Stage.006 グリーピル
8
白雪の如くポリゴンの破片が舞う中、澄み渡る空を見上げて佇む金髪の少女。
その一瞬を切り取って「儚き幻想の少女」だとか「風花の舞う森で」なんて、ちょっと背中が痒くなってしまうタイトルを付けた絵画にすれば、芸術作品として評価されてもおかしくないくらいに――なんだか、とても不思議で美しい光景だった。
「うおおおおおおおおおお!」
「ボスを倒したぞ!」
「あの子めっちゃ可愛い」
「てか最後のやばすぎじゃね!?」
「ドロップ確認だ!」
「やったぜ!!」
その少女――アリスは他プレイヤー達の最高潮に達した興奮から来る歓喜の叫びで、仮想現実の中の現実に引き戻された、そんな感覚だった。極限まで研ぎ澄まされていた集中力は途切れ、疲れが津波のように押し寄せてくるのが分かる。今にもその場に崩れ落ちそうだった。
「アリス!」
「アリスちゃん!」
「アリスさん!」
名前を口々に呼ばれながら同パーティーの三人が駆け寄った――直後、パキンと金属音がした。アリスがだらりと垂らしていた右腕を軽く上げて見れば、自分の手が握っていたのは刀身の根元から折れて無残な姿となった――今の今まで共に戦っていた相棒だった。
視線を更に落とすと地面には折れた刀身部分だけが刺さっていたが、ポリゴンの破片となって消滅し、まもなく、それを追う様にアリスの手に残っていた柄を握る感触も消失した。
本来、町に戻って耐久値を回復させるつもりだったというのに、急遽ボス討伐に参加することにしたせいでそれが成されなかったがために、この戦闘で武器が限界に達してしまったのだ。
一応、予備の武器はストレージに入っている。今は喜ぶよりもそれを取り出して、まだやらねばならないことが残っている。
アリスが振り返って言った言葉は、
「皆喜んでるけど、もう一体残って――」
途中で必要のないものだと理解した。
もう半数のメンバーが戦っていたワイルド・リル・ファングは、アリスたちがワイルド・ギル・ファングを倒すより僅かだが早く撃破されていて、彼らはこちらへ救援に向かおうとしていたようだった。
それでアリスは終わったことに漸く気付いたのだが、実はワイルド・ギル・ファングを撃破した後直ぐに、システムによるワールドアナウンスで、このエリアボスが撃破されたことがゲーム内に通知されていたのだ。だから他のプレイヤー達は手放しで喜んでいたというわけだ。
「終わってたや……」
気が抜けたアリスは、とうとうその場に崩れ落ち――かけたところを、咄嗟に椿が支えた。
「ありがと、椿」
「アリスちゃん、お疲れ様」
「ほんと、凄かったです」
「そう、それ! 最後のヤツ、あんな連続攻撃するアーツなんて見たことも、聞いたことないんだけど! 攻略掲示板にだってそんな情報無いし」
捲くし立てるように喋るエンジュに、アリスは「あはは……」と苦笑いで返す。答える気がない――というよりは、疲労で喋りたくないという様子だ。それが伝わったのか、エンジュはちょっとばかりいじけたように「まあ、お疲れさま」と労った。別の意味も込めて。
アリスの忙しさはまだ続く。
あれだけの活躍をして見せたのだ。当然、他のプレイヤー達だって彼女のところへ寄って来る。その筆頭が――主催であり、メインパーティーのリーダーでもあるライルだ。
「アリスさん、最後しか見れなったけど凄かった! 君が参加してくれて本当に良かったよ!!」
彼の賛辞から始まったそれは、パーティー募集から現在に至るまで、会話してないどころか名前すら覚えていない相手までもが賞賛を送ってくる。いつになったら休憩出来るのだろうか。早く街に戻りたい。解放してほしい。少しは疲れてる私のことも考えてほしい――と、アリスは心底うんざりしていた。
