千拳万化!!!!

回道巡

第1話 夢破残念

 ダンジョン都市ラルベスカ、そこは地下型ダンジョン「ラール」の上に発展した人とモノが行きかう大都市。

 

 そもそもダンジョンとは、洞窟や森などの自然環境が魔力汚染によって変質し、半ば異界化した広域迷宮のことをいう。紛れもなく自然災害ではあるものの、ダンジョンでしか取れない素材であったり狩れないモンスターがいたりするために、貴重な資源採取場の側面もまたあるのであった。

 

 そんなダンジョンの恩恵に与る大都市ラルベスカの冒険者ギルドもまた、盛況であった。冒険者は金で依頼を受ける何でも屋であるが、ダンジョンさえあれば依頼のみに頼らずとも稼ぎが得られるとあっては当然の流れといえる。

 

 そしてそんな盛況な冒険者ギルドラルベスカ支部の前に、己の身一つでの成功を夢想する一人の青年が立っていた。

 

 「ここで有名になって、故郷の奴らを驚かせてやる!」

 

 決意を口に出して気持ちを高めた青年は、意気揚々とギルド内へと続く扉を開いた。

 

 「奥は食堂になってんのか。っと、受付はこっちだな」

 

 きょろきょろと内部を見回していた青年は、来訪者向けの受付を見つけるとやや大股になってそちらへ近づいて行く。

 

 「いらっしゃいませ! ご用は何でしょうか?」

 

 受付に座る若い女性が、明るい茶色の長髪を揺らして声をかけた。青年はもったいぶってひとつ大きく息を吸ってから、用件を切り出した。

 

 「登録だ! オレはここで冒険者になるぞ」

 「ああ! 新人さんだったのですね。では試験の申し込みということですね。今だったらちょうどすぐに受けられますよ」

 

 すぐさま返ってきた受付嬢からの言葉に青年は動きを止める。思っていた内容とは違ったからだ。

 

 「は? え? 試験……、って、なんだ?」

 

 心底分からない、という青年の態度に受付嬢はきょとんとし、続いてため息をついた。

 

 「えぇっと、最近はどこの支部でもそうですよ? 冒険者は単独でダンジョンやモンスターの巣へ行くこともある大変危険な職業です。単純な強さと、幅の広い対応力を見て、見込みがない人はお断りしているのです」

 「ん? じゃあ、あれか。別にそれほど難しいとかでは……」

 「ないですよ。あくまで新人登録試験ですから」

 

 試験があるなどとは知らなかった青年は、露骨にほっとした様子をみせた。そしてそれを見た受付嬢は当然のこと、心配になってきていた。

 

 「あの……、余計なお世話かもしれませんが、大丈夫なのですか? 冒険者は本当に命懸けの職業ですから」

 「試験とかいうからびっくりしただけだって! オレは強いからな、故郷ではケンカで負けたことが一度もないって有名なんだ」

 

 田舎の不良少年そのものの物言いをするこの青年に不安は感じつつも、しかし判断をすることは自分の仕事ではないと割り切った受付嬢は、後は担当者へ任せることにしたのだった。

 

 

 

 「今日の試験は……、テスラとアルフレッドの二人だな。おう、お前ら。俺が試験官をするガラックだ」

 

 青年、テスラが連れてこられたのは普段は訓練場として開放されている広い場所だった。冒険者ギルドの建物のすぐ隣にある砂敷きの運動場といった風情で、しかし木剣や木槍など訓練用の武具が備えられているのがいかにもといった場所だった。

 

 テスラの他には同期受験者らしきやや長い黒髪の少年と、試験官のガラックと名乗った禿頭の大男がこの場に居て、後は離れた場所で数人の先輩冒険者らしき見学者が居るのみだった。

 

