Stage.023 ブレイク・ザ・ゲイルⅠ

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 深い森の中にあって、アリスたちの歩く道は光に溢れていた。木漏れ日を受けた木々や草花が信じられないくらいに美しく輝いているのだ。あまりに神秘的なそれは現実離れした情景を生み出していて、黄泉比良坂へ続く道ではないかと、却って不安を抱かせるほどだ。


「い、色々と凄い場所だな……」

「ホントにこっちで合ってるんでしょうね?」

「大丈夫だって。もうすぐ着くから」


 初めて来るエリアで警戒に勤めている中、既にただ一人、ソロで訪れているアリスに恐いものなどあろうはずもなく、ずんずん進んでいく。サーニャはサーニャでサヴィッジフォレストの時に似たような経験をしているせいか、或いはアリスを信用しているからなのか最早、慣れたものと言わんばかりに付いて行っている。

 二人がそんなだからエンジュたちも次第に馬鹿らしくなってきてしまい、当初の緊張感はどこへともなく消え去り――終いにはピクニックに出かけているようなテンションになっていた。

 ようやく盛り上がってきた――というところで、


「この先だよ」


 アリスが到着したことを告げた。途端、行方知れずになっていた緊張感が戻ってくる。

 変わらず先頭に居るアリスが数歩進むと、何も無い空間に波紋が生まれ、その発生源へ吸い込まれるように姿を消した。ダンジョンへ入ったのである。

 全員がそれに続く。彼女らの眼前に広がるは大規模なエルフの集落。大自然の中で不規則に建ち並ぶログハウスが異彩を放ち、ここをキャンプ場のように思わせる。入ってすぐ少し身構えたものの、敵の気配らしいものも感じられず、歩みを再開させる。ゆっくりとした足取りで進みながら、周囲に気を配る。

 アリスも初めて訪れた時には悠長に観察している暇も無かったものだから、つぶさに観察している。そうして、今になって漸く気付いた。前回の時点で大きい集落だとは思っていたのだが、それを上回る規模だった。

 エルフの住居はログハウスだけでなく、このダンジョンに入ることで初めて視界に表示されるいくつかある大木の幹を利用したものまで存在していて、百人やそこらの人数が住む規模ではなかった。つまりあの時、エルフの人数は最大でなかった可能性は高く――


「アリスさん、こんなところへ一人で来たんですね……」

「さすがアリスちゃん、なのかな?」

「フツーにおかしいバカだから」

「そんなことないわ、アリスなら大丈夫よ」

「いや、かなり無謀だと思うが……」

「サーニャのアリスに対するその信頼も相当アレだわ」


 エンジュたちが話すのを静かに横で聞いていたアリスは大した情報も無いまま、よくこんなところへソロで突っ込んだものだと、今更ながらに自分を褒めて・・・あげたくなった。

 ここで反省や後悔といったものが出てこないのが前向きな彼女らしい。

 もし何かアイテムがあったらラッキーという思いもあってか、ログハウスの中も確認しながら徐々に集落の奥へと探索していき、ここの中心であるのか、他のものより一回りほど大きな大木に間もなく辿り着くという時だ。


「わわっ!?」

「な、何?」


 マナとサーニャが驚きの声を上げた。それまでそよ風くらいにしか吹いていなかったそれが突然、突風となって押し寄せたのだ。


「皆、気を付けて!」


 椿が警戒を促すと、呼応するかのごとく鳴りを潜めていた緊張感が一気に表出する。空気が張り詰めていく中、腕で顔を覆いながらも前へ向ける彼女らの双眸は大木の根元に光が集まっている様を確かに捉えていた。


「あそこ……木の根元に何かあるぞ!」

「ビンゴみたいね!!」


 尚も吹き荒ぶ風は彼女らの髪を激しく揺らす。平時であれば鬱陶しいことこの上ないのだろうが、今はそんなことが気にならないくらいに、彼女らの注意を引くものがあった。

 それは、昨日見たものに酷似している。いや、それそのものと言ってもいい。フェアリィ・インベージョンの終盤に現れたアレ・・だ。

 集まった緑光が野球のボール大サイズの球体を形成した刹那、一頻り吹いた風はお役御免となり、辺りは元の静けさを取り戻した。そこから縦に伸びて、やがて人型を模った。それが輝きを失くした後には小学校低学年くらいの、耳が少しだけ長く尖って、レースのように透けた薄くて長い羽根を生やした金髪の少女――モルフィンが居た。


