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 返事は次回会うときでいいと、悠太郎はそのまま家に帰り、翌日は顔を見せなかった。訪問者のいなくなった家で、信乃はぼんやりと座り込む。最近は狐の姿でいることが多かったけれど、やはり人型の方が信乃は馴染みが深かった。


 人間に告白されてしまった。


 人間の色恋沙汰はよくわかる。美人に化けて男を誑かすのは最高に楽しい。

けれど、悠太郎のそれは違う。悠太郎は信乃を狐と知って好きだと告げてきたのだ。母に告げていたような勢い任せのものでもないだろう。信乃と悠太郎はそれだけ長いこと共にいた。


「付き合ったら、恋人になって……結婚したら、一緒に住んで、子どもを作る……」


 これが人間の世界の男女の関係だというのは、信乃も知っている。逆に妖狐同士の場合どうなのかと問われると、逆に信乃はこちらの方が怪しい。信乃は自身の父を知らないし、母も父のことを話すことはなかった。


 ごろりと畳の上に横になる。だらしなく手足を投げ出していると、母が嫌がらせのように腹に乗ってくるのだ。重いと呻けば「人の姿なら人の姿らしい振る舞いをしなさい」と言われたものだった。人間だってこうして手足を投げ出していることもあるはずだ、と信乃は母に言われるたびに不満に思った。


 そうして乗っかってくる母はいない。信乃にとって、この家への未練はもうない。もうない、はずだ。


 次に会うとき返事が欲しいということは、いずれまたこちらに帰ってくるということ。そのときに、信乃を訪ねるということだ。そんな約束ほっぽって、さっさと家を出て行ってしまのが吉だろう。一個の人間にいつまでも執着していても仕方ない。


 生きている時間が違うのだから。


 それは信乃もよくわかっている。よくわかっていた。


 けれど、悠太郎が都会に行くと言ったときの寂しさを思い出す。ずっと一緒にいた存在が離れていくのを惜しく思う気持ちは、妖狐にもある。


 思えば、悠太郎との縁の切れ目はいくらでもあった。にも拘わらず、悠太郎はその縁を切ることなくここに通い続けた。結果的に信乃の方まで、悠太郎に対してはほかの人間とは違う感情を抱くようになっていった。


 悠太郎が信乃を妖狐だと知ってしまった今、違う時間を生きているというのは信乃の側の言い訳に過ぎない。


「……母様」


 悠太郎に告白されたときの母の優しそうな目を思い出す。母があんな目をするのを、信乃はほとんど見たことがない。子どもが好きなのかと思ったけれど、母もまた石倉悠太郎に対して特別な感情を抱いていたのかもしれない。


 あのときはまだ、悠太郎が子どもであった。


 けれど、今の悠太郎はおとなである。信乃からしてみれば若輩もいいところだが、人間の世界ではおとなである。


 その好意に対する応え方を、信乃は知らない。




 ずるずると悠太郎との縁を断つことのできないでいた信乃にとって、その日は存外に早く来た。否、悠太郎にとっても、想定外に早く来たのだろう。




 悠太郎の父が死んだのは、悠太郎が都会に戻ってひと月後であった。



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