 「オレがテスラだ、よろしくな禿げのおっさん! 試験官だけあって雰囲気あんなぁ。それに比べて同期の兄ちゃんはナヨッとして……、大丈夫かぁ、お前?」

 「誰が禿げだ! これは剃ってるんだ、新人以下のヒヨッコが調子に乗りやがって」

 

 きれいに剃り上げた禿頭に血管を浮き立たせて、試験官ガラックはいら立ちをみせる。このガラックは中年のベテラン冒険者ではあるが、あまり気の長い方ではなかった。

 

 一方で、こちらも会うなりバカにされた同期受験の少年は、二十歳のテスラからみても若く、恐らくは成人したての十六歳程であろう外見ながら、苦笑して受け流す大人の対応をみせていた。

 

 「あの……、とりあえず始めませんか?」

 

 同期の少年、アルフレッドが外見通りのやや高い柔和な声音で話しかける。ここまでの展開にただ困っているという表情での問いかけに、ガラックはバツの悪そうな、テスラはイラついた表情で応えた。

 

 「じゃあ、説明するぞ。これは冒険者としての適性をみるための試験だ。ここで俺が実技試験として物理戦闘と魔法戦闘の技術をみる。その後で場所を移して別の試験官相手に口頭試験を受けてもらう。そっちはあれだ、知識とか倫理観を判定させてもらう。特にテスラ、お前みたいな悪ガキは口頭試験に注意を……、ってどうした? 顔色悪いぞ」

 

 ガラックが説明のついでに始めた皮肉を思わず中断してしまう程に、テスラは狼狽えているようだった。

 

 「べ、べ、別に? 魔法とか何でみるのかなってな? ほら、殴ればいいじゃんか?」

 「言っただろう、冒険者としての適性だ。個人行動も多い冒険者はある程度万能であることが求められる。……ははぁ、お前はあれか、魔法苦手か」

 

 まったくの図星だった。そもそも冒険者となるのに試験があるということすら知らなかったテスラは、魔法が苦手であることが冒険者になるための障害となるなど露ほども思ってはいなかった。

 

 「いっとくが魔法だけでもあまりに程度が低いなら、他がどうとか関係なく落とすからな。じゃあまずは魔法からみるか。アルフレッド、向こうの的に二属性以上で何でもいいからここから当てろ」

 「あ、は、はい」

 

 もごもごと言い訳をするテスラを脇に置いて、ガラックは二十歩ほど離れた場所、十五ミット程度の距離がある的を指して言った。的は地面にさした棒の上端に小さな藁束が取り付けられたもので、それが今は十個並べて用意されていた。

 

 軽装皮鎧にロングソードを腰から下げた、いかにも駆け出し冒険者といった格好のアルフレッドが、その場で右手を後ろに引き、的のひとつをまっすぐに見据える。

 

 魔法は内在する魔力をコントロールして体外へ放出、形を与えて発射するものだ。呪文や儀式などは必要とされず、ただ使用者の魔法的器用さと集中力のみが求められる。

 

 「えいっ! たあっ!」

 

 少しばかり気の抜けた、迫力よりは可愛らしさを感じさせる掛け声を発して、アルフレッドは右手を前へと突き出して火球を、続いてその右手を引き戻しながら左手を突き出して水球を撃ち出した。

 

 火球も水球も拳大程度の大きさではあったものの、ぶれることなくまっすぐに飛び、それぞれ隣り合った的へと見事に命中していた。

 

 「よしっ」

 「おう、いいじゃねぇか。この距離飛ばして減衰もなし、狙いも正確だな。威力だけ上げていけば実戦でも役立つだろう」

 

 厳つい顔のガラックが破顔一笑して褒めると、アルフレッドは照れながらもほっとしたようだった。

 

 しかしこの状況にますます追い詰められていたのがテスラだ。

 

 「や、やるなぁ、アルフレッド君は! じゃあそういう事で次は物理戦闘の試験だったっけ?」

 

