第九十四話「信念の嘆願」

「陛下! お待ちください!」


 宰相は陛下の叙爵宣言の言葉に、慌てて待ったをかけた。

 それもそうだ。 いきなり「準男爵位を授ける」と言われても、宰相と言う立場からすれば、許容できる事ではないのだろう。


「議会に掛ける事なく、勝手に爵位を授ける事は、いくら陛下と言えど反感を買う恐れがあります。 まずは正規の手続きを踏むべきです」

「宰相よ。 そなたの言はもっともだ。 だが、優秀な人材を在野に放置しておく事など、皇帝として看過できん」

「しかし、彼はまだ子供です。 爵位を与えると言う事は貴族としての義務も伴います。 簡単に決めていい事ではございません」


 話し合いを始める陛下と宰相。 正直、叙爵とかされても困る。 僕はグローリア家の、アイエル様の執事だ。 爵位を授かり、執事としての地位を捨てる訳には行かない。

 僕は辞退するべく二人に言う。


「陛下。 お気持ちは在り難いのですが、叙爵は辞退させて頂きたく存じます」


 僕のその言葉に、陛下は「何故だ? 其方にとってこれ以上ない名誉な事であろう。 それとも余からの褒美は受け取れぬと申すか?」と真剣な眼差しで僕を見つめてくる。


「いえ、僕はアイエル様の執事。 グローリア家の家臣に御座います。

 家臣の手柄は主君の手柄。 功績は主であるアイエル様の物でございます。 褒章は主君たるアイエル様にこそ与えられるべきもので御座います。 どうか叙爵は辞退させて頂きたくお願い申し上げます」


 僕は頭を下げ、そう陛下に嘆願する。 グローリア家に仕える者として、そして執事の名家として、セバス家を背負う覚悟を決めていた僕からすれば、それは避けたい。


「なんと謙虚な…… どうしても叙爵を断るつもりか?」

「はい。 執事の名家、セバス家を背負う者として、その立場を捨てるつもりは御座いません」


 陛下はじっと僕を見つめ、頑なに叙爵を辞退する僕の覚悟を感じ取ったのか、諦めた様に溜め息を漏らす。


「わかった。 では今回の功績に関しては主君に与えるものとする。 元々結界を張り、余を賊から護ったのはグローリア家のご令嬢だ。 褒章は元々考えておった。

 宰相! 余は此度の賊討伐に関してのグローリア家の活躍に対し、陞爵を考えておる。 余の一存で決めるが異論はあるか?」


 宰相は陛下にそう問われ、考えを巡らせる。

 グローリア家はすでに帝国では英雄として名を轟かせている。 今回の一件での褒章として異を唱える貴族は少ないだろう。 成り上がり貴族として良いように思われていない所もあるが、これまでの功績に応えないわけにはいかない。 反対意見がでる可能性は極めて低かった。 その為か、宰相は陛下に了承の意を示す。


「これまでの領地防衛の功績も含めますと、グローリア家の陞爵は妥当かと存じます。 異論は御座いません」


 その言葉を聞き、陛下はカイサル様に宣言する。


「カイサル・フォン・グローリアよ。 今までのグローリア家の功績を称え、ディアノフ・フォン・メル・サンチェリスタの名のもとに、伯爵位を授けるものとする。 また、今回の件を感謝し、国庫から報奨金を出そう」


 カイサル様はその場で跪き、陞爵に対する作法を述べる。


「はっ、 在り難き幸せ! 我が志は陛下と共にあり。 謹んで拝命致します」


 そう言って胸に手を当てて敬礼する。


「本来であれば、ご令嬢にも直接褒美を取らせる所であるが、未成年故、一括して報奨金をカイサルに渡すものとする。 それで良いな」

「はっ!」


 カイサル様は再び頭を下げる。 アイエル様は話についていけてないのか、キョトンとしている。 カイサル様からご褒美をたんと貰って欲しい。


「それからロゼよ。 叙爵の件は其方の気持ちを汲むが、皇帝としての立場上、未成年とはいえ、あれほどの功をたてた其方に、褒章を与えぬ訳には行かぬのだ。 何か望むものはないか? 出来る限り其方の望みを叶えるから申してみよ」