もしこれが厳つい男性アバターだったなら、ここまで囲まれることは無かったかもしれない。しかし残念なことにアリスのアバターはリアルの容姿そのまま(もちろん他のプレイヤーは知らない)だが、それでも超が付くほどの美少女だった。高いプレイヤースキルがあるというのも理由の一つだが、最大の原因はその容姿にあった。
それを「やっぱりこうなった」と、可哀想な目で見ているのが三人。
「しゃーない、助けたげるか」
エンジュはやや面倒臭そうに溜息を吐くと、アリスを中心に出来ている人だかりへと近づき――パン! パン! と手を打ち鳴らして注目を集める。
「はいはい! その子も頑張って疲れてるだろうし、まずは町へ戻るべきじゃない?」
その提案に――それもそうだな、と彼らも少し申し訳ない気持ちにでもなったのか、素直に受け入れた。アリスを始めとした消耗の激しいプレイヤーを守るように中心へ配し、一行は町への道を行きよりもゆっくりとしたペースで戻っていく。
最初と同様に、消耗しているとはいえこの大所帯にちょっかいを出してくるアクティブモンスターはほとんど居らず、帰りも相変わらず楽なものだった。
死闘を潜り抜けたということもあってか、妙な絆というか連帯感というか、そんな感じのなんだかリア充染みた変な感覚を皆が覚えたのか、近くのプレイヤーと楽しげに話して和気
そんな中、一際疲れているであろうアリスはそっとしておくということになっていたが、それでもやはり付近に居る者は気になるのか、どうにか話しかけられないものかと彼女をチラチラ伺っていた。しかし当の本人は結局、町に着くまで終始言葉を発さず、ボーっとしながら歩くだけだった。その様子はまるで強制連行されているかのようだった――とは、目撃した他プレイヤーの談。
9
町の入り口まで来たところで解散の運びとなった。この頃には疲労も随分と回復していたアリスはアイテムストレージを開き、他のプレイヤーよりもかなり遅れてのリザルト確認を始めた。
事前に話がされていた通り、経験値とゴルド(ゲーム内通貨)は全員で均等割り。またアイテムに関して、レイドボス戦は貢献度に応じてシステムが自動割り振りを行うため、それに準じて取得したプレイヤーのものとされていた。
ここで言う貢献度というものはなにも与えたダメージ量だけで決まるものではなく、ヘイトコントロールや支援に始まり、受けたダメージ量、回避率や被弾率など、多岐に渡る項目で評価される。その評価方法も相対評価と絶対評価が入り混じったようなものになっている。
例えば、しっかり戦闘に参加して与ダメージと被ダメージが共にあるプレイヤーAと、隅っこで何もしなかったプレイヤーBとで比較した場合だ。当然ながらBよりAのほうが与ダメージの項目において評価が上となる。では、被ダメージはどうだろうか。その数値だけで言うのならば、Bは最高値であるゼロ、Aは被弾しているためマイナスとなり、結果としてBのほうが優れていることになる。
でも、待ってほしい。
Bの結果には中身が伴っていないというのにAより優れているなんて評価が下されれば、プレイヤー達は必ず不満に思うし、開発・運営チームだってその点は理解している。だから、そこで絶対評価による補正が必要であるし、実際、こうしてシステムに組み込まれているのだ。
その結果――Aは他の項目の貢献度も考慮に入り、被ダメージによる点数評価が緩和される。Bも同様に被ダメージがゼロであっても、その他の項目で評価されていないため内部評価ではマイナスとなる。そうやって、極力公平な評価となるよう調整される。
この情報は事前に運営チームから告知されているのでプレイヤーたちにも概ね好評のようで、アイテム分配で揉めない良いシステムとして受け入れられていた。
「な、何か良い物はありましたか?」
「ん?」
声を掛けてきたのはつい今しがたまでパーティーを組んでいたプレイヤーの一人で、黒髪をボブカットにした少女、マナ。彼女はエンジュや椿の後ろに隠れ気味で、オドオドしているというか恥ずかしがりというか――そんな感じの印象だった。最初は話していてもその通りだったもののボス攻略を通じてある程度は打ち解けられたらしく、どこかぎこちないながらもマナから話しかけてくれるくらいになっていた。