 誤魔化すにしても下手すぎるテスラの物言いに、ガラックは笑いを消すと目を細めた。アルフレッドも先ほどまでの照れた微笑が深い苦笑になっている。

 

 「いいから、やれ。一発で当てろなんて言わねぇから、とにかくまずは撃ってみせろ」

 

 有無を言わせぬガラックの様子に、テスラは観念して右手を前へ突き出し、その手首へと左手を添えて構えた。

 

 「よぉぉし、いくぞ、見てろよ!」

 

 すぐにテスラの右手先が赤い炎で燃え上がった。意外にも順調なその様子にガラックもアルフレッドも眉を上げて小さく唸っている。

 

 「いっけええぇぇぇ! おらぁっ! そらそらそらぁっ!」

 

 テスラの気迫が十全にこもった声が辺りに響く。手先が燃え上がり、そこから何も飛び出さぬままに。

 

 「えっと……、それっ! せいっ! もう一丁!」

 

 額に冷や汗を浮かべながらも一生懸命に茶番を続けるテスラの背後へと、ガラックがすっと近づいて行った。

 

 「もういいっ。そこまでだ!」

 

 ごちんと鈍い音をたててガラックの大きな拳がテスラの頭頂へと振り下ろされる。

 

 「ってぇな! なんだよ!」

 

 手先の炎が驚いて消えたテスラは振り向き、ガラックへと食って掛かった。振り向きざまに伸ばしたテスラの左手はすでにガラックの胸倉をしっかりと掴んでいる。

 

 「苦手なのはすぐわかったが、飛ばせもしないとか論外だよ。すぐにこの手を放して帰れ、お前はここで不合格だ」

 「はぁ? なんだと……? ふ、ざけんなよ、この禿げ野郎が!」

 

 冷たく不合格を言い渡されたテスラは激高し、ガラックの胸倉を掴んだ左手はそのままに右手を鋭く振り抜いて殴りつけようとする。

 

 しかし、荒事には慣れているようで、ガラックは左腕で小さく下から振り払うようにして、テスラの鋭い右ストレートを打ち弾いた。

 

 「加えて短気で粗暴、お前は冒険者の素質なんてかけらもないな。今なら見逃してやるからさっさとここから失せろ」

 

 不合格とされたこと以上に、自分の拳をなんてことないという風に扱われた、その事実がテスラにとっては不愉快で許しがたく感じられた。そしてテスラはその激情を抑える術を全く持ち合わせてなどいなかった。

 

 「それなら、見せてやるよ……、素質ってのを」

 

 掴んでいた手を放して一歩下がったテスラを、ガラックもアルフレッドも軽くあしらわれたことで頭が冷えたのだと思っていた。しかし、実際は全くの逆、荒れる激情に頭が真っ白になり、表面上は感情が抑えられたかのようになっているだけであった。

 

 「――!?」

 

 次の瞬間、気付いた時には懐に踏み込んでいたテスラの姿に、ガラックは驚き、予備動作もその動きそのものも目で追えなかった事実に戦慄した。

 

 テスラは軽く腰を落としたまま、自分より背の高いガラックの顔を目がけて再び右ストレートを放つが、これには何とか反応したガラックは必死で首を捻り、紙一重でかわしていた。

 

 「ぐげぇ」

 

 首を傾けたままのガラックの表情が歪み、喉の奥から絞り出すような苦鳴を漏らす。右ストレートをかわされたテスラは、一瞬の停滞も無く腰の捻りで左腕を振りかぶり、左フックをガラックの脇腹へと抉り込んでいた。

 

 「ガラックさん! テスラさん……、あなたはなんて事を」

 

 泡を吹いて崩れ落ちるガラックを、満足げに見下ろすテスラであったが、突然の暴挙にアルフレッドは驚きと共に怒りを覚えているようであった。

 

 そして遠巻きにしていた見学者たちも慌て始め、冒険者ギルドの方へと走り去った一人以外はテスラを取り押さえようと動き出していた。

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