第十七話「新たな英雄」

 ◆


 グローリアの街の、門に程近い広場。 そこに入門を待っていた人々が集められていた。

 今、グローリアの街は混乱の最中にある。 魔物のスタンピードが発生し、閉門した事で街は緊張に包まれていた。 そんな中、旅装飾を身に纏い、フードを目深に被った怪しい人影が三人、入門を待つ人々に紛れ込んで様子を伺っていた。


「ボスの言った通りになったな…」


 そう呟いた男は、周囲を警戒する。

 見張りの兵が五人。 集められた人々を監視している。


「さすがはボス。 こうも怪しまれずに街に入る事ができるとは思わなかった。 後は目的を達成させるだけだな」

「ああ… この混乱に乗じて事を進めるぞ」


 そう呟くと、三人は気付かれない様に気配を消し、見張りの兵に気付かれる事なく、街の中へと姿を消して行った。


 ◆


 司令室を後にした俺達は、その足で防壁の上へとやってきた。

 防壁の高さは二十メートル程だろうか、厚みも十メートルはある頑丈な作りになっている。 俺は不自然にならない様に、イリナ先生と手を繋ぎ、カイサル様の後に続く。

 カイサル様は、現場で指揮をする指揮官に状況を確認した。


「ロッツェ、状況はどうだ?」

「カイサル様、皆無事に防壁内に避難が完了しました。 今魔術師による結界魔術を構築中です」

「急がせろ」

「はっ」

「魔物との距離は今どれくらいだ?」

「まだ目視には居たっておりませんが、まもなく視界に入るかと…」


 カイサル様も周りの状況を確認する。 兵士が世話しなく防壁の上を駆け、弓と投擲とうてき機の準備を進めている。 そうしている間に冒険者が集まって来た。

 数名の名のある冒険者と共に、グローリアの冒険者組合の会長がカイサル様の元へとやってきた。


「カイサル様、お久しぶりです」

「久しいな、カテギダ会長。 冒険者の援軍、非常に助かる」

「水臭い事を言うな、グローリアの街の危機だ… 俺も最善を尽くすさ」

「そう言ってもらえると助かる」

「で、状況はどうなんだ?」

「魔物の数は約千二百。 イリナくんの索敵によれば、その後方に王国軍と思わしき集団が三百名だ」


 カイサル様から説明を受け、カテギダ会長が冷や汗を流す。


「それは本当か?」

「ああ、まず間違いないだろう」

「勝てるのか?」

「勝つんだよ」


 そう言って笑ったカイサル様は、カッコいいと思えた。


「ああ、そうだ紹介しよう。 今この街に居る腕利きの冒険者の筆頭、ヴィリーくんだ。

 こう見えて彼はソロでバロンメダルまで上り詰めた実力の持ち主だ」

「ほう、エース、ナイトのさらに上か… それは頼もしいな…

 グローリアの領主、カイサル・フォン・グローリアだ。 よろしく頼む」


 カイサル様が挨拶をすると、紹介されたヴィリーは緊張した面持ちで返事を返す。


「お会いできて光栄です。 英雄カイサル様」

「英雄はよしてくれ、今はただの一領主にすぎない」

「ご謙遜を…」

「カテギダ会長。 冒険者の指揮は任せる。 できれば、遠距離から攻撃できる人材を防壁の上に集めてくれ。 それ以外の冒険者は門を突破された時に備え、門の近くで待機させておいてくれると助かる」

「分かった。 手配しよう」


 そうこうしている内に、地平線の彼方に魔物の姿が見え始めた。


「カイサルさま、あれ」


 俺は話をするカイサル様と会長に、地平線を指さして魔物が現れた事を知らせる。 カイサル様は、険しい眼差しを向け、気を引き締め激を飛ばす。


「魔物が見えたぞ! 皆気を引き締めろ!」

「「「「「おお!」」」」」


 皆気を引き締め、緊張した面持ちで魔物が射程圏内に入るのを待つ。

 俺は、イリナ先生の裾をクイクイと引っ張り、小声で話す。


「イリナ先生、ある程度魔物が近づいたら一気に特級魔術で殲滅するので、ぼくが合図したら手を敵に向けてかざして貰えますか?」


 イリナ先生は「分かったわ」と小さく返事を返し、迫り来る魔物の群れを見つめる。

 二十分くらい経った頃、丁度魔物が射程圏内に入り、魔術師達が一斉に遠距離魔術を発動し、最前線の魔物へと打ち込んで行く。

 火・風・氷と各々得意の魔術で迎撃し、その数を確実に減らす。

 弓部隊も負けずと矢を嗾ける。

 俺はある程度敵がまとまったのを確認すると、イリナ先生に合図を送った。


「いくわよ」


 イリナ先生は小さく呟くと、右手を敵に向けてかざした。

 左手は俺が握っているので、右手しか使えない。 俺はそれを見計らってイリナ先生のマナを操作し、前回試したメテオリートの特級魔術を改変し、広範囲に小隕石群を誘導して落としてみせた。