「ねえエンジュ、大事なこと聞きたいんだけど、いいかな?」


 アリスが鬼気迫る表情で言ってくるものだから、エンジュは喉を鳴らして答える。


「こ、こんな時に何よ?」

「エンジュってさ、妹が居たりする?」

「…………はあ?」


 意味不明な質問に間の抜けた声が出る。居たら何だ、居なかったら何なのだ、何を意図して聞いているというのだ。

 今そんなこと聞く必要ある? と言おうとして、アリスの視線が前方へ向けられたままだったから、自然と釣られてエンジュもそちらを向いて、理解した。自分たちの目の前にいるモルフィンはエルフによく似た外見的特長を有している。そして、エンジュはエルフである。

 彼女はちょっとだけイラっと来て、静かに怒りを解き放った。


「んなわけあるか! アンタ、バカなの?」

「だよねぇ、えへへ。でももしそうだったら、斬るなんて可哀想だし?」

「バカな事言ってないでさっさと構えなさいよ」

「エンジュが冷たーい」

「ああもう、このアリスバカってば――」


 二人のやり取りを遮るように、わざとらしい咳払いがする。


「そろそろいいかしらね?」


 前方を見れば、空気を読んで健気に待ってくれていたモルフィンもいい加減、我慢の限界に達したのか、青筋を浮かべているではないか。


「その、あれだ……すまないな」


 今から戦う敵で、ここのダンジョンボスであろうモルフィンがボスらしく登場してくれたというのに、二人――というかアリス――が雰囲気を台無しにしてしまったことにカムリは非常に申し訳なくなってしまい、とりあえず謝った。それで空気が元に戻るわけでもないが、モルフィンの心情を考えると耐えられなかったのだ。


「ま、まあいいわ」


 こめかみの辺りをピクピクさせていたモルフィンだが、気を取り直すと不敵な笑みを浮かべて言う。


「思ってたより早かったじゃない。もう数日は掛かると思っていたのに」

「あんまり待たせちゃ悪いでしょ? それに、早く戦いたかったし!」


 先ほどまでの緩い雰囲気はどこへやら。凛とした空気を纏ったアリスは剣を抜き、構えた。


「やる気は十分というわけね。それじゃあ、遊んであげる」


 小学生が大人の女性口調で話してもイマイチ締りがないが――それはともかく、モルフィンがパチンと指を鳴らすとゾロゾロと、どこからともなく十人ほどのエルフ集団が現れた。

 今までのことを思えば全くと言っていいほど大したことのない数だ。しかし、彼らの様子はどこかおかしい。足取りが覚束ないだけでなく、白目を剥いて涎まで垂らしている。正気でないのは火を見るより明らかだった。

 モルフィンは口を大きく歪ませ、楽しそうに言う。


「ちょっと頭を弄くったから色々とアレでソーサリーも使えなくなっちゃったけど、でも、元から大して使えないから別にいいわね。それに何より、あなたたちを歓迎するのに面白い趣向でしょう? さあ、お前たち行きなさい! 宴の続きよ!!」

「あそphvrvなおfはh!?」

「くぁwせdrftgyふじこlp?」


 最早、彼らは人語ですらない雄叫びを上げて、ただ突っ込んでくる。


「うわっ、こいつらキモ過ぎ!! 範囲攻撃で一気に焼き払うから距離詰めさせないでよ!」

「任せろ! ウォークライ!!」


 躍り出たカムリの体から鎧と同色の赤い光が波紋のように勢い良く広がって、その効果範囲内の狂ったエルフ族のヘイトを己へ集中させ、たった一人の防衛ラインを一瞬にして築き上げた。殺到するエネミーを前に、カムリは更にアクティブスキル・ライオットガーディアンを発動させると一瞬、彼女の全身が金属でコーティングされたようなエフェクトに包まれた。

 自身を次々と襲う剣や槍、斧の攻撃を盾で受け流し、たとえその身に受けようともものともせず、その場から一歩たりとも引き下がらない。それだけの攻撃を受けて尚、彼女のHPは未だ三割も削れていなかった。というのも、ライオットガーディアンの効果により攻撃力が減少する代わり、元々高い防御力をさらに大きく上昇させていたからだ。

 文字通り鉄壁の防御力を誇るカムリに守られ、エンジュもマナも、余裕を持ってソーサリーのチャージを終え、その証として二人を中心にそれぞれ火の粉と光の粒子が舞っている。


「チャージ完了――泣くんじゃないわよ、カムリ! ブレイジングカラム!!」


 エンジュがソーサリー名を叫んでからきっちり一呼吸置いて、ブレイジングカラムは発動する。カムリが居る辺り一帯が爆ぜ、彼女諸共エルフたちを飲み込む巨大な火柱が立った。

