第42話 この街はどこかおかしい

 鷹月警察の荘厳な高層ビルに着いた岩平たちは、到着するなり早速地下の方へと案内される。岩平はかつての元天敵相手である警察施設に戦々恐々だったが、案内された先は地下とは思えない程の豪華絢爛な造りをした部屋だった。部屋にはフカフカの絨毯が敷かれ、皮の大きなソファが並んでおり、ポストモダン調の棚や家具などが立ち並んでいた。


「ふおお! ケーサツさんの取り調べ室だ! 取り調べ室! カツ丼は!? カツ丼は出るのですかぁ!?」


「いや、ホントの取り調べ室はこんなんじゃねぇよ……」


 岩平はブルーな顔でボソッと呟く。対照的に、真理華は終始テンションが上がりっぱなしだった。岩平としては、彼女は何故こうも警察官に囲まれて元気でいられるのかが、サッパリ分からない。


「ま、ゆっくりかけたまえ……。このVIPルームの地下シェルターなら、セキュリティも警備も万全だ。ミサイル攻撃にだって耐えられる」


 敦賀とかいうオッサン刑事が要職用らしき前方の席に座って、威厳ありげに腕を組む。


「まさかジジイ……。サツにタレこんでここに連れてきたのは、皆を守る為に……」


 ここまで来た岩平には、ようやく話が見えてきていた。岩平は、部屋に入って来た辺理爺さんの方へと振り返って問い詰める。


「まぁ、ある意味そうじゃ。そもそも儂は、3年程前から捜査協力しておったのじゃよ。今回の『真理論争』という事件を調査する為にな」


「えっ……!? そんな前から!?」


 岩平は驚いた。なにせ、自分と辺理爺さんが出会った3年前の頃から、もう既に警察と協力していたと言うのだから当然だ。 


 しかし、考えてみれば確かに、枚片(ひらかた)大爆発の事を調査するのならば、個人の力だけでは限界があったのだろう。むしろ、警察組織に協力を仰ぐのは当然と言える。


「当時、物理学者様である辺理先生が、ウチに調査書を持ち込んで来たのには驚いたネェ……。今まで隕石のせいとされてた大災害が、まさか新種の核爆弾の可能性アリだなんて……。国家を揺るがす大事件もいいところだよ。全く……。まぁ、物理学ってのが、そんな魔法じみた事をする学問だとも知らなかったけども……」


「魔法ではない、科学じゃよ。ただ、計算が難しすぎて、ごく一部の才能ある者にしか技が使えないから、あまり知られていないだけじゃ」


 おそらく敦賀は、爺さんのその説明を百回は聞いたのだろう。爺さんの指摘に少し眉をひそめただけで、後は完全スルーで話を続けた。


「……個人的にも、あの爆発はどこかおかしいと感じていてね。以前からおじさんも、こっそり血眼になって調査していたのさ。そしたら、グレーゾーンが出るわ出るわ……。報道機関に圧力がかかった形跡とかだってあったさ」


「――だが、決定的な証拠が無かった……。そうじゃな? 敦賀よ」


「ああ、そうだ。これは明らかに政府絡みの何者かが証拠を隠滅した伏がある。そもそも、義援金が出たとはいえ、十年でこの復興スピードは異常すぎる……。この街はどこかおかしい……」


 その事実は岩平も感じていた。焼野原だった枚片では、今や大都会並みのオフィスビルが立ち並んでいて、かつての面影はどこにも無い。まるで土建屋が、土地が空いてくれてありがたいと言わんばかりの勢いである。いくら街の中心部に大阪と京都を結ぶ大動脈が通っているとはいえ、この復興速度は冷静に考えてみれば少しおかしい。


「確かに当時の記録では、どこにも放射線は検出されなかった。だが、だからといって隕石だと言う確たる証拠も無い……。だとしたら、誰か物理学者が関わっているとしか考えられないじゃろう……? 岩平の両親が遺した情報もある。十年前に、誰かが何らかの物理演算(シュミレート)で、あの爆発を巻き起こさせたとしか考えられないのじゃよ」


「なるほど……、だとしたら一体誰が……?」


「現状で一番怪しいのは、やはりノイマンじゃな。あのフォノンとか言うフザけた偽名を使う女じゃよ」


「え? アインシュタインとかじゃなくて?」


 無意識のうちにアルベルト・アインシュタインが一番怪しいと思い込んでいた岩平は、素っ頓狂な声を上げてしまう。いくら無学な岩平でも、核エネルギーの元となったというE=mc2という公式くらいは知っていたからだ。しかし、爺さんはそんな岩平の素人同然の知識をたしなめる。


「それは世間一般のイメージじゃよ。史実のアインシュタインは原爆開発に直接関わった事は無いし、戦後には反対運動もしておる。マンハッタン計画のきっかけになった大統領への手紙も、シラードという科学者が考えた内容の手紙に署名してしまっただけだからな……。その点、ノイマンはフェルミらと共にマンハッタン計画へ関わった事のある張本人なんでね。それこそ軍事顧問を務めた事もあるような、爆縮計算のプロじゃったからな……。フェルミが死んだ今、残る可能性はコイツが一番高い」


 岩平はリーゼルの顔をチラリと見る。アインシュタインという名が何度も出てきて複雑な心境なのだろうか? リーゼルはおし黙って、辺理爺さんたちの話をただ聞いているだけだった。


「まぁ、当面の目標はノイマン打倒じゃな。好戦的なタカ派性格の上に、いつでも遠隔攻撃できる能力となれば、もう放ってはおけん……」


「……その、魔法少女モドキ女の目撃情報は、当局で全力捜査するとして……。問題は枚片大爆発のさらなる真相究明だな。現状では、知り得る情報が少なすぎる。何か少しでも手掛かりがあればいいんだが……」


 そこまで言いかけて敦賀は口をつぐみ、目の前にいる真理華たちの存在を気にする。真理華は口をポカンと開けて、さっきからオッサンたちが怪しい相談をしているのをただ眺めていた。事情が分からない上に、きっと小難しい内容は何一つ理解できなかったに違いない。数吉と舞子婆さんに関しても、似たようなものだった。


「ああ、スマン。巻き込まれただけの君たちの前でするような話ではなかったな……。事情も説明できなくてすまないが、今はとりあえず席を外してくれないか……? 隣の部屋に菓子もゲームも用意した。軟禁するみたいで悪いが、テロ騒ぎが一段落するまで、しばらくはここを生活の拠点にしてくれ。外出する時は目立たないように、警護も付けてあげるから大丈夫さ」


「えっ……?」


 突然の敦賀の移住提案に、真理華たちも戸惑いを隠せない。爺さんが事前に長めの合宿だと言って必需品は持って来させていたが、そりゃ誰だっていきなりこんな事を言われたら困惑するだろう。岩平はそんな真理華たちを見て、申し訳なさで胸がいっぱいになる。


「変な事件に巻き込んじまってすまない。真理華、数吉、舞子婆さん……。この事件が解決したら、詳しい話は全部話すから、今はどうか耐えてくれ……っ!」


 岩平は真理華たちの手を順に取って、懇願するように説得する。すると、岩平の切実な思いが通じたのか、真理華たちは快く今回の件を了承してくれた。


「わかった、岩平くん……。でも一つだけ言わせて……。絶対に危ないことはしないでね? どうか怪我だけはしないで……」


 真理華にしては珍しく、不安げな顔で岩平に言う。岩平はそれに、大きく頷いて答えてみせる。


「ああ、わかった。俺は必ず生き残る……。そして、お前らもきっと守ってみせる! 約束しよう――――ー」



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