「評価が良かったから、素材アイテムが結構多い感じかな。あとは撃破ボーナスで上半身用の防具が出てるかな」
そう言ってアリスが画面を操作すると――モブキャラっぽい、いかにもな安物から一転、上質そうな浅黒いレザーアーマーへと変わり、少しだけ剣士か、或いは戦士の印象が強まった。
「いいですね!」
「私は白や青のほうが好きなんだけどなぁ。それに黒ってなんか天使のイメージじゃないし?」
「いいじゃないの、性能高そうだし。アタシらなんて素材が出たくらいなんだからね」
「おめでとう、アリスちゃん」
エンジュと椿もやって来る。椿は相変わらずニコニコして穏やかそうだが、エンジュは少し羨ましそうにしている。アリスもそれを理解してか冗談交じりに、言う。
「ねえエンジュ――この防具あげようか?」
「魔法使いが皮鎧なんて装備するわけないでしょ。雰囲気って大事なんだから!」
「そう? 物欲しそうな目してたから」
「アタシは乞食か!」
「それにぃ、これ使えばぁ、私が守ってあげなくても多少はモンスターの攻撃だって耐えられると思うんだけどなぁ?」
「なっ――べ、別に守って欲しいなんて頼んでないし!」
「アタシ一人の犠牲で済むなら安いもんよ!」
「ちょ、なにしてんの!!」
「絶対、倒しなさ――」
「だめっ! だめだってば!」
ワイルド・ギル・ファングに迫られ、戦闘不能を覚悟したあの時――マナに対して浮かべた良い笑顔とクサい台詞を、アリスが身振り手振りを交えて大げさに再現すると当の本人は恥ずかしくなったらしく、エンジュの顔は茹蛸のように真っ赤になった。
アリス――そして椿もマナも耐え切れなくなって、吹き出し、声を上げて笑う。アリスに至っては腹を抱えて大爆笑すらしていた。
ひとしきり笑うと、笑い過ぎて出てきた涙を拭い、若干涙目で睨んでいるエンジュに謝罪の言葉をかけて、自然と手が彼女の頭へ向かう。
「ゴメンゴメン、良い反応してくれるものだから、つい」
「だ・か・ら……頭を撫でるんじゃない! アタシは子供か!」
「見た目は子供、頭脳も子供、その名は――ロリエルフ、エンジュ!」
「あ、言った! 言っちゃいけないこと言った!! この金髪天使、泣かす! 絶対泣かしてやる!」
「ほら二人とも、コントはそれくらいにしようね?」
「そんな……美少女だなんて――」
「言ってないから! 言ってないからね!? まあ、確かに美少女だけど……」
「ねえ、二人とも……それくらいにしよう? ね?」
ハイテンションなやり取りを続けていた二人はすぐ傍から凄まじいプレッシャーを感じた。それはまるで、ワイルド・ギル・ファングが捨て身の攻撃をしてきた、あの時のように。
ギギギ……と錆び付いた金属の部品を無理やりに動かした感じに、不自然な音が聞こえてきそうなくらいにぎこちなく二人が頭を向ける。
不動明王が居た。
いや、違う。椿だ。椿なのだが、笑顔を浮かべているはずなのにドス黒いオーラを纏っているように見える。レベルなど限界突破して三百くらいに達していそうな気さえしてくる。
勝てない。
逆らってはいけない。
今日初めて会っただけだというのに、アリスは一瞬で理解した。怒らせてはいけない。レイドボスへ単独で挑むようなもの――いや、それよりも恐ろしい、と。
一方で椿のリアルを知るエンジュは元からそれを理解しているらしく、先ほどまでの威勢は何処へ行ってしまったのか、ガタガタと震えていた。
「騒ぐならもっと人の迷惑にならないところでしようね?」
すみませんでした! と、二人の動きがシンクロし、綺麗な九十度になるよう勢いよく頭を下げる。分かればよろしい――まるでお母さんか、はたまた先生か。椿の説教を受けるアリスとエンジュだった。
