桜の探しもの

篠岡遼佳

桜の探しもの

 ――空にあるもの

 それは青 それは白 夕暮れの黄金 満天の白銀

 あなたがいた影を探して 私は待ち続ける――



 雪深いとある地方の、とある高校の2年C組。

 私は藍原あいはら透子とうこ。奇特にも女子高校生なんぞをやって、青春を費やしている。


 いまだ来ぬ春を待ち、けれど雪はさすがに遠くなったこの頃。

 窓際の席から見る空は、まだ濃い青色をしている。水色の春が来るまでだいぶかかりそうだ。

 いつものごとくやる気も出ないので、HRホームルームまで少し寝ようかな、と片腕を机に伸ばし、とん、と頭をそこに乗せた、ら。

 少し斜めの視界が、それをとらえた。


 口元に手を当て、まごまごとあちらこちらに視線を向けている。

 淡いワンピース姿に、薄い肌色、ふわふわと漂う長い髪。

 しかも、この3階の窓のにいる。


 ――幽霊さんかぁ……。


 私は、まあ、見えるタイプだ。

 ちいさい頃は、母にも父にもかなり気をつけて育てられたらしい。なんでも、「連れて行かれる」確率が相当に高かったそうだ。ありがたい話である。


 藍原の血筋には、こうして見えるタイプの人間が、何世代かにひとりふたり現れるらしい。

 私の世代でいうと、又従姉妹にそういう人がいるとかなんとか。

 だから、なぜかこっくりさんはやたら信憑性が高いと思われてたし(実際当たる確率は高かったかも)、トイレについてきてくれといわれることも多かった。花子さんはそんなに怖いひとではなかったが(ご面相は怖かった)。


 まごまごしている幽霊さんは、片足がなかった。

 どこかで消えてしまったのか、元々ないのか、まあ、あまり深く考えたりはしない。詮索したりして「知る」ことは、相手の一部を取り込むことになる。連れて行かれるのは個人的にもヤなので、私はちゃんと手順をふむことにした。


「よいしょと」

 私は机の上に、指先で手早く四角を書いた。

 すっと、教室の音が遠くなる。一番簡単な、姿や声を見えにくくする術だ。

 バッグから小さめのノートPCを取り出し、さくさくとフォルダを開いて、正確に陣を書く。もちろん指で。だから全然見えないのだが、まあ、効果は出るのだから、これでいいだろう。

「おいでませ、そこの幽霊さん」

 私はちょっと声を張って、窓の外に声を掛けてみた。

 幽霊さんはそれはもうびっくりしたようで、空中で前転などしている。

「変なことはしませんよ。閉じ込めたりもしません。お話を聞くだけですよ」

「そ、そ……そう、なの?」なんだか可愛らしい声だ。

「はい、なのでちょっと机の上にでもどうぞ」

 私がハンカチを広げて、はい、と両手を差し出してみる。

 幽霊さんは机の上で、そっと足を揃えて横座りになり、

「お、おじゃましますね」

「はい。えーと、私は藍原といいます、そちらは?」

「え、えと……そうですね、元木もときです」

「元木さんは、いつごろ……?」

「あの、時が来たら、ってずっと言われてて、それでその、今日こうなっていたので……どうしたらいいか」

「なるほど」

 そういうパターンもあるのか。死ぬのってけっこう一大イベントな気がするけど、元木さんにはそうでもなかったのかも知れない。ターミナルケアがうまくいったのだろうか。


「では、私がその、『向こう側』へお送りすることもできますが……」

「あ、あのね、そうじゃないんです……」

 胸の前で手を組み、もじもじと元木さんは言った。

「行くべき場所はわかってるんです。でも、その、私、約束を、してて……けど相手に、会え、なくて」

 鼻をちいさくすすり、溢れた涙をそっと拭う。

 こういうとき、幽霊さんにも有効なハンカチがあったらと思う。私は意外と共感する派なのだ。


「会える予定は、あったんですか?」

「今年の桜が早ければ、その人にも会えたはずなんです。でも、今年はちょっと春が遅いでしょう? だから、会えなくて……」

 ふむー、待ち合わせなのに細かい日時を指定しないということは……。

「お相手は、人間じゃない方なんですね」

「ええ……そうなの。あのひとは、桜を一本一本咲かせる人。春の花の精なの」

「OKです、ちょっと、その人呼びましょう」

「え!?」

「私自身は力をさほど持ちませんが、元木さんが少し、手伝ってくれれば」

「やる、やるわ。どうしたらいいのかしら?」

「ええ、簡単です。私の手を」

 探し人には、陣はいらない。

 その人をどれだけ強く思っているか、それだけが重要だ。

 元木さんはその人のために、何かの役目を失っている。

 そこを正せば……。



 ――空にあるもの

 それは青 それは白 夕暮れの黄金 満天の白銀

 あなたがいた影を探して 私は待ち続ける――



 これは単純な歌だが、歌には霊力と言霊、そして呼びかけがあれば、きちんと手順をふんで、その人は…………。


 ざあぁあっ


 まだつぼみの桜の木々が、大きく揺れた。

 成功だ。

 ――成功だが………おや……?



「元木さん、その格好は一体……?」

「好きな人に会うんだもの、一番好きな格好でいたいの」

 幽霊らしい薄さはどこへやら。

 元木さんは桜色のたっぷりとしたフリルのついたワンピースに衣装替えしていた。

「元木さんも、幽霊ではなかったんですね」

「ごめんなさい、ちょっと動転してて、言いそびれちゃった。

 私はあっちの川沿いにいた、桜の木です」

「木……木じゃないですね、もう既に」

「そうなの、今年から春の精霊見習いなの。桜の木として50年くらいしか経ってないけど、がんばってみるわ」

 元木さんは微笑んだ。

 春の精霊らしく、ちいさく、けれどはっきりと。

「来年から『このあたりの春』担当になるの。だから、助けてくれたあなたに、少し早いけれど、春が訪れますように」


 そう言って、私の額に感謝のキスをして、元木さんは手を振りながら空へと舞い上がっていった。

 ――ふう、これで、一段落。

 机に書いた見えない陣を、両手でぱっぱと払い、さて、もういちど、眠りにつこうかと思った時。


 先生が大きめに手を叩いた。

「みんな聞いていると思うが、転校生だ。海藤くん、どうぞ」

 背の高い影、はっきりとした口調、短く刈り込まれた黒髪。

 きゃあ、と女子がちいさく声を上げる。

「はじめまして、東京から来ました、海藤樹希といいます」

 

 さっきの彼女の微笑みの理由は、すぐそこにあった。

 一目で落ちてしまうなんて、そんな春ははじめてだ。



 ――桜はきっと、もうそこまで。



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桜の探しもの 篠岡遼佳 @haruyoshi_shinooka

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