第25話 生まれてきてくれてありがとう
「―――さて、それでは小テストの結果を発表する!」
小テストが終わり、答え合わせの時間がやってくる。結果はまぁ、予想通りというか、そもそも言わなくても完全に分かりきっていた。
「全問正解は理井瀬留(リーゼル)さん! 皆さんも彼女を見習いましょう!」
「フッ、当然よ」
「そしてもちろん、最下位は岩平のクソ野郎です! 皆さん、大きな拍手を!」
そうして、リーゼルと一緒にわざわざ、前へと引きずり出される岩平。ご丁寧に、スケッチブックへ『私がドベです』と書かれた看板を首から下げられて、いい晒し者である。こういうところの爺さんのドS根性は、留まるところを知らない。
―も……、もうヤダ……。今日はもう、早いとこ居眠りでもしたいっ……。
岩平の眠気はもうピークに達していた。早いとこ切り上げて、席に戻りたい岩平だったが、リーゼルの出しゃばりがそれを許してくれない。
「ところで、この問題には少し疑問がある。問3で振り子の等時性の法則を、先験的(ア・プリオリ)に導入してるけど、これは自明では無いわ。 知っての通り、ガリレオの振り子の等時性は近似解でしか無いわ。振幅が大きい場合には当てはまらない。果たして、この近似のオーダーは妥当なのかしら?」
正答するだけでは飽きたらず、リーゼルはまた訳の分からない小難しい質問をペラペラと繰り出しはじめる。その質問には爺さんまでもが喜々として乗っかり、黒板に何やら難解な数式たちを書き連ねはじめた。
―ちょっ……待っ……。ストップ、ストップぅ~ッ!?
「―――単振り子の運動方程式はこれこれこうなるから、ここで、微小角θについて成り立つ近似、sinθ~θを適用すると、一定の周期Tが求められるから、儂はこの近似は妥当だと思うがの……」
「ならばアタシは、その近似を用いない場合のパターンで解いてみましょう。そこで、この周期Tの楕円積分をテイラー展開してみて……」
二人の議論はますますヒートアップし、もはやクラスの誰も話について行けない。居眠り族が続出したが、二人の傍で立たされていた岩平は、眠る事すら許されない苦行にさらされる。
「……と、そんなこんなで導出されるのが、この等時性の破れの式になります。ご覧の通り、このsinθが大きくなるほど、周期Tが大きくなる事は一目瞭然ですね。ここで、sinθ≪1とすると最初の近似と同じ結果が得られる訳です。こうしてようやく、近似式の妥当性が保証される訳ですね。いやぁ、よかったよかった……」
―あ……。ハイ……、そうですか……。
何が良かったのか、物理学者ではない岩平にはサッパリだった。結局、散々議論して結末が同じだと言うんだから、意味が分からない。おまけに一時間目の間、一睡も出来なかった岩平の眼は乾ききっていて、充血してしまっていた。ここまでくると、もう逆に眠くなくなってくるから不思議だ。休み時間に入った岩平は、すごすごと席に戻って、次の授業の準備をしはじめる。
「ファア~っ♪ さっきの授業、とってもおもしろかったね。岩平くん♪」
「へッ!? お前まさか、さっきの授業分かったのか!?」
伸びをしながら話しかけてきたのは、すぐ前の席に座っている真理華だった。その発言に驚く岩平だったが、よくよく話を聞くと、その内容の違和感に気付く。
「うん! 辺理先生が突然、コサックダンスを踊りだしたあの時は驚いたよね~♪ その後は、すりじゃやわるだなぷらこったちゃん達が宙返りしだして……うふふ❤」
「……あー、うん。良かったな。一応言っておくけど、それ夢だぞ……?」
一瞬でも焦りを感じた俺が馬鹿だった。当然ながら、コイツは授業中爆睡してたのである。何故こんなのが、高校に入学出来たのか不思議でならない。まぁ、中学浪人した俺が言える事じゃないが……。
