第四十五話「竜王の娘」


 突如として闘技場へと乱入した高位竜ヴィオルに、観客の竜達からブーイングの様な罵声が上がる。

 しかし、高位竜ヴィオルはそんな観客の竜達に向けて竜語で何か叫ぶと、会場は一気に静まり返った。

 そして高位竜ヴィオルは僕達に向き直ると、嬉しそうに笑いながら勝利を宣言してくれる。


「ハッハッハ! 見事だったぞ童よ! そなたの勝ちだ。 望み通り竜王様に取り次いでみよう」

「ありがとう御座います」

「しかし、童の実力は想像以上だ。 まさか闘技場で負け知らずの若い高位竜、ニゲルを打ち破ったのだからな… 我が戦闘に割って入らなければ、お主はあのまま首を刎ねて居ただろう。 どうも竜族はプライドが高くて融通が利かん。 我が止めた事でヤジを飛ばされたわい」

「す… すみません…」


 僕と高位竜ヴィオルがそんなやりとりをしていると、やはり結果に不服なのか高位竜ニゲルが話に割ってはいる。


「俺はまだ負けちゃいねぇ! ガキ! もう一度勝負だ! 今度は油断しねぇ!」


 しかし、その言葉を高位竜ヴィオルは一喝する。


「お主の負けだ! 相手の実力も見抜けぬ様では次は死ぬぞ!」

「くっ…」

「お主も分かっているはずだ。 あの銃とか言う武器で攻撃されれば、お主は一たまりもなかったであろう。 スピードも攻撃力も防御力でさえ其方は何一つ敵わなかったではないか。 それに剣戟で翼も落とされ、どうやって勝つつもりだ?」

「…………」


 僕に勝つビジョンが浮かばなかったのか、高位竜ニゲルは言葉を失う。


「竜族の誇りをはき違えるでない」

「くっ…」


 高位竜ヴィオルの言葉に、高位竜ニゲルは悔しそうに言葉を詰まらせた。

 そんな高位竜ニゲルを心配してか、アイエル様はそっと歩み寄ると、まだ癒えきっていない高位竜ニゲルの傷を優しく撫で、そっと治療魔術で癒していく。


「痛くない? ごめんね… すぐに治すから…」


 そして優しい光に包まれると、みるみる内に高位竜ニゲルの傷がふさがって行く。 そして、切り落とされた両翼は、魔術の影響で薄れて消えて無くなり、マナに変換されて再構築されていく。 失ったはずの両翼は付け根から綺麗に再生されて元通りにになった。

 アイエル様は「ふぅ…」と一息つくと、高位竜ニゲルに微笑みかける。


「これで大丈夫だよ」


 そのあまりにも非常識な光景に、高位竜ニゲルもヴィオルも目を見開いて驚いた。


「欠損部位も治療できるのか?!」


 高位竜ヴィオルがそう問うと、アイエル様は何で驚いているのか解らないと言った様子で、その問いに答える。


「うん。 ロゼに教えてもらった神級魔術だよ」


 僕はその説明に苦笑しながら付け足す。


「欠損してすぐであれば、ほとんどの欠損部位は復活させれる人族に伝わる神級魔術です。 左目を失ってからなんとか自力で治せないかと思って色々調べて覚えたのですが、治すのには欠損部位が残ってないとダメ見たいで、結局な治せなかったんですけどね…」

「神級魔術… お主等らは一体何者なのだ? 神級魔術なぞ人族がそうやすやすと覚えられるものではないはずだ。 お主等は神の使徒なのか?」


 そんな高位竜ヴィオルの言葉に、僕は首を振って否定する。


「いえ、僕達はただの貴族の娘とその執事にすぎませんよ」


 僕のその言葉に、高位竜ニゲルはそう言って怒りを露わにする。


「ふざけるな! ただの貴族の娘とその執事に、この俺が負けるものか!」


 そんな事言われてもね… 神の使徒とか言われても神様となんて会った事ないし…


「そう言われましても… 神様とかあった事ないですし… ね?」

「うん、おとぎ話の中でしか知らない…」


 僕とアイエル様はお互いに顔を合わせてそう答える。


「では、勇者と言う訳ではないのか?」

「勇者なら、聖シュトレーゼ皇国で誕生したと言う噂なら聴きましたよ。 なので僕達とは無関係です」

「そうか、では何れこの地に現れるやも知れぬな…」


 そんな話をしていると、一体の純白の翼竜が僕達の前へと降り立った。

 高位竜であるヴィオルとニゲルはその姿を見るなり、目を見開いて慌てて頭を垂れる。 彼等の反応からすると、上位の存在である事が窺える。


「見事であったぞ、人族の童よ。 ニゲルがああも容易く負けるとは思っても見なんだ、実に愉快じゃ。 変装してお忍びで遊びに来ていたのじゃがな、声を掛けずには居れなんだ。 で… そなた、名をなんと言う?」

「えっと… その…」


 いきなりの事に僕が戸惑っていると、その態度が気に食わなかったのか、高位竜ニゲルは声を荒げて言う。


「貴様! 姫様の御前だぞ! 早く答えろ!」


 え? 姫様? 姫様と言う事は竜王の娘?