―――ゴガァゴゴゴオオ!!―――


 轟音と共に、大空から降り注ぐ隕石の雨に、千二百体居た魔物たちのほとんどは、文字通り消し飛んだ。

 あ、ちなみに後方の森に隠れていた兵士に向けても何個か落としたから、隠れた兵士達が襲ってくることは無いと思う。

 あとに残ったのは、クレーターと消し飛んだ魔物の残骸。荒れ果てた大地だけだった。

 皆の視線がイリナ先生に集まる。

 イリナ先生も目の前でおきた特級魔術の威力に、唾を飲んでいた。 そして、一瞬にして危機が去った事に対し、さっきまで緊張していた兵士達が一斉に雄たけびを上げる。


「「「「「ぉおおおおおおお!!」」」」」


 そんな歓声の中、カイサル様は叫ぶ。


「皆のもの! 残存の魔物の討伐へ撃って出よ! まだ戦いは終わっていないぞ!」


 そうカイサル様が激を飛ばすと、近くに控えていたロッツェさんはそれに付け加えて命令を下す。


「門を開け放て! 一気に畳み掛けるんだ!」


 その号令と共に門が開け放たれ、兵士と冒険者が入り乱れて残った魔物に向かって突撃して行く。

 それから全ての魔物が駆逐されるまで、そう時間は掛からなかった。


 ◆


 魔物を討伐し終え、戻ってきた兵や冒険者、噂を聞きつけた市民で、防壁の下は埋め尽くされていた。

 千二百もの魔物の群れをたった一撃でほぼ壊滅に追いやった、特級魔術の使い手を一目見ようと集まったのだ。

 イリナ先生は眼下に広がる光景に、冷や汗をかいていた。

 カイサル様は、イリナ先生に冗談ぽく語りかける。


「新たな英雄の誕生だな」


 イリナ先生は冷や汗を更に流し、


「カイサル様! 冗談はやめて下さい!」


 必死に抗議するイリナ先生に、いたずらっぽく笑いかける。

 そして、皆の前でカイサル様は剣を掲げ、勝利を告げた。


「皆!喜べ! 魔物の群れは今しがた殲滅された! 我々の勝利だ!」


 そう告げると、眼下の民衆から盛大な歓声が上がる。


「これも皆の協力があってこそ、成し遂げられたものだ! ここにグローリア領主として、感謝の意を表する! ありがとう! そして紹介しよう。 その力を持ってほとんどの魔物を退けた、此度の功労者、イリナ・シスタール嬢だ!」


 そう宣言すると、皆から喝采と共に、感謝の歓声が上がる。


「「「「イリナ様! イリナ様! イリナ様!」」」」

「「「「新たな英雄の誕生だぁあ!!」」」」


 市民達はそれぞれに喜びの声を上げる。

 その光景に、自分は何もやっていないのにと、複雑な気持ちになるイリナ先生。


「イリナ先生。 もっと胸を張ってください。 イリナ先生も何れ宮廷魔導師になるんですから」

「ロゼくん… 言ってくれるわね…」


 了承していた事だとは言え、あまりの民衆の反応に恥ずかしさに顔を赤らめ、頬を引きつらせながら俺を睨み付ける。 引き受けるんじゃなかったと後悔しているのが、その表情からヒシヒシと伝わってきた。 ごめんね、イリナ先生。 俺は心の中で謝って、笑顔を返す事しかできなかった。


 ◆


 そして、防壁を降りたカイサル様とイリナ先生は、部下の兵士達の歓迎を受けることになる。


「この度は本当に助かりました。 流石宮廷魔導師の娘さんだ」


 そう言ったのは、お屋敷まで伝令に来たランエルさんだ。


「いえ、私なんてまだまだです。 本当に最近は特に思うようになりましたね…」


 そう言ってイリナ先生は俺を見つめる。

 ばれたら怖いからあんまり見ないで… 俺は視線を逸らす。


 そんな祝賀ムード中、慌しく一人の兵士が対策室へと駆け込んできた。

 よく見るとそれは、グローリア家の門番を任せている双子の弟、ゼレさんだった。


「カイサル様! 大変です!」


 そう言って息を切らせる。

 よほど慌てていたのか、扉から入って直ぐにその場で体勢を崩してしまう。

 そして体勢を整えると、言葉を続ける。


「アイエルお嬢様が! アイエルお嬢様が攫われました!」


 その言葉を聞いて、カイサル様の表情が一変した。


「なんだと!!!」


 カイサル様は問い返す。


「どう言う事だ! 説明しろ!」

「はっ、カイサル様たちがお屋敷を出られてから、数刻後、アリシア様が門まで来られまして… アイエル様が何処にも居ないので探していると…

 それで我々も探したのですが見つからず、代わりにこんなモノがカイサル様の机の上に…」


 そう言って一枚の手紙を差し出す。

 カイサル様はそれを受け取ると、文章を読み進め、見る見る顔が青ざめていく。

 そして怒りを瞳に宿し、壁を叩き壊した。


「あの、カイサル様、それを見せて頂いても?」


 イリナ先生が内容を確認する。

 俺はイリナ先生と共に手紙の内容を読み進めた。


――――――――――――――――

英雄カイサル。

お前の娘は預かった。

娘の命が惜しくば帝国を裏切り、我らの傘下に加われ。

良い返事を待っている。

――――――――――――――――


 簡潔に、そう書かれていた。

 俺も、イリナ先生も言葉を失った。

 カイサル様は、ゼレに問う。


「お前達は何をしていた? 娘が攫われるまで気付かなかったのか?」

「申し訳ありません。 門を見張っている限り、怪しい人物は居ませんでした。 我々もどうやって屋敷に侵入されたのか、検討がつきません」


 カイサル様は唇を噛み、激情を押し殺している。 きっと、門番に当たっても意味が無い事を分かっているからだろう。 恐らく敵は隠密に特化している可能性が高い。 それに、こうしている間にも、アイエル様の身に何か起きないか心配だ。 不安で泣いているかもしれない…

 そう思うと俺は、急に不安になり、居てもたっても居られなくなった。

 俺はイリナ先生から手を離すと、有無を言わせず司令室を飛び出した。

 後ろからイリナ先生とカイサル様の俺を止める声が聞こえたが、俺は感情を抑える事ができなかった。また大切な人を失うかもしれない恐怖に、俺は冷静な判断力を無くしていたのかもしれない。

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