21、手のひらクルー
女装してたら姉が部屋に乗り込んで来て、そんで買い物のお誘い。これは多分、荷物持ち要員として誘われているんだろうけど、
「また随分と急な」
「だってさっき決めたし」
「ノープランなんだ」
そしてズカズカと部屋に入ってくる姉の、寝起きそのままのようなボサボサ髪は、お世辞にもお出かけに行くようなものではない。服はきっちり着替えてるという癖に。
こういう状態でやってくるということは、大抵の場合が、
「じゃ、髪やって」
「やっぱり」
ヘアメイクを俺に任せてくるのだ。そしてそんな姉は、何食わぬ顔で俺のコスメを漁って気になったものは遠慮なしに使っていく。
こんなことはしょっちゅうなので、もう何も言わずに姉の髪にブラシを通している自分がいる。それに、俺も誰かの髪をアレンジ出来るのが楽しかったりするし。
「で、今日はどんな感じに?」
「んー、テキトーでいいよ。変でなければそれで」
「ほいほい」
要するに丸投げってことだ。つまりそれは、俺の好きにしていいってことだ。姉 の髪は長いからやり甲斐がある。
とはいえ、技巧に走って奇抜なのにしてしまえば多分ローキックもらうことになるから、まあ買い物に煩わしくないように纏めるくらいかな。
ブラッシングを終えた髪全体を、とりあえず後ろで緩めの三つ編みにする。そんな俺の作業に、姉は何も言わないで自分のメイクを進めていく。
三つ編みなんて何遍もやって慣れているので、するすると姉の髪をアミアミしていく。そしてそれが毛先まで達したらゴムで留める。
「あ、出来た?」
「まだ」
出来上がった三つ編みをうなじの上で丸め、形を整え毛先をふわっと出してそれをピンでさらに留めたら、三つ編みお団子の完成だ。
「さすが早いねー」
「まあね」
俺が髪の毛をいじり終えても、姉のメイクの方はまだ途中の様子。
「んじゃあ、ちょっと勿体無い気もするけどメイク落としてくるかなぁ」
「え?ならそのままでいいじゃん」
「いやいや。だってメンドイじゃん」
俺の言うメンドイは「この格好だと外で喋らなくなる」のこと。家では、というか俺の女装のことを知っている人の前では、取り繕う必要もないのでペラペラ喋るが。
だけど外では一言も喋ることはない。何でって、せっかく作り上げた“可愛い”なのだ。それなら、なるべく“可愛い”を維持させたい。それが一言で台無しなんてのはイヤだ。
とはいえこんな拘り、一緒にいる人にとっては面倒なだけだろう。
だけど姉は、
「アンタの普段だと陰キャに荷物持ちさせてるって思われちゃうじゃん。なら喋んない方がまだマシよ」
「……サーセン」
たしかに傍目から見ればそう映ってしまうか。
とはいえ、地元のモールに買い物なのだから知り合いに出会うという可能性も……。ないか、友達いねーし。
「じゃ、さっさと着替えてきなよ」
「おー」
いつの間にやらメイクをし終えた姉は、それだけ言って部屋を出ていく。
しかし、ふむ。
思いもかけない展開とは言え、トータルコーディネートを考えることになるとは。どうせ着替えるならメイクする前に考えたかったのだが、まあ致し方ないというやつか。
男物と女物の服がそれぞれ3:7の割合でかけられている二つ並ぶハンガーラックの普段着用の方に立って思案する。
うーむ。上はこの前買った白のブラウスにするとして。そしたら下は何だろう?白いブラウスなんて大体なに組み合わせてもいいアイテムなんだから逆に悩んでしまう。
とはいえ、持ってるアイテムから選ぶしかないのだから、したがって選択肢はそう多くなることはないのだが。
「んー。あまり時間かけても怒られそうだしなー……」
新しいアイテムなわけだし、本当ならしっかり悩んで考えたいんだがな。しかし姉を待たせた方が怖いので、ブラウスに合いそうなのを適当に見繕って合わせて姿見で確認する。
「まあ、こんなところか」
そうして選んだのはレモン色のマキシ丈スカートと、上には明るめの青色カーディガン。靴はスニーカーにするから靴下を履く、グレーのやつだ。
それらを着てからウィッグを被り直して、少し髪を整える。その格好で改めて姿見の前に立ち、全身やクルッと回って後ろを確認したら準備完了。カバンに財布を突っ込んで肩掛けして、部屋を出る。
俺の部屋は二階にあって、だからまずは階段を下る。その先はすぐ玄関で、腕組み仁王立ちの姉が靴はいて待ち構えていた。そんな姉の脇で俺は靴箱からローカットのスニーカーを出して履く。
「じゃ、行こっか」
そして、家を出て二人並んで道を歩く。
「さーて、なに買おっかなー。ペン先は確定として、あとは新刊とか資料とか。素直について来たって蓮もなんか買うんでしょ?」
「……」
「そうだ、もう喋んないんだった」
もう外だし。
「はあ。やっぱメンドイわ」
それを承知で連れて来たのはアンタだろ。
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