1・隠し事と明瞭な説明の両立はままならないもの
女装してたらその姿をクラスメイトに写真に撮られた件。なんてラノベタイトル風にしてみたところでフィクションになる訳はなく。そんな事がリアルにあったのが昨日の日曜日。
つまり今日は月曜日。祝日も祭日もない月曜日。
そういう日は学校に通うのが、高校生の身分である俺にとっては普通だ。
ということはつまり、女装を撮ったクラスメイトのいる学校に通うのも普通になるのだろうか。流石に、現実逃避決め込んで学校を休むワケにもいかず。通い慣れた教室で、夏目仁美もいる教室で、目が隠れるほど長い自分の前髪を睨みながら、考えをぐるぐる回している。
おかしい。一体どうしてこうなった?
夏目仁美。
誰にでも優しくて、自分から進んで学級委員をやるという稀有な人種。同じクラスにいるからそれ位は知っている。が、同じクラスにいるけれどほぼ接点がないのでそれ位しかわからない。
あー、確か成績いいんだったか。テスト勉強教えてって誰かに頼られていたのをチラッと見かけたことがある。頼られるという事はそれなりに人望もあるのだろう、多分。見かける時は大抵、友達といる場合が多いし。
それでいて、学園でも上位に入る美人であるという。
確かに、俺から見ても夏目仁美は美人だと思う。校則でメイクは過剰にならなければ許されているが、夏目仁美は全くのスッピン、つまりナチュラル美人というヤツである。作らなくても可愛いとか、ちょっと羨まし……、いやメイクするの好きだから別に良いんだけどさ。
そして、【アニメは詳しくない】ということらしい。
これに関しては本人が友人との会話でそう言っていたのを聞いたことがある。
誤解しないで欲しいが、俺は決して盗み聞きをしたではなくて、アニメやら漫画やらのワードが出てくると過敏に反応してし聞き耳を立ててしまう。そんなオタクの悲しいサガによるもので。断じて盗み聞きとは違う。
というか、それ以前に隣の席だ。俺と夏目仁美とは席が隣同士。そんな距離で喋っていたら普通に会話が聞こえてくるもの。だから、彼女自身が最近「アニメとか漫画は見ないからわかんない」と、話していたのもバッチリ聞こえていた。しかも、昨日のイベントのアニメのこと知らないと。
しかし、その夏目仁美がどうだ。アニメのイベントにあんな残念な格好で参加していたのだ。アニメグッズを身につけて。
アニメのグッズを買うだけでなく、あまつさえそれを身につけて大手を振って闊歩する。いくらイベント会場とはいえ、いやイベント会場だからこそか?それはともかくとして、そんなのはもう“アニメ好き”ないし“オタク”の行動そのものだ。
ていうか、イベント会場に行ってる時点でもうクロだろう。
俺もだが。
だからこそ、同類というのが分かるというものだ。
まあ、ただ単純にその一作品だけが好きな“大風呂敷を広げたオタク”ではない可能性もあるが。
しかし、それなら今度は“アニメとか漫画わからない”とその一作品を他と一括りにして否定した必要性がわからない。
好きな作品があるのに、そのことを過剰と言っていいまでに隠し通す理由が分からない。
まぁ、浅い知識とか人気に便乗したにわかはNGみたいな面倒くさい人種である可能性もゼロではないが。
まぁつまるところ、夏目仁美というのは俺にとってまったくの謎である。
そんな謎の人物に、俺はこんなに悶々としているのか。そう思ったらほんのちょっと憎々しい感情が出てきたので、少し夏目仁美の方を睨んでみたりする。
すると、夏目仁美も偶々こっちを向いていたらしく、目が合ってしまった。
まぁ、向こうから見たら髪の長い俺と目が合ったなんてわからないだろうが。コッチからは結構見えるんだよね。
「……」
「……」
俺と夏目仁美は、これといって仲が良いわけでもない間柄。ただ顔が向かい合ったって、お互いが何でもなくすぐに顔を逸らすだけで終わるようなことでしかないのだ、が、
いや、よくよく考えてみるともしかすればコレは好機なのでは?
