2・パワー負けする男子
キンコンカンコン
朝の出来事から何度目かの鐘が鳴る。それは4時間目終了のチャイムであり、また昼休み開始の合図でもあった。
1–Eの月曜日4時間目は数学で、担当の長谷川は昼飯も仕事も片づけたいと授業を必ず時間内に終わらせる。今日の授業も、チャイムの鳴るちょっと前のキリがいいところで終わっていた。
「じゃ、言っといた課題次までにやっとけよ」
そう言うと長谷川はさっさと教室を出て行く。購買組もその後を追いかけるように教室の外へ。
そんな後ろ姿たちを横目に、俺は机の左側にあるフックに掛けた指定鞄からお弁当の入った小さい鞄を取り出す。
その瞬間。
ガッ
と、お弁当を持った左手を掴まれビックリしてみれば、やはりそれは左隣の席のクラスメイト、夏目仁美の仕業だった。
「一橋くん」
そう言って顔は笑っているけど、手に込められた力は相当なもので、衣替え前のブレザーの上からでもその握力がうかがい知れる程だ。
「どこか別の場所で朝の続きを話しましょ?お昼食べながらでも構わないから、ね?」
言葉は疑問形なのに、その語気からは「逃がしゃしねーぞ」って強い意志がヒシヒシ伝わってくる。
ま、ハナから逃げるつもりはないのだし、
「わかった」
と、一言返す。すると、
「じゃ、移動しましょ」
「……うぇっ?」
呆気にとられる暇もなく、夏目仁美は掴んだ俺の腕をそのまま引っ張ってずんずん歩き出す。それにつられて、っていうか連れられて俺も歩き出す。最初の数歩、コケそうになったのをどうにか踏ん張って、夏目仁美の少し早い歩調を追いかけながら、少し後ろを腕を引っ張られて歩く。
そんな俺たちの姿はとても目立ったらしい。教室、廊下、階段と通りすがる殆どの奴らが俺たちを見てきた。奇異の目、ってよりは「何なんだ?」っていう感じの。
その「何なんだ?」は俺が一番知りたいんだけどね。
そんな風に、あれよあれよと為されるがまま引き回されてたどり着いたのは、南校舎3Fの廊下の最奥の扉を開けて出る外階段だった。
なんの説明もナシに連れまわされたけど、どうやらここが目的地で間違いなさそうだ。だって、掴まれていた腕がようやっと自由になったんだもの。
そしてその、俺の腕を離した夏目仁美は、適当な高さの階段に座った。
はてさて。これから話をするのだし、何よりお弁当食べるなら座った方がいいのだが。どの位置に腰を下ろすべきか。
話しをするのなら夏目仁美の隣?でもそれで、イヤな反応されると普通に傷つく。
じゃあ、夏目仁美より上か下の段?それじゃあまるで、ムダに意識してるハズカシイ奴みたいに思われそう。……こんなこと考えてて「意識してない」っていう言い訳も無理があるのかもしれないが。
改めて考えると、俺はまだ夏目仁美が持つ俺の女装写真をどうしたものか、その裁量を測りかねている。そんな武器を選んでるような段階で相手の間合いに入るのはとても危険だ。
だから、位置取りも重要になるのだ。
そんな言い訳を考えるまで、脳内フルスロットルでおおよそ4秒。そんな俺に夏目仁美が、
「どうしたの?座りなよ」
そう言って、ポンポンと自分の隣に座るよう促した。
大人しくそうさせてもらいます。
許されたとはいえやっぱり、迂闊に有効射程に入ってしまうのはよろしくないだろうからと、俺は夏目仁美の4、50cm位離れた隣に腰を下ろす。
そして、小さなカバンから取り出した弁当箱の蓋を膝の上で開いた。食べながらでもいい、って言ってたし。
だから、箸を持って軽く手を合わせて、さあ食べようと卵焼きを掴もうとしたら、
「ここはね、どの学年のどのクラスの移動教室でも遠回りになっちゃうから、先生も生徒も誰も使わないのよね。それでも一応、非常階段としては機能するから開け放されてはいるんだけどね」
「へー」
なんて、学校豆知識を披露された。
入学してまだ二ヶ月も経ってないというのに、各クラスの移動教室の導線なんて。まして、そのどれにも使われない外階段のことなんて、よくぞまあ知っているものだ。俺なんて未だに移動教室すら覚束ないのに。
そんな風に、内心で感心していると夏目仁美がグッと詰め寄ってきた。
「だからね、ここでは何の気兼ねもなくお話ができるってわけ」
「……お、おぉ」
なんてこった。
ここはもう既に夏目仁美の領域、クローズドディメンション、固有結界だったということか。
その事実に気づいた瞬間、持ち上げかけていた卵焼きが元あった位置にぽすりと落ちる。
育ち盛りの男子が昼飯に浮かれる隙、油断を突いた見事なクリティカル。これでは完全にペースを握られているではないか。そんな状態で探りを入れるなんて高等なカウンター技能を、俺は持ち合わせてなどいない。
これは、ボロが出るのを覚悟で相手するしかないか。
「一橋くんはさぁ……」
(来る!)
今更、ほんとうに今更心構えて、それがどれほどの防御機能を持ってくれるのか、保ってくれるのか。
それでも俺は、彼女と相対さないといけないのだ。
(いや、来い)
こちらの腹が決まったと同時に、夏目仁美の次の言葉が来るのだ。
それは、
「私がアニメイベントにいたこと、みんなに言わないでくれるよねぇ?ねえ?」
身構えてたのがバカみたいなくらいに、俺の見当違いな言葉だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます