ったらしい。男の手から自由になった妹に駆け寄ると、彼女は抑えられていた喉をさすっていくども咳こんだ。

「げほっ……こほっ……カフッ……」

「大丈夫か!?」

命に別状はなさそうだが、安否を確認する。

ひゅうひゅうと気管が狭くなったような呼吸のあと、エリは無事であることを言葉なく肯定する。

「オイ、崩落しないだろうな?」

エルヴァーズが落ちてくる小石を見るたびに、びくびくと辺りの様子を伺う。

「あら、アタシがそんなツマらないミスをするとでも?」

女の声。

エリの隣に、じわりと人影のような靄がかかる。土煙のような靄はすぐに女のカタチになって怪しく微笑んだ。

岩塊を作り出した声の主だ。

それは髪の短い女性の人型になった。大地と風を司とする上位精霊。エリの体内に同居しているコイツは、岩肌の人型で大地に足をつけた。

「ティターナー」

名を呼ぶと、岩肌のニンフは楽しそうに振り返る。

「レイン、久しぶりじゃない。なかなか呼んでくれなくて寂しいわ」

「アンタがエリを乗っ取ろうとしてなけりゃ、お気に召すまま召喚するけど?」

「あらぁ、この体を掌握するには足りないものが多すぎるもの。まだまだよ。安心して呼んでいいのよ?」

輝く鉱石のような瞳が細まって、ニンフは笑った。オレは胸の奥に、見えない重いものが蓄積していくのを感じる。

ティターナーと名を冠するニンフが、やっと体を起こしたラエリアの背中をさすった。

「……また、助けて、くれたね」

妹がかすれる声でニンフに語りかけた。

大地と風のニンフは柔らかなエリの肌をなぞる。

「いずれはこの体を乗っ取るためですもの」

隠すふうでもなく、ティターナーは目的としていることを改めて告げる。

「でも、ありがとう」

エリが微笑む。妹の裏のない笑顔が、胸に痛い。

ティターナーは周辺を確認した後、無法者に荒らされた月光華の群生地に手を伸ばす。美しい女の手から、球状の緑の煌めきが現れる。

「アンタは相変わらずなのね」

アタシにとって、アンタはエサでしかないのに。

そんな声が、オレの脳内で響いた。ティターナーの手から溢れる緑の光は、緑の宝石のように発光して大地に落ちた。重い空気がゆっくりと沈殿していくように。エメラルドの光はそのまま水が大地に浸透していくかのごとく、素早く広がっていった。

そして光が染み渡った先から緑が、ぶわ、と一気に芽吹き、葉と茎を形成、次の蕾をつけた。どんな力を持った人間でも、できる所業ではない。

あいつらに荒らされた大地は、元の姿を取り戻すのに十年はかかるとオレは読んだ。しかしこの大地の娘はほんのつま先一つでその年月の力を、この植物に与えたのだ。

「すごい……!」

エリが小さな声で感嘆の声を上げる。エリだけじゃない。オレも。その場にいた誰しもその光景に見入る。

「さすがは大地の娘」

「バカにすんじゃないわよ。大地を回復するのはアタシたちの定めだわ」

「定めなら、ご褒美なんて恩着せがましく言わなくてもいいじゃん」

からかいがちにオレが言うと、大地を癒したニンフは含みのある笑みを浮かべる。

「言うようになってきたじゃない、ハーフエルフ」

言ってから、岩をまとった細い手をオレの顎に添えた。

「ゴミどもの眠りを深くしておいたわ。人間の薬のような副作用はない。せいぜい感謝なさい?」

その言葉を言い終わったのち、彼女を形成している輪郭がぼやけ始めた。世界に現界した彼女が、姿を再び大気に身を隠そうとしている。

「まって、ティターナー! この男たちが入ってきた、森の結界は無事なの?!」

エリの問いに、ティターナーは視線を鋭くして口を開く。

「アタシたちは森を汚した無礼は許さない。アンタが言ったように、その種族が責任を負いなさい」

「……!」

「逆を言えば、本人でなくともアンタたちがきちんと謝罪をし、怒りを沈めれば問題ないわ」

「……ええ」

「森を、世界の住人を侮ってはならない。忘れないで……」

言葉を残し、女の姿は次の瞬間砂けむりに溶けた。重い砂だけが、ざ、と地に落ち、風に舞うような埃のような煙が女の形でそこに残る。

ニンフは再び世界の中に姿を隠した。



[newpage]