「よいよい。 いきなりの事で済まぬな、わらわはこのダルダイルの王の娘、セシラじゃ。 そなたの名を聞かせてはくれぬか?」

「えっと、はい。 これは失礼しました… 僕はロゼ・セバスと申します。 こちらは僕のお仕えするアイエルお嬢様です」

「ロゼとアイエルか、良い名じゃ。 して、何故人族の童がこの場に居るのじゃ?」

「姫様、それは我の方から説明致しましょう」

「ふむ… 聞こう…」


 高位竜ヴィオルは闘技場に至るまでの経緯を、順を追って話して聞かせる。

 飛竜の部隊が傷一つ付けられず、峡谷に侵入を許した事。 噂になっていると言う古代龍の血の事、そしてそれを求めてこの地に来た事。 竜王様なら何か知っているのではないかと、会う為にこの闘技に参加し、実力を試した事などを話した。


「なるほどのぉ… 古代龍の血を求めてそなた等はこの地に参ったのか…

 そして飛竜達が手も足も出ず、こうしてこの場に立ったと… なかなか愉快な童じゃの」


 セシラ様はそう言って視線を高位竜ヴィオルに向けて悪戯っぽく笑みを浮かべる。 僕はそんなセシラ様に、古代龍の血について何か知ってる事がないか尋ねて見る事にした。


「いえ、それよりもセシラ様は、古代龍の血について何かご存知ではないでしょうか?」


 セシラ様は少し考えた後、「心当たりは… ない事もないのぉ…」と呟く。


「本当ですか?!」

「ああ、昔そんな話を父上から聞いた事がある程度じゃがな」

「やはり、竜王様にお会いする他無さそうですね…」

「ふむ… 良かろう。 妾が直々に父上の所まで案内してしんぜよう」


 僕が竜王様に会いたい旨を伝えると、セシラ様が案内を申し出てきた。

 僕達としては願っても無い渡り舟だが、それに高位竜ニゲルは異論を唱える。


「姫様! 良いんですか?! 相手は人族のガキですよ!」

「構わぬ。 我等を下せる程の実力者をそのまま追い返す方が問題じゃ」

「あの、わざわざ僕達の為に有難うございます」


 僕はセシラ様に感謝の言葉と共に頭を下げる。


「よいよい。 妾の好きでやっておる事じゃ、気にするでない。

 さて、ヴィオルにニゲルよ。 そなた等は童等を乗せて妾に付いてまいれ」

「「ははっ」」


 ヴィオルとニゲルは敬礼すると、体勢を低くして自らに乗る様に促す。


「童よ、我等に乗るが良い」

「ああ、そっちのいけ好かないガキを乗せるのはしゃくだが、俺の傷を治してくれた礼だ。 そっちのガキなら乗せてやらない事もない」


 そう言って高位竜ニゲルはアイエル様を指名する。 僕には負けて悔しいが、アイエル様の事は気に入った見たいだ。


「さぁ、さっさと乗りやがれ」

「ニゲルは素直じゃないのぉ」


 高位竜ニゲルの物言いに、セシラ様は楽しそうに冷やかす。


「あの… 本当に良いのですか? 僕達なら飛んで付いて行けますが…」

「この里で人族が空を飛んでれば騒ぎになる。 気にせずに我に乗るが良い」


 高位竜ヴィオルはそう言うと早く乗る様に促す。

 僕はアイエル様と顔を見合わせ、僕は高位竜ヴィオルの背に、そしてアイエル様は高位竜ニゲルの背に跨った。


「竜さん、乗せてくれて有難う…」


 アイエル様はそっと高位竜ニゲルの背を撫でてお礼を言う。 高位竜ニゲルは心なし嬉しそうにも窺える。 前世で雪桜せっかが言ってたが、これが俗に言うツンデレと言う奴かな?

 僕は僕で高位竜のヴィオルさんにお礼を言う。


「えっと、ヴィオルさん。 すみませんが宜しくお願いします」

「うむ、任せよ」


 僕達が高位竜に乗るのを確認すると、セシラ様は軽く空へと舞い上がる。


「さて、では城へ向かうとするかのぉ… 準備はよいか?」

「はい」「うん!」


 僕達の返事を確認すると、三体の高位竜は闘技場から僕達を乗せ、一気に飛び立った。

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