ここは攻略最前線であるため人数こそ多くはないものの、町に入ってすぐの場所だ。NPCも含まれているが多少なりとも人の往来があり、注目を集めるのは必至といえる。ネットゲームの世界だからこそ、ちゃんとマナーは弁えるべきなのだ。
アリスとエンジュが揃って腰を直角に曲げて頭を下げているという――なんともシュールなことになっているところへ、十五人くらいの集団が近寄ってきた。
先頭にいる青年が声を掛ける。
「取り込み中のところすまない。少しいいかな?」
アリスたちはやや訝しげにしつつ、彼らに向き直った。そしてすぐ、ボス攻略を呼びかけていた主催のパーティーを主としたプレイヤーたちであることに気付く。
主催だからボス初回撃破ボーナスのドロップアイテムを渡せとでも言いに来たのかと勘ぐってしまいたくなるような、少し物々しい雰囲気に思え――彼女らの表情が少し強張る。
ほんの少しだけ間を置いて、青年の表情が柔らかくなった。
「改めて――俺はライル。このパーティーのリーダーを務めてる。皆、今日は参加してくれてありがとう」
「アタシらもオイシイ思いさせてもらったんだし、こちらこそありがとう、かな」
エンジュが代表して返答すると、ライルは頷いてそれを受け取った意を示す。そしてアリスへ顔を向けて、言う。
「それからアリスさん。主催としては情けない話だけど、今日、ボス攻略が出来たのは君が二体目のボスにいち早く気付いてくれたおかげだ。もし君が居なければ、あそこでレイドは壊滅していた。本当にありがとう」
「凄かったぜ!」
「マジで助かった!!」
「天使ちゃん可愛い!」
「結婚してくれ!」
「抜け駆けすんなよ!!」
「よろしい、ならば決闘だ!」
ライルに続いて他のプレイヤーからもいくつもの賛辞が送られる。中にはなんだか不穏なものも混じっていたが、彼女らは聞かなかったことにした。
彼らにアリスが笑顔で応えるとそこでまた彼らがさらに色めき立った。しかし直ぐにライルがわざとらしく咳払いすることで静止させる。
「騒がしくて申し訳ない。悪い奴らじゃないんだが……」
「私は平気だよ」
「すまない。それでアリスさん、少し聞きたいことがあるんだ」
「なにかな?」
「君が最後、ボスを倒す時に見せたアーツ――アレは一体なんてアーツなんだい? 恥ずかしながら、皆で話していたけど誰も知らないみたいでね」
「それ、アタシたちも気になってて、聞きたかったんだ!」
エンジュたちも会話に入り、全員から説明を求められ、アリスはたじろぎながらも答える。
「あ、あれはそういうアーツじゃなくて……」
「なくて?」
「それぞれのアーツを連続発動させたもので……」
「へぇ、連続で――は?」
「えっ!?」
場が一気にざわめく。
目の前の少女は何と言った? アーツの連続発動? そんなこと出来るわけが無い――と、誰もが思った。
アーツ発動後、必ず発生するのが技後硬直というもので、アーツという強力な攻撃を行った代償だ。それは誰もが知っている。だから、モンスターに隙が出来るタイミングを見計らって使用するのだ。無闇に発動すれば手痛いしっぺ返しを喰らうから。そういうものだと、皆思っていた。
しかし、技後硬直が発生する少し前にほんの僅かな時間だけ、異なるアーツを発動したり、別のアクションを行うことで硬直をキャンセルすることが可能となるキャンセルタイミングが存在している――という事実を、アリスは突き止めていた。だからといってそんな簡単に出来るものではないのだが、幼少期よりVRゲームに触れてきたこと、持ち前の運動能力やセンス、そして高い集中力が彼女にアーツの連続使用を可能とさせていた。
とはいえ、さしものアリスといえど、高い集中力を要求されるためいつでも自在に使えるわけではない。事実、チャイルド・ファングに集中を乱された際にはキャンセル出来ずに硬直が発生してしまっている。それくらい大変なことなのだ。