言葉を受け取ったラエリアは表情を硬くして、その手を握りしめた。

あとにはオレたちと眠った男たち、山盛りの月光華が残る。

そして次の満月を待つ、月光華のたくさんの蕾。ティターナの残した祝福だ。

「……これから、わたしたちにできることを、しましょう」

決意を抱いた、落ち着いた声で妹は言う。

ニンフが去りざまに言った通り、男たちの眠りは深く、全く起きる気配はなかった。

荒らされて搾取された月光華。そこに眼鏡の男が、つい、と立つ。

「とりあえず、できる限りの作業をするか」

邪魔と判断したのか、ひょろメガネは羽織っていたコートを脱ぎ捨てて腕まくりをする。そしてカバンの中にあった道具をそそくさと出して店を開いていく。

並べられる小瓶とナイフ、ややこしい器具などが並ぶ。普段はクールな顔をしているが、作業を始めると嬉々として別人のようだ。特殊な技術に特化した人間て多くがこんなだよな。

「あのさ、オレが蜜集めるから、蜜を取り終わった奴から、ナイフで樹液を集めてもらえるかな。茎に傷をつけて中瓶に差し込んでおけば樹液が溜まるから」

指示を出す。無法者に荒らされて積まれた月光華はざっと見て百五十ってところだろうか。

こういったクエストの場合はエルヴァーズが主体になって、だいたいやることは決まっているので言われた通りにする。

「さてと」

ヒョロメガネが月光華に触れる。その手がどうなっているのかオレにはわからない。だが、コイツが触れると植物が光る。そしてメガネが掴んだ月光華は、小瓶の上で軽く振ると、ころりと小さな宝石を吐き出すのだ。

人の手で集めるようなものではない、花の蜜。

メガネの職業は《薬草師、ドゥマン》。生まれながらに《緑の手》と呼ばれる植物の能力を引き上げる魔法。魔法と言っていいのかはわからない。本人は特殊能力だというが、呼び名はどうあれ稀有な能力であるのは間違いない。

路上で野垂れ死にしそうなコイツをエリが拾ってきたときには

「飼えません、元いたところに戻してきなさい」

と、救助を拒否した。犬猫ならともかく、人間の男はダメだろうがよ。

しかしウチの妹は人助けに関してはひどく頑固で、奴を回復まで面倒みると言って聞かなかった。言いたいことは山ほどあったが、妹が可愛いから許してしまった。

メガネが気を持ち直して話を聞くとどうだ。

能力の持ち腐れすぎ。特化した能力を活かすすべもなく、生存能力も低い。メリットを考えれば飼う方が得策と考え、冒険者という肩書きで行動を共にしているというわけだ。

上手くやれば宮廷にあがっておかかえ薬草師にでもなれるのにな。

それを知らないわけでもないだろうから、宮廷薬草師になるつもりはないんだろう。

さてさて、メガネが月光華の蜜を余すところなく集めていき、オレたちは指示されたように樹液を小瓶に集める作業を進める。

樹液はともかく蜜を集めるのは集中力を必要とするようで、メガネはだんだんと疲弊していくが、貴重な恵みだ。

できる範囲の全ての蜜を集める気のようだった。

もくもくと作業を進めて行く。


「……これで、おわりっと」

瓶に最後の蜜がはいった。通常花の蜜など人の手で集められるものではない。月光華はその生態ゆえ蜂蜜としても手にするのはまず不可能だ。薬草師にのみ抽出できる幻の秘薬だ。これを売ろうとすればどれだけの値がつくのやら。

ちなみに基本的に蜜は森の恵みゆえ、基本手を出さないのが礼儀なのだった。採取方法を考えれば集められないんだけどな。

洞窟を出るときに花を置いておけば、精霊たちが貢物としてあつめていくって寸法だ。

瓶に逆さにされた茎からはゆっくりと樹液が流れていたが、時短でエルヴァーズが手を加え、滲み出る速度を上げてたっぷりと採取できた。

メガネのHPはもうゼロよ!

だが、クエストの内容はハイポーションの納品。帰ってもやることがあるのだ。

帰り支度を整えていると。

「……クソッ……」

岩に絡みとられたはずの男の方から声が漏れた。

おいおい、ティターナー!眠りを深くしたんじゃなかったのかよ。

「眠りの強制にたいして、抵抗力があるっぽいな」

エルヴァーズが分析する。

「クソッ、俺たちが一発当てるはずだったのに!!!」

男がにがにがしく言い放つ。

「あんまりブツクサ言ってると、ぶん殴るぞ」

「うるせぇ、人の儲けを横取りしやがって!」

「獲物?」

エリの目の色が変わる。

「これは人助け、だわ」

身動きの取れない男に近づく。これは……止められない。ティターナーはもう出てこないだろうが、エリがマジギレしてしまったっぽい。

オレだけではなく、仲間全員がエリの動きに意識を集中させた。

「開拓地の被害者をたすけるための、治療薬を造る。儲け話だなんて下世話な言い方をしないで」

「は!お前らだって同じだろう? 綺麗事を言っても金を得るための手段だ。需要と供給の流れに入ってるだけだ」

「あなたたちと一緒にしないで!たしかに世界は回る。需要があるからこそ供給物をまわす。その一部でわたしたちは生きてる。でも、大地を踏みにじるようなあなたと、わたしたちは違う!!!」

