Stage.018 フェアリィ・インベージョンⅣ
22
北の空が煌き、突如として激化した敵の攻撃。砲煙弾雨の中、次々と倒れていく仲間達を視界に捉えながら沖田刀子は必死に身を護っていた。誰一人として護れない歯痒さに、自然と刀を握る手に力が入る。
ギルドメンバーにせよ、そうでないプレイヤーにせよ、そのどちらであっても今、このクエストをクリアするための仲間には変わりないというのに、眼前で次々戦闘不能に陥って行くのだ。彼女は決して自分を過大評価していないものの、第一陣の隊長役を任されていることが余計に、自分の無力さを突きつけられているようで、たまらなくもどかしかった。
「そんな……」
絶望に染まった刀子の心の声は細く――細く、漏れ出た。
攻撃の雨が止んだ後、彼女の周囲に所狭しと居たプレイヤーたちの影は無い。グラスランドミントベアと交戦していた人数だけでも二十人は居て、その周囲で雑魚モンスターの露払いをしていた数まで合わせればもっと沢山居たのだ。だというのに、実にその九割前後がユピテルへと強制送還されていた。残った約一割のプレイヤーたちだって、お世辞にも無事とは言い難い。その殆どが戦闘不能の一歩手前で、甚大な被害を被っていた。
刀子本人にしても彼らより多少マシという程度だ。持ち前の敏捷さで大ダメージに至るような直撃こそ受けなかったとはいえ、躱しきれもしていない。極力は回避していたが、どうしても出来ない場合は打ち払っていた。その中には当然、アーツやソーサリーが混じっていて、例え打ち払ってもHPを少量削られてしまうのだ。
グラスランドミントベアを中心に撃ち込まれた攻撃は波紋の如く広がっており、この戦場は阿鼻叫喚の巷と化していた。この攻撃はいくらなんでも無茶苦茶じゃないのかと思い始めた矢先、刀子の視線は一点に釘付けとなった。
「凄い……」
視線を奪われた光景に短く、零す。
このクエストが終わったら決闘をすると約束していた金髪の天使が通常攻撃とアーツを織り交ぜて、今しがた自分たちを襲った攻撃――その悉くを打ち払い、仲間を護りきったのだ。
『おい! 大丈夫か、刀子!?』
唐突に送られてきた土方からの――音声は聞こえない――ギルドチャットの通知に、連携の取れたアリスたちの動きに見惚れていた彼女の意識は引き戻される。慌てて周囲を確認すると生き残ったプレイヤーたちはポーションを飲んで回復に努めていた。ボスはといえば、降り注いだ攻撃にはフレンドリーファイアの判定があるらしく、かなりのダメージを受けていたものの尚も健在で、ダウン状態から覚束ない足取りで立ち上がろうとしていた。
刀子は素早くチャットで返事をする。
『私は大丈夫ですが……。すみません、第一陣は壊滅状態です』
『ありゃあ仕方ないだろう、お前たちは良くやった。生き残った奴らを下がらせろ! 第二陣が既に向かっている、交代だ!』
『わかりました』
チャットウィンドウを閉じ、立ち上がり、刀子が叫んだ。
「みなさん、後退してください!」
敵側も雑魚モンスターはプレイヤー同様に壊滅的な被害を出していて、それには絶好の機会と言えた。これを逸す手はないと、共同戦線への参加の有無を問わず、前線の生き残りプレイヤーの大半が撤退を決め込み、我先にと駆け出した。
彼らを見送り、第一陣のまとめ役から開放された刀子は一安心したのか一息、吐いて――
「お待たせしました。さあ……続きですよ!」
ようやく立ち上がったグラスランドミントベアを見据え、ほくそ笑んだ。
23
男の声が聞こえた瞬間、アリスがピクリと反応した。彼の姿を捉えた瞬間、歓喜に心が震える。
エルフの集落で戦い、負けず――しかし勝てなかった、自身と同じく金の髪に剣と盾を携えた耳長の戦士。次は勝つと心に誓い、このクエストで再戦出来るかもしれないと期待していた相手――ユリウスが、向こうからやって来てくれたのだ。
「久しぶりだな、天使族の女。お前と再び相見える日を心待ちにしていたぞ」
「私もだよ。今日は勝たせてもらうからね!」
「ほざけ、勝つのは俺だ」
アリスとユリウス。不敵な笑みを浮かべあう二人の間だけで会話が進んでいき、サーニャと椿の二人は状況が全く飲み込めずにいて、他の三人は「アリスがソロで森に入ってやらかした関連のことか……」と、何となく上澄みだけ理解していた。
「一対一、でいいかな?」
「それに応じてやりたいところだが、我らが主の加護を受けた今の俺に、お前一人で太刀打ち出来るわけがないだろう。全員で掛かって来い」
ユリウスの全身から溢れ出る研ぎ澄まされた闘志。それがプレッシャーとなって波動のように押し寄せ、場の空気が変わる。増大した緊張感からか、途端に一同の体は石になったように動かない。睨みつけることはできても、虚勢を張っているようにしか見えず、捕食される側に立った気分だ。
通常のプレイヤーであれば大半は、強力なボスの登場というだけでも少なからず緊張や警戒もしようというもの。だというのに、今のユリウスは主の加護により威圧スキルを獲得していて、本来の効力を上回るプレッシャーを放っているのだ。