かといって誰も彼もが使えるくらいヌルい受付時間に設定されていては、アーツの連発祭りになってしまうため非常にシビアなタイミングになっている。だけど、きっと、廃ゲーマーであれば練習している内に出来るようになる者も出てくるのだろう。黙っていれば、もっとずっとアリス一人の技術であり続けたかもしれない。
けれど。
それでは面白くない。この先、対人戦をすることだってあるだろう。その時に、技術の高い相手と戦えれば面白くなるかもしれない。そんな願望もあって、彼女がこの技術を秘匿することはなかった。
もちろん、キャンセルタイミングはいつで――だとか、そんな細かい情報までは教えない。そういったところは自分で模索すべきものだから。だから、連続発動が可能、ということだけを教えたのだ。
「アンタ、メチャクチャすぎるわ」
「アリスちゃん凄い……」
「わ、私、もう何て言ったらいいか……」
エンジュたちは関心を通り越して呆れていた。
「本当にな……。今の話を聞いたからって訳じゃないんだが、よければ――その、俺達のギルドに入ってもらえないかな?」
ライルの話を聞いたアリスは目を丸くする。
ギルド。ゲームによってはクランだとかチームとも言うそれ。気の合う仲間同士が集まって形成する一種のコミュニティで、いわば同好会のようなものだ。そんなだから中身は千差万別。攻略を最重視してノルマが課されるガチガチのプレイヤーばかりなものもあれば、皆で楽しくをモットーにマナーさえ守ればよかったり、お茶会ばかりで最早戦闘など忘れてしまっていたりと、本当に色々ある。
ライルが作るのか、誰かが作ったところへ彼も所属するのかは分からない。しかし最前線で攻略に挑むライルが誘ってくるのだから、攻略重視なギルドであることは想像に難くない。
しかし――
「ギルドってまだ実装されてないんじゃ……?」
と、アリスは最もな疑問を口にした。
そうなのだ。このゲームにはまだギルド機能が実装されていないため、コミュニティらしいものはフレンド登録だけなのだ。
だからそう聞いたのだが、今度は逆にライルだけでなく周囲のプレイヤーたちが目を丸くする。エンジュたちも漏れずに。その反応にますます意味が分からなくなり、アリスは首を傾げてクエスチョンマークを浮かべるものだから、ライルが少し慌てたように口を開いた。
「ワールドアナウンスが流れてたけど、聞いてなかったのかい?」
「え、ほんとに? いつ?」
「君がボスを倒した後、直ぐにさ。ボスを倒したってことと、ギルド機能の解放って内容で流れてたんだが……」
「ごめん、倒すのに一生懸命で気付いてなかったや。にゃはは」
「それでどうだろう?」
「うーん……」
アリスは顎に軽く手をあて、考え込む仕草を取る。
それを見たエンジュが口を開きかけ――少し悔しそうに閉じる。勧誘されたのはアリスだけだ。別に、自分達三人にまで声が掛かったわけではない。
悔しい。どうして自分じゃないのか。
エンジュは――決して、そんな気持ちだったわけではない。何故なら、彼女自身もまた自分達のギルドを作ろうと思っていたから。
そうするのは何もおかしいことではない。ボス戦でMVPと言ってもいいほどの活躍を見せつけ、あまつさえ他に誰が真似出来るのかという技術まで持っているのだ。天使族で剣を振るうというステータス的にマイナスな面はあるが、それを差し引いたってお釣りが来るレベルのプレイヤーだ。少なくとも現状では。
そんな高プレイヤースキルを持つアリスを放っておく理由など、どこにも無い。
かといって今、勧誘している最中に横槍を入れれば、仮にアリスを確保出来たとしても他のプレイヤーたちからの心象が非常に悪くなる。前線に居る以上、彼らとはこれから先も何度だって顔を合わせることだろう。その時に不仲なのは良い事ではないし、何より――このライルというプレイヤー。彼を筆頭に、この集団はベータテスト時から前線で攻略を進める有名プレイヤーの集まりだった。
