Stage.028 妖精の女王Ⅱ

 初見のため仕方が無い部分もあるだろうが、今、この場でアリスと、一連の攻防を見ていたプレイヤーたちが導き出したティターニアの攻略法はただ一つ。攻撃の手を緩めず、攻め続けること。彼女相手にその作戦は骨を折るだろうが、他に有効な手段が思いつかないのも事実。

 であるなら、否応無く実行するより他に道はない。

 この小娘、狙っていたのか――


「チッ」


 一方で、エンジュに右手を爆破されたティターニアがまた、舌打ちをした。誰の目から見ても苛立ちが募っているのは明らかだった。

 敵のHPが一定値を割り込んだ場合に激高し、行動パターンが変わるというのはそういう風にプログラムされているから、で済む話である。けれどGWOにおいて、そういったプログラムは存在しない。なぜなら、高度なAIが搭載されている本作では、それ自体がリアルタイムでどういった行動を取るか判断しているからだ。

 技術者たちの弛まぬ努力によって擬似的に精神まで再現されているから、AIはその精神状態における行動を取るようになる。そして苛立ちというのは選択肢を狭めさせるのに一役買っているわけで、AIだろうと例外は無い。

 要するにエネミーを怒らせるというのは攻撃が激化するリスクもある反面、行動を単調にさせるというメリットを孕んでいて、今回のティターニアがどうかは別として、それそのものは場合によって案外有効なのである。

 ティターニアは苛立ちを自覚しながらも冷静に、左手でチャージを開始した。狙うは一々神経を逆撫でしてくるアリス。いつまでもエアカッターなんて弱いソーサリーで手加減するつもりのない彼女は、ほんの僅かに伸びたチャージ時間でより多くの風を集める。

 

「パイルトルネード」


 アリスたちは耳を疑った。戦闘を開始してから間も無く、まだ三段あるHPゲージの一段目を削っている段階だというのに、なんてソーサリーを使ってくるのだ! あんなものカムリでもなければ耐えられまい。経験済みの彼女らに焦燥が色濃く浮かぶ。

 だがチャージが早すぎてカムリが盾となるのは間に合わない。他のタンク型プレイヤーにしても、壁際まで吹っ飛ばされたせいで漸く戻ってこれたというところだし、そもそも彼らはパイルトルネードを知らない。

 モルフィンに変わってエルフ集落に現れるようになったボスエネミーは三体のフェアリー。彼女らは三体の連携で発動する空から暴風を叩きつけるストームブリンガー、ダメージを半減させるプロテクション・エアこそ使用するが、どちらもモルフィンには及ばない。

 だから、パイルトルネードの威力を知らない彼らが下手に守りに来くると却って被害が拡大する恐れすらある。アーツをぶつけて相殺するにしても限度が存在する。パイルトルネードはどう足掻いてもその範疇を超えている。

 それでも、もう――アリスは覚悟を決めた。足を開いて腕を引き、頭上の脅威へ抗うべくグリーピルを構える。

 パイルトルネードとは本来モルフィンが使用したように、螺旋回転によって生み出される高い突破力で射線上の敵全てを薙ぎ払う攻撃のはずだが、ターゲットへの距離が近かろうがお構いなしに、ティターニアは彼女を押し潰さんと頭上から放った。


「アンスロートンッ!!」


 高気圧から生まれる激しい下降気流にも似た風の槍が唸りを上げて直上より迫り来る。対するアリスが天へ向かってグリーピルを突き上げた!

 高い突破力にはこちらも高い突破力を。そう言いたげに、彼女は単発技の中で最も威力の出るアンスロートンで勝負に出たのだ。

 剣と風槍――共に淡い緑色をした両者が激突した。


「何て風圧……くっ!?」


 相殺している表現らしく刃が風の槍を切り裂き、四散させ続けてダメージはまだ・・皆無。けれど超大型の台風並みの風速で吹き荒ぶ風そのものまではどうすることも出来ず、呼吸すらままならない感覚に囚われる。


「アリスッ!」

「こんなんでやられたりしないでしょうね!」


 サーニャやエンジュらが叫ぶも、耳を劈くような轟音に阻まれてアリスには欠片ほども届いていない。加勢しようにも風が強すぎて近寄ることすらも出来ない。いつも――とは言わないが彼女がピンチの時、自分たちがしばしば無力なことを嫌でも思い知らされ、悔しさが滲む。

