22、帰りにたい焼き買いたい

 歩けばそこそこの距離をバスですっ飛ばしては、やってきました駅前のモール。ここはスーパーマーケットから家電量販店や映画館など、色々な種類のお店が入る大型商業施設で、地元の人は

“ここに来れば大概なんとかなる”みたいな場所だ。

 それ故に、


「さて、何から手をつけようかね」


 目的もナシに来てしまうと、何処に行くべきか迷ってしまう。

 姉は本とか買うとか言ってたけど、本は最初に買うとかさばるし、案外重い。

 だからそれは後回しらしい。


「そういや結局、蓮は何買うのさ?」


 来る途中に自分から聞いておいて結局答えを聞かなかった質問が、今さらになってもう一回。まあ、あの時は喋らない俺に呆れたと言うのもあったのだろうが。

 とはいえだ。誇れる程のことではないが、俺だって伊達に女装して外でてるわけではない。ちゃんと意思疎通の方法だって持ち合わせている。


『コスの元になる服とヘッドホン、それにメイク道具も。あとししゅう糸かな』


 持っててよかったホワイトボード。この小さなホワイトボードは、女装をして外に出るときに、喋らなくなるのだから別の会話手段を持っておこうと思って考えついた結果である。

 手話とかも考えたんだけど、流石に俺のワガママで手話を家族に覚えさせるとかできないからね。筆談なら、俺が速筆の訓練をするだけで周りの負担にはならない。素晴らしい。

 そんな感じで筆談をしてきた結果、今ではそれが特技と呼べるくらいの速度で文字が書けるようになってしまった。


 そんな訳で、白い盤面にサラサラっと書いた文字を姉に見せる。


「ほーん。じゃあ、とりあえず手芸屋から行こうか」


 姉の提案に頷いて、俺たちは手芸屋さんへと向かう。


 ニーズの問題なのかは知らないが、手芸屋さんは正面入り口から遠い反対側に位置している。詰まる所、裏口から入ればすぐ目の前の場所だ。

 そして、いかな裏口とはいえ、ここは大型モール。人通りが絶えることはそうそうあることではない。

 しかし、この手芸屋さんはそんな立地であるのにも関わらず、お客さんがいっぱいになっているところを見たことがない。

 ま、その分じっくり見れるからいいんだけどね。


「で、欲しいのは見つかった?」

『今どっちかで悩んでるとこ』


 ただいま糸コーナーの棚で、微妙に明暗の違う緑色の糸を二つ手に取ってどちらがイメージに近いか思案している最中です。


「ふーん。てかそれで何作るのさ?」

『ししゅう糸なんだからししゅうだよ』

「なんの刺繍よ」

『えーとね』


 参考用に取っといた画像をスマホに映し出す。


『これ』

「あー、なんか最近やってるね。なんだっけ、ジャムバン?」

『そう、そのキャラの裾のこれに使うの』


 ジャムバン。正式なタイトルだと《サウザンド ジャム バンド》は複数のガールズバンドが登場するスマホリズムゲームで、アニメ化もされるほどの人気ゲームである。

 俺が作ろうとしているコスはそのうちの一人“鍵宮ライム”というキャラで、そのキャラのショートパンツの裾には筆記体でキャラの所属するバンド名が筆記体のアルファベットで書かれている。

 資料用でスマホに取り込んだその画像を姉に見せると、



「また細かいところに手ぇ出すのねー。メンドクない?」

『それが楽しいんじゃん』

「あ、そ」


 それだけ言って、姉は興味なさげにくるっと背を向けどこかへ行ってしまった。姉は姉でデザインの専門学校に通っていたから、俺の買い物にかかずらうよりも興味を引くものが他に何かあるのだろう。

 それから少しの間、お店の中をお互いバラバラに見て回る。


 結局、明るい方の糸を選び、他にはボタンやフェルトを買い足すことにした。


「終わった?」


 出入り口の近くで待っていた姉の言葉に頷いて、手芸屋さんを出る。

 それから、洋服屋さんとかセレクトショップとか適当なお店に入ってアタリをつけては出ていってを繰り返す。

 そんな感じで過ごしていると早いものでお昼時となり、


「いただきまーす」


 俺と姉は今、フードコートでお昼ご飯を食べている。


「それにしても、座れて良かったわね」

『そうだね』


 大手ファーストフードチェーンのフライドチキンを掴みながら言う姉の言葉に辺りを見回すと、さすが日曜お昼時のフードコートの混雑ぶりと言うべきか、家族づれなりカップルなりお一人様なりでホールはいっぱいだ。席を確保できたのは本当に運が良かったな、とぱちぱちウィッグの前髪をピンで留める。そして手を合わせ心の中でお祈りの一言を呟き、温かいうどんを啜る……、


「ッ……!」


 やっちまった。初手でやっちまった。啜った麺と一緒に飛び込んできたおつゆの熱さが喉にキてしまった。急いで水を飲んで口を冷やして一息つく。

 なんとか喉の熱さは治ったけど、フードコート特有の小さな紙コップは空になってしまった。うーむ、こんなことがあった直後に、このまま水無しで食べるのはなんだか不安だ。


『水取ってくるね』

「んー」


 立ち上がってウォーターサーバーの所へ向かう。こんなことなら姉に飲み物だけでも買ってもらっとけばよかったなあ。なんて、思ってたら、


「あ、すいません」

「っ……」


 人にぶつかってしまった。咄嗟のことで声が出てしまいそうになったけど、その人の声を聞いてすんでのところで飲み込んで、


『こちらこそすいません』


 なんとかホワイトボードとおじぎで謝意を示す。けど、頭を下げながら内心冷や汗ダラダラだ。


 だって、いや、それにしたってどうして、


「あ、もしかして……、イベントでめぐるんのコスしてた……?」


 夏目がここにいるんだ。いやアニメイベントよりはエンカウント率高いだろうけどさ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る