ライル自身は好青年だが、他のプレイヤー全員がそうとは限らない。もし吊るし上げでもされればたまったものじゃない。今後のことも鑑みると、アリスほどの有力プレイヤーを目の前でみすみす掻っ攫われるのは非常に悔しいが仕方ないと――諦めるより他になかった。
エンジュのそんな葛藤とは裏腹に、アリスの答えは決まっていた。だから、加入するかどうかについて悩んでいるわけではない。
けれど、結局良い案は浮かばず仕舞いだったようで、仕方なく言う。いや、ある意味では妙案が浮かんだと言うべきか。
「誘ってくれて、ありがとう」
「じゃあ――」
「でも、ごめんね。私、エンジュたちのギルドに入るから」
「そ、そうなのかい? じゃあ、よければ全員一緒でも――」
その発言にエンジュはギョッとする。彼女達からギルド勧誘など一言もしていないし、その前から既に諦めていたのに、棚から牡丹餅が落ちてきた。それは椿やマナもしたようで――アリスのこの演技に付き合えば、上手くすると彼女をギルドに入れられるかもしれないという打算も少なからずあって、動揺を見せないよう努めて、言う。
「アタシらリアフレだから、身内だけでやろうと思ってんのよ」
「そういうことなので、申し訳ないですが……」
「ごめんなさい、です」
「そういうことか……。なら仕方ないね、今回は諦めるとするよ」
「せっかく誘ってくれたのに、ほんとごめんね」
「いや、気にしないでほしい」
せめてフレンド登録を――とせがまれ、それならばと了承したアリスたちは四人共、彼らとフレンド登録を行った。そして気が向いたらいつでもギルドに来て欲しいと言い残し、彼らは去っていった。
しばし彼らを見送り、アリスは三人に振り返って手を合わせた。
「ありがと、皆。助かったよぉ」
「べっつに! と、友達だし、アレくらい、いいって」
「うん、本当、気にしないで」
「アリスさん、ギルドに入りたくなさそうでしたし」
「へへへ、ありがと」
「それに――アタシらが作るギルドに、本当に入っちゃえばいいんじゃない?」
「ふぇ?」
確かに、アリスの嘘に付き合ったのは打算があった。けれど、それが全てではない。彼女らだって、アリスと短いながらもパーティーを組んで戦い、話をして、笑いあって、既に良い関係を築き始めているのだ。ならば、他者に取られるくらいなら、多少打算的に動いたっていいのではないか。
アリスにしたってライルの勧誘を断るためにエンジュたちを巻き込んでいる。きっと、これでおあいこだ。それで、いいのだ。
「ま、無理にとは言わないけどさ」
「私は入ってくれると嬉しいな」
「わ、私も入って欲しいです!」
少し呆けた様子のアリス。そんな彼女へエンジュは気恥ずかしそうに、椿は微笑んで、マナは少し不安そうに、三者三様に期待の眼差しを向ける。
「うん、じゃあ――入れてもらおうかな」
はにかみながら発せられたその一言に、三人は――とても嬉しそうに笑った。
「ところで、ギルド名って何?」
「まだ作ってないんだから無いに決まってるでしょうが」
「考えてるやつとかあるんじゃ……?」
「なーんにも考えてない」
「作ろうねって話してただけだから」
「ぐだぐだですみません……」
「そっか、それはエンジュが悪いね」
「なんでよ!」
その後、しばらくギャーギャーと騒いだ二人には、また椿から雷が落ち――もとい説教を受けるのだった。
10
ギルド勧誘騒動も一段落したアリスたちは、町中にあるプレイヤー向けに開放された施設の一つ、鍛冶工房を訪れて、ボス討伐前に約束していた武器の製作に入っていた。主にゲーム開始後の生産プレイヤーたちに向けての機能で、使える設備の性能はお世辞にも良いとは言い難い。しかし最低レベルとはいえ、それを自前で揃えようとすればかなりの費用が必要となる。もちろん駆け出しプレイヤーに用意出来る額ではない。だから皆、この工房を利用するのだ。