 攻撃が終わって数秒後――


「ケホッ、ケホッ……」


 爆煙の中から咳き込みながらカムリが出てきた。咽ているせいか若干目が潤んでいるが、HPゲージも三割ほど減少しているところから変動は見られない。


「なあエンジュ、ちょっと火力高すぎないか? 死ぬかと思った」

「守りきれるかヒヤッとしました……」

「何言ってんの、火力特化なんだからコレくらい当然でしょ」


 火柱の中でカムリが無事だったのは、ブレイジングカラム発動直前にマナのライトプロテクションが彼女を覆ったからだ。おかげでエンジュは何も気にせずぶっ放せたというわけである。


「いくらタンクとはいえ、こんな役割を担ったのは初めてだぞ」

「倒せたんだからいいじゃないの」

「それはそうだが、あまりやりたくはないな。心臓に悪い」

「慣れよ、慣れ。これからバンバンやってあげるから」

「ハハハ……お手柔らかにな」

「わ、私がちゃんと守りますから――多分」

「頼りにしてるぞ、マナ」


 自信なさ気な台詞とは裏腹に、マナの目と、言葉からにじみ出る気持ちの強さを二人は確かに感じた。

 それは小さな一歩かもしれない。けれど、ほんの僅かであったとしても、変化が現れ始めた彼女を言葉にまではしなくともリアルで長い付き合いのエンジュは嬉しく思った。またカムリも変われることを少し羨ましく思えた。


「さて、それじゃあアリスたちに合流するわよ」

「そうだな、早く加勢に向かおう」

「頑張ります!」


 三人は気合を入れ直し、ボスの元へ急いだ。



 エルフ族の狙いがカムリへ集中している隙に、アリス、サーニャ、椿の三人はモルフィン目掛けて疾走する。フェアリーは種族的に見ても明らかに後衛タイプの魔法使いであるから、接近さえしてしまえば、近接戦闘が出来る前衛のほうが有利なはず。色々と弄くったというエルフ族十人の物量で押せば、六人程度は圧倒出来る――そう踏んで、モルフィンは周囲に護衛を誰一人として残して居ないのか。

 ならば。

 それを逆手に取って、けしかけさせたエルフ族を無視してやれば・・・・・・・自分たちもそれなりにリスクを負うが、無防備な後衛を前衛三人で一方的に攻撃できるという大きなメリットを得られる。

 幸いにもエンジュは範囲攻撃を放てるし、フェアリィ・インベージョンで特化火力によるそれの効力も実証済みだ。だからこそ、その作戦を速やかに実行することが出来た。

 流石攻略の最前線に身を置くプレイヤーたちなだけあるだろう。各々がすぐそこへ辿り着き、行動に移していた。経験の浅いサーニャは出遅れたものの、頭の回転が早い彼女はアリスに手を引かれて走り出したことですぐ理解していた。

 残った三人が無事に切り抜けてくれることを信じて、今はただ、モルフィンと戦うのみ。

 初手はやはりアリス。得意のアンスロートンで加速して、一気に接近、突きを放った。距離はもう殆ど無く、切っ先は目前まで迫っている。

 しかし。

 モルフィンに一切の動きは無く、避ける素振りさえも見せない。ただ不敵な笑みを浮かべるだけの彼女にアリスは不気味さを感じるが、アーツが発動している以上、今更止める事も出来ず、全力で突撃をかます。

 単純にモルフィンがこちらの動きを読み違えて、三人が突撃してくると思わず、動けなかっただけなのか。アリスの胸騒ぎはただの思い過ごしだったのか。この距離まで迫れば躱すことは不可能。命中する――と思った矢先、モルフィンの体二十センチメートルくらい手前で、剣は見えない何かに激突し、爆風が生まれた。

 その見えない何かは切っ先が触れている箇所から風を生み出し続け、アリスを拒絶する。


「くっ!?」


 そして、ついに炸裂した風はアリスを後方へ吹き飛ばした。体勢を崩された彼女はそのまま技後硬直にハマってしまい、動きが止まる。

 その横を駆け抜けた、身軽に動けるようにと魔法片手剣を握っているサーニャと椿の二人で、左右から同時に斬り付ける――が、またも見えない何かに阻まれ、刃はモルフィンへ届かない。ただ、アリスのように真正面からぶつかったわけではないため、吹き出した風に吹き飛ばされることはなかった。

 硬直中もしげしげと見ていたアリスが呟く。


「風の――バリア?」

「ご明察」


 それに返答するように、心底見下した口調で、モルフィンが言う。


「このアブソリュート・エアがある限り、私には指一本触れられないの。だから、最初に言ったでしょ? “遊んであげる”って」


 モルフィンはアリスに向かって、ゆっくりと右手をかざした。その掌へ、冷酷さに満ちた風が集まりだした。

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