「おい、がんぺー。そんなのはどうでもいい。アタシはさっき、かなり喋ったから疲れた。早くお昼をよこせ」
壇上から降りてきたリーゼルが、図々しげに手を突き出す。
―ええぇ~……、この女子たち勝手過ぎるんですけど……。
「あ! リーゼルちゃんじゃん。おはよ~❤ ワタシと同じ高校生だったんだね~。ビックリ!」
「フンっ! そうだぞ、もっと敬うがいい。おバカ女♪」
なんかもう、女子達の電波なやりとりに、ツッコむのもメンドくさくなってきた……。
「お腹すいてるの? だったらリーゼルちゃんも、ワタシと一緒に肉じゃがお弁当食べる?」
「お弁当っ!? いいのか!?」
その単語を聞くなり、手の平返しで態度を改めるリーゼル。真理華もだんだんと、リーゼルを餌付けする方法を心得たようで、会う度に、彼女を操縦するのが上手くなっているのを感じる。
―それにしても、二時間目開始前から早弁する奴らなんて、初めて見た……。
「ねぇ、リーゼルちゃあん~。どうせならもっと、自己紹介しようよ~。あなたの誕生日とかって、いつ~?」
真理華はリーゼルを膝の上に座らせ、おさげをピョコピョコ触ってスキンシップを図りながら、彼女のプロフィールを聞き出そうとする。女子ってのは、こういうコミュ力を天然で発動出来るから恐ろしい……。
リーゼルはしばらく無言で、砂糖漬け肉じゃが弁当をモグモグと頬張っていたが、やがてあっという間に飲みこみ終わると、質問に答えだした。
「……誕生日? 何だそれ? 誕生日を祝った事なんて一度も無いぞ? そもそもアタシは捨て子だから、自分の誕生日も覚えていないしな……」
あっさりと言ってしまうリーゼルだったが、真理華はその衝撃の事実を知ってしまい、心打たれて震えだす。
「……捨て子? 誕生日を知らない……? そんなっ……、そんなのダメだよ……。誕生日は、『生まれてきてくれてありがとう』って、感謝する日なんだよ! それを、してもらった事が無いなんて、悲しすぎるじゃないっ……!」
真理華は、まるで自分の事のように涙ぐんでいた。そうして、リーゼルを引き寄せて、思いっきり抱きしめる。
「うう……、リーゼルちゃんに、そんな過去が……。そうとは知らず、ワタシってば、ごめん……っ!」
「なっ……!? そんなのどうでも……」
いきなりの抱擁に、胸で顔を圧迫されたリーゼルは、何やらフガフガと抗議して、彼女の胸の中でもがく。しかし、こうして感極まってしまった真理華には何も聞こえないらしく、彼女は文句を無視して続ける。
「よし、決めたっ! 誕生日が分からないのなら、ワタシが決めてあげる! 明日、7月3日はリーゼルちゃんの誕生日パーティを開くわ!」
「へ? お前、何を勝手に……」
彼女の思いやりは伝わってくるが、流石に人の誕生日まで決めてしまうのはどうかと思う岩平。岩平は真理華を止めに入ろうとするが、一度思いを決めてしまった彼女は、もう止まりそうもなかった。
「決めたったら、決めたの! 明日の放課後はみんな、いつもの技術室に集合ね!」
「ハァ? 誰がアンタの同情なんて……、それに合理的に考えても、誕生日なんて時間の無駄……」
ようやく彼女の胸から抜けだしたリーゼルは、しばらく面倒そうな顔をしていたが、真理華のある一言によって、コロっと裏返る事となった。。
「バースデーケーキは、いちごのショートケーキがいい? それとも、甘ーいチョコレートケーキ? 明日までには、作っておくね❤」
「けっ、ケェーキ!? ハイ! やりますやります! 誕生会万歳!」
その一連の様はまさに、即堕ち2コマそのものだった……。
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