「ご大層な事を言っても、やってることは同じだ。冒険者ってのはそういうもんだろうが!」

怒号を放ったその口が、次の瞬間、エリの平手で勢いよく塞がれた。

パァン……!

頬を叩きつける音は、洞窟内によく響いた。

「……そうよ、同じだからこそ。……誇りが必要なんじゃない」

先ほどティターナーによって石に絡め取られた体。平手打ちをしたエリの手は、岩肌をかすって赤い血を一筋流す。

怒りのガスが抜けたであろうところで、エルヴァーズが間に入る。

「そこでやめとけ、時間が惜しい。早く帰って納品だ」

悔しいが、オレが入るよりもメガネが言う方が響くだろう。

金髪が美しい妹は、その美しいエメラルドの瞳で男を睨み詰めた。

男も同じだった。ぎょろりとした目でエリを睨みつけ、平手打ちで切れた口の端から血を流して唸る。

「覚えてろよ……その髪、その顔、忘れねぇぞ……!!」

「はいっ、おしまーい!」

猛々しい空気を、小突くようにユーリが割って入ってきた。そのままほぼ石像になった男によじ登り、持っていたスカーフで小汚い顔を隠した。男はそのまま言葉と意識をなくした。

「眠るのは粉だけじゃないんだよ〜」

まるで豪快な魔術でも披露したようなドヤ顔。

エリの怒りはそこで切れた。

「エルヴァーズの言う通りだわ、早く帰りましょう」

言葉を区切って、振り返る。

「ね、お兄ちゃん」

不安をかき消すような、声。



[newpage]





作業を終えて帰路を急ぎたいところだったが、馬鹿どもが荒らした森の尻拭いをせねばならなかった。

洞窟を出ると、満月で明るくしんと静まり返った夜の森。木々のむこうには暗闇が果てなく広がっているようにも見える。精霊と関わりの薄いただの人間でも肌で感じるだろう。あたりが困惑してざわめいているのがわかった。

《荒らした、荒らした》

《森が破れてしまった》

《人間》

《ヒトは友好ではなかった》

口々にシルフたちが呟いた。精霊は、多くが個たる概念を持たない。

彼女たちは多数にして一つ。故に森を荒らしたのが誰であろうと、自分たちにとって益になるかどうかは種族だけで判別する。オレたちは礼儀を持って森に入っているが、妖精たちにとってはその判別をしない。

精霊に近い立場であるラエリアが見たところ、森の結界は破けていたが、すでに修復の手が入っていると言うことだった。

治されたいうことは、森の王が癒したということ。

「森の主人よ、聞いてください。わたしたちは罪を犯しました!」

騒ぎ立てるシルフの中に入って、エリが声を上げる。

ここが、おそらく今回の正念場だ(腹立たしいことに尻拭いだが)。

握りこぶし程度の小さな体に羽を生やしたシルフたちが、エリを取り囲んで威嚇する。

皿に盛られた豆の粒がザラザラと溢れていくように、空気がまとまりなく散らかっていく。

《嫌い》

《嫌い、森を汚すもの》

《この森はヒトを敵とみなす》

《嫌い、怖い、帰りなさい!》

いくつもの個体が、ぶつかるスレスレでエリの周りを飛び回る。

繰り返すが、これは声ではない。精霊たちの念が形をとって頭に飛び込んでくる強い感情だ。召喚の素養が全くなければただの空気のざわつきにしか感じ取れない。だが、能力がなくても肌でしっかりと感じ取れる威嚇。