 望むものと言われても、僕としてはアイエル様が居て、再び巡りあえた雪桜、シュエが側に居るだけで、僕としては十分幸せなのだ。 これ以上望む事はない。


「僕は、今の環境に満足しております。 執事として、アイエル様にお使えできれば本望にございます。 褒章と言われましても、それ以上に望む事が御座いません」


 僕がそう言うと、皇帝陛下は呆れた様に苦笑した。


「欲のない事だ…… カイサルよ、其方は良き家臣を持ったな。 うらやましく思うぞ」

「勿体無きお言葉」


 陛下のその言葉に、カイサル様は恐縮する。

 陛下はどうしたものかと一考し、宰相と耳打ちで相談すると、何かを思いついたのかニヤリと笑い、僕への褒章を決めたみたいだ。


「ロゼよ。 其方のその主に対する忠誠心。 揺ぎ無き信念に敬意を評し、其方に名誉爵位を与える事にする」

「名誉爵位…… で御座いますか?」


 僕は疑問符を浮かべ、聞き返してしまう。


「ああ… 爵位を望まぬ其方の為に、特別に設けた爵位だ。 形式上、其方の望む所では無いかもしれないが、これは平民ではなく貴族として扱うと言う、余からの其方の忠誠心と、今回の功績に対する褒美と思って欲しい」


 どういう意味か分からないが、陛下はどうしても僕に爵位を与えたいらしい……


「困った顔をするな。 其方にとって悪い話ではない。 簡単に説明するが、男爵と同等の地位を約束する新しい爵位。 名誉臣爵位めいよしんしゃくいを其方に授ける。

 貴族の地位を与えるものだが、其方の望み通り家臣を続ける為の、特別な爵位と思ってもらって構わない。 平民と言う事で其方をないがしろにさせない為のものだ。 我が帝国で内でしか通用しない特権階級だが、これなら其方の家臣としての仕事にも差し支え無かろう。 どうだ? これで納得してくれるか?」


 つまり、貴族としての位を貰いながら、グローリア家の家臣を続けれる様に、帝国内に新たに作った特権階級と言う事みたいだ。 そこまで特別扱いしてもらっていい物だろうか…


「あの、そこまでして貰って、本当に宜しいのでしょうか……」

「構わぬ。 何れ其方の様な優秀な子が、皇室の家臣を務める様になれば、帝国としても益になる。 セバス家が家臣の名家として独立するには、丁度良い階級であろう。 悪くあるまい」


 確かに、僕が目指すのは執事として、立派にセバス家を継ぐ事だ。 その為に平民でなく貴族と言う立場を得れると言うのは、ものすごいステータスになるかもしれない。


「どうだ? 受けてくれるか?」


 僕に確認を取る陛下。 断る理由はなさそうだ。


「畏まりました。 陛下の温情に感謝し、謹んで拝命致します」


 僕はカイサル様の真似をして膝を折り、胸に手を当てて敬礼する。


「セバス家として、帝国繁栄に貢献できる様、全力を尽くす所存です」


 僕のその言葉に満足したのか、皇帝陛下は「うむ」と一言頷き、満足そうに微笑む。


「宰相。 ロゼの名誉爵位授与の件で議会を開く。 本当であれば準男爵位が妥当な所、あくまでも一家臣に留まるのだ。 この決定で問題はないな?」

「はっ。 この話し合いの後、議会の準備を致しましょう。 どの地位に位置づけるか、一代限りの爵位にするかどうかも含め、細かく話し合いは必要でございましょう。 それから帝国貴族にお触れを出さなければなりませぬしな」

「頼む……

 ロゼよ。 議会の後、革めて其方に叙爵の儀を執り行う。 新たな貴族の通過儀礼みたいなものだ。 詳しくはカイサルから聞けばよい。 其方の助けとなろう」

「畏まりました」

「カイサルよ、すまぬが頼まれてくれるな」

「はっ」


 陛下は僕達の言葉を確認すると、今度はセシラ様に向き直った。


「さて、ロゼの件はこれで良しとして、カイサルよ。 その子の事を説明してもらえるか? 訳在りであるのであろう?」


 そして、カイサル様にセシラ様について説明を求める。


「はっ。 陛下には度々驚かせる結果となりますが、実は彼女はこう見えて高位竜の姫君であらせられるのです」

「高位竜だと!?」


 陛下は再び驚愕する。 僕の件で散々信じられない事が続いた後に、いきなりセシラ様が高位竜だと告げられるのだ。 陛下としても複雑な心境になってもおかしくない。

 陛下は恐る恐る確認を取る。


「それは実か?」


 カイサル様は、申し訳なさそうに事の顛末を説明した。

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