Stage.025 ブレイク・ザ・ゲイルⅢ
「それじゃあこれでおしまいね――パイルトルネードッ!!」
これでもかというくらいに圧縮されていた風が発射される。螺旋回転しながら直進する風はまさに投擲された槍の如し。大地を抉り、土塊を吹き飛ばし、その尖った先端でアリスたちを貫かんばかりの勢いで迫る。
「皆、私の後ろに!」
「ライトプロテクション!」
カムリが先頭に立ち、カイトシールドを地面に突き立て、足を開いて踏ん張りを利かせる。カムリには既にマナが防御ステータスを強化するリジッドを付与しており、さらにライトプロテクションを彼女の前面に発動させ、今の二人で出来る最硬の盾を形成した。
全員がカムリの影に隠れる中で、耐え切れることを信じてエンジュはチャージをスタートさせる。
唸りを上げるパイルトルネードがまずはライトプロテクションと衝突した。ソーサリーによる盾であるためパイルトルネードの威力はカムリに伝わっていないはずなのに、あまりの迫力に彼女はもう既に自分が攻撃を受けているような錯覚を覚えた。
所詮ゲームの中とはいえ伝わってくる迫力はリアルとなんら遜色が無く――いや、下手すればそれ以上で、怖いものはやっぱり怖い。それでも自ら選んでここに居て、背後には守るべき大切な仲間が居るのだから、逃げ出すことは絶対に許されない。
盾を支える手に、踏ん張る足に、身構える体に力が篭る。
いくらか耐えてくれたライトプロテクションが限界を迎えて弾け飛んだ。それでもなお衰えの見られない風の槍がカムリを直撃する。
「私が皆を守るんだ――うおおおおおおおおおおっ!」
気合の雄叫びを上げた彼女は全身全霊で以って受け止めた。とてつもない衝撃が全身を突き抜け、盾越しにガリガリと体が風に削られている感覚が襲う。威力に押されてジリジリと少しずつ体ごと後退していく――途中で、背中から腰の辺りにかけて何か押し返してくる感触が生まれた。
集中しなければと思いつつも盗み見るように視線をやると、密集したアリスたちが台風に家を飛ばされてしまわないように支える柱のような役割を果たしていた。
カムリが――いや、彼女でなくともタンクを生業としているプレイヤーがこのシチュエーションで燃えないわけが無い。滾らないことなどあろうものか。
盾を握る手に、痛いくらいの力が込められる。
「いい加減に……吹き飛びなさいよぉ!」
「負けるものかあああああ!」
モルフィンが残りの風を一気に放出しパイルトルネードは一層激しさを増す。付近の木々の枝はもちろんのこと、細い幹などでは到底耐え切れずとうに折れ、太くて丈夫そうなものにすら亀裂が生じている。
そして、凄まじい威力の風の槍は――終ぞ、彼女らの鉄壁の守りを崩すことが出来なかった。
「そんな、ありえない……パイルトルネードよ!? このソーサリーでたったの一人もやれないだなんて――おかしいじゃないっ!」
大技の反動か、或いは自身の有する最強の矛が通用しなかったショックなのか。どちらにせよ少々錯乱した様子のモルフィンはその場から動かない。
刹那――モルフィンの足元が爆ぜた。本来は単体へ使うような攻撃ではないブレイジングカラムだが、今は火柱と爆煙で彼女の視界を奪うのが目的だ。
「行っくよ、二人共!」
「ええ!」
「うん!」
アリスにサーニャ、そして椿が飛び出した。サーニャと椿、二人の武器にはアーツエフェクトが発生していて、突進系アーツの特性によりただ走っているだけのアリスを引き離して加速していく。
同じ突進系であっても、使用武器の重量によって速度に差が出る。火力重視で大剣に切り替えたサーニャよりも先に軽量で素早い椿が辿り着く。
「夜叉!」
肉食獣が鋭い牙で噛み付くように繰り出された突きはアブソリュート・エアに阻まれる。
「はあっ!!」
ワンテンポ遅れてサーニャがバスターズチャージによる高威力で突く――が、これも通じない。
「もう一発よ……もう一度パイルトルネードを撃てば今度こそ――」
喋っている途中で飛来したブレイズランサーが直撃して爆裂するも、絶対的な防御を誇るアブソリュート・エアへの信頼からか、モルフィンは攻撃されているのに一つとして気にも留めない。
アンスロートンがリキャスト中のため普通に走るしかなく、やや遅れてきたアリスがアーツコンボによる連撃を開始する。通常なら一撃か二連撃で硬直するところ、流麗な動作でその悉くをキャンセルし、アリスの剣の放つ光が何色にも変化する様は、これこそまさしくブレイドストリームと表現すべきだとさえ思わせる。
だが、それでも風は刃を通さず、吹き出す風はブレイジングカラムが生み出した爆煙を晴らし、モルフィンが視界を取り戻す。
アリスが懸命に攻撃する傍で技後硬直しているサーニャと椿は見惚れながらもあることに気付いた。最初に比べて、アブソリュート・エアが接触時に吹き出してくる風が目に見えて弱まっていたのだ。
(まさかアリスちゃん――)
(これに気付いていた?)