「森の精霊たち、森の主人、どうぞ、お許しください。あなたに貢物を持ってきました!」

そう言ってエリは手のひらに小瓶をのせてさしだした。

それは、森の最高の恵みの一つ。

先ほどエルヴァーズが集めた月光華の蜜。

コルクを開けてその香りを漂わせると、荒々しく飛び回ったシルフの勢いが弱まって、動揺し始める。

《森の恵み》

《月の恵み》

《お父様が好きな蜜の香り》

《ヒトは敵ではなかったの》

《お父様》

そうして彼女たちは上へと登っていく。その先には神々しいほどの満月がかがやいているのだった。

「ヒトよ」

人ではない声がした。

響く声は性別も種族もつかない声。音だと言うのがかろうじてわかる程度。

「森の主人よ」

エリがひざまづく。

空から注がれる光が、まるでカーテンが如く開いた。隙間から、大きな影があらわれる。暗闇と同じ色の毛色が月の下になんとも美しかった。

「ケット・シー」

黒い毛並みで猫の姿。目の前に現れたこの森の主人は、猫の姿だ。

猫といえど普段足下をうろつくサイズではない。主人は猫の姿、ユーリよりも大きな立ち姿、二本の立ちで現れた。

「ここでの出来事はおおよそ把握してるつもりだよ」

猫の親しみやすい顔で、人の言葉を放つ。ケット・シーとは一度対面しているが、見すかすようなこの森の主人がオレは少し苦手だ。

「言い訳も何もいたしません。ただ、過ぎたことに関してお詫びして、そのカタチとしてこちらを受け取っていただけないでしょうか」

エリが差し出した小瓶。半分ほどで粘度の高い透明に近い蜜が波打つ。

「ほう、これは珍しいね。ここ十数年は目にかかってない気がする。純粋な月光華の蜜じゃないか」

森の主人は貢物を珍しそうに手に取った。

「しかも量も多い。ドゥマンでもいるのかな」

「おっしゃる通りです」

「ん、君。異質種だね? 一つの人種ではない」

今まで蜜にしか興味がなさそうだったケット・シーがエリに視線をやった。猫の目は、月の光を反射して怪しい光をたたえていた。

「エルフと人間の混血です」

エリが言った。

ケット・シーには人の見分けがつかない。以前、一度顔を合わせたことも覚えていないのだろう。

「うん、それもだけど、君。体に精霊を宿しているね。結界を破り、月光華を荒らしたヒトよ。その月光華の苗床も綺麗に治されているようじゃないか」

森の主人は希少な蜜を捧げた娘を、上から下まで眺める。

大きな出で立ちの猫の目はなんとも迫力がある……

エリの中に「ティターナー」という名の大地のニンフが宿っているのを見抜いたのだろう。

事情は長くなるので省くが、先ほどの戦闘で現れた岩のニンフ。あのニンフはラエリアの中に同化している。本来召喚したり使役したりする関係であるべき精霊そのものを体の中に同居させているのだ。

今のところ、オレもエリ以外にそういったケースはお目にかかったことがない。

「面白い。うんうん。こんなに素晴らしい貢物をいただけるのだし、今回のことは水に流してもいいよ」

満足そうに、猫の手が自分の獣の口を撫でた。

「許していただけるのですか」

震える声でエリが尋ねる。

「いいよいいよ。外見の見分けはつかないけれど、お前じゃないんだろう。結界を破った悪意とはまるで違う思念じゃないか」

楽しそうにケット・シーは小瓶を受け取ってコルクで再び栓をした。

「被害はあったけれど、面白いものをもらった。面白いヒトを見た。これは友に会ったときに自慢できるぞぅ」

きししと、楽しそうに目をまぁるく細めた。

《お父様》

《ヒトを許すの》

《ヒトは悪くないの?》

飛び交うシルフが尋ねた。

「わたしは許そう。ヒトも精霊もお互い様なんだ。悪い奴もいればいいものもいる。罪を認めて非礼を詫びて、納得できるなら許すのが道理だ」

精霊や幻獣、人ではない守人との対話は意外と単純だ。そのかわり頑固で話が通らないこともままあるが。

今回はエリの、森に対する敬意が通じていたらしいのが大きい。

さすがオレの妹……

「なにせ、わたしたちは姿は違えど同じ世界にいるのだからね」

ケット・シーがいたずらっぽく笑うと、シルフたちから発する空気が変わる。

《お父様が許した》

《ヒトは悪い。でも、いい時もある》

すい、と、輝く蝶がエリの周りをくるりと飛んだ。

《怪我をしている》

《痛い?》

先ほどの擦り傷だ。持ち合わせた布でくるんだだけだったのだが、その手の周りにシルフが集まった。

《可哀想に》

「大丈夫だよ」

エリが傷跡に手を添えて言う。

「わたしより、森が痛かったよ」

シルフがくるんと回る。

《終わったこと》

《大丈夫》

《今は、あなたが痛い》

数体のシルフは一つの言葉を続けざまに、まるでリレーのようにして紡ぐ。

シルフたちの言葉にエリは顔をくしゃっとして、涙をこぼす。

「あり……がとう…」

エリは言う。

世界はつながっている。その一部だと。だから。

エリの想いは、円を描いてこんな風に優しく帰ってくるんだろう。

「さ、もう行きたまえ。ヒトの共同体とは、時折森の恵みを分け与える契約を結んでいる。月光華を採りにきたのなら鮮度が落ちるだろう。わたしもこの蜜を楽しみたいからね」

月光華の蜜がさぞお気に召したのだろう。ケット・シーはまるで追い払うようにオレたちを森の外に導いた。



[newpage]