同じクラスになって、というか隣の席になってもう二ヶ月近い。が、会話は殆どないに等しいほど遠い関係性だ。
だからもう、何をキッカケにしたって構うようなコトじゃあない。それこそ、目が合った程度のことだとしても。
朝の予鈴の時間も近い。
そうだ、聞き出すタイミングは今しかないのだ。
そう決めた俺は、もうコッチを向いていない夏目仁美に話しかける。
「なぁ夏目。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「……なに?」
まさか、今までロクに言葉を交わしたことがない俺から。さっき目が合って逸らした俺から話しかけられるなんて思ってもいなかっただろう夏目仁美の返事には、やや間があった。それでも、流石は人望の女(私見)。俺相手でも笑顔を忘れないでいる。
「ちょっとびっくりしちゃった。一橋くんから声をかけてくれるなんて、初めてじゃない?」
それは俺もそう思う。でも、その前段階にもっとスゴいレアケースがあるんだよ。
それはつまり、
「昨日“
ということ。
まぁ、夏目があの場にいたことは確信してるんだけど。万が一、一応の事実確認だ。そして、俺の女装写真の有無はその後に雑談で確認するという寸法だ。
「え……?」
だが、夏目仁美は人の良さそうな笑顔のままピシリと固まってしまい、俺の算段はアッサリと崩れてしまった。
「夏目?」
しかし。はて、俺は何かおかしな事を言ってしまっただろうか?
そう思って、先の発言を振り返ってみるけど、さして変な事はない。会場に居たかどうかを聞いただけなのだから。
それなのに、あの人望の女(私見)の夏目仁美の表情から色が段々と抜けていく。
それはそれで稀有なこと(多分)なのだが、俺の質問の答えが返ってきたわけではない。
これでは雑談どころか会話すらもあったもんじゃない。だがしかし、俺にはプランBなんてものはない。
なのでゴリ押しするしかない。
「昨日さ、“7th センス”っていうアニ……」
「わー!」
「むごっ⁉︎」
それしかないはずなのに、やはりそうは問屋が卸さない。ていうか夏目仁美が許しちゃくれない。
何でそんなことされるのか分からないが、夏目仁美は俺の言葉を大声で遮り、しかも俺の口をがっしりしっかりと、両の手で、無理やりに塞いだ。
物理的。あまりにも物理的なやり口で閉口させられた俺は、あまりの驚きに何も言葉が出てこない。
まぁ、口を塞がれてるから喋れないって言えばそうなんだけどね。
それは兎も角として。しかし、今まで会話の無かった男女がいきなりこの距離感というのは、それはそれは不自然極まりないことなわけで。
ざわざわ…
それはもう、賭博黙示録並みに教室の空気も不穏に変わるってなもんで。「仁美、どうしたの?」とか「あんにゃろう、夏目さんに何を」ってな具合に、クラス中の注目が一気にこちらに集まってくる。
夏目仁美もそのことに気づいたらしく、俺の口から手を離し、
「うぉっほん」
大きな咳払いを一つ。暗に「黙れ」と言う合図だったのだろうか、ざわざわしていたクラスメイト達が一気に静かになる。……俺そんな合図知らない。
そして、その静寂を作り出した張本人は、
「一橋くん、この話はお昼休みにでもゆっくりと、ね?」
そう言う夏目仁美はやっぱり笑顔だ。笑顔なのだけど、冷ややかな圧を感じる。
その圧に「NO」という発想をかき消された俺は無言で頷くしかできなかった。
すると夏目仁美は、
「よかった。じゃあまたお昼に、約束ね」
いつものパーっと明るい笑顔でそう言って、自分の席に座る。その姿はまるで、さっきまでの出来事が嘘に思えるほどに平常通りで。俺を含め、状況に追いつけない者達を多く抱えたまま、教室はしーんとしている。
それからややあって、キンコンカンコン大きなチャイムの音が鳴ってと同時に、担任の女性教師、宇佐美律子が入ってくる。律子は、入って数歩で教室のちょっとおかしい空気に気づいたらしく、生徒たちの顔を見回した。
自分が介入するような、大した問題じゃないと思ったのか、
「何があったか知らないけど、朝礼だよー。席に着きなー」
ノータッチで着席を促す。
そんないつも通りな律子の号令で、1-Eはやっと平常に戻ったのであった。
たった一つ、この後の俺の予定を除いて。
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