第20話 食事
アシュレーとミカ、イオ、リノ、ドノヴァンの五人を乗せたマイクロバスは、郊外にある住宅地に車を走らせた。そして敷地の広い打ちっぱなしの一戸建ての前で車を止めると、アシュレーはサイドブレーキを引いてバスの自動ドアを開けた。
「着いたぞ、ここが我が家だ」
壁の表面こそコンクリートの打ちっぱなしだが、淡い間接照明がぽつぽつと玄関までの足元を照らしており、高級感を漂わせている。アシュレーとイオが先導して家の中に入ると、イオは後ろを振り返り優しく微笑んだ。
「リノちゃん、ドノヴァンさん、遠慮せずに入って」
「ありがとう、イオお姉ちゃん」
「では私も遠慮なく」
アシュレーの家は三階建ての広い作りで、一階は主にリビングや座敷があり、二階、三階は寝室や個人の部屋となっていた。皆がリビングの席につくと、アシュレーとイオがキッチンに入る。
アシュレーはコーヒーを淹れて皆の席の前に置いた。イオは冷蔵庫から食材を取り出し、キッチンの上にまな板を乗せて野菜を細かく刻み始める。それを見てミカが満面の笑みでイオの足元に立った。
「ママ〜、あたしも手伝う〜」
「そうね、じゃあ冷蔵庫に入ってるミートソースを解凍してもらえる?」
「わかった〜」
イオはガスを点火するとフライパンに油を少量注ぎ、満遍なくなじませていく。みじん切りにした玉ねぎやにんにく、ピーマンを投入して炒め、ホワイトソースを入れた。もう一つの鍋に水を張ると、リボン型パスタを煮込み始めた。ミカはイオの調理する様子を笑顔で眺めている。
「ママー、次は〜?」
「あとはチーズを取ってきて」
「は〜い」
イオはその間に、煮込まれたホワイトソースの具材を陶器の皿に盛り付けて、スパイスとミートソースを挟み込むようにして皿に敷いた。最後に細かく切られたチーズとバターを乗せて、準備は完了だ。イオは五人分の皿をオーブンに入れて手を洗い、リビングに戻ってきた。
「今夕食作るから、少し待っててねリノちゃん」
「うん、ありがとう」
アシュレーも満面の笑みで二人を見る。
「イオの料理は美味いぞ?リノ、期待してていいからな」
「うん!」
(チーン!)というオーブンの音が聞こえてきた所で、イオとアシュレーはキッチン用の耐熱グローブをはめて皿をオーブンから出した。そして受け皿に乗せて、皆のもとに運んでいく。美味そうなチーズの焼かれた匂いがリビング内を包み込んだ。
「はいリノちゃん、ドノヴァンさん」
「美味しそう!イオお姉ちゃん、これなあに?」
「ラザニアっていうイタリア料理よ。熱いから火傷しないように食べてね」
「うん!」
「イオ様、わざわざ食事まで用意していただいて、このドノヴァン必ずやご恩をお返しいたしましょうぞ」
「大げさよドノヴァンさん、気にしないで。さ、冷めないうちに食べましょう」
そしてアシュレー、イオ、ミカの三人は料理の前に手を合わせたが、その所作をリノとドノヴァンは不思議そうに見ていた。そこへミカが声をかける。
「リノちゃん、ドノヴァンさん、前に手を合わせて」
「こ、こうでいいの?」
「そうそう、それじゃ行くよ?いただきます」
『いただきます!』
そして皆と一緒に、リノとドノヴァンはラザニアの中にナイフとフォークと差し入れて、一口含んだ。その顔には、驚嘆と歓喜の表情が浮かび上がっていた。
「はふはふ、イオお姉ちゃん、これすごく美味しいよ!」
「全くです!パリッと焼けた表面のチーズの下に、とろけるようなホワイトソースとミートソースが絡み合い、美しいマリアージュを形成している。これは美味いと言わざるを得ない
「フフ、ありがとうリノちゃん、ドノヴァンさん。でも褒めても何も出てこないわよ?」
「滅相もございません、このドノヴァン、料理のことに関しては少々うるさい質でしてな。嘘は申しません」
「あり物で作ったから、今度はもっと違うものを用意するわね」
そうして食事も進む中、右に座るリノがアシュレーに顔を向けてきた。
「こんなに美味しい料理を毎日食べてるんだね。おじちゃんが羨ましいよ」
「ああ。俺も料理は作るが、未だにイオの味には追いつけていないんだ」
「リノ食事をする時いつも一人ぼっちだったから、何か嬉しい。みんなで食べると、こんなにも美味しくなるんだね」
「そうだな、お代りしたけりゃもう一皿焼くから言ってくれ」
「ありがとー!」
ようやくここへ来て子供らしさを取り戻したリノを見て、アシュレーは少なからず安心した。そして食事が終わり、イオは一階にある風呂のお湯を湯船に張ると、リビングで遊んでいた二人に声をかけた。
「ミカ、リノちゃん、今のうちにお風呂入ってきなさい」
『はーい!』
二人は手をつないでリビングを出て行くと、テーブルに座り食後のワインを飲んでいたアシュレーとドノヴァンの向かい側に腰を下ろした。
「あなた、仕事を引き受けたはいいけど、今後はどうするつもりなの?」
「どうするって言われてもな。ウートガルザ号に乗せて、俺達の仕事に付き合ってもらうさ」
「そう簡単に行けばいいけど...一度仕事を引き受けたからには、しっかりとリノちゃんとドノヴァンさんを守ってあげてね」
「ああ、任せろ」
それを隣で聞いていたドノヴァンが、ワイングラスを置いて横に座るアシュレーを見た。
「最悪、王女様がご無事なら私はどうなろうと構いません。アシュレー様もリノ王女の警護だけに集中していただければ幸いです」
「何言ってんだドノヴァン、俺の中ではあんたも護衛対象なんだぜ? 手は抜かねえから、安心しなって」
「畏まりました」
やや時間を置いて、ミカとリノがパジャマ姿でリビングに現れた。
「あーさっぱりした!ね、リノちゃん?」
「うん!」
「ミカとパジャマのサイズもぴったりね。良かったわ」
続いてドノヴァン、アシュレーがそれぞれ風呂に入り、時刻は午後11時を回ろうとしていた。ミカとリノはリビングにある液晶モニターでレースゲームをしていたが、その手を止めてアシュレーの膝下に寄りかかってきた。
「パパ〜、眠い...」
「そうか、時差ボケがまだ治ってないな。今日はもう寝ようか二人共、明日は遊園地だぞ?」
「そうだね!リノちゃん行こう?」
「うん!」
二人を連れて三階まで上がり、ミカの部屋に案内してダブルベッドに二人を横たえさせた。そして掛け布団をかぶせると、二人は深い睡眠へと落ちてゆく。
「おやすみ、ミカ、リノ」
二人の天使のような寝顔を見て、屈めた腰を立ち上げたアシュレーは子供部屋を静かに出ていった。
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