まだまだ依頼は終わらない。

オレたちは道を急いでアジトである宿に戻る。部屋中のランタンを付けて作業場を照らす。持ち帰った月光華の樹液を机にタタンと並べ、エルヴァーズが自分の頬を叩いた。

「さて、始めますか!」

十本にもなった樹液の瓶。

エルヴァーズが、すうと息を吸い込んだ。

ドゥマンに言葉はいらない。生まれながらに持ち得た特殊な能力。植物の息遣いを聴く、植物の能力の底上げをする。

広げた手を小瓶に掲げると、瓶の中が小さくきらめいた。輝きは拡散してふわりと机を照らす。個々に光る瓶の上を、光を掬い上げるようにエリヴァーズの手が上に登る。光は、パンをこねた時に小麦が舞い上がるように登り、ポンと音を立てて弾けた。弾けた後、小瓶の中は虹のように輝いた。

「あざやか〜♪」

間近で見ていたユーリは称賛する。

口には出さないが、オレもこのヒョロメガネの腕前には感心する。そもそも、自分には持ち得ない能力を目にできるのはこの稼業では一つの財産だ。そのあり方、歴史ゆえに数を少なくしてきたドゥマン。その中でも恵まれた才をもって知識までも豊富なエリート。

オレほどではないが、なかなかやる奴だ。

「じゃ、ポーションに樹液を加えてハイポーションに引き上げるぞ。ここからはまた手伝いを頼む」

机の下から布袋を引っ張り出すと、ガチャっとガラスがぶつかる音がした。中には50はあろうかと言う中瓶が詰まっていた。

ユーリがすたたんと瓶をテーブルに並べていく。器用な手さばきで、コルクで封をしてある瓶を開ける。ここはオレが手を出すより二人に任せたほうがいいと思い、控えつつ二人の動作を見守った。

エルヴァーズが集めた月光華の樹液を、スポイトでポーションに垂らしていく。樹液を吸収したポーションが白く光って変化を遂げる。

言葉もない意思もない植物の持つ力を、自らの力と知識で引き上げる。何度見てもドゥマンというのは驚くべき能力だ。

月光華の樹液をポーションに加えることで治癒能力が引き上げるのはだれでも知っているが、メガネはその効果を何倍にも引き上げることができる。表向き植物の研究家という名目でパーティに在籍しているが、こいつの真の能力を知れば国家単位で目をつけられてもおかしくないだろうな。

そこを鼻にかけないあたりが、コイツの一番の長所と思っている。

「レイン、ここよりラエリアのどころに行ってやれ」

「ここはボク達やっとくからねぇ〜」

楽しそうに子供の声でユーリが続ける。手際を見てるとそれは子供のそれじゃあない。慣れた動作でミスなく単純作業をこなしているが、これは彼の素のポテンシャルの高さがモノを言っている。

そんな二人に促されて、オレは部屋をでた。妹がいる、宿の裏口へと回る。

裏口の扉を開けると、そこにはちょうど良い切り株に腰を下ろしたラエリアが背中を向けて座っていた。

オレが開いた扉の音に気づき、ラエリアが振り返る。

「あ、ごめん。ポーション作り手伝う」

「二人でやったほうが早いってさ」

気落ちした目の妹を見て、出来るだけ落ち着いた声をかける。

エリは「そう……」と、力なく微笑んで再び腰を下ろした。まだまだ満月が明るい夜、妹の金の髪は輝いているように見えた。オレにはこれ以上美しく気高く優しい娘を知らない。

「お兄ちゃん」

エリが呼ぶ。

「アイツが言ったように、わたしもアイツも何も変わらない。志で線引きをしていたつもりだけど……そんなに、変わらないのかもね」

つぶやきながら、ため息。

世の中は綺麗なことだけで成り立ってはいない。それはオレもだがラエリアもわかっているところだろう。でも、オレはこのキレイな白いものを、出来るだけ汚したくはない。自分がどれほど汚れたとしても。