しかし――ただ一人、既に気分が高揚して戦闘モードに切り替わっているアリスには逆効果でしかなかった。それは彼女がハイパフォーマンスを発揮するための集中力を高めるのに役立ったと同時に、ユリウスの忠告を無視するには十分だった。
「アリスッ!?」
「ま、待ちなさいバカ!」
制止の声も聞かず、アリスは一陣の風となって走り出した。いつもなら得意のアンスロートンから攻撃に繋ぐ所だが、先ほどの防御行動時に持ち得るアーツの全てを使用したことにより、それらは現在リキャストタイム中で再使用まではまだ少し時間が必要だ。
けれど、そんなこと、関係が無い。
アリスが高いプレイヤースキルを身に付けた結果、出来るようになったことの一つがアーツコンボであって、まかり間違ってもその逆はありえない。彼女にとってアーツとは、ただ高威力の攻撃手段でしかなく、アーツコンボを出来ること――それ自体が強さの秘訣ではないのだ。
一気に距離を詰めたアリスはアンスロートンを再現するつもりなのか、剣を持つ右腕を引いて突きを繰り出す体勢に入る。
「はっ!!」
間合いに入る瞬間――一瞬の内に剣を振り上げ、上段の体勢へ移行する。ユリウスも僅かに盾を構える防御姿勢を変えるが、当然ながらそれを見越していたアリスは上段構えすらフェイントにしている。上段の途中で止まることなく、八相の構えに近いが刀身が地面に水平となるくらいまで切っ先を下げた格好となった。
「無駄だ!」
最初の構えから瞬きする暇も無く、即座に横薙ぎへ変換された一閃だったがユリウスの持つ盾に防がれ、ダメージを与えることは敵わなかった。この程度の小細工は通用しないと最初から分かっていたのか、アリスの心は一糸乱れることなく、そのまま力任せに盾ごと腕を弾き飛ばす。
「くっ――」
反撃に入ろうとして剣を振りかぶったユリウスだったが、予想を超える威力の横薙ぎに体勢をやや崩される。対するアリスは攻撃の勢いに逆らわず一回転しながら彼の左側面に回りこみ、もう一度、水平切りを放った。
狙うは隙が出来た首。そこは大抵、特殊な場合を除いて極端に高いダメージ倍率が設定されている。例え通常攻撃だろうと、文字通り首を刎ねるくらいのクリーンヒットをさせれば一撃で仕留め得るほどに、だ。
早くも危機が訪れたユリウス。しかし冷静にバックステップを踏んで距離を取る。切っ先が掠ることはなかったが、ほんの僅かに反応が遅れていたなら致命傷となっていたことは想像に難くなく、のっけから紙一重の攻防が展開されることとなった。
「今のを完全に躱すなんてやるね、おじさん」
「貴様こそいい動きをしている、小娘。だが――まだだ。まだ足りんっ!」
ユリウスが今度はこちらの番だと言わんばかりに斬りかかった。アリスが応戦しようと構え直したところで、彼が咄嗟に反応して飛び退いた直後、その場を雷鳴と共に白い雷が駆け抜けた。
全体に向けられていたプレッシャーが先ほどの攻防でアリスのみに絞られたことで解放され、いち早く動き出したマナが放った光属性ソーサリーのフラッシュボルトだ。サポートを主とした彼女の能力もあって威力は然程高くないものの、当たれば確実に隙が生じてしまい、アリスに追撃を許すことになっていただろう。
「まだよ!」
続けてエンジュの放った三つのファイアボールが飛来する。内二つをヒラリと躱し、最後の一つを盾で難なく防御する。
「行くわよ!」
「せいっ!!」
背後へ回り込んでいたサーニャと椿が接近する。一人ずつの攻撃が盾で防がれるのなら、同時に別方向からならどうか。二人はユリウスの左右から水平切りアーツで仕掛ける。
「無駄だ!」
サーニャの攻撃は盾で防がれた。これは予想の範囲内だったのだから、問題は無い。もう一方――椿の攻撃は通るのではないか。そんな幻想を打ち砕くかの如く、ユリウスは盾で護りながら器用にも同時に剣で捌いたのだ。
「そんなっ!!」
「嘘っ!?」
完全に凌がれたことで驚愕する二人はすぐにでも離脱したい思いだったが技後硬直が発生し、無防備な姿を晒す。
「まずは貴様だ」
ユリウスは剣を持つ側に居る椿を標的に定めた。刀身が橙の光を放つ。片手剣縦切りアーツのレングスワイズだ。一切の抵抗を禁じられた彼女に無情なる刃が迫る。
「させるかっ!!」
カムリだ。割り込んできた彼女がカイトシールドで以って、派手な金属音を立て、火花を散らし、椿の窮地を救ってみせた。
一同は安堵した。ユリウスが
彼がアーツを発動した時点でアリスは動き出していた。背後から近付く彼女が圧倒的優位に立っているし、この後ユリウスには硬直が発生する。ここがアーツコンボを決めるまたとないチャンス。
アリスはアーツを発動させようとする直前――目を見開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます