第27話 生まれて初めての誕生日
技術部は、爺さんが三年前に創設した部活だった。岩平が入学してくる前は、もの好きな数人の先輩方が細々と活動してたらしいが、去年の三年生の引退とともにごっそりと減ってしまい、残りの二年も幽霊部員ばかりの休止状態になってしまったのだという。
まぁ、ここの部活動は実質的に、辺理爺さんの物理実験の助手にされるようなもんだし、体育会系クラブや学校の備品修理を押し付けられる事がしょっちゅうなので、あまり人が入りたがらないのも当然なのだが……。
そんなこんなのせいで、岩平がこの技術室を訪れた時はほぼ貸し切り状態だった。そこに目をつけた爺さんが、技術準備室を岩平向けの自習室として開けてくれたのである。まさに技術部特権ってやつだ。その後に入って来たのが、真理華である。岩平がいつもお昼を食べるこの場所に、一緒に食べようとか言ってついてきたのが始まりだった。要はほとんどただの食い散らかし要員でしかない。
とはいえ、副部長として生徒会の面倒な仕事とかは全部してくれてるので、名目上だけの部長である俺よりはよっぽど有能だったりしていた……。
ちなみに、勝手についてきた数吉にいたっては、もはや高校の生徒でも無いので、ただのペットというかマスコットキャラ扱いだ。親御さんの了承や学校への許可は、爺さんが手を回してくれたらしく、学校からは特に何も言われなかった。きっと世間的には不登校教育だとか、色々と理由を付けたに違いない。
「プレゼント……? アタシに……?」
リーゼルは辺理爺さんから手渡された包みを、おずおずと動きで受け取る。
「ねぇねぇ、早く開けてみてよ。リーゼルちゃん!」
「う……、うん……」
リーゼルは戸惑いながらも頬を赤らめて、ぎこちなく包み紙を剥がす。包装の下は、下手したら婚約指輪でも入ってるんじゃないかと勘違いされかねないくらいの高級感溢れる箱だった。リーゼルがゆっくりと箱を開けると、そこには、何やら黄金色の金属光沢が見える。
「これって……、バッチ……?」
リーゼルが手にとってみせたのは、小さなバッジだった。デザインは、ハンマーとノコギリが交差した意匠になっており、まさに、ここの技術室を象徴するような造りになっている。
「今日は、リーゼルの入部歓迎会も兼ねているのでね。それこそが技術部員の証、『インダァストリアル・バッジ』じゃよ。遠慮なく受け取りたまえ」
「しょ、しょうがないわね。そんなに、このアタシに入部して欲しいんなら、入ってあげなくもないわよ……」
口では強気な台詞を言っているリーゼルだったが、その顔は誰がどう見ても明らかに真っ赤だった。生まれて初めての誕生日プレゼントを貰った嬉しさを、まるで隠せていない。まさに、ツンデレテンプレとはこのことである。
一方で、さっきの辺理爺さんの衝撃の言葉を聞いた岩平は、ショックで体が固まってしまっていた。
―え!? 何それ!? この技術部に、そんなんあったの!? 俺は初耳なんですけど!?
しかし、その事に真理華や数吉もツッコミを入れようとする気配は無い。それどころか、さも当然とかいったみたいな顔を
している。不審に思った岩平は、よくよく二人を見てみると、二人のそれぞれの胸の上には、リーゼルのと同じバッジの光沢が誇らしげに輝いていた。
―――って! みんな持ってるし!? もしかして、持ってないの俺だけ!?
岩平がその衝撃の事実に唖然としていたところ、岩平にも爺さんから声がかかった。
「安心せい、今朝儂が金細工で作ったやつじゃからな。お主の分もちゃんとあるぞい。メリークリスマスじゃ♪」
「……もはや、何の日なんだか……。てか全員に配ってるなら、それってもう誕プレじゃなくねぇ……?」
半ば呆れながらも、少しホッとして受け取る岩平。
「よし、じゃあ次は、そろそろケーキの出番ね❤」
そうして、真理華はせわしなくケーキのお披露目会に入る。何よりも、一番待ちきれなさそうなのは本人のようだった。
「じゃーん❤ これぞ、『チョコレート・いちご練乳・フルーツ全部乗せ・ウルトラスーパーデラックスケーキ』でぇーすっ❤」
「おお! こっ……、これは……なんと贅沢な……」
そのケーキを見た男どもは戦々恐々だった。何故ならそのケーキは、通常の3倍はあろうかという巨大なチョコレートホールケーキの上に、いちごやぶどう、キウイやマンゴーといった果物がありったけ乗せられており、さらにその上に練乳をたっぷりとかけてあるという恐ろしいケーキだったからだ。まさに、欲望とカロリーの塊以外の何物でもない。
―練乳重ね掛けケーキとか正気の沙汰じゃない……。
―うっ……、見てるだけで口の中が甘ったるく……。
しかし、女子二人は男たちの心の声なんざ意にも介さず、目を輝かせて、着々と蝋燭に火をつけていく。
「ハッピバースデートゥーユー! おめでとーっ! リーゼルちゃーん❤ ささ、早く火を吹き消して。こうフウッて!」
「こうか? フーフー」
「そうそう、うまいうまい」
女子二人が和気あいあいとキャッキャウフフしてる間、岩平と辺理爺さんと数吉の男たちは、虚ろな目でハッピーバースデーを歌う。その間、男たちの頭の中をひたすら駆け巡っていたのは、どうやっていかにあの化け物ケーキだけを回避するかという問題だった。
「それじゃあ早速、切り分けちゃうぞ❤ みんなは何十切れ食べる? 二十切れぐらい?」
「え!? い、いや……! やっぱりケーキは女の子が食べなよ。俺たちは惣菜でも食べてるからさ……」
「え? ホントいいの? やったー! ありがとう❤」
かなり無茶な言い訳かと思ったが、あっさりと通ってしまう。それどころか、むしろ喜んでいるようにも見える。コイツ、マジで一人だけで何十切れも食べる気で来たらしい。
もうケーキを切り分ける必要も無くなった女子二人は、そのまま特大バースデーケーキへとがっついた。まるで、アイスかティラミスのようにスプーンですくってはバクバクと食べている。そこには上品さの欠片も無い。
見てるだけで血糖値が上がりそうだ……。女子ってこんな恐ろしい存在だったんだな……。
「甘い……、おいしいっ……❤」
生まれて初めて食べるケェーキの味に、リーゼルは涙目になりながら食べていた。今まで、誰も祝ってくれる事なんて無かったこの日に、暖かな祝福が刻まれてゆく。
これが……、『誕生日』なのね……。
リーゼルは初めて、普通の人が言うところの『誕生日』ってやつを、少しは理解できたような気がした。
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