自分の分まで綺麗なままでいてほしい。

ただ、自己満足の、無意味な願いなんだけど。

「そんなことはない」

か弱い肩を、ポンと叩く。

「カネのためだけに救われる命も、助けたくて救われる命も、同じかもしれない。でもつながっていくものはまるで違う。それは円になってつながって、お前の元に戻ってくるよ。戻ってきたものはまた、お前の手で環に送り出してやりな」

「……ありがとう、お兄ちゃん」

ほんの少しだけ笑顔になった妹の顔を、満月が優しく綺麗に照らし出してくれた。




「できたよっ!」

部屋に戻るとユーリが元気に迎え入れてくれた。

「はっや」

色々と予定外のこともあったのだが、うちの技術者たちは驚くべき早さで仕事を終わらせてくれていた。

「ギルドに納品に行こう。てか洞窟の奴らほうどうなってるかな」

宿に戻る際、洞窟であったことを簡潔にギルドに報告しておいたのだ。馬鹿どもの身柄の確保もギルドの方で請け負ってくれた。

さて、パイポーションとなった回復薬を担いでギルドへと向かう。

「情報も物流も早さが命だってぇからね」




真夜中で大通りの明かりも消え去って、街が寝静まっている。裏通りにはひっそりと明かりが灯る店もあるが、大通りに一軒。明かりの漏れている建物がある。

冒険者ギルドだ。

急ぎのことがなければ早々に店じまいをすることもあるが、今日はバタバタとしている。

木製のドアを押しひらく。

「納品に来たぞー」

ハイポーション納品のお供に来たのは、ユーリとオレ、そしてラエリア。エルヴァーズは能力をフルに使ったため、部屋で倒れこむように寝入ってしまった。

カウンターの奥に糸目でお馴染みのシュラウドがいて、駆け寄ってくる。

「おつかれ! 早いなー、受け取るわ」

差し出した納品物を受け取り、奥の方へと持っていく。ギルドの人間が受け取って手早く手配しているようだ。

「面倒なことやらせちまったな」

面倒とは、よそ者が月光華の土地を荒らした話だろう。

「ま、それでも犯人捕まえられたし、結果オーライでいいぜ。次のサービスも期待してるから」

なんていうと、ホッとした顔の後にシュラウドが渋い顔をした。

なんだ?

「……悪い、報告があってすぐ、手の空いてる奴らで洞窟の方に向かったんだが……五人のうち、一人逃亡しているようだった」

「……ひょっとして、アイツか?」

「倒れてる奴らは眠りが深くて、おそらく聞いた通りのままで倒れてた。だけど、話に聞いていた、岩で押さえ込んだって男がいなかった。岩の抜け殻みたいのがあって、砕かれてたって」

ふむ……力量を見誤ったか、隠しアイテムでもあったのか……

ティターナーの出現もあって、正直、このオレも冷静ではなかった。今後は気を付けねぇとな。

「わかった、オレたちの方でも警戒しとくけど、捜索と捕縛の方は頼むぜ」

あのギョロ目野郎。素直に逃げる感じでもないからな。

「品物は届けたから、値段交渉は後日ゆっくりさせてもらうぞ。今日はもうやり合う気力がない……」

「おお、今回も質が良さそうだな」

シュラウドと話していると、エリが会話の隙を見計らって入ってきた。

「あのっ」

「おぅ、ラエリア!」

我が美しき妹に気のあるシュラウドが、エリの姿に表情を明るくする。

「早く、西の方たちに届けてあげてくださいね」

西部での中毒症状がどのようなものかはわからないが。エリは見も知らぬ開拓者たちの様子が気になって仕方ないようだった。

「うん、ラエリアたちから納品されたポーションの質がいいから、希釈して納品数以上の人が恩恵にあやかれると思うよ」

細い目が、もっと細くなってエリの不安を和らげた。

「……そうだと、うれしいです」

不安げな表情が、やっと微笑んだ。

花のような笑顔に、それを見た全てのヤツの心をあたためた。

「しかしほんと、《冒険者》にしておくのは惜しいね。もっと割りのいい稼ぎようはあるだろうに」

基本は力技でクエストをこなす《冒険者》。戦いを避けて通る、ウチのパーティー。そうだな、ほかにも日銭を稼ぐ方法もあるんだろうが。

「オレたちには多分、これが性に合ってるんだよ」

ギルドの方では、必要のない詮索はしない。エルヴァーズがドゥマンであることも、エリに上位精霊が同化していることも、気づいているのかもしれないが口には出さない。

「じゃ、またな」

立ち去ろうとするところで、ぴょこんとユーリが月光華の束を差し出した。現地で樹液を採取し切れなかった残りの束だ。どこに隠し持っていたんだか……

「これも新鮮なうちに買い取ってね〜」

「オマエいつの間に……」

「放っておいても枯れるだけだしね♪」

「これボクのお小遣いでいい? 飲み代にしてもいいかな?」

「好きにしな」

「ヤフーイ!!」

抜け目のない《小さい人》なのだった。



[newpage]