 事態は更に悪化する。

 今の今までパイルトルネードを相殺させていた剣からアーツエフェクトが消失したのだ。キャンセルのタイミングに体勢を変えるアクションを差し込み、ギリギリのところで硬直は免れはしたものの、打つ手が無い。

 前へ突き出すアクションのアンスロートンと違って他のアーツは縦や横に斬るものばかり。それらへ繋げば、なるほど一瞬であれば相殺も出来るだろうが、その後どうなるかなんて考えずとも分かりきっている。

 一瞬の相殺後に直撃を受けるくらいならまだ、ガード判定へ持ち込んで防御の上からじわじわ削られるほうが生存の望みはあった。

 いざ受けてみると、アリスの低防御とティターニアの高火力が組み合わさって、彼女の想定以上の速さでHPバーがみるみる減少していく。


(これはちょっと不味――)

「トゥウィンクルヒール!!」


 後方でマナが掲げた掌で、光が弾けた。彼女を中心に半径十メートル近くまで散らばった白銀の粒子は、その一粒ずつが煌めいて、範囲内へ癒しの効果を齎す。範囲効果であるため一人当たりの回復量は通常のヒールに劣るものの、対象人数が多ければ多いほど総回復量は圧倒的に上回る。

 この場で回復させたいのはアリスだけだったが、パイルトルネードが生み出す嵐のような激しい風はターゲット選択の妨害までするらしく、効果は心許無くとも今はこれに頼るより他は無かった。

 アリスが非常に苦しめられていることは事実。けれど、レイドパーティー全体を見れば悪いことばかりでもない。ティターニアのヘイトが彼女へ集中しているということはつまり、他のメンバーに攻撃のチャンスが生まれるわけだ。

 風の影響で接近戦は出来ないが、中距離や遠距離ならば攻撃は届く。リフレクション・ソーサリーもティターニアが攻撃中に発動しないことはエンジュのおかげで実証されている。

 ならば。

 今こそ反撃の時。

 開始前に散々煽られ、溜まった鬱憤を晴らすかのように、後衛組が一斉射を敢行した。


「ええい、鬱陶しい!」


 ティターニアが埃を払うように右腕を振るった――そうしたところで頭や胴に受けるよりはマシでも結局は腕に喰らっているわけで、浴びせられた集中砲火によってHPが大きく削れた。エリアボスといえど種族的に耐久力が低いという点は共通なようである。


「絶対助けるから!」


 他のプレイヤーが本体を狙う中、エンジュの目標は凄まじい風の発生源――即ち、ティターニアの左手だ。熟練度が上がって同時に五つまで出せるようになったファイアボール。苦しむ仲間を助けるため、その全てが凶風を生み出す手へと放たれ、直撃する。

 それだけでは、風を止めるに至らない。

 でもアリスを助けたいから、他の誰かが攻撃態勢に入っていることを願って、叫ぶしかない。


「誰か! ボスの左手を――」

「フォーリングスター!!」


 エンジュの叫びを遮って、流星を思わせる一条の青い光が彼女の視界を横切って、ティターニアの左手に命中、爆裂した。飛んできた方向を反射的に見ると、弓を手にした青髪の女性プレイヤーが居た。

 今の一撃はかなりの高威力だったようで、ファイアボール五発と合わせたダメージで、パイルトルネードが強引に中断された。


「ありがとう!」

「頑張ってください!」


 堪らずエンジュが礼を言うと、かの女性プレイヤーからエールが返って来る。


「天使ちゃんが頑張ってんのにこれ以上好きにさせてたまるかよ!」

「行くぞお前ぇら!」


 風が止んだことで近付けなかった前衛組が一斉に群がって――


「いいか、タイミング考えろよぉ!」


 いや、ウィンドブロウをしっかり頭に入れて、わざと時間差を作り、波状攻撃を仕掛けている。これではティターニアといえど個別に対応せざるを得ない。アリスへの攻撃が止まる。

 一方で、HPが残り二割を切った辺りで開放され、ターゲットも外れたアリスはフラついてバランスを崩す。彼女が床に倒れるより早く、駆け寄ったサーニャがスキュラを放り出して抱き留めた。