「無駄よ、無駄ァ!」
どれだけ攻撃しようとモルフィンは意に介さず、再び両手を広げてチャージを始めた。
ここで硬直の解けた椿とサーニャが二度目のアーツを使用する。椿は刀を鞘に納め、右足を一歩踏み出して腰を落とし――
「宝塔!」
居合いの一閃を放った。発動前後の隙は大きいものの、剣速と威力は刀の中でもトップクラスのアーツだ。
続いてサーニャが身の丈に合わない大剣を引き摺りながら切り上げる。
「ライズストライク」
大型武器特有の豪快な一撃が入った。見た目に違わず高威力のそれは障壁ごとモルフィンを後退させる。思わぬ攻撃にモルフィンは舌打ちするが、猛攻は止まらない。
「ブラスト!」
エンジュの追撃によりモルフィンの頭部付近で爆発が起きるも、彼女は微動だにしない。
サーニャの攻撃で空いた距離を詰めるため、アリスがアンスロートンで接近して突きを見舞う。アブソリュート・エアの接触面から吹き出す風は、彼女の目にはもう虫の息に映っていた。
「コンバージョン!」
マナが残り少ないMPを全て注ぎ、アリスのほぼ空になっていたそれを少量回復させる。アーツをギリギリ一回使えるくらいの、本当に少ない量だ。とはいってもアリスのアーツはただ一つを除いて全てリキャストタイムに入っている。だから、それだけで十分。
(ははっ、最高! 私たち、良いパートナーになれるよ)
一瞬、アリスは笑みを浮かべた。作られたストーリーであるかのように、このシーンを盛り上がらせようとしているとしか思えないタイミングで飛んできた補助が彼女の心を躍らせる。
「ブレイド――ストリームッ!!」
防御陣形でない以上、ここで突破出来なければパイルトルネードの前に今度こそ全滅は免れない。何としても突破する必要がある。
風の障壁を打ち破るべく、そしてMPを託してくれたマナの分まで戦うため、アリスの、最後の剣舞が始まった。
一撃目では、破れない。
二撃目でも、破れない。
三撃目も、四撃目も、五撃目も同様に、破れない。
駄目なのか――誰しもがそう思い、それでも否定した。六人全員が全力で戦っている。ならば今、自分と、なにより仲間たちを信じないのなら、一体何時信じるのだと。
六撃目。遂にその瞬間は訪れた。
アリスの右薙ぎが入った直後、アブソリュート・エアが消し飛んだ! モルフィンの残りHPはあと僅かだし、彼女はチャージ中でまともに動けない。そしてブレイドストリームはもう一撃残っている。
この戦いに終止符を打ち、勝利する最後の機会だ。
「これでっ!」
アリスが最短距離で突きを放った。
戦いが始まってから、モルフィンは初めて焦燥していた。サーニャにされた意味の分からない障壁無効化はまだしも、今、純粋な力のみで守りを突破されたのだ。妖精族の誰よりも風に祝福され、愛されてきた自分に叶う者など、それこそ神以外に存在し得ないと思っていたのに。
だというのに同族を裏切り、傷を舐めあうように肩を寄せ、神への信仰心など欠片も感じられない異端者たち。その中のたった六人に、風の守りを破られた。矜持を打ち砕かれたモルフィンのショックは計り知れない。
しかし、頭の中が真っ白になっても、本能は身を守ろうとする。
己が命を奪いに来る切っ先へ、チャージ中のスフィアを盾代わりにしてぶつけていた。
「わぷっ」
「く……」
「きゃあっ!?」
スフィアが崩壊すると同時に圧縮されていた風は烈風となって全方位へ吹き出し、モルフィン諸共アリスたちを吹き飛ばした。
チャージが阻害されたことでモルフィンの右手に残っていたスフィアは霧散し、結果的にはパイルトルネードを中断させることとなった。
アリスたちもなんとか体勢を立て直すが、三人ともが技後硬直で動けない。エンジュもマナもすでにMPが無く、二人して急いでポーションを呷っているもののアブソリュート・エアの復活までにソーサリーのチャージはきっと間に合わない。
次にアブソリュート・エアが戻ったとき――それは事実上、モルフィンの勝利であり、アリスたちの敗北に等しい。
満身創痍のモルフィンは蓄積した疲労やダメージからくる痙攣で腕を震わせながらも必死に立ち上がる。冷静さを欠いている彼女はまだ現状が飲み込めていないようだ。
これなら――とアリスは思う。自分の手で倒せないことに対する若干の悔しさはある。けれど、形はどうあれ大事なのは、まず、勝利すること。
アリスの傍を影が過ぎ去った。
彼女は動かない体で、思いの丈をぶつけるように、希望を託すように声を張り上げた。
「行っけえええええ! カムリィィィィィィィィィィ!!」