さて、それから数日。

「エリ」

部屋でのんびり本を読む妹に、一つ頼み込むことがあるオレなのであった。





宿を出て、のんびりと大通りを進む。

金に輝く髪はそのままに、優雅に、たおやかに。

「ラエリア、どこか行くの」

馴染みの冒険者に声をかけられる。

「うん、散歩」

ひらりとスカートを翻し、警戒心も薄く賑やかな道を歩く。

空は青い。世界は、いつも美しい。この中に、この一部である自分は何と矮小なのだろうと思う。この、レシュムという島には他の大地よりも魔法と幻獣の勢力が強いと聞きおよぶが、世界の一部である限り、どの大地でもその感覚は同じだろう。

そんなことを考えながら、川沿いの日向を歩く。ざわめきは遠のいて、人通りの少ない小道。道ばたの花でも摘んで帰ろうか?

川沿いの道は徐々に林に差し掛かり、少し日陰も出てきた。

「ん……」

道の先に、人が腹を抱えてかがみこんでいるのが見えた。

「あの、大丈夫ですか?」

急病だろうかと急いで駆け寄る。

フードを目深にかぶった女性だ。

息苦しそうに短く呼吸し、脂汗をかいている。こういう時に人を放っておけないのはラエリアの長所であって短所でもある。

「人を呼びましょうか」

「だい、丈夫です…… すみません、木陰まで、連れて行ってもらえますか……」

本人が言うのなら大丈夫なのだろう。せめて木陰へと連れて行く。

機の脇にもたせかけてやると、不意に後ろから影が落ちてきた。

「よう」

男の声。

それはつい先日、いやと言うほど洞窟で覚えた声。

男が現れると、具合の悪そうにしていた女は男と目配せをして男の方へ駆け寄った。簡素なやりとりで、雇われただけの気薄な関係が見て取れた。

「忘れねぇって、言ったろう」

ラエリアに対して、憎しみに淀んだ声。洞窟で逃げる際に無理をしたのだろう。声のする方へ振り返ると、傷を負った体格のいい男が立っている。ぎょろりとねめつける目は間違いない。