「アリスっ!!」

「はぁはぁ……、はぁはぁ……」

「良かった、本当に……良かった」


 アリスが助かったことを確かめるように、ギュッと抱きしめる。だが、安心したのも束の間、彼女の様子がおかしいことに気付いた。

 いつもならすぐ反撃に転じようものなのに、サーニャの右肩に頭を預ける体勢でぐったりしたまま動かない。


「アリス……?」


 サーニャが訝しげにしていると、攻撃に専念しているエンジュを除くウルティマ・トゥーレの面々が集まってくる。


「アリスちゃん!」

「大丈夫ですか!?」

「どうしたんだっ!」

「分からないの。ずっと苦しそうにしてて……」


 一様に心配する彼女らを余所に、だらりと垂れていたアリスの左腕がゆっくりと上がって、サーニャの腰の上辺りを掴むと、途切れ途切れに言う。


「行って……皆、戦っ、てる」

「で、でもこんな貴女を置いてなんて!」

「次……攻撃、が、途切れ、たら……全滅、する」

「それより――」


 身を案じて反論しようとするサーニャ。

 アリスはグリーピルを手放し、空いたその手で彼女の左肩を掴み、制した。


「わた、し……、勝ちたい、から。クリア……したい!」

「分かったわ。でも、一つ約束して欲しいの。必ず戻ってくるって」

「当たり、前、じゃん……。最後、おいしいとこ、貰うの……、私、だから、ね」

「ええ」

「二人共、アリスちゃんをお願いね!」

「もちろんだ、任せてくれ!」

「はいです。すぐ回復させてみせます」


 サーニャと椿は顔を見合わせ、頷き合うと、アリスを預けて前線へと復帰していった。

 一先ずアリスを横にする。お世辞にも寝心地がいいとは言えない床だが、元より寝所でもないのだから致し方あるまい。

 先ほどよりはいくらかマシになった様子が見て取れるものの、未だ苦しそうなアリスを見て、カムリは頭を悩ませる。


「しかしどうしたものか。苦しそうにしていてもステータスに状態異常は見当たらないしな」


 しばし考え込んでいたマナが、ポツリと口にする。


「アレだけの強風に晒されていましたし、もしかして酸欠……?」


 彼女の推測は当たっていた。あの強風で呼吸しづらい中、パイルトルネードに対抗するためずっと力んでいたのだ。それを想像するだけでもこちらが苦しくなってくる。

 無論、本当に酸欠に陥っているわけではなく、あくまでシステム的にゲーム内でそういう状態が作り出されているに過ぎない。とはいえ痛み以外はやたらリアルに再現されているせいで、こういったところはプレイヤーにとって辛いものだ。


「とにかくやれることはやってみます。キュア!」


 マナが状態異常を治すソーサリーを試してみると――どうだ、苦しそうだったアリスの呼吸が落ち着いていく。


「お……おお!」

「やってみるものですね……効きました」


 麻痺や毒と違って明確に表示されていないものでも一応はバッドステータスの一種で、キュアの対象となるらしい。


「ん、んん……マナに、カムリ?」


 正常なステータスを取り戻したアリスがゆっくり目を開け、


「ボ、ボスは!?」


 勢い良く起き上がった。


「落ち着け。大丈夫だ、善戦している。最初の五人以外、まだ誰も倒れていない。むしろ今、HP的に一番危ないのは君だぞ、アリス」

「そ、そっか……」


 ティターニアのほうを見ればレイドパーティーはかなり善戦しており、受けているダメージも多そうではあるが、ボスのHPはもう間も無く三段目に差し掛かるところまできていた。

 早く戦線に復帰したい気持ちが湧いてきて、体がうずうずしているのを察したマナがクスクス笑う。


「復帰は少しだけ我慢してくださいね。ちゃんと全快させないと三人共、サーニャさんに怒られてしまいますから」

「うっ、それはヤダなぁ。サーニャって怒ると怖そうだし我慢するよ」

「私も御免被る」


 回復を早めるためにポーションも呷ると、然程の時間も掛からないうちにアリスが完全回復に至った。

 ティターニアを倒すため、剣を手に再び立ち上がった彼女は、少し前までの倒れそうな状態を微塵も感じさせない凛とした雰囲気を纏っている。

 つい、カッコイイと思ってしまったことは胸に秘め、マナは微笑んだ。


「しっかり支援しますから、思いっきり戦ってくださいね」

「ありがと、マナ」

「じゃあ行くとしようか、アリス」


 アリスはコクリと頷き――背に生える小さな天使の翼をはためかせ、カムリを追うように駆け出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る