そしてこの工房に関しては混雑を避けるために、入室するグループの数だけ別部屋という形が取られる。つまり、混雑することは一切無く、生産活動に専念できるようになっているのだ。
いい設備を使いたければ、これから増えていくであろうどこかの生産系ギルドに属し、そこの専用工房を使わせてもらうのが手っ取り早い。ただし、町中の鍛冶工房と違って人数分だけ部屋が用意される――なんてことはなく、必要な数だけ購入して設置し、人数が多ければ順番待ちになることだってあり得る。
それが嫌なのであれば個人工房を用意するしかない。資材の調達や販路の確保、その他諸々を全て自分で手配しなければならないが、誰にも邪魔されない環境という素晴らしいメリットがあるから悩ましい。
それはさておき、工房にはもうかなりの時間、カーン! キーン! と、金属を叩く音が響き続けている。椿がハンマー片手に、アリスから受け取ったエメラルドインゴットを熱しては叩き、叩いては熱しという現実さながらの工程を繰り返し行っているのだ。
システム任せにして一叩きすれば完成! という方法も取れはする。だがその場合、今の椿が行っているように、しっかりと手順を踏んで製作した場合に比べて性能が低くなりやすい、ということが分かっている。だからちゃんと生産やろうとしているプレイヤーは皆、手間隙かけて一本を製作するのである。もちろん、ある程度簡略はされているから現実と全く同じ工程ということはないものの、やはり良い装備に仕上げようとすれば自然と時間が掛かってしまうのだ。
真剣に取り組む椿を、アリスはただ見ていることしか出来ない。何か手伝えることがあれば――と考えるが、鍛冶スキルを持たない彼女に取れる選択肢は無い。それは、エンジュやマナも同じことだ。ただ一つ出来ること。それは、椿の邪魔をしないこと。ただひたすら完成まで、静かに見つめ続けること。
エメラルドインゴットは叩かれる度に少しずつ、その姿を長く薄く変化させていく。刀剣の製作において、叩かれた金属からは不純物が飛び散っていく様が見て取れる。それはこのゲームでも、だ。無駄にリアルさに拘れれているせいで、そんな細部まで表現されているのだが――不思議なことにこの金属からはそんなものがただの一欠片だって排出されない。純度百パーセント、ということなのだろうか。
そして製作を始めて三十分ほどが過ぎた頃――
「で……出来た!」
「わあ」
「これはまたなんというか……」
「派手、ですね」
ついに、長らく鋳塊のままだったエメラルドインゴットはめでたく、長剣へと生まれ変わった。
アリスが今まで使っていたものは片手直剣の刀身をそのまま長くしたような、両刃の細身なロングソードだった。対して、今出来上がったものは刀身中央部の広い部分――所謂、腹なんて呼ばれている箇所が、鍔元に近いほど幅が広く、切っ先に行くほど狭くなった片刃のロングソードだった。刀身や柄は淡い緑で、鍔なんかの装飾部分は金色と見栄えも良い。
ただ、サイズが大剣のそれに近づいており、まだ二回りくらいは小さいものの、長剣カテゴリの武器としては随分と大きく派手であった。
「名前はグリーピル。さすが星三の素材だけあって、かなり攻撃力が高いみたいで、性能的には問題無さそうだけど……その、重さとかは大丈夫かな?」
「ん――」
受け取ったアリスは少し離れ、幾度かその剣を振って感触を確かめる。ボス戦で破損してしまったあの剣よりも重量を感じる。けれど、嫌な重さではなかった。
むしろ、切った際に自重で鋭い切れ味を発揮してくれるのではないかとさえ思えた。
「いい感じだよ。ありがとう、椿」
「そっか、よかった」
満足そうなアリスを見て、椿は肩の荷が下りたのか――胸をなでおろした。
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