「逆恨みって言うのよ、そういうの」

「何でもいい。お前にはどうしても痛い目を見せなきゃ気がすまねぇ。かけた金もパァだ」

このやり取りを見て、フードの女は「もう行くわよ」とこれ以上の関わり合いを拒否していた。男はフードの女にすんなり小金を差し出し、女がそれを取ろうとする瞬間。

ぐいと首を捕らえられ、腹にナイフを突きつけた。

「な、にを!?」

突如襲われ、驚愕する女性。

「まあ黙ってな。このエルフを痛めつけたら逃がしてやる」

そう言って、黒い感情に染まった目がこちらにむけられた。

「女。ひざまずけ」

ナイフを向けられた女性を見やると、早くやってくれと懇願の眼差しをこちらに送りつけてくる。言われた通りにひざまづく。

わけもなく。

「女の人には悪いけど、それする理由はないかな」

そう返すと、女性は恐怖に支配され、男も動揺を見せた。

「エリならね、言われた通りにするだろうけど、オレはそこまでいいヤツでもないもんで」

ニヤリと顔を上げて笑って見せると、男はオレの目を見てふるえた。

「青い、目。お前あの女じゃないのか!?」

「忘れないって言ったのに、目の色も覚えてないなんて。エリに失礼すぎない? あんな美少女忘れんなよ」

「ちょっと、私は関係ないでしょう!!!」

小脇にかかえられた女が悲鳴をあげる。どちらも自分の命に興味がないのを悟ったのだろう。

長引かせても面倒だ。男が動揺している間にすいと構え、振り上げた拳で、まずはそのナイフを跳ね飛ばす。ナイフは土の上に転がって乾いた音を立てる。

「逃げるならさっさと逃げてね。オレはアンタに興味ないから」

基本女性は大事にするが、妹に危害を加える一旦に加わったのなら話は別だ。フードの見知らぬ女はもたつきながらも逃げて行く。

オレと、男が残る。

「こんな釣りに引っかかるなんてマヌケすぎだろうよ」

ラエリアぶって散歩しただけで早々に獲物が釣れてしまった。何日かかるかと思ったがマヌケすぎて拍子抜けだ。ま、確かにエリに扮するのには自信があるが。

「このやろぉぉぉ!!!!」

なりふり構わず男が殺しにかかってくる。殺意が半端ない。大きく振られたナイフを屈んで避ける。懐はガラ空き。怒りで意識が飛んでるようでラッキーだ。

その屈んだままで手のひらを上に築き上げた。鈍い音と顎の硬さが手に返る。

反動で男はだらしなく尻餅をついて、後方へ倒れ込んだ。実戦経験のない、体格だけの野郎だと確信。

顎から叩き込まれた振動に、脳が揺れたんだろう。

ピヨった男の関節をそのままねじ込んで、そそくさと縛り上げた。今度は絶対外させねぇ。何回逃げられたか、オレも相当なマヌケだよ。

エリの命を狙った男。人目がなければもうちょいやっても足りないくらいだが。

ま、こんなもんでいいか。

女はもういなくなっていたが、オレは辺りを見渡して声をかける。

「ユーリ、いる?」

いるかどうかは半々だったのだが、木陰からぴょいとふわふわ頭が飛び出してきた。

「なんでわかったの〜?」

「なんとなく。オレの女装見かけたら着いてくるかなと」

行動パターンのおおよその検討はつく。

「面白そう、だろ?」

「正解っ!レインの細身の体術はきもちがいいねっ」

楽しそうな声で《小さい人》が笑う。

正確な職業と言えるかどうかわからないが、オレは弓の他に軽く体術を使う。大抵見た目に騙されてくれるので短期決戦では役に立つ。

だまし討ちみたいなもんだから、戦術に数えられないんだけどな。

「ついでにギルドの人も連れてきました」

「なんですと」

ユーリの合図でギルドに関係のある数名が駆け寄ってきた。シュラウドもいる。

ユーリさんいい仕事しますな。

「この男で間違いないのか」

拘束した男の顔を見つつ、シュラウドが確認する。

「先日捕まえた仲間たちの情報とも一致するな」

倒れた男の顔と手配書を見比べ、シュラウドとは別の人間が断言した。

洞窟で寝てた奴ら、早々にいろいろ漏らしてるらしい。好都合だ。

「じゃあ、コイツ頼む」

糸目が頷く。

「しかしレイン…… 本当にエリとソックリだな」

やや引き気味にシュラウド。

「一番愛してる者のことなら、割と何でもできるものよ」

清楚に微笑んで見せる。

愛らしさでは叶わないが、見た目だけ真似るならなんてことはない。

さて、後始末はこれで終わりかな。

「一杯のんでかない?」

男とギルドの連中を後にして、街中に戻る途中。隣を歩くユーリが言う。ちゃりんと小遣いの音。

「エリの格好で飲み歩くと、あとで怒られるんだよな」

「バレなきゃいいじゃん?」

うむ。

「バレなきゃいいか」

まだ日も高いが、全てをやり終えた爽快感とともに、オレたち

飲みに繰り出す。


まあ、人の話伝いでバレたんだけどね。



[newpage]




さてさて。結果として、今回の「急いでハイポーションを 納品」は後始末を含め、全てを終えることができた。次の日、恩着せがましく、報酬をいくらふっかけてやろうかとギルドへ行ったのだが。

予想を超えた額がどんと並べられて面喰らってしまった。

シュラウドの糸目がいつもより胡散臭く感じてしまうほどだ。

「くれるもんはもらうけど、多すぎね?」

じゃらりとコインを触る。

「現場でよそモノの迷惑をかけた詫びもあるし、ハイポーションの質が良くてな。下手するとエリクサーじゃないかって評判だ」

それはメガネの厚労だ。たまには労ってやってもいいか。

「じゃ、いただきます」

丁重に報酬を頂戴する。

「今日はふっかけてこねぇのな」

細い仕事ばかりなので、我々の報酬はいつも雀の涙。ゆえにアレコレと少しでも報酬金額を釣り上げるのがいつものことだが。

「これでしばらくはのんびりできるし。十分だ」

高価なものを食べるでなし。高級なものを買うでなし。

その日さえ楽しくのんびり暮らせればいい。


そんなオレたちの、ちんまい一つの話。

金がなくなればまた、ちまちまと働くだろう。冒険者とはズレた冒険をして。

その日暮らしの冒険者。













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その日暮らしの冒険者 みずさわ ゆうき @promenade_low

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