ブレイドストリームとパイルトルネードが相殺して弾けたあと、カムリは思い切り地を蹴っていた。その身には最早トレードマークと言って差し支えない紅蓮の鎧は無く、黒いアンダーウェアが剥き出しだ。走るスピードを上げ、ほんの少しでも早く標的に辿り着くために装備を外していたのだ。
カムリはただ盾と剣のみを装備した軽戦士を思わせる格好でひた走る。
モルフィンがある程度の冷静さを取り戻した頃には、もう、カムリは眼前に迫っていた。彼女が剣を振りかぶる。
「くっ、この! ウィンドブロ――かはっ!?」
チャージ時間がほぼ無いに等しいウィンドブロウで吹き飛ばそうと試みたモルフィンの腹部に、発動よりも僅かに早くカムリの盾の先端が食い込んだ。彼女の咄嗟の判断が功を奏し、ウィンドブロウは不発――モルフィンはよろめいた。
「レングスワイズ!」
ウルティマ・トゥーレには希望を、モルフィンには絶望を齎す光――アーツエフェクトを放つ片手剣が閃いて、モルフィンの肩口から腹部に至るまで深々と切り裂いた。決して火力が高くはないカムリの一撃といえど、残り僅かなHPを奪い取るには十分過ぎて余りある。
「私が……負け、た? そ、んな……イヤよ、イヤ! 死にたくない! 死にたく――」
どれだけ叫ぼうと、どれだけ願おうと、優しさや温もりが溢れたように見えるだけの非情なこの世界はHPを失った存在に容赦しない。モルフィンの体は砕け散り、ポリゴンの破片は塵芥と成り果て、消滅していった。
「ハァハァ……やった、のか?」
ただ無我夢中だった。心拍数が上がり、呆然としながら肩で息をしていたカムリがゆっくり振り返った瞬間――体に衝撃が走って、視界が揺らいだ。次いで、歓喜の声が耳を劈く。
「やったぁぁぁぁぁ!」
視界を埋め尽くしているのは青く澄み渡った空だった。それで漸く仰向けになっていると理解すると、体に重さと温もりを感じて上半身を起こしてみれば、抱き付いていたのは心底嬉しそうなアリスだった。
周囲には他の四人も居て、アリスのように抱き付きこそしてこないが勝利を喜んでいるのは間違いなかった。
全員がしばらく勝利の余韻に浸っていると、エンジュが思い出したように言う。
「でも、ま、中々に一か八かな作戦だったわね」
「そうでもないんじゃないかな。アリスちゃんはいち早く、あのバリアのこと気付いてたみたいだし。そうだよね?」
「まあね」
「どういうことですか?」
エンジュとマナが揃って怪訝な表情を浮かべる。
「あのバリアだけど、攻撃するたびにちょっとずつ吹き出す風が弱くなってたから、それが残りの耐久力を表してると思ったんだ」
「そういうことか」
「なるほど、それだと後衛のアタシらじゃ気付けないわけだわ」
「だから持久戦に持ち込んで削っていけばと思ったんだけど、サーニャがいきなり消し飛ばしちゃったじゃん? あれは流石に焦ったね」
「ご、ごめんなさいアリス」
「別に責めてるわけじゃないって」
アリスはシュンとしてしまったサーニャを元気付けようと手を握って、言う。
「むしろあれのおかげで戦闘時間短縮出来たし、っていうかあれ凄くない? 詳しく教えて欲しいんだけど!」
「ええ、もちろん。あれはソーサリー・ディスパースと言って、剣で触れたソーサリーを一度だけ無効化するのだけど――」
話し込み始めた二人を遮るように、エンジュがパンパンと手を打ち鳴らす。
「ハイハイ、とりあえず拠点に戻りましょ。話は歩きながらね」
促され、一同はぞろぞろと来た道を戻り始める。
カムリは途中で足を止め、振り返った。地面は抉れ、木々は薙ぎ倒されて、痛々しいまでの痕跡が戦いの激しさを物語っている。でもこのダンジョンから出ると、きっとそれらはリセットされてしまって、元の綺麗な景観に戻るだろう。けれど戦った事実までは無くならない。
ここでの戦闘が今までで一番パーティーらしく戦えて、仲間同士の結び付きも強まったと、自信を持って言える。そんな場所を忘れないよう、目に焼き付けておこうと、カムリは食い入るように見つめる。
「カムリ! 何やってるのー!!」
「早くしないと置いてっちゃうわよ!」
呼ばれて正面を向けば、随分と遠くに仲間たちが居た。
カムリはほんの数秒見ていただけのつもりだったが、思っていた以上に見入っていたらしい。
「待ってくれ、今行く!」
自分でも驚くくらい穏やかな声で返事をして、仲間